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僕のiPhoneのタイマーが粛々と動作している。
足下のアスファルトに不安定に置かれたカップ麺二つ。並々と注がれた熱湯の湯気を蓋で押さえ込み、僕らはコンビニの前でしゃがんでいた。
「マジメンくんっ。あと何分だ?」
「あと二分ですね...まださっき聞かれてから二十秒しか経ってませんよ?」
「人生で一番長い三分なのだ...」
お湯を入れて一分経った。現在はコンビニの前でたむろってる、という格好。少しお行儀が悪いけど、公園に戻ったりしたらその時間で麺なんて伸びてしまうのだから仕方がない。
「マジメンくんっ。あと何分だ?」
「一分五十秒ですよ。はい、グミもどーぞ」
「おお、ありがとっ!」
皇女様にパッケージを渡すと、十つぐらい一気に掴んで口に放り込んだ。
「...はむっ...お、意外と固いなぁ」
「そうですかね?」
噛む力が弱いのかな。何それかわいい。
彼女はひたすら咀嚼していたが、やがてごくんっ、と飲み込む。再び十つほど放り込んだ。
「はむっ..はむっ...あと何分だっ?」
「あと一分二十秒です。どうです?おいしいですか?」
「言うまでもないっ」
まだ飲み込んでないのに、グミに手が伸びていた。ハムスターみたいに頬を膨らませ、お餅のような白肌に変形している。
「マジメンくんマジメンくん」
しゃがんでいる為に膝まで隠れたパーカーの裾で寒さを凌ぎながら、僕のあだ名を呼ぶ。
「はいはいあと一分...てか、僕のコトその名前で呼ぶ気ですか?これから」
ウヅキと話しているところを見られてから、からかうように僕をあだ名で呼んでくるのだ。
「かわいい名前じゃないか。嫌なのか?」
「嫌、とゆー訳じゃないんですけどね...」
かわいい名前か?皇女様の感覚はよく分からない。
『マジメン』という名は、割と蔑称だったりすると思うのだ。別にウヅキとかは悪意を持って、そう呼んでる訳じゃないんだろうけど。
僕が色々考えていると、皇女様は喉を動かす。飲み込んでから思い出したように問う。
「そーいや、マジメンくんの本名はなんて名前なんだっ?」
彼女は食べる手を止め、僕の目を覗き込んだ。
「あー僕」
皇女様の綺麗な目が突然視界に介入し、僕の思考を奪う。相変わらず急に接近してくる。心臓が跳ねた。
圧倒されて僕の本名を言いかけたが---思いとどまった。深層心理が、言わせてくれなかった。
皇女様は不思議そうに僕を見つめる。
気軽に教えて、良いのだろうか。
彼女が僕の事を、『僕』と認識してしまったら、それは何か、まずいんじゃないだろうか。
自分でも面倒臭い性格だと自嘲する。簡単に僕が本名を教えれば、それで済む話なのに。僕の恐ろしいまでのリスクヘッジが、中途半端に精度の高い揣摩臆測が、それを遮る。
当たり前だけど彼女は、我が国の第一皇女として君臨する身。容易くお互いをファーストネームで呼び合うような間柄に、なってはいけない存在のはずなのだ。それが僕みたいな一般庶民なら尚のこと。
僕の悪癖。勝手な決めつけかもしんないけど---皇女様は皇女様らしく、僕は僕らしい振る舞いで関わらなければならない。身の丈に合った、関係性と行状を。それが最適解。
この、未だ数回のみの奇怪千万な逢瀬に、正しい形なんてあるのかは分からないけれど。できるだけ、正しく在りたい。由縁は正義感なんて立派なモノじゃなくて、ただ、安心したいだけ。もし何かが起こってしまった時に、自分は正しい言動で関わっていたんだと、僕は悪くないんだと、胸を張って述べられるようにしたいのだ。
最低だ、我ながら気持ち悪い。
「少年にも、色々、あるんだなぁ」
皇女様は僕の眼をずっと、嘱目していた。
無理に僕の名を聞き出そうとしなかった彼女はこの時、何を悟ったのだろう。無邪気に、されど達観し諦観した風にも見える微笑を浮かべる彼女は、全てを見透かしたように---少なくとも僕はそう、見えた。
テレテッテテッテッテッテッテー。
間抜けな機械音が、僕を深い不快な思索から呼び起こす。三分という短い時間に助けられた。このまま話題が続かなくて良かった。
「おっ!三分経ったかっ!!」
皇女様は先程のとは違うベクトルの無邪気な笑顔で箸の袋を開ける。箸を口に咥え、重石にしていた小石をどかして蓋を全開にした。
僕はまだ、動けずにいる。
「うまそうじゃないか!では、いただきますっ」
開封と同時にチリトマトのスパイシーな香りが鼻腔をくすぐり、否応にも空腹感を感じさせる。...僕も食べるか。シーフード。
「僕も..頂きます」
...うん。安定の美味さだ。なんだかよくわからない魚介風味のスープが口一杯に広がる。
初カップヌードルの皇女様の反応はどうだろうか、いっつも高級なモン食べてる彼女にはマズく感じるんじゃ...と思って隣を見遣る。目を白黒させていた。
「...どうしたんです?」
「...めぇ」
「はい?」
どうやらまだ一口しか食べてないらしい。それで箸が止まっていた。
「嫌い、でしたか?」
恐る恐る聞く。
「...うめぇ!うめぇよー!こんなにうまいモンが存在したなんてっ...私は人生を無駄にしていた!」
...そこまでか?
声を張り上げチリトマト味を褒め称えている皇女様は微笑ましい。天真爛漫な笑顔は、美しかった。
「少年のヤツも食べさせてくれっ!一口交換だ」
「ああ、はい」
彼女のこういう、距離感がおかしい行動に慣れつつある自分が少し怖い。でも普通に一口交換応じちゃうあたり、美少女に弱いんだよなぁ。
僕の持っていた青いカップを渡す。
「こっちもうめぇー!!!」
「そりゃよかったです」
咽び泣く勢いで感激している皇女様を横目に僕もチリトマトを口に運ぶ。この香りがそそられるんだ...ちゅるり。
今はまだ、僕らはこのままの関係で。
そんなことを考えながら、普段より辛く感じる麺に舌鼓を打った。
足下のアスファルトに不安定に置かれたカップ麺二つ。並々と注がれた熱湯の湯気を蓋で押さえ込み、僕らはコンビニの前でしゃがんでいた。
「マジメンくんっ。あと何分だ?」
「あと二分ですね...まださっき聞かれてから二十秒しか経ってませんよ?」
「人生で一番長い三分なのだ...」
お湯を入れて一分経った。現在はコンビニの前でたむろってる、という格好。少しお行儀が悪いけど、公園に戻ったりしたらその時間で麺なんて伸びてしまうのだから仕方がない。
「マジメンくんっ。あと何分だ?」
「一分五十秒ですよ。はい、グミもどーぞ」
「おお、ありがとっ!」
皇女様にパッケージを渡すと、十つぐらい一気に掴んで口に放り込んだ。
「...はむっ...お、意外と固いなぁ」
「そうですかね?」
噛む力が弱いのかな。何それかわいい。
彼女はひたすら咀嚼していたが、やがてごくんっ、と飲み込む。再び十つほど放り込んだ。
「はむっ..はむっ...あと何分だっ?」
「あと一分二十秒です。どうです?おいしいですか?」
「言うまでもないっ」
まだ飲み込んでないのに、グミに手が伸びていた。ハムスターみたいに頬を膨らませ、お餅のような白肌に変形している。
「マジメンくんマジメンくん」
しゃがんでいる為に膝まで隠れたパーカーの裾で寒さを凌ぎながら、僕のあだ名を呼ぶ。
「はいはいあと一分...てか、僕のコトその名前で呼ぶ気ですか?これから」
ウヅキと話しているところを見られてから、からかうように僕をあだ名で呼んでくるのだ。
「かわいい名前じゃないか。嫌なのか?」
「嫌、とゆー訳じゃないんですけどね...」
かわいい名前か?皇女様の感覚はよく分からない。
『マジメン』という名は、割と蔑称だったりすると思うのだ。別にウヅキとかは悪意を持って、そう呼んでる訳じゃないんだろうけど。
僕が色々考えていると、皇女様は喉を動かす。飲み込んでから思い出したように問う。
「そーいや、マジメンくんの本名はなんて名前なんだっ?」
彼女は食べる手を止め、僕の目を覗き込んだ。
「あー僕」
皇女様の綺麗な目が突然視界に介入し、僕の思考を奪う。相変わらず急に接近してくる。心臓が跳ねた。
圧倒されて僕の本名を言いかけたが---思いとどまった。深層心理が、言わせてくれなかった。
皇女様は不思議そうに僕を見つめる。
気軽に教えて、良いのだろうか。
彼女が僕の事を、『僕』と認識してしまったら、それは何か、まずいんじゃないだろうか。
自分でも面倒臭い性格だと自嘲する。簡単に僕が本名を教えれば、それで済む話なのに。僕の恐ろしいまでのリスクヘッジが、中途半端に精度の高い揣摩臆測が、それを遮る。
当たり前だけど彼女は、我が国の第一皇女として君臨する身。容易くお互いをファーストネームで呼び合うような間柄に、なってはいけない存在のはずなのだ。それが僕みたいな一般庶民なら尚のこと。
僕の悪癖。勝手な決めつけかもしんないけど---皇女様は皇女様らしく、僕は僕らしい振る舞いで関わらなければならない。身の丈に合った、関係性と行状を。それが最適解。
この、未だ数回のみの奇怪千万な逢瀬に、正しい形なんてあるのかは分からないけれど。できるだけ、正しく在りたい。由縁は正義感なんて立派なモノじゃなくて、ただ、安心したいだけ。もし何かが起こってしまった時に、自分は正しい言動で関わっていたんだと、僕は悪くないんだと、胸を張って述べられるようにしたいのだ。
最低だ、我ながら気持ち悪い。
「少年にも、色々、あるんだなぁ」
皇女様は僕の眼をずっと、嘱目していた。
無理に僕の名を聞き出そうとしなかった彼女はこの時、何を悟ったのだろう。無邪気に、されど達観し諦観した風にも見える微笑を浮かべる彼女は、全てを見透かしたように---少なくとも僕はそう、見えた。
テレテッテテッテッテッテッテー。
間抜けな機械音が、僕を深い不快な思索から呼び起こす。三分という短い時間に助けられた。このまま話題が続かなくて良かった。
「おっ!三分経ったかっ!!」
皇女様は先程のとは違うベクトルの無邪気な笑顔で箸の袋を開ける。箸を口に咥え、重石にしていた小石をどかして蓋を全開にした。
僕はまだ、動けずにいる。
「うまそうじゃないか!では、いただきますっ」
開封と同時にチリトマトのスパイシーな香りが鼻腔をくすぐり、否応にも空腹感を感じさせる。...僕も食べるか。シーフード。
「僕も..頂きます」
...うん。安定の美味さだ。なんだかよくわからない魚介風味のスープが口一杯に広がる。
初カップヌードルの皇女様の反応はどうだろうか、いっつも高級なモン食べてる彼女にはマズく感じるんじゃ...と思って隣を見遣る。目を白黒させていた。
「...どうしたんです?」
「...めぇ」
「はい?」
どうやらまだ一口しか食べてないらしい。それで箸が止まっていた。
「嫌い、でしたか?」
恐る恐る聞く。
「...うめぇ!うめぇよー!こんなにうまいモンが存在したなんてっ...私は人生を無駄にしていた!」
...そこまでか?
声を張り上げチリトマト味を褒め称えている皇女様は微笑ましい。天真爛漫な笑顔は、美しかった。
「少年のヤツも食べさせてくれっ!一口交換だ」
「ああ、はい」
彼女のこういう、距離感がおかしい行動に慣れつつある自分が少し怖い。でも普通に一口交換応じちゃうあたり、美少女に弱いんだよなぁ。
僕の持っていた青いカップを渡す。
「こっちもうめぇー!!!」
「そりゃよかったです」
咽び泣く勢いで感激している皇女様を横目に僕もチリトマトを口に運ぶ。この香りがそそられるんだ...ちゅるり。
今はまだ、僕らはこのままの関係で。
そんなことを考えながら、普段より辛く感じる麺に舌鼓を打った。
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