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バドミントン
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彼女の笑みに、深い意味なんて無かったのかもしれない。僕が何かを見出そうとして、勝手に色々考えて。
深夜の僕は---いや、いつも僕は、どうかしているから。
* * *
昼間は相変わらずの半ニート生活を送り夜は徘徊する。いや、徘徊とは違うか。公園という目的地があるのだ。
「おっ!来たな少年!『ばどみんとん』をしよう!」
公園に入るや否や、ラケットを片手に一つずつ持って駆け寄ってくる儚げな人影が。
今日はポニーテールなのか。惜しげもなく晒されたうなじに、僕は目が離せない。
季節外れの天の川は忙しなく跳ねる。
「『ばどみんとん』、知ってるか?やろうっ」
何も答えない僕を不審に思ったのか、再度問いかけてくる。ようやく僕は我にかえった。やべー、見蕩れてた。
「...知ってますよ。シャトルはあるんですか?」
「ああ。あそこに落ちていた」
皇女様の視線の先には、灰色の砂利に寂しく落ちている白い羽根。...はあ、もしかして。
「えっ。じゃあそのラケットは?」
「ああ、あそこに落ちていた」
「そうですか...」
おてんばな皇女様だ。まあ別に僕も、潔癖症っていう訳じゃない。落とし物くらい触れられる。
「はいどーぞっ」
ラケットの柄を、僕の腹部にちょいちょい、と当ててくる。くすぐったさと気恥ずかしさを感じた僕は、ちょっと雑に受け取った。
皇女様はむふー、と笑みを浮かべ満足した様子。
「じゃーいくぞー」
とてとて、と小走りしてシャトルを拾い、そのまま僕と距離を取る。彼女はいつも近くにいるから、余計に遠く感じてしまう。
「はーいー」
気の抜けた鶴声に気の抜けた返事をする。皇女様は、シャトルをつまむように持って構えた。
まあバドミントンといっても、軽いラリーだろう。彼女が打ちやすい、暗闇の中でも見えるくらいの速度で打ち返そ---
「どりゃああああっ!」
ヒュッ。
白く浮かびあがるポニーテールが荒波を描いたと思ったら刹那、左耳元で烈しい空を切る響動。残像すら認知不可能なシャトルは後方で地を滑った。
数秒遅れて、右に回避。
「打ち返さなきゃ、ばどみんとんにならんぞ?」
「無理です!」
小首を傾げる皇女様は、オーバーヘッドストローク(上打ち)のフォロースルー真っ最中だった。運動神経が良いのだろうか、麗しいフォームがキマっていた。
とはいえ、ラリー中にスマッシュされたら困る。
「こーいうバドミントンは、ラリーを続けることを目的としてやるんです」
サイドストロークのモーションを示しながら説明する。
「てれび、で見た選手はこんな感じだったんが」
「僕も皇女様も選手じゃないですし、ここコートじゃないですし」
「なるほど。確かに」
納得したならよかった。
皇女様は頷き、下から打つ要領で構えた。ぼーっ、とその姿を見ていたが、とある事を思いついたので提案する。
「あーそうだ。じゃー」
「ん?なんだっ?」
「三十回、ラリーが続いたら、コーラ僕が奢りますよ」
夜はいっつも、小銭を持ち歩くようにしていた。ポケットではジャラジャラ、と少なくない額が音を立てている。皇女様はぱあああっ、と目を輝かせたが少し悩む仕草をとった。
「そうかっ!!...いやでも、一週間に一度って決めてるし...」
確か一昨日、カメラの日。そんな事を言っていたっけ。あの日はそう、半分こしたんだった。
「じゃあ半分こしましょ。あと、今から運動するからカロリー的にはチャラです」
知らんけど。
「...そうだなっ!今からたくさん動けば良いんだなっ!」
「そーですそーです」
まあ軽い詭弁で溜飲を下げてもらった。何かしらご褒美的な物があった方が、ゲームっていうのは盛り上がるモンだ。
皇女様は再びラケットを構え、夜空の向こうに打ち上げた。
* * *
光量は乏しいだろうと胸算していた電灯の煌きが僕らを思いの外明るく照らす。
行き交うシャトルの影が、言葉のキャッチボールのようにテンポ良く反復していた。
「...っしょっ!いま、何回だっ?」
「ほあっ...十回っ、です!」
一定のリズムを刻むラリーは、一回一回数えてるからだろうか、普通以上に長く感じる。
「じゅうい...ちっ!」
振りかぶる際に暇なく暴れる彼女のポニーテールに目が行きがちになりながら、何とか目前のシャトルを打ち上げる。
てか、めっちゃ打ちやすい所に返してくれるなぁ。皇女様、上手。
「じゅう..にっ!..皇女様は、バドミントン、やられてたんですか?」
「や、ばどみんとん、は、てれびでしか見たことがない...けど運動は昔からやらされてたんだっ」
「そうなんですか。とても上手いの...でっ」
慣れてきたのか、お互い饒舌になりはじめていた。カウントをやめて雑談に興じる。
「そういう少年こそ、上手じゃないかっ」
「僕も運動神経が良い方なの...でっ」
ポン、ポン、と心地よい音が公園に響き渡る。ちょっと動く時に鳴る、砂利の音色が良いアクセントとなって、僕ら二人のアンサンブル。何かの演奏のようだった。
「そーいや少年」
「なんですか?」
僕の打ち返したシャトルの場所が悪かったのか、少し前のめりになっていた皇女様が唐突に言う。
「少年は、官僚養成の大学に行くのか?」
予期していなかった問いかけに、僕の思考は一旦停止する。それでも無意識で、打ち返す---その一連の流れが身体に染みついたくらい、ラリーは続いていた。
昨晩、ウヅキとの会話で。其の話題を口にしたから知っているのか。
「なんかまた色々考えてるんだろうなぁ」
答えられない僕を見て、無邪気に笑う。昨日も目にした、全てを解っているような破顔が青白く浮かんでいた。
僕は、官僚養成学校に、通うのだろうか。
行きたいのだろうか。もし、行かなかったらどうするのだ。行くしかないだろう。路頭に迷いたくない。行かなかったら、高校の担任やクラスメートに何と言われるのか。高校首席なのだ、僕は。否が応でも入学式は二週間足らずでやってくる。
けれど。
「分かり、ません」
絞り出した答えは曖昧模糊とした戯言だった。怖かった。どちらかに、断言するのが。自分で選ぶ事に、恐怖したのだ。僕は弱い。弱くて脆い。誰かに決めてもらいたい。だけど---
アンサンブルがリテヌート始めた。
「少年」
「....はい」
僕が高く打ち上げたシャトルを、皇女様は見ていない。僕の目を視ていた。
そして既視感のある構えをとった。...来る。
「もっと"楽"に生きろっ!」
再び僕の耳元で空気を裂く音。空気とは別に、自分の中の暗い部分も裂けそうな気がした。
「これで三十回だっ」
満足げに微笑み、皇女様はラケットをその場に置いて僕に歩み寄ってくる。距離が縮む。そのことに、安堵した。どこか遠くに行ってしまうんじゃないか、なんて、根拠ない危惧が脳内で渦巻いていたから。
僕はシャトルを回避したままの姿で硬直していたが、やがて意識を取り戻す。
「コーラ、買いに行きましょうか」
「おうっ!半分こ、だからなっ」
僕らのように並ぶ自動販売機二台に向かう。
『楽に生きろ』という言葉が、耳と脳にこびりついて離れなかった。
深夜の僕は---いや、いつも僕は、どうかしているから。
* * *
昼間は相変わらずの半ニート生活を送り夜は徘徊する。いや、徘徊とは違うか。公園という目的地があるのだ。
「おっ!来たな少年!『ばどみんとん』をしよう!」
公園に入るや否や、ラケットを片手に一つずつ持って駆け寄ってくる儚げな人影が。
今日はポニーテールなのか。惜しげもなく晒されたうなじに、僕は目が離せない。
季節外れの天の川は忙しなく跳ねる。
「『ばどみんとん』、知ってるか?やろうっ」
何も答えない僕を不審に思ったのか、再度問いかけてくる。ようやく僕は我にかえった。やべー、見蕩れてた。
「...知ってますよ。シャトルはあるんですか?」
「ああ。あそこに落ちていた」
皇女様の視線の先には、灰色の砂利に寂しく落ちている白い羽根。...はあ、もしかして。
「えっ。じゃあそのラケットは?」
「ああ、あそこに落ちていた」
「そうですか...」
おてんばな皇女様だ。まあ別に僕も、潔癖症っていう訳じゃない。落とし物くらい触れられる。
「はいどーぞっ」
ラケットの柄を、僕の腹部にちょいちょい、と当ててくる。くすぐったさと気恥ずかしさを感じた僕は、ちょっと雑に受け取った。
皇女様はむふー、と笑みを浮かべ満足した様子。
「じゃーいくぞー」
とてとて、と小走りしてシャトルを拾い、そのまま僕と距離を取る。彼女はいつも近くにいるから、余計に遠く感じてしまう。
「はーいー」
気の抜けた鶴声に気の抜けた返事をする。皇女様は、シャトルをつまむように持って構えた。
まあバドミントンといっても、軽いラリーだろう。彼女が打ちやすい、暗闇の中でも見えるくらいの速度で打ち返そ---
「どりゃああああっ!」
ヒュッ。
白く浮かびあがるポニーテールが荒波を描いたと思ったら刹那、左耳元で烈しい空を切る響動。残像すら認知不可能なシャトルは後方で地を滑った。
数秒遅れて、右に回避。
「打ち返さなきゃ、ばどみんとんにならんぞ?」
「無理です!」
小首を傾げる皇女様は、オーバーヘッドストローク(上打ち)のフォロースルー真っ最中だった。運動神経が良いのだろうか、麗しいフォームがキマっていた。
とはいえ、ラリー中にスマッシュされたら困る。
「こーいうバドミントンは、ラリーを続けることを目的としてやるんです」
サイドストロークのモーションを示しながら説明する。
「てれび、で見た選手はこんな感じだったんが」
「僕も皇女様も選手じゃないですし、ここコートじゃないですし」
「なるほど。確かに」
納得したならよかった。
皇女様は頷き、下から打つ要領で構えた。ぼーっ、とその姿を見ていたが、とある事を思いついたので提案する。
「あーそうだ。じゃー」
「ん?なんだっ?」
「三十回、ラリーが続いたら、コーラ僕が奢りますよ」
夜はいっつも、小銭を持ち歩くようにしていた。ポケットではジャラジャラ、と少なくない額が音を立てている。皇女様はぱあああっ、と目を輝かせたが少し悩む仕草をとった。
「そうかっ!!...いやでも、一週間に一度って決めてるし...」
確か一昨日、カメラの日。そんな事を言っていたっけ。あの日はそう、半分こしたんだった。
「じゃあ半分こしましょ。あと、今から運動するからカロリー的にはチャラです」
知らんけど。
「...そうだなっ!今からたくさん動けば良いんだなっ!」
「そーですそーです」
まあ軽い詭弁で溜飲を下げてもらった。何かしらご褒美的な物があった方が、ゲームっていうのは盛り上がるモンだ。
皇女様は再びラケットを構え、夜空の向こうに打ち上げた。
* * *
光量は乏しいだろうと胸算していた電灯の煌きが僕らを思いの外明るく照らす。
行き交うシャトルの影が、言葉のキャッチボールのようにテンポ良く反復していた。
「...っしょっ!いま、何回だっ?」
「ほあっ...十回っ、です!」
一定のリズムを刻むラリーは、一回一回数えてるからだろうか、普通以上に長く感じる。
「じゅうい...ちっ!」
振りかぶる際に暇なく暴れる彼女のポニーテールに目が行きがちになりながら、何とか目前のシャトルを打ち上げる。
てか、めっちゃ打ちやすい所に返してくれるなぁ。皇女様、上手。
「じゅう..にっ!..皇女様は、バドミントン、やられてたんですか?」
「や、ばどみんとん、は、てれびでしか見たことがない...けど運動は昔からやらされてたんだっ」
「そうなんですか。とても上手いの...でっ」
慣れてきたのか、お互い饒舌になりはじめていた。カウントをやめて雑談に興じる。
「そういう少年こそ、上手じゃないかっ」
「僕も運動神経が良い方なの...でっ」
ポン、ポン、と心地よい音が公園に響き渡る。ちょっと動く時に鳴る、砂利の音色が良いアクセントとなって、僕ら二人のアンサンブル。何かの演奏のようだった。
「そーいや少年」
「なんですか?」
僕の打ち返したシャトルの場所が悪かったのか、少し前のめりになっていた皇女様が唐突に言う。
「少年は、官僚養成の大学に行くのか?」
予期していなかった問いかけに、僕の思考は一旦停止する。それでも無意識で、打ち返す---その一連の流れが身体に染みついたくらい、ラリーは続いていた。
昨晩、ウヅキとの会話で。其の話題を口にしたから知っているのか。
「なんかまた色々考えてるんだろうなぁ」
答えられない僕を見て、無邪気に笑う。昨日も目にした、全てを解っているような破顔が青白く浮かんでいた。
僕は、官僚養成学校に、通うのだろうか。
行きたいのだろうか。もし、行かなかったらどうするのだ。行くしかないだろう。路頭に迷いたくない。行かなかったら、高校の担任やクラスメートに何と言われるのか。高校首席なのだ、僕は。否が応でも入学式は二週間足らずでやってくる。
けれど。
「分かり、ません」
絞り出した答えは曖昧模糊とした戯言だった。怖かった。どちらかに、断言するのが。自分で選ぶ事に、恐怖したのだ。僕は弱い。弱くて脆い。誰かに決めてもらいたい。だけど---
アンサンブルがリテヌート始めた。
「少年」
「....はい」
僕が高く打ち上げたシャトルを、皇女様は見ていない。僕の目を視ていた。
そして既視感のある構えをとった。...来る。
「もっと"楽"に生きろっ!」
再び僕の耳元で空気を裂く音。空気とは別に、自分の中の暗い部分も裂けそうな気がした。
「これで三十回だっ」
満足げに微笑み、皇女様はラケットをその場に置いて僕に歩み寄ってくる。距離が縮む。そのことに、安堵した。どこか遠くに行ってしまうんじゃないか、なんて、根拠ない危惧が脳内で渦巻いていたから。
僕はシャトルを回避したままの姿で硬直していたが、やがて意識を取り戻す。
「コーラ、買いに行きましょうか」
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