2 : 30 a.m.の皇女様

吉田コモレビ

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スイーツ①

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 彼女の言葉に囚われて、彼女に踏み込み過ぎた。『楽に生きる』。意味を捉え違えたのだろうか。睡魔に敗れた頭でぼんやり考えながら春眠暁を覚えた。

*           *           *

「なんかあまいもの食べたいのだ」

 いつもの深夜。いつもの公園。いつものごとく発せられた皇女様の第一声に、嬉しさと安堵が入り混じった心地になる。いや実質、どちらも同じ気持ちかもしれない。

「甘いもの、ですか?」
「ああ」

 いつものベンチから立ち上がった皇女様はうん、と伸びをする。頭の尾の毛先がひらつく。
 シャンプーの匂いは、これまで嗅いだことのない甘い香り。けれど『シャンプー変えました?』なんてモテ男のような真似は、僕には到底できないのだ。

 いや、でも...勇気を出せば。僕はパーカーの袖を握りしめる。
 しゃ、しゃんぷ...

「よし、行こう!」

 言いかけて、遮られた。彼女が僕の手を引くと、二つの人影が線で繋がれた。

「しゃ..どこにですか?」

 『シャンプー』と言いかけていた僕は、唇の型を変えて問う。彼女はぺろり、皮を剥ぐようにダッフルコート脱いだ。そして振り返って、その皮を僕に差し出す。

「コンビニ、だっ!」

 純白に身を包む彼女の明朗快活な笑みが、暗闇に映えた。

*              *              *

「とうちゃーく!」

 センサーが僕らに反応し、ウィーンというわざとらしい音を立てて開く。
 繋がれていた右手はこの時初めて解かれた。彼女の温度が掌に残っていて、名残惜しくなる。
 折角の夜なのに、狂ったように明るい店内の光に照明された彼女は、スキップして直進した。

 「いらっしゃいませ~」とレジ奥でウヅキの声。...またサボってんのか。

 さーて今日は、甘いもの甘いもの、と。
 皇女様は左右の陳列棚を忙しく見渡している。あんまりキョロキョロするとフードとれちゃうから気をつけて...と心配。

 カップヌードルの夜と同様、僕のパーカーで変装していたのだった。

「甘いもの、って何食べるんですか?」
「甘いもの...すなわち、すいーつ」
「スイーツですか」

 皇女様とか、普段からお高いケーキとか食べてるイメージあるんだけどな。

 まあでも、一概に値段に美味しさが比例する、って言える訳じゃないか。高価な食品を食べても何が美味とか分かんないし。聞いたことのない肉の部位よりも、あそこにあるジャッキーカルパスの方が僕は好きだし。

 そんなことは、昔---今は亡き両親に連行されて食した、フランス料理で実証済みだ。

「少年!こっちだこっち!」
「ああはい」

 売り場を見つけたらしい彼女は再び、ぼーっとしていた僕の手を引いて歩き出す。さっきも感じた温もりが、僕の手を包む。

 角を曲がってパンの見本市を通過すると、通路一つ挟んで冷蔵されたスイーツの山が。

「おおっ!すごいなっ!」
「マジですげぇ...」

 ちょっと待て全部美味そうなんだが。スイーツ売り場とか全く来ないから新鮮。

 おいおいこのシュークリーム、クリーム二つ入ってるのかよシュークリームクリームじゃん。お、ティラミスどら焼き?は?なにそれハンバーグ&ステーキ定食みたいな組み合わせかよ。...ば、ばななくれーぷ、だとっ?

「どうしよ...」

 俄然楽しくなってきた僕はスイーツを手に取って詳細を見て戻して、また別のスイーツを手にしては元の場所へ、を繰り返す。
 女の子達はみんなスイーツが大好きと巷で言われてるけど、男の子だって甘いものは好きなのだ。

 目を輝かせる僕を、皇女様は楽しげに見ていた。まるで我が子を見守るお母さんのような---なるほどこれが『バブみ』ってやつか。多分違う。

 気恥ずかしくなって咳払い一つ。

「こ、皇女様は決めました?」
「ああ!私は---」

 無邪気に、フランス語で『キャベツ』を意味する名を持つスイーツを掴む。

「シュークリーム、君に決めたっ!」

 ふっくらしたそれは、二種類のクリームがたっぷり入った人気商品らしい。値段のプレートの隣に、手描きのポップがかわいらしく添えられていた。
 うーん。それ、うまそーだよなぁ。

「じゃあ、僕も」
「...おそろい、だなっ!」

 迷いに迷った挙句、結局皇女様と同じシュークリームを選んだ。彼女と同様の陳列棚からパッケージ一つ手に取る。

 そんな僕を見て、皇女様は不思議に、困ったように笑っていた...ような気がした。

 その笑顔を見て悟る。
 そうか、僕は。
 自分で選べなくて。誰かの真似をした。

 掌に握ったシュークリームは、思ったより冷たかった。
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