11 / 16
スイーツ①
しおりを挟む
彼女の言葉に囚われて、彼女に踏み込み過ぎた。『楽に生きる』。意味を捉え違えたのだろうか。睡魔に敗れた頭でぼんやり考えながら春眠暁を覚えた。
* * *
「なんかあまいもの食べたいのだ」
いつもの深夜。いつもの公園。いつものごとく発せられた皇女様の第一声に、嬉しさと安堵が入り混じった心地になる。いや実質、どちらも同じ気持ちかもしれない。
「甘いもの、ですか?」
「ああ」
いつものベンチから立ち上がった皇女様はうん、と伸びをする。頭の尾の毛先がひらつく。
シャンプーの匂いは、これまで嗅いだことのない甘い香り。けれど『シャンプー変えました?』なんてモテ男のような真似は、僕には到底できないのだ。
いや、でも...勇気を出せば。僕はパーカーの袖を握りしめる。
しゃ、しゃんぷ...
「よし、行こう!」
言いかけて、遮られた。彼女が僕の手を引くと、二つの人影が線で繋がれた。
「しゃ..どこにですか?」
『シャンプー』と言いかけていた僕は、唇の型を変えて問う。彼女はぺろり、皮を剥ぐようにダッフルコート脱いだ。そして振り返って、その皮を僕に差し出す。
「コンビニ、だっ!」
純白に身を包む彼女の明朗快活な笑みが、暗闇に映えた。
* * *
「とうちゃーく!」
センサーが僕らに反応し、ウィーンというわざとらしい音を立てて開く。
繋がれていた右手はこの時初めて解かれた。彼女の温度が掌に残っていて、名残惜しくなる。
折角の夜なのに、狂ったように明るい店内の光に照明された彼女は、スキップして直進した。
「いらっしゃいませ~」とレジ奥でウヅキの声。...またサボってんのか。
さーて今日は、甘いもの甘いもの、と。
皇女様は左右の陳列棚を忙しく見渡している。あんまりキョロキョロするとフードとれちゃうから気をつけて...と心配。
カップヌードルの夜と同様、僕のパーカーで変装していたのだった。
「甘いもの、って何食べるんですか?」
「甘いもの...すなわち、すいーつ」
「スイーツですか」
皇女様とか、普段からお高いケーキとか食べてるイメージあるんだけどな。
まあでも、一概に値段に美味しさが比例する、って言える訳じゃないか。高価な食品を食べても何が美味とか分かんないし。聞いたことのない肉の部位よりも、あそこにあるジャッキーカルパスの方が僕は好きだし。
そんなことは、昔---今は亡き両親に連行されて食した、フランス料理で実証済みだ。
「少年!こっちだこっち!」
「ああはい」
売り場を見つけたらしい彼女は再び、ぼーっとしていた僕の手を引いて歩き出す。さっきも感じた温もりが、僕の手を包む。
角を曲がってパンの見本市を通過すると、通路一つ挟んで冷蔵されたスイーツの山が。
「おおっ!すごいなっ!」
「マジですげぇ...」
ちょっと待て全部美味そうなんだが。スイーツ売り場とか全く来ないから新鮮。
おいおいこのシュークリーム、クリーム二つ入ってるのかよシュークリームクリームじゃん。お、ティラミスどら焼き?は?なにそれハンバーグ&ステーキ定食みたいな組み合わせかよ。...ば、ばななくれーぷ、だとっ?
「どうしよ...」
俄然楽しくなってきた僕はスイーツを手に取って詳細を見て戻して、また別のスイーツを手にしては元の場所へ、を繰り返す。
女の子達はみんなスイーツが大好きと巷で言われてるけど、男の子だって甘いものは好きなのだ。
目を輝かせる僕を、皇女様は楽しげに見ていた。まるで我が子を見守るお母さんのような---なるほどこれが『バブみ』ってやつか。多分違う。
気恥ずかしくなって咳払い一つ。
「こ、皇女様は決めました?」
「ああ!私は---」
無邪気に、フランス語で『キャベツ』を意味する名を持つスイーツを掴む。
「シュークリーム、君に決めたっ!」
ふっくらしたそれは、二種類のクリームがたっぷり入った人気商品らしい。値段のプレートの隣に、手描きのポップがかわいらしく添えられていた。
うーん。それ、うまそーだよなぁ。
「じゃあ、僕も」
「...おそろい、だなっ!」
迷いに迷った挙句、結局皇女様と同じシュークリームを選んだ。彼女と同様の陳列棚からパッケージ一つ手に取る。
そんな僕を見て、皇女様は不思議に、困ったように笑っていた...ような気がした。
その笑顔を見て悟る。
そうか、僕は。
自分で選べなくて。誰かの真似をした。
掌に握ったシュークリームは、思ったより冷たかった。
* * *
「なんかあまいもの食べたいのだ」
いつもの深夜。いつもの公園。いつものごとく発せられた皇女様の第一声に、嬉しさと安堵が入り混じった心地になる。いや実質、どちらも同じ気持ちかもしれない。
「甘いもの、ですか?」
「ああ」
いつものベンチから立ち上がった皇女様はうん、と伸びをする。頭の尾の毛先がひらつく。
シャンプーの匂いは、これまで嗅いだことのない甘い香り。けれど『シャンプー変えました?』なんてモテ男のような真似は、僕には到底できないのだ。
いや、でも...勇気を出せば。僕はパーカーの袖を握りしめる。
しゃ、しゃんぷ...
「よし、行こう!」
言いかけて、遮られた。彼女が僕の手を引くと、二つの人影が線で繋がれた。
「しゃ..どこにですか?」
『シャンプー』と言いかけていた僕は、唇の型を変えて問う。彼女はぺろり、皮を剥ぐようにダッフルコート脱いだ。そして振り返って、その皮を僕に差し出す。
「コンビニ、だっ!」
純白に身を包む彼女の明朗快活な笑みが、暗闇に映えた。
* * *
「とうちゃーく!」
センサーが僕らに反応し、ウィーンというわざとらしい音を立てて開く。
繋がれていた右手はこの時初めて解かれた。彼女の温度が掌に残っていて、名残惜しくなる。
折角の夜なのに、狂ったように明るい店内の光に照明された彼女は、スキップして直進した。
「いらっしゃいませ~」とレジ奥でウヅキの声。...またサボってんのか。
さーて今日は、甘いもの甘いもの、と。
皇女様は左右の陳列棚を忙しく見渡している。あんまりキョロキョロするとフードとれちゃうから気をつけて...と心配。
カップヌードルの夜と同様、僕のパーカーで変装していたのだった。
「甘いもの、って何食べるんですか?」
「甘いもの...すなわち、すいーつ」
「スイーツですか」
皇女様とか、普段からお高いケーキとか食べてるイメージあるんだけどな。
まあでも、一概に値段に美味しさが比例する、って言える訳じゃないか。高価な食品を食べても何が美味とか分かんないし。聞いたことのない肉の部位よりも、あそこにあるジャッキーカルパスの方が僕は好きだし。
そんなことは、昔---今は亡き両親に連行されて食した、フランス料理で実証済みだ。
「少年!こっちだこっち!」
「ああはい」
売り場を見つけたらしい彼女は再び、ぼーっとしていた僕の手を引いて歩き出す。さっきも感じた温もりが、僕の手を包む。
角を曲がってパンの見本市を通過すると、通路一つ挟んで冷蔵されたスイーツの山が。
「おおっ!すごいなっ!」
「マジですげぇ...」
ちょっと待て全部美味そうなんだが。スイーツ売り場とか全く来ないから新鮮。
おいおいこのシュークリーム、クリーム二つ入ってるのかよシュークリームクリームじゃん。お、ティラミスどら焼き?は?なにそれハンバーグ&ステーキ定食みたいな組み合わせかよ。...ば、ばななくれーぷ、だとっ?
「どうしよ...」
俄然楽しくなってきた僕はスイーツを手に取って詳細を見て戻して、また別のスイーツを手にしては元の場所へ、を繰り返す。
女の子達はみんなスイーツが大好きと巷で言われてるけど、男の子だって甘いものは好きなのだ。
目を輝かせる僕を、皇女様は楽しげに見ていた。まるで我が子を見守るお母さんのような---なるほどこれが『バブみ』ってやつか。多分違う。
気恥ずかしくなって咳払い一つ。
「こ、皇女様は決めました?」
「ああ!私は---」
無邪気に、フランス語で『キャベツ』を意味する名を持つスイーツを掴む。
「シュークリーム、君に決めたっ!」
ふっくらしたそれは、二種類のクリームがたっぷり入った人気商品らしい。値段のプレートの隣に、手描きのポップがかわいらしく添えられていた。
うーん。それ、うまそーだよなぁ。
「じゃあ、僕も」
「...おそろい、だなっ!」
迷いに迷った挙句、結局皇女様と同じシュークリームを選んだ。彼女と同様の陳列棚からパッケージ一つ手に取る。
そんな僕を見て、皇女様は不思議に、困ったように笑っていた...ような気がした。
その笑顔を見て悟る。
そうか、僕は。
自分で選べなくて。誰かの真似をした。
掌に握ったシュークリームは、思ったより冷たかった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる