呼吸(いき)をするだけで、誰かの光

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2話:空を巡る見えない糸

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美咲は、夜の公園のベンチで、冷たくなった指先を抱きしめていた。 「私なんて、いなくなったって誰も困らない」 学校での居場所を失い、家にも帰れず、スマートフォンの電源は切れたまま。目の前の噴水の音だけが、やけに大きく響く。世界から切り離されたような、圧倒的な孤独だった。

彼女は、静かに目を閉じた。このまま夜に溶けてしまいたい。そう願った瞬間だった。


ふわり、と。 凍りついた彼女の頬を、不思議と温かい風が撫でた。

それは、向かいのアパートの三階で、佐藤健という男が「はぁ……」と深く吐き出した、ちっぽけなため息だった。本来なら消えてしまうはずのその息は、夜の湿気と混ざり合い、運命に導かれるように美咲の元へ届いた。

「……え?」

美咲は目を開けた。その風には、どこか人間らしい、泥臭いまでの「生」の匂いが混じっている気がした。自分と同じように、どこかで悩み、苦しみ、それでも必死に空気を吸い込んでいる誰かの存在。

「私だけじゃないんだ」

見知らぬ誰かの吐息が、彼女にとっては「明日を吸い込むための風」に変わった。彼女は震える足で立ち上がり、止まっていた時間を動かし始めた。


一年後。 健は、相変わらず営業の仕事に追われていたが、以前とは顔つきが違っていた。 「役に立たなきゃ意味がない」というモノサシを捨て、ただ目の前の人を大切にしようと決めていた。

ある雨の日。健が駅前の花屋の前を通りかかると、店先にいたアルバイトの少女が、土砂降りの空を見上げて不安そうにしていた。 健は、持っていた予備のビニール傘をそっと差し出した。

「これ、使ってください。僕は会社がすぐそこなので」

少女は驚いたように顔を上げた。その少女こそ、あの日、公園のベンチで健のため息を受け取った美咲だった。

二人は、互いがあの夜の「光」の主であることなど知らない。 けれど、美咲は健の顔を見て、なぜか懐かしい温かさを感じて微笑んだ。

「ありがとうございます。……あの、私、今日ここを辞めて、夢だった看護学校へ行くんです。最後にこんなに親切にしてもらえて、勇気が出ました」


健は、去っていく彼女の背中を見送りながら、自分の胸に手を当てた。 特別な才能も、派手な成功もない。 けれど、自分が今日まで呼吸を繋いできたから、彼女に傘を渡すことができた。彼女の新しい門出に、ほんの少しの彩りを添えることができた。

健が吐いた息を美咲が吸い、美咲が灯した笑顔を健が受け取る。 それは、言葉のない、けれど美しい命のオーケストラ。


二人はそれぞれの場所へ歩き出す。 立ち止まってもいい。振り出しに戻ってもいい。 ただ呼吸を重ねるだけで、私たちは誰かの光になり、誰かに救われている。

空には、世界中にたったひとつの「命」という名の一等星が、今日も数えきれないほど瞬いている。

「lalala... 輝いて。呼吸を重ねて」
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