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78.騎士

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「ツェツィーリエ様、同乗させていただく事をお許しください」

 カサンドラさんが、馬車の中に一緒に乗り込む。手には氷嚢を持っている。

「ありがとう、カサンドラ。冷たくて気持ちが良いわ」

 熱を持って痛む頬に、氷嚢の冷たさが気持ちが良い。

「ツェツィーリエ様、不敬は承知の上です。少し私の話をしても構いませんか?」

「え?えぇ、大丈夫よ」

「ありがとうございます」

 カサンドラは一つ呼吸を大きくすると、ゆっくりと話し始めた。

「私は、苗字がない事からもお分かりの通り、平民の産まれです。そしてそんな私は、幼い頃から街の平和を守る騎士に強く憧れておりました。そして私は騎士団の試験を受け合格をし、憧れの騎士になる事が出来ました。ですが、憧れの騎士の現実は厳しいものでした」

 カサンドラさんは、少し苦笑すると。

「私は、この醜い見た目でしょう?騎士になったものの、警護対象の方から嫌われてしまう事が多くて。鍛錬は真面目に取り組んでいましたし、他の女性騎士に負ける事もありませんでした。でも、私は努力して勝ち取った近衛騎士の座を辞する事になりました、私が醜いという、ただ1点のみの理由で」

 確かに。今までは動揺して気が付かなかったけど、カサンドラさんは目鼻立ちのハッキリとした顔立ちをしていた。それは、この世界での醜さの証。

「そんな、酷い……」

「ありがとうございます。ツェツィーリエ様のその言葉で少し報われた気分です」

 そう言って、綺麗に微笑むカサンドラさん。

「ツェツィーリエ様、そんな顔をしないで下さい。私は近衛騎士を辞し、レオナード殿下の元で働けて良かったと、今ではそう思うことができるのですから」

「そうなの?」

「はい。レオナード殿下は素晴らしいお方です。レオナード殿下は、家柄や容姿を抜きにした、実力で評価される仕組みに騎士団を変えました。レオナード殿下直属の騎士団だけとは言え、当然、貴族の方々の反発は凄まじいものでした。ですが『実力のない者が上に立ったとして、部下の騎士達はどうやって導く?自分すら満足に守れない程の実力の者が、誰かを守れる訳がないだろう。誰かが死んでからでは遅いのだ』とレオナード殿下はおっしゃってくれました。私は詳しくは知らないのですが、その後も方々に手を尽くして、貴族の方々を説得したと聞きます」

「そう、そうなの……」

 今までの騎士団が、家柄や容姿が関係する実力主義じゃない事にも驚いたが、その仕組みを大幅に変えようとするレオンを誇らしく思った。

「ツェツィーリエ様。何故レオナード殿下が急いで騎士団を実力主義の集団に変えようとしたか、その理由を今日私は改めて知りました」

「え?」

「私の予想にしか過ぎませんが、きっとツェツィーリエ様を守る為ではないかと。今回、私がこの任務に配属されたのも、きっとツェツィーリエ様と同性であるからでしょう」

「あ……」

 レオンの手紙にも書いてあった。カサンドラさんは信頼の置ける人物だから、何かあったら話していいと。それは、きっとレオンの暖かい気遣い。そして、カサンドラさんが自分の話と言って、レオンの話をし始めたのもきっとそう。

「先程お屋敷でツェツィーリエ様もお会いした、ズッカー、カール、ルーゴンの3人は、私の頼れる先輩方です。その他にも警護をする騎士はいますが、彼らは特に強く、守りは固いですので安心して下さい。……そうそう、任務中は上下関係はあれど、敬称を付けずに呼び合う事を提案したのもレオナード殿下なのですよ。そうする事によって、誰が司令官か分かりにくくする意味もあるそうです」

 ニコニコと、本当に楽しそうに話をするカサンドラさん。彼女が居てくれて良かった。馬車に乗り込んで来た事には一瞬驚いたが、私は一緒に馬車に乗っていたシスターに襲撃をされたから、馬車の中でも安心できない事を、身をもって知った。でも、だからと言って1人で馬車に乗っていたら、今度は逆に孤独で恐怖を思い出し、不安定になっていた。
 だから、このカサンドラさんの、レオンを本当に尊敬していて、仕事にやり甲斐があるのだと、キラキラとした顔で話してくれる彼女が居てくれて、私は助かっている。

「もうすぐシュタイン公爵家に着きますよ、ツェツィーリエ様」

「あら、もう?」

 カサンドラさんの目線から見るレオンの話はとても楽しく新鮮で、何時までも聞いていたい物だったから、私は少し残念な気分になった。
 合間合間に挟まれる、ズッカーさん、カールさん、ルーゴンさんの、名前しりとりの3人の話も面白かった。だけど思わず『名前がしりとりみたいね、面白いわ』と言ってしまい、カサンドラさんに興味津々といった様子で詳細を聞かれ、肩を震わせる程笑われてしまったのは失敗だったかも知れない。この世界にしりとりがないなんて知らなかったから、3人が後でからかわれなければいいけれど。

「ツェツィーリエ様」

「あら、何かしらカサンドラ」

 笑顔はそのままに、カサンドラさんは真面目な声を出す。

「このカサンドラと約束をして下さいませんか?」

「約束?」

「はい。今日1日だけで構いません。我慢をせずに、思ったままを言葉にすると」

「思った事をそのまま言葉にすればいいのね?分かったわ、カサンドラ。約束します」

「はい、ありがとうございます」

 そう言って安心したように微笑むカサンドラさん。私は後で、この約束に救われることになる。

 静かに馬車が止まり、ステップを降りるとズラっと並んだ騎士さんの姿が。こんなに、沢山もの騎士さんが……。
 そして、玄関前まで警護してくれた騎士さん達に一礼をする。訓練された騎士さん達、ざわめきこそなかったが、皆が一様に驚いた顔をしていた。

「私を助けに来てくれて、ありがとうございました。騎士の皆様」

 そして、近くに並んだ3人に。

「ズッカー、カール、ルーゴン。お屋敷に来てくれた時、心強かったわ」

 敬称なしで呼ぶと、本当にしりとりみたいだ、そう思って笑ってしまったのはご愛嬌。
 そして、最後にカサンドラさん。

「カサンドラ。貴女は馬車の中で、私を不安や恐怖から守ってくれた。本当にありがとう」

 そして、騎士さん達を最後に見渡し。

「本当に、ありがとう」

 一礼した。そしてゆっくり顔を上げ、酷く驚いた。ズラっと並んだ騎士さん達、カサンドラ達4人まで、私に跪いていたからだ。それは忠誠の証。

「皆様の忠誠、しかと受け止めました。これからも、レオン共々頼りにしておりますね」


 そして私は、静かに玄関の扉を開いた。
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