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11.不思議で便利な肩の上の存在

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「何だ、そういうことか。分かった。そのくらいなら相談に乗るぜ。淋しいときには話し相手にもなってやる。ていうか、俺だってずっとだんまりで過ごすのは嫌だからな」
「本当に? 無理してませんか?」
「するかいっ。何もかもひっくるめてこれが俺の役目であり、使命なんだよ」
 ばか負けしたみたいに笑い飛ばす清原氏。言葉遣いは多少荒くても、悪い人じゃないのはよく伝わってきた。
「さあて、もう質問はないか? ないんだったら改めて聞くぞ。どれにする? あ、念のため付け足しておくが、救済の機会を断って、このまま死を選ぶっていうのも否定しない。不本意ではあるが、俺らの側には止める権利はないからな」
「それは助けてもらう道を選びますよ。冤罪なんですから」
「結構だね。生に執着心がわいたようで何よりだ。んで、三つ目にするのかい?」
「そうですね……衣食住がどうなるのかが、今は気になってるんですよね」
「何だ、そんなことか。あんたのこれまでの暮らしと同じ程度の環境が用意される。ま、心配すべきは食ではなく職――仕事の方になるだろうよ。ひと月あまり暮らしていけるだけの金銭を用意することはできるが、あとは知らねえ」
「それで充分です。どうせカラバン探偵事務所に潜り込むつもりでいますから」
「言っておくが就職の面倒は見ないぞ。手伝ってやりたくても何もできないからな」
「ええ、大丈夫。おぼろげながら作戦が浮かんでいるので、何とかなるでしょう」
「見込みが立っているのなら、もう決まりだな?」
 清原氏の急かす口ぶりに後押しされ、僕はゆっくりとだが頷いた。

 目覚めるとベッドの上だった。
「ここは……」
 毛布一枚を跳ねのけ、身体を起こして辺りを見回す。やや硬めのクッションがぎぃと音を立てた。無意識の内に首の前辺りを撫でていたことに気付き、はっとして手を離した。
 改めて室内をぐるっと見てみた。石壁が剥き出しで冷たい印象を受けるが、実際の室温は快適だ。部屋はほぼ正方形。広さは……大人の男十名ぐらいまでなら雑魚寝しても余裕がありそう。物は少ない。ベッドにタンスが一つずつ、木の机の上には小さな棚とランプ。鎧戸付きの窓が二箇所、直角をなす壁にそれぞれあった。ベッドに近い方の鎧戸が三割ほど開けられている。ドアは二つあって、一つは下足箱が傍らに見えるから外へと通じる玄関。残る片方は風呂やトイレかな? もう一部屋あってもおかしくないけど、家具の配置や間取りから推して一軒家ではない感じ。
 とにもかくにも。
「ここが地獄や天国でないとすれば、死刑は回避できたみたいだな」
 長めの独り言を口にして、また別のことに気付く。自分の声じゃなくなっていた。清原氏の声とも違う。落ち着きのある、低い声だ。
「……あのー、清原さん? どこにいるんです?」
「おっ。意識が戻ったか。悪い悪い、寝てた」
 清原氏の声は最初に聞いたときと変わっていない。ということは僕が発している声は僕のために用意されたものなのかもしれない。
「いえ、僕も寝てましたから」
「感覚的にはそうだろうけど、厳密には違うんだ。あんたは寝てたんじゃない」
「はい?」
 確かに眠気は微塵も残っていないけど。
「あんたの肉体は絞首刑を食らった。その瞬間、あんたを引っ張り出して、こっちに移したんだが、一度は死ぬような目に遭うからか、物凄く疲弊するらしいんだ。あんたのいわゆる魂ってやつが」
「それで意識を失っていたと。ははあ、何事も勉強になる」
「覚えるのは結構だけどよ、活用できる場面はないと思うぜ」
「それより話を戻しますけど、清原さん、どこです?」
「前に言ったろ。同じ身体の中にいる。イメージしにくければ、ちっこい俺が左肩にでもちょこんと載っていると考えてくれ。俺も話すときはその辺にいるつもりでやるから」
「そういえば、左耳の方が大きく聞こえます、清原さんの声。さほど差はないけれども」
「だろ? あんたがここでいいというのなら、とりあえず定位置にするぜ」
「じゃあ答はまた後日ということに。しばらくやってみないと、判定のしようがありません」
 当然の返答をしたつもりだったけれど、清原氏は「ほんと、めんどくせー奴だな」と応じてきた。肩をすくめる様がまざまざと想像できた。
「基本的には黙って見てるから、この住まいとその周辺がどんなところなのか自分の目と耳と手足とで確認して来るか」
「ああ、いいですね。でもその前に、鏡はどこかにありますか」
 衣服はゆったりした寝間着であることをすでに視認できていたけれども、顔かたちをまだ見られていない。他人と会う前に知っておく方が安心できる気がした。
「もちろん。手鏡が一つある。そこの柱に引っ掛けてあるだろ」
 “そこ”と言われただけなのに、僕は右の方を向いていた。あれ? 不思議な感覚に包まれていた。何となくではあるが、清原氏のする動作が伝わってくるのだ。一挙手一投足とまでは言えないけれど、大まかな絵としてまぶたの裏に浮かぶようなとでも言えば、第三者にも伝わるだろうか。
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