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26.好都合な提案
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「と言いますのも、所長であるタイタス・カラバンが確言していますので。『即戦力が望ましい。即戦力が難しければ才能のある人を採用し、迅速に育てることを基本方針とする』と」
弁舌なめらかに言葉を並べるギップスさん。多分、真実を言っているんだろうけれども、僕がかつて面接を受けた際に最初に応対に出て来たときの口ぶりとは、随分違うなあとと改めて思う。
「そうだったんですか。広告の謳い文句にそのような旨が記してあれば、彼女も躊躇なく申し込めたでしょう」
「申し訳ありません。明記したいのは山々でしたが、即戦力を求めるなどと書いてしまうと、経験のない、あるいは乏しい方々が尻込みして応募をあきらめかねません。そのようにして人材を広く募れないデメリットを避けたかったのです」
「ははあ、よく理解できました。これでよい知らせを持って帰れます。念押しになりますけれども、お茶くみをさせられることは一切ない?」
「厳密な回答をお求めのようですから、こちらも誠意を持ってお答えします。業務としてのお茶くみはありません。ただし、訓練の一環として、潜入調査の状況設定で、お茶くみ役をすることはあるかもしれませんね」
潜入調査の状況設定云々は、ギップスさんなりのジョークだったのかもしれない。僕は素直に頷いておいた。
「お答えくださり、どうもありがとうございました。いい話が聞けてよかった。電報でも打ちたい気分ですよ」
「ああ、この建物からは出ない方が後々面倒にならなくて、早く済むと思いますわ」
「でしょうね。大人しく待つとします」
問い合わせの件はこれでけりが付いたが、ギップスさんはまだ立ち去らない。それどころか例のノートを改めて開いた。
「待つ時間を利して、少しフランゴさんご自身のことを窺いたいのですが、かまわないでしょうか」
「え? もしかして僕、まだ疑われてます?」
闖入者と共犯である可能性ありと思われているのかなと考えての発言だが、ギップスさんは髪を揺らして否定した。
「いいえ、そのようなことは一切考えていません。あなたもまたお知り合いの女性と同様に、探偵助手志望と小耳に挟んだものですから。折角の機会なので、お話をと思ったのです」
「あー、そういうことでしたか……でも、今のところ若い年齢層の女性のみを対象とした募集だけでしょう、やっているのは」
いい方向に風が吹き始めたのを感じる。だけど表面上はあくまでも謙虚に、控えめに行こう。しゃしゃり出るようなアピールは、ギップスさんはどうだか知らないが、カラバン探偵の好むところではないと僕は理解している。
「ご心配なく。門戸を閉ざしている訳ではありません。カラバン探偵事務所は、優れた人材を常に探し求めています」
「僕がその眼鏡に叶うと? 光栄だけれども、最前の捕り物の貢献を評価してくれているのなら、過剰というものです」
「ですが、瞬時の正しい判断や捕縛の技術は、探偵に求められる大切な要素に違いありませんでしょ? もっと自信を持ってください」
「でも、やっぱり、あれはたまたまうまく行ったと、僕自身が分かっている訳でして。何しろ、室内の様子はほとんど見えてなかったのですから」
「運もまた、あればあるほどいい要素です」
にっこりとほほ笑むギップスさん。なかなかの勧誘上手だ。
「加えて、フランゴさんには他にも特技がおありでは? 失礼になるかもしれませんが、その外貌から推すに、東洋とのつながりがあるのではないですか?」
「ええ。別に失礼には当たりませんから、どうぞ続きを。あ、父方がヤポナなんです、僕」
「それでしたらヤポナに関連する知見を、あなたもお持ちでは?」
「あいにく、ヤポナに行ったことはまだ片手の指で足りる程度で、知見と呼べるほどのものはありません。でも、こちらに大勢、ヤポナ人やマチゼールの知り合いがいるのは誇れるかな」
「そうです、人脈は宝になりますわ。特に探偵にとっては、探偵になる前からの人脈は大変重要で、ときに武器になりますから」
「――探偵が探偵であることを知らない人とのつながりは、目的まま接近したり、潜入調査をしたりするのに適している、という訳ですね」
「ええ。知らないが故の利と言えます。そのため、一度しか使えない場合も多々起こり得ますけれども、優れた探偵となりますと、同じルートを複数回使っても、なお己の正体が探偵であるとは見抜かれないよう立ち居振る舞うものです」
最後はカラバン探偵のことを言っているに違いない。にもかかわらず、ギップスさん自身も自慢げかつ誇らしげだ。
「ですからフランゴさんもすでに武器を一つ――」
話している途中で、窓外からサイレンの音が流れ込んできた。近付いてくるのが分かる。警察車両の到着のようだ。
「もう時間切れのようですわね。ともかく当方から申し述べたいのは、フランゴさんにそのつもりがおありでしたら、近々にもカラバン探偵へ推薦させていただきますという次第です」
「光栄です」
弁舌なめらかに言葉を並べるギップスさん。多分、真実を言っているんだろうけれども、僕がかつて面接を受けた際に最初に応対に出て来たときの口ぶりとは、随分違うなあとと改めて思う。
「そうだったんですか。広告の謳い文句にそのような旨が記してあれば、彼女も躊躇なく申し込めたでしょう」
「申し訳ありません。明記したいのは山々でしたが、即戦力を求めるなどと書いてしまうと、経験のない、あるいは乏しい方々が尻込みして応募をあきらめかねません。そのようにして人材を広く募れないデメリットを避けたかったのです」
「ははあ、よく理解できました。これでよい知らせを持って帰れます。念押しになりますけれども、お茶くみをさせられることは一切ない?」
「厳密な回答をお求めのようですから、こちらも誠意を持ってお答えします。業務としてのお茶くみはありません。ただし、訓練の一環として、潜入調査の状況設定で、お茶くみ役をすることはあるかもしれませんね」
潜入調査の状況設定云々は、ギップスさんなりのジョークだったのかもしれない。僕は素直に頷いておいた。
「お答えくださり、どうもありがとうございました。いい話が聞けてよかった。電報でも打ちたい気分ですよ」
「ああ、この建物からは出ない方が後々面倒にならなくて、早く済むと思いますわ」
「でしょうね。大人しく待つとします」
問い合わせの件はこれでけりが付いたが、ギップスさんはまだ立ち去らない。それどころか例のノートを改めて開いた。
「待つ時間を利して、少しフランゴさんご自身のことを窺いたいのですが、かまわないでしょうか」
「え? もしかして僕、まだ疑われてます?」
闖入者と共犯である可能性ありと思われているのかなと考えての発言だが、ギップスさんは髪を揺らして否定した。
「いいえ、そのようなことは一切考えていません。あなたもまたお知り合いの女性と同様に、探偵助手志望と小耳に挟んだものですから。折角の機会なので、お話をと思ったのです」
「あー、そういうことでしたか……でも、今のところ若い年齢層の女性のみを対象とした募集だけでしょう、やっているのは」
いい方向に風が吹き始めたのを感じる。だけど表面上はあくまでも謙虚に、控えめに行こう。しゃしゃり出るようなアピールは、ギップスさんはどうだか知らないが、カラバン探偵の好むところではないと僕は理解している。
「ご心配なく。門戸を閉ざしている訳ではありません。カラバン探偵事務所は、優れた人材を常に探し求めています」
「僕がその眼鏡に叶うと? 光栄だけれども、最前の捕り物の貢献を評価してくれているのなら、過剰というものです」
「ですが、瞬時の正しい判断や捕縛の技術は、探偵に求められる大切な要素に違いありませんでしょ? もっと自信を持ってください」
「でも、やっぱり、あれはたまたまうまく行ったと、僕自身が分かっている訳でして。何しろ、室内の様子はほとんど見えてなかったのですから」
「運もまた、あればあるほどいい要素です」
にっこりとほほ笑むギップスさん。なかなかの勧誘上手だ。
「加えて、フランゴさんには他にも特技がおありでは? 失礼になるかもしれませんが、その外貌から推すに、東洋とのつながりがあるのではないですか?」
「ええ。別に失礼には当たりませんから、どうぞ続きを。あ、父方がヤポナなんです、僕」
「それでしたらヤポナに関連する知見を、あなたもお持ちでは?」
「あいにく、ヤポナに行ったことはまだ片手の指で足りる程度で、知見と呼べるほどのものはありません。でも、こちらに大勢、ヤポナ人やマチゼールの知り合いがいるのは誇れるかな」
「そうです、人脈は宝になりますわ。特に探偵にとっては、探偵になる前からの人脈は大変重要で、ときに武器になりますから」
「――探偵が探偵であることを知らない人とのつながりは、目的まま接近したり、潜入調査をしたりするのに適している、という訳ですね」
「ええ。知らないが故の利と言えます。そのため、一度しか使えない場合も多々起こり得ますけれども、優れた探偵となりますと、同じルートを複数回使っても、なお己の正体が探偵であるとは見抜かれないよう立ち居振る舞うものです」
最後はカラバン探偵のことを言っているに違いない。にもかかわらず、ギップスさん自身も自慢げかつ誇らしげだ。
「ですからフランゴさんもすでに武器を一つ――」
話している途中で、窓外からサイレンの音が流れ込んできた。近付いてくるのが分かる。警察車両の到着のようだ。
「もう時間切れのようですわね。ともかく当方から申し述べたいのは、フランゴさんにそのつもりがおありでしたら、近々にもカラバン探偵へ推薦させていただきますという次第です」
「光栄です」
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