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30.思わぬところで

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 ともかく、僕の問いにエンドール嬢は首を左右にした。
「いいえ。大きな公園があるのは知っていましたけれども、近所ではないから、立ち寄ることはありませんでした。何か興味深い物でもあるのかしら?」
「いや、すみません。僕もないんです、入ったこと」
「あ、それはそうでしょうね」
 うん? さも当然のように受け取ってくれたぞ。どうしてそう思ったんだろ。僕がこの小さな疑問を口にすると、エンドールはころころと笑い声を立ててから答えた。
「違ってました? 探偵助手になりたくて、前の仕事を辞めて、住所もカラバン探偵事務所のなるべく近くに越してきたばかりなのではないかと想像を巡らせたんですが」
「――お見事」
 実情はちょっと異なるが、当たっていると言っていい。確かに、当たり前に推測できる話だった。ほんとにこの子、才能があるのではないかと思えてきたよ。探偵事務所がどんな面接をして、いかなる試験を課すのかは分からないが、是非とも合格して欲しい。彼女とならよりよい探偵活動ができると、確信めいたものが生まれた。
 そのためにも、私自身、絶対に落ちるわけには行かなくなった。
「それじゃ、防犯パトロールがてら、公園に入ってみますか」
 僕が水を向けると、エンドール嬢は「防犯?」と小首を傾げた。おっ、さすがに唐突すぎたかな。
「ここのような大きな公園というのは、特定の犯行の舞台として適した条件が揃っているからね。目隠しになる物が多くある、一人で歩いていても不審がられない、外部から公園奥まで時間が掛かる、足跡が残ってもごまかしが利く等々かな。あと、この公園は使われ始めて三ヶ月足らず、そろそろ近所の人も飽き始めて、人出が減る頃だろう」
「へえ、勉強になります。ていうか、フランゴさん、まったくもって犯罪者の目線じゃありませんか、それって」
「はは、そう言われてもしょうがないですね。実際、犯罪者の立場に立って、あれやこれやと犯行の想定をしてみるのは、探偵のみならず警察が使う捜査手法あるいは防犯手法の一つですよ」
「はい、それくらいなら私も知っています。今のは冗談で言ったのに、フランゴさんが真面目に答えるから困ったわ」
「そうなんだ? じゃあ、どう反応すればよかったんだろ。『犯罪者かもしれない男と、一緒に公園に入るのはやめて、帰るかい?』とかかな」
「特に正解を決めていた訳でもないんですけど、フランゴさんのその反応は……六十点ぐらいかしら」
 採点、厳しいな。苦笑するほかない。
「見回りというのはいい考えだと思いました。ひょっとしたら、昨日、フランゴさんが事件に遭遇して手柄を立てたみたいなことが、また起こらないとも限りません。そのときはいいところを見せなくちゃ」
「張り切るのは結構だけど、事件発生を望んでるみたいに聞こえるから、探偵事務所の面接の折にはそんなこと言わない方がいいよ」
「そうですね、反省します」
「それでも見回りたい気持ちには変わりない? だったらどこかで昼食を摂ってからにしたいんだけど……」
「えー? さっきのお店を離れる前に言ってくださいよ!」
 いや、我ながら段取り悪いなと思うんだが、ここまで巨大な公園だとは想像してなかったからなんだよ。広いだけならともかく、木々の生い茂った小山となるとざっと見て回るだけでも、そこそこ時間が掛かる。
「戻るのも面倒だし、近くにお店があるのか知らないし。――これだけ大きいと、公園の中で屋台の一つや二つ、出ているんじゃないですか?」
 フードスタンドか。あるとしたら、出入り口の近くだろう。ちょっと覗いてみることにした。すると風向きの違いか、木々の生え具合か、途端に香ばしい香りが漂ってきた。
「ありますね」
 平日の昼間だが、オフィス街にそれなりに近い立地のためか、都合四軒の食べ物屋が屋台を構えていた。
 歩きながら食べられるサンドイッチ系の食事と飲み物を買い、僕らは公園内をぐるっと回ってみた。
 そして結果から言えば、エンドール嬢が期待していたような犯罪が起きることはなく、平穏無事に最後まで歩ききった。交わす会話は探偵助手への希望にとどまらず、お互いの趣味や好きな音楽や文学などに及び、単なる散歩どころかデートみたいになっていたかもしれない。それでも一応、小径から外れて見えにくい、死角となり得るスペースのチェックはしていたから、後々役立つことはあるかもしれない。
 だが、そういったことよりも、僕にとってずっと気になるものをこの散歩中に目撃した。
 お昼休みだからだろう、モガラと誰かもう一人とが散策しているところを、密かに見掛けたのだ。詳しく記すと、三十メートルほど先に後ろ姿を見ただけだったので、最初は誰なのかさっぱり分からなかった。そもそも誰何さえしようとしてなかったのだけれども、その後ろ姿にどうも見覚えがあるように感じられてならない。本腰を入れてハンソンとしての記憶を掘り起こしてみたところ、ぴりぴりと僕の感覚を刺激するものがすぐに見付かった。それがアイデン・モガラだった。
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