殺意転貸

崎田毅駿

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12.混沌と収束

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「実行前にか? 私の寄る辺がなくなってしまうじゃないか」
「それぐらいのリスクは負ってください。あなたの都合で交換殺人の輪が崩れかけたんだからな。そもそも、私が沼崎麗子を殺すには、あなたの持つメモが必要だ」
「いや、しかし、電話で伝えれば事足りるんじゃないか。また顔を合わせるのは、色々とまずい」
「一瞬で済む。問題ありますまい」
 小渕は時間が厳しいだの何だのと理屈をこねたが、最終的には条件を飲んだ。島山はメモを手に入れ、沼崎麗子殺害の役目を負った。このことが川尻に対する何らかの切り札になるかもしれない、そんな計算もあってのことだった。
 しばらくして、寺田から報告が入る。川尻の態度に不審な点は見られない。だが、先生(島山)について色々調べたことも認めた。
(信じていいのか。沼崎殺害を、小渕に代わり私が受け持ったことまで掴んでいたらしい点は、ちょっと引っ掛かるが)
 島山は最初に川尻が希望していた通り、七月八日に沼崎麗子を手に掛けた。二度目だから慣れたということはなく、どちらかと言えばあっさり済んだ一度目に比べて、手こずった感覚があった。川尻のことが頭のどこかで気になっていたせいかもしれない。
 島山のそんな懸念を後押しするような出来事が、翌日にニュースとして流れた。小渕の死である。この件を驚きとともに受け止めた島山は、あれこれと想像を巡らせた。交換殺人の計画と関係あるのかどうか。あるとしたら、どうしてこうなったのか。
(もしや、川尻が? 交換殺人を離脱した小渕に制裁を加えたのだとしたら。最初から小渕抜きでやればよかったとばかりに)
 根拠のない単なる思い付きの仮説に過ぎない。それでも、島山はこの仮説に身震いを覚えた。下手を打つと、自分も消されかねない。ミスを犯していなくても、沼崎麗子を殺した現段階で、舞台裏を知る者を排除するつもりでは……。
 島山が防衛策を本気で考え始めた頃、小渕殺しの容疑者逮捕が報道された。その後の経過を見ても、五味靖なる男が犯人で間違いないようだ。島山は再び安堵できた。川尻から接触してくる気配もない。もう余計なことに頭を悩ませず、これまでの日常に戻ろう。そう強く思った。

 優秀な弁護士としての暮らしを改めて送り始めた島山だったが、嫌でも交換殺人を思い出させる出来事が起きた。
(寺田が死んだ……?)
 決して善人とは呼べなかったが、能力は買っていた。おいそれとやられるような男でもない。そんな寺田が、あっさり命を落とした。線路へ転落した結果だが、もしかするとプラットフォームから突き落とされたのかもしれない。
(やはり、川尻の仕業か。腕っ節が強そうには見えなかったが、あなどれない。ひょっとすると、仕事の部下にごつい奴がいて手伝わせたのかもしれない)
 この頃になると、島山も冷静な判断が難しくなっていた。もしも川尻に寺田殺しを手伝わせる仲間がいるのなら、交換殺人の相談に乗るはずがない。尤も、このことに気付いたとしても、不意を突けば後ろから押すぐらい、誰にでも可能だという結論を下したであろうが。
(ぐずぐずしていられん)
 島山はスケジュールを調べ、単独で動ける日を見つけた。それから凶器は何がよいかを思案し始めた。

           *           *

 寺田伸人の死は、正式に事故と認定された。寺田が当日朝、転倒して頭を打ち、軽い脳震盪を起こしていたことに加え、駅に設置された複数台の監視カメラの映像を分析し、怪しい動きをする人物は皆無であったと確認されたのが主な理由である。

 終わり
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