せどり探偵の事件

崎田毅駿

文字の大きさ
5 / 7

1-5

しおりを挟む
 関連子会社のトップに思惑を打ち明け、立派な本を作れるとの返答を得た鬼門は、本格的に計画を始動させた。関連グループ内だけで全てを作るため、カバーデザインなど、いくつかの点で不慣れさ故の手間取りはあったが、亡き息子のための本作りはほぼ順調に進んだと言えよう。
 やがて完成を見、親馬鹿なところを発揮してのお披露目パーティの算段まで整ったところで――落とし穴が待っていた。
 自費出版の計画を決めてからは、あまり起動させることのなかった息子のパソコンをその日開いてみたのは、翌日に控えたパーティにおける挨拶で、気の利いた(できれば少し感動を呼ぶような)スピーチをやりたいとの思いからだった。そのヒントを、息子の書き残した文章から探すつもりだった。
 だが、このときはいつもと違い、息子宛のメールが一通あった。息子の死が知れ渡ってからはぱたりと来なくなったのに、今になって何だろう。怪訝に思いつつ、それでもなお、深く考えることなく、メールを開いた。
 送信者名は彩紋久万美と表示されていた。さいもんくまみとでも読むのだろう。そしてタイトルは、「ただいまとありがとう」。
 他人から礼を言われるようなことをしていたのか。それもパソコン通信程度のつながりしかない他人から。鬼門は興味をかき立てられ、続く長くはない文面に目を通した。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――
送信日時:****/**/** **:**:** 
タイトル:ただいまとありがとう
送信者:彩紋久万美

 ハロー、真澄。元気にしてた? 私は元気にしてたよ。
 私の日本語の文章力もそれなりに上達したでしょう。ワードプロセッサの助けを借りたら、これぐらい簡単簡単。
 今日は日本に戻ってきたばかりで時間がないため、急いで用件だけ伝えるね。
 真澄が翻訳してくれた『透き通る剣の風』が、**賞の最終選考まで残ったよ。惜しむらく、受賞ならなかったけれども、編集の人が手紙をくれたのね。
「少し直せば本にして出せるかもしれない。一度会いたい。ただし、貴方が日本に定着することが条件」とか書いてあった。どう思う? 私はずっと日本にいられるけれども、今の文章力じゃまだまだだし、だいたい応募作品も真澄との合作みたいな物ではないかしらと思うのね。
 そこで相談。真澄は合作の作者としてこの話を受ける気があるかないか。じっくり考えて欲しいよ。余裕は十日間ぐらい。その頃またメールを出すからね。
 その他のよもやまばなしはまた今度しようね。
 じゃあ、ばい。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 読み終える前に、鬼門貞一はパソコンやテーブルに添えた両拳を強く握りしめていた。自らの肉に、爪が食い込むほどに。じきに震え出し、パソコンを載せたラックがカタカタと音を立て始める。その音を止めるべく、鬼門は慌てて机から離れた。
「何ということだ」
 知らず、呟く鬼門。
(この彩紋久万美は、帰国子女か何かか。ともかく、海外生活が長く、少なくとも日本語を書く分には不安がある。パソコン通信で知り合った真澄が英語が得意だと知り、英語あるいは片言の日本語で書いた小説を訳して欲しいと、メールで頼んだのか。そういえば、パソコン通信には同好の士の者が集まって楽しむグループのようなものが設置されているんだったな。文学グループで知り合ったに違いない。彩紋久万美もそこのメンバーに自作の小説を読んでもらいたくて、真澄に頼んだだけなんだろう。最初から投稿を考えていたのなら、顔も知らない相手に頼む訳がない)
 鬼門はそこまで直感的に悟った。そして彩紋久万美という名前からも大きな閃きを得た。
(――そうか! 彩紋じゃなくてサイモンか。英名で綴ればSIMON。久万美の方は後ろから読めば、みまく、美幕になるじゃないか。くそ、何という偶然だっ。てっきり、息子の名前の並べ替えと信じていたあの筆名が)
 歯ぎしりの音がした。次いで、胃袋の底に鉛の塊でも押し込まれたかのような、嫌な重さを感じる。吐き気も催してきた。
 今までにない失態をやらかしてしまった。これまでミスをほとんど犯さず、また犯したとしても小さなミス故、無事切り抜けてきた鬼門貞一にとり、初めて味わう屈辱的なミス。その感覚に身体がまた震え始めた。
(このまま出版する線は絶対にない。パーティも中止だ。彩紋久万美に事情を伝え、改めて共著の形を取って出版にこぎ着ける、これならありかもしれない。だが、それよりも何よりも――私は私が犯したこのばかげた失敗が許せん! ああ、できることなら、私は彩紋久万美と賞の選考委員と編集者を葬ってでも、計画通りに進めたいぐらいだ!)
 左の手のひらを右拳できつく叩いた鬼門。ここまで思い詰めた彼を、辛うじて良識のライン内に踏みとどまらせたのは。
(――そんなことをして何になる? 真澄が書いたんじゃない作品を本にして、何の意味があるんだ)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サウンド&サイレンス

崎田毅駿
青春
女子小学生の倉越正美は勉強も運動もでき、いわゆる“優等生”で“いい子”。特に音楽が好き。あるとき音楽の歌のテストを翌日に控え、自宅で練習を重ねていたが、風邪をひきかけなのか喉の調子が悪い。ふと、「喉は一週間あれば治るはず。明日、先生が交通事故にでも遭ってテストが延期されないかな」なんてことを願ったが、すぐに打ち消した。翌朝、登校してしばらくすると、先生が出勤途中、事故に遭ったことがクラスに伝えられる。「昨日、私があんなことを願ったせい?」まさかと思いならがらも、自分のせいだという考えが頭から離れなくなった正美は、心理的ショックからか、声を出せなくなった――。

扉の向こうは不思議な世界

崎田毅駿
ミステリー
小学校の同窓会が初めて開かれ、出席した菱川光莉。久しぶりの再会に旧交を温めていると、遅れてきた最後の一人が姿を見せる。ところが、菱川はその人物のことが全く思い出せなかった。他のみんなは分かっているのに、自分だけが知らない、記憶にないなんて?

籠の鳥はそれでも鳴き続ける

崎田毅駿
ミステリー
あまり流行っているとは言えない、熱心でもない探偵・相原克のもとを、珍しく依頼人が訪れた。きっちりした身なりのその男は長辺と名乗り、芸能事務所でタレントのマネージャーをやっているという。依頼内容は、お抱えタレントの一人でアイドル・杠葉達也の警護。「芸能の仕事から身を退かねば命の保証はしない」との脅迫文が繰り返し送り付けられ、念のための措置らしい。引き受けた相原は比較的楽な仕事だと思っていたが、そんな彼を嘲笑うかのように杠葉の身辺に危機が迫る。

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

江戸の検屍ばか

崎田毅駿
歴史・時代
江戸時代半ばに、中国から日本に一冊の法医学書が入って来た。『無冤録述』と訳題の付いたその書物の知識・知見に、奉行所同心の堀馬佐鹿は魅了され、瞬く間に身に付けた。今や江戸で一、二を争う検屍の名手として、その名前から検屍馬鹿と言われるほど。そんな堀馬は人の死が絡む事件をいかにして解き明かしていくのか。

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...