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まずいはきまずいはずなのに その4
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「だ、大丈夫だって。もういたずらできないよう、帰る直前に渡せばいいわ。それまでは私がしっかり見張っておく。それか、もしよければ私が平田君の家に届ける」
「いや、いいんだ」
先ほどよりずっと強い口調に、私はびくっとなった。怒ってる? でも私のせいでないことは理解したはず。かといって、高杉に怒っている風にも見えない。何ていうか、平田君……絶望したような顔になっている。私は急に不安に駆られ、彼に確かめた。
「次の部活、来てくれるよね?
「ごめん。短い間だったけれども、もう手を引かせて欲しい」
――大きなショックをどうにか受け止め、私は彼との距離を二歩、縮めた。
「何で? 理由を聞かないと納得できない」
「……誰にも言わないと約束してくれるのなら」
周囲を気にする素振りの平田君。態度から一種の決意がにじむ。私は無言で強くうなずいた。
「少し前から異変を感じてたけど、間違いない。僕は恐らく、味覚障害を起こしている」
「え」
聞き慣れない言葉に理解が追い付かず、漢字変換に時間が掛かる。
「味が分からないみたいなんだ」
平田君は、自分自身のことなのに“みたい”と言い表した。それだけ味覚が不確かなんだ。
「味がって、でも、いつから? 調理部ではちゃんとお手本を作ってたじゃない」
「ぼんやりと自覚し始めたのは、夏に入る前かな。三度の食事で、薄味に感じることが増えてきて。でも気のせいと思い、放っていたんだ。部活ではレシピ通りに作ればよかったし」
深刻そうかつ申し訳なさそうな彼を見て、居ても立ってもいられなくなる。
「げ、原因は? もしかして、私達の作った料理が変で、それを食べたせい?」
私が思い付くまま言うと、平田君は――吹き出した。え、笑うの?
「まさか、それはあり得ないよ。あまりに突拍子もないから、笑っちゃったじゃないか」
「だったら何が」
「僕もまだ少し調べただけだからよく知らないが、亜鉛の欠乏とか、他の病気の副次的な症状だとか、あるいはストレス」
「私達を教えるのがストレスに……」
「だから違うって。病院で診てもらわないと何とも言えないけど、篠宮さん達が原因では絶対にない。それよりも頼みがある」
「何でも言って」
「僕が戻るまで、調理部の活動を続けて」
「――うん」
できる限り元気よく、うなずいた。
その後、診察を受けた結果を教えてもらった。平田君の話によると、原因は多分、ストレス。お父さん、クック・タイラーからの期待が凄かったんだって。重圧を感じつつも期待に応えなければとがんばっていた平田君だけど、活躍の幅を広げる(名古屋から東京に越したのもタイラーのレギュラー番組出演に合わせたため)父親を見て、意識の外で限界を感じ、張り詰めていた糸が切れたみたいになったんじゃないかということらしい。
「それで治りそう……?」
「完治はまだ先だけど、上向きだよ。父さん――父も凄く分かってくれて、以前ほど料理料理と言わなくなった上に、こっちが申し訳なくなるほど反省し、しょんぼりしている。でもまあテレビの仕事は契約があるから続けるみたいだ」
「よかった。あ、でも、平田君、料理をもうしないとか?」
「いや。今は離れているだけで、多分続ける」
「それならいいの。調理部に復帰して、また先生をお願いします」
久々に心の底から笑顔になれた。平田君が不味さを指摘しなかったのは、私を好きだからでも何でもなくてちょっぴり残念だけど、これから再び見付ければいい、初恋を。
「まずいはきまずいはずなのに」.終
「いや、いいんだ」
先ほどよりずっと強い口調に、私はびくっとなった。怒ってる? でも私のせいでないことは理解したはず。かといって、高杉に怒っている風にも見えない。何ていうか、平田君……絶望したような顔になっている。私は急に不安に駆られ、彼に確かめた。
「次の部活、来てくれるよね?
「ごめん。短い間だったけれども、もう手を引かせて欲しい」
――大きなショックをどうにか受け止め、私は彼との距離を二歩、縮めた。
「何で? 理由を聞かないと納得できない」
「……誰にも言わないと約束してくれるのなら」
周囲を気にする素振りの平田君。態度から一種の決意がにじむ。私は無言で強くうなずいた。
「少し前から異変を感じてたけど、間違いない。僕は恐らく、味覚障害を起こしている」
「え」
聞き慣れない言葉に理解が追い付かず、漢字変換に時間が掛かる。
「味が分からないみたいなんだ」
平田君は、自分自身のことなのに“みたい”と言い表した。それだけ味覚が不確かなんだ。
「味がって、でも、いつから? 調理部ではちゃんとお手本を作ってたじゃない」
「ぼんやりと自覚し始めたのは、夏に入る前かな。三度の食事で、薄味に感じることが増えてきて。でも気のせいと思い、放っていたんだ。部活ではレシピ通りに作ればよかったし」
深刻そうかつ申し訳なさそうな彼を見て、居ても立ってもいられなくなる。
「げ、原因は? もしかして、私達の作った料理が変で、それを食べたせい?」
私が思い付くまま言うと、平田君は――吹き出した。え、笑うの?
「まさか、それはあり得ないよ。あまりに突拍子もないから、笑っちゃったじゃないか」
「だったら何が」
「僕もまだ少し調べただけだからよく知らないが、亜鉛の欠乏とか、他の病気の副次的な症状だとか、あるいはストレス」
「私達を教えるのがストレスに……」
「だから違うって。病院で診てもらわないと何とも言えないけど、篠宮さん達が原因では絶対にない。それよりも頼みがある」
「何でも言って」
「僕が戻るまで、調理部の活動を続けて」
「――うん」
できる限り元気よく、うなずいた。
その後、診察を受けた結果を教えてもらった。平田君の話によると、原因は多分、ストレス。お父さん、クック・タイラーからの期待が凄かったんだって。重圧を感じつつも期待に応えなければとがんばっていた平田君だけど、活躍の幅を広げる(名古屋から東京に越したのもタイラーのレギュラー番組出演に合わせたため)父親を見て、意識の外で限界を感じ、張り詰めていた糸が切れたみたいになったんじゃないかということらしい。
「それで治りそう……?」
「完治はまだ先だけど、上向きだよ。父さん――父も凄く分かってくれて、以前ほど料理料理と言わなくなった上に、こっちが申し訳なくなるほど反省し、しょんぼりしている。でもまあテレビの仕事は契約があるから続けるみたいだ」
「よかった。あ、でも、平田君、料理をもうしないとか?」
「いや。今は離れているだけで、多分続ける」
「それならいいの。調理部に復帰して、また先生をお願いします」
久々に心の底から笑顔になれた。平田君が不味さを指摘しなかったのは、私を好きだからでも何でもなくてちょっぴり残念だけど、これから再び見付ければいい、初恋を。
「まずいはきまずいはずなのに」.終
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