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キプロスは緊張感を解こうと、深呼吸した。だが、間違っても、大きな音を立ててはならない。扉の向こうにいる者に、気付かれてはならないのだ。
扉に当てていた手を見ると、じっとり、汗がにじんでいる。両手をこすり合わせ、それを拭った。そして扉の取っ手を掴むと、慎重に回した。
扉はすっと開いた。室内を覗けるよう、細い隙間を作る。必要以上に開けると、気付かれかねない。
「……」
息を飲み、キプロスは部屋の中に目を凝らした。明かりの乏しい室内は、なかなか判然としない。
(あ)
でかかった声を飲み込むと、キプロスはさらに意識を集中させる。
薄明かりの中、展開される光景。それは、エイカーの治療行為である。まだ誰も目にしたことのないその様子を、キプロスは見届けるよう、命じられた。
そして、例の風評を立てるため、何らかの決定的な「怪しさ」を見つけなくてはならない。
エイカーは、寝台に眠る患者――最後の患者である――を見守っていた。寝台のすぐ側に、あの棺桶が寄せてあった。
(あの棺桶が、治療と関係あるのだろうか)
キプロスの想像は正しいと、すぐに証明された。
エイカーは棺桶に手をかけると、その蓋をぎりぎりと動かした。見た目ほど重たい物でないらしく、蓋はすぐに開いた。が、棺桶の中に何があるのかは、キプロスのいる位置からは見えない。
エイカーは、キプロスの存在に全く気付いていない。ただただ、治療に没頭している。彼はやがて、棺桶の中に両手を差し入れた。そして何かを掴むと、ぐっと引き起こす仕種を見せる。
ついに、棺桶の中のものが、姿を現す――。
「げっ!」
短くではあるが、叫び声を上げてしまったキプロス。慌てて口を押さえたが、エイカーはまるで気付かない。
キプロスが叫んだのも無理なかった。棺桶の中から引き起こされたものの正体は、『怪物』だったのだから。
手足が二本に頭と胴があるところは、人間に似ていた。しかし、その他の点は似ても似つかない。全身は真っ黒で、頭とおぼしき箇所に、顔はない。何かいぼ状の物が覆っていた。顔だけでなく、そのいぼは全身を覆い隠しているのだ。いくつかのいぼからは、黄色っぽい液がしみ出ているように見えた。正しく、怪物としか言い様がない。
キプロスの驚愕を知らず、黙々と作業を続けるエイカー。彼は怪物を支えてやり、立たせた。怪物はエイカーに促されるまま、奇病患者へと寄り添い始める。黒い両手をゆるりと持ち上げると、患者の顔や腕、胸の辺りへと押し当て始めた。わずかであったが、患者の衣服が、黄色く汚れたようだ。
(な……何なのだ、これは……)
総毛立つのを感じたキプロス。寒さから身を守るように、ぐっと両手で身体を抱きしめた。それでも逆立つ毛はそのままだった。それどころか、震えさえ起こっている。
もう、これ以上、ここにはおれない。いれば、気がおかしくなってしまう。キプロスはそう判断すると、扉の隙間もそのままに、忍び足で後退した。それもじれったくなり、ある程度、エイカーのいる部屋から離れると、一目散にかけ出していった。
エイカー追い出しに、保安官十人がかり出された。
この国の言葉にさほど通じていないらしいエイカーは、治療のために与えられた部屋から引きずり出され、ぼろ切れのように打ち捨てられた。雨上がりの地面には、水たまりがいくつもできていた。
エイカーその人は簡単に叩き出せた保安官達だったが、棺桶には手こずっている。何しろ、中に怪物がいると聞かされている。及び腰になるのも無理ない。
「おい、おまえがやれよ」
「冗談じゃない。何で、俺一人が」
そんなやり取りを繰り返している合間に、エイカーが全身を使っての抗議を始めた。両手を大きく振りかざし、彼は異国の言葉でわめきたてる。しかし、それが誰にも通じないとみるや、
「何故? 悪いことしたか?」
と、この国の言葉をたどたどしくつないだ。
「うるさい!」
一喝する保安官。
「おまえにはなあ、今日中にこの市から出て行くよう、強制退去命令が出ている。素直に従えば、乱暴はせん。いいな?」
「しかし、することが残ってる。治りかけの人達……」
「詐欺野郎が、一人前の口を利くんじゃねえよっ。てめえで病気の元をばらまいておいて、てめえで治療して金を巻き上げるとは、いい根性をしているよなあ! おら、この棺桶持って、どこにでも消えな!」
いいことを思い付いたとばかり、保安官は棺桶を指差す。エイカー自身に運び出させようというのだ。
「……」
髪の隙間から、エイカーの目が覗いた。
「何だ、その目つきは? おまえの持ち物だろうが。運べよ」
「……」
沈黙を守ったまま、エイカーはふらふらとした足取りで棺桶にたどり着くと、結び付けられた縄を手繰り寄せた。
「ぎぎぎ」
うなり声を上げながら、縄を握る手に力を込めるエイカー。棺桶は、やがてずるずると動き始めた。
「随分、ゆっくりしてるなあ」
「今日中に出て行けよ。分かってるな!」
そんな野次が飛んだ。保安官だけでなく、集まっていた市民達からも、からかいの声が飛んだ。すでに、噂は浸透していた。奇病を治療してくれた評判は、太陽にさらされた朝露のごとく消え去っている。
エイカーはうつむいたまま、泥道を進んで行った。
扉に当てていた手を見ると、じっとり、汗がにじんでいる。両手をこすり合わせ、それを拭った。そして扉の取っ手を掴むと、慎重に回した。
扉はすっと開いた。室内を覗けるよう、細い隙間を作る。必要以上に開けると、気付かれかねない。
「……」
息を飲み、キプロスは部屋の中に目を凝らした。明かりの乏しい室内は、なかなか判然としない。
(あ)
でかかった声を飲み込むと、キプロスはさらに意識を集中させる。
薄明かりの中、展開される光景。それは、エイカーの治療行為である。まだ誰も目にしたことのないその様子を、キプロスは見届けるよう、命じられた。
そして、例の風評を立てるため、何らかの決定的な「怪しさ」を見つけなくてはならない。
エイカーは、寝台に眠る患者――最後の患者である――を見守っていた。寝台のすぐ側に、あの棺桶が寄せてあった。
(あの棺桶が、治療と関係あるのだろうか)
キプロスの想像は正しいと、すぐに証明された。
エイカーは棺桶に手をかけると、その蓋をぎりぎりと動かした。見た目ほど重たい物でないらしく、蓋はすぐに開いた。が、棺桶の中に何があるのかは、キプロスのいる位置からは見えない。
エイカーは、キプロスの存在に全く気付いていない。ただただ、治療に没頭している。彼はやがて、棺桶の中に両手を差し入れた。そして何かを掴むと、ぐっと引き起こす仕種を見せる。
ついに、棺桶の中のものが、姿を現す――。
「げっ!」
短くではあるが、叫び声を上げてしまったキプロス。慌てて口を押さえたが、エイカーはまるで気付かない。
キプロスが叫んだのも無理なかった。棺桶の中から引き起こされたものの正体は、『怪物』だったのだから。
手足が二本に頭と胴があるところは、人間に似ていた。しかし、その他の点は似ても似つかない。全身は真っ黒で、頭とおぼしき箇所に、顔はない。何かいぼ状の物が覆っていた。顔だけでなく、そのいぼは全身を覆い隠しているのだ。いくつかのいぼからは、黄色っぽい液がしみ出ているように見えた。正しく、怪物としか言い様がない。
キプロスの驚愕を知らず、黙々と作業を続けるエイカー。彼は怪物を支えてやり、立たせた。怪物はエイカーに促されるまま、奇病患者へと寄り添い始める。黒い両手をゆるりと持ち上げると、患者の顔や腕、胸の辺りへと押し当て始めた。わずかであったが、患者の衣服が、黄色く汚れたようだ。
(な……何なのだ、これは……)
総毛立つのを感じたキプロス。寒さから身を守るように、ぐっと両手で身体を抱きしめた。それでも逆立つ毛はそのままだった。それどころか、震えさえ起こっている。
もう、これ以上、ここにはおれない。いれば、気がおかしくなってしまう。キプロスはそう判断すると、扉の隙間もそのままに、忍び足で後退した。それもじれったくなり、ある程度、エイカーのいる部屋から離れると、一目散にかけ出していった。
エイカー追い出しに、保安官十人がかり出された。
この国の言葉にさほど通じていないらしいエイカーは、治療のために与えられた部屋から引きずり出され、ぼろ切れのように打ち捨てられた。雨上がりの地面には、水たまりがいくつもできていた。
エイカーその人は簡単に叩き出せた保安官達だったが、棺桶には手こずっている。何しろ、中に怪物がいると聞かされている。及び腰になるのも無理ない。
「おい、おまえがやれよ」
「冗談じゃない。何で、俺一人が」
そんなやり取りを繰り返している合間に、エイカーが全身を使っての抗議を始めた。両手を大きく振りかざし、彼は異国の言葉でわめきたてる。しかし、それが誰にも通じないとみるや、
「何故? 悪いことしたか?」
と、この国の言葉をたどたどしくつないだ。
「うるさい!」
一喝する保安官。
「おまえにはなあ、今日中にこの市から出て行くよう、強制退去命令が出ている。素直に従えば、乱暴はせん。いいな?」
「しかし、することが残ってる。治りかけの人達……」
「詐欺野郎が、一人前の口を利くんじゃねえよっ。てめえで病気の元をばらまいておいて、てめえで治療して金を巻き上げるとは、いい根性をしているよなあ! おら、この棺桶持って、どこにでも消えな!」
いいことを思い付いたとばかり、保安官は棺桶を指差す。エイカー自身に運び出させようというのだ。
「……」
髪の隙間から、エイカーの目が覗いた。
「何だ、その目つきは? おまえの持ち物だろうが。運べよ」
「……」
沈黙を守ったまま、エイカーはふらふらとした足取りで棺桶にたどり着くと、結び付けられた縄を手繰り寄せた。
「ぎぎぎ」
うなり声を上げながら、縄を握る手に力を込めるエイカー。棺桶は、やがてずるずると動き始めた。
「随分、ゆっくりしてるなあ」
「今日中に出て行けよ。分かってるな!」
そんな野次が飛んだ。保安官だけでなく、集まっていた市民達からも、からかいの声が飛んだ。すでに、噂は浸透していた。奇病を治療してくれた評判は、太陽にさらされた朝露のごとく消え去っている。
エイカーはうつむいたまま、泥道を進んで行った。
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