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「あそこにいるぜ」
一人が低く言った。夜の暗がりの中、彼の指差す先には、うずくまる姿勢をした人影がある。傍らには細長い直方体。
「まだ出て行ってなかったんだ」
もう一人の男が、ほくそ笑む。
「やっちまうか」
「ああ。命令を守らない場合、エイカーのやつをどうしようと、俺達が正義だ」
相談する二人の男の表情は、凶暴なものになっていた。
一人が用意してきたたいまつに、火を着けた。油をたっぷりと染み込ませてあるそれは、音を立ててすぐに燃え上がった。
しかし、エイカーに気付かれた様子はない。
男二人は、それでもそろそろとエイカーに近寄ると、一旦、目を合わせた。
「……まず、棺桶からだな」
「そうだな。怪物とやらが飛び出してきて、暴れられたらかなわん」
二人は決断すると、棺桶の方に忍び寄る。そして持って来た油を、ぼたぼたと大量に垂らす。
「食らえ!」
一声叫び、持っていたたいまつで棺桶に火を――。
ごっ、と音がした。一気に明るくなる。棺桶全体を、炎が包む。早くも、気の弾ける音さえ始まった。
「があっ!」
苦痛の声。それと共に、棺桶に火柱が立った。
いや、違う。火柱ではない。頭に両手両足がある。人形をした火柱。棺桶の中の怪物が、棺桶を突き破り、立ち上がったのだ。そいつは全身火だるまになり、激しくうめきながら、地面を転がり回る。
「……」
二人の男達も、この光景には呆気に取られてしまっている。ぽかんと口を開け、じっと見つめるだけ。
「何を!」
目を覚ましたエイカーが叫んだ。と同時に、彼は疾風のように男二人を突き飛ばし、転げ回る怪物へ手を差し伸べようとする。が、その火の勢いは相当なものだ。びくりと手を引っ込めてしまった。
「くそ、こ、こいつもやってしまえ」
したたか肘や背中を強打した男達は、体勢を立て直すと、エイカーに向かって行った。
「黙れ!」
エイカーの鋭い叫び。いつの間に拾ったのだろう、彼の手には、太い棍棒ようの物があった。それを激しく振り回す。迂闊に近付くと、頭を割られかねないほどの、猛烈な勢い。風を切る音が起こっている。
「だ、だめだ」
それだけ吐き捨てると、男達は一目散にかけ出した。
あとには、息を乱したエイカー。
棺桶の怪物を振り返ると、ぐったりとして、もはや動いていなかった。火がまだくすぶっており、煙が何本か立ち昇っている。
空を歩くような足どりのエイカーは、怪物の前にひざまずいた。そして、怪物の身体をかき抱く。そして。
「お、お、おおお……」
哭いていた。
やっとのことで、エイカーは落ち着ける場所を見つけた。人目を避け、傷ついた彼が怪物を収めた棺桶――本来の役目を果たしている――を引きずり、たどり着いたのは、あの廃坑跡の小屋であった。
小屋の扉を開けたエイカーは、びくりと身体を震わせた。
中では、男が一人、死んでいた。死んでからかなりの日にちが経っているらしい。その死因は……。
「この人もエイカ病の犠牲者……」
エイカーが、彼の国の言葉でつぶやいた。
エイカ病。それが、大陸を徐々に蝕んで行きつつある奇病に与えられた名前であった。エイカーは、そこここに残る乾いた吐血の跡から、男の死んだ原因をそう断定した。
エイカーは男の腕を取った。遺体の左手から手帳が落ち、ぱらぱらとめくれた。びっしりと文字が書き込まれていたが、エイカーにはほとんど読めない。ただ一つ、手帳の持ち主の名前らしき箇所だけ、判読できた。
「ひ、ゅ、ご……。ヒューゴさんか」
ぽつりとエイカー。
「こんなところで、一人で死んでいるなんて……。誰にも己の病を移させまいと、家族や友人から離れて、死を待ったのかい? 何てことだ……」
私が治したものを。エイカーは、ほぞを噛む思いであった。彼は、棺桶の方へ視線を落とした。その胸の内に、様々な思いが一度にわき起こる。
(私と彼……キャスケットの二人で、治せたものを……。
エイカ病は確かに、難病。だが、治療法はあるんだ。エイカ病患者は、ザッケン病患者――キャスケット――に触れることにより、ザッケン病にかかればいい。ザッケン病の力で、エイカ病の元は退治される。
健常者がザッケン病にかかると、命に別状はないものの、キャスケットのような姿になってしまう。全身がただれたように黒くなり、無数のいぼが浮き出てくる。化膿すると、ひどい痒みに襲われる。さらには、足腰が立たなくなってしまう。個人差はあるが、ある程度の日数が経過すれば、全ての症状はなくなり、健康に戻れるのだ。それに、一度かかれば、二度とザッケン病にかかることはない。エイカ病にもかからなくなる。
外見だけなのだ。この外見の異様ささえなければ……。そして、ザッケン病患者が自力で歩けたなら、こんな棺桶で運ぶなんて真似、しなくてよいものを。どうしても、怪しまれてしまう。それでも言葉が通じればいいのだが……とうとう、私は失態を……。すまない、キャスケット……)
エイカーは思考を中断し、棺桶の蓋を開けた。そして、キャスケットをそこから出すと、エイカ病で死んだヒューゴという男に並べて、横たわらせた。二人を葬ってあげたく思う。
エイカーはそれから、ゆっくりと時間をかけ、二人を土に埋めた。
一人が低く言った。夜の暗がりの中、彼の指差す先には、うずくまる姿勢をした人影がある。傍らには細長い直方体。
「まだ出て行ってなかったんだ」
もう一人の男が、ほくそ笑む。
「やっちまうか」
「ああ。命令を守らない場合、エイカーのやつをどうしようと、俺達が正義だ」
相談する二人の男の表情は、凶暴なものになっていた。
一人が用意してきたたいまつに、火を着けた。油をたっぷりと染み込ませてあるそれは、音を立ててすぐに燃え上がった。
しかし、エイカーに気付かれた様子はない。
男二人は、それでもそろそろとエイカーに近寄ると、一旦、目を合わせた。
「……まず、棺桶からだな」
「そうだな。怪物とやらが飛び出してきて、暴れられたらかなわん」
二人は決断すると、棺桶の方に忍び寄る。そして持って来た油を、ぼたぼたと大量に垂らす。
「食らえ!」
一声叫び、持っていたたいまつで棺桶に火を――。
ごっ、と音がした。一気に明るくなる。棺桶全体を、炎が包む。早くも、気の弾ける音さえ始まった。
「があっ!」
苦痛の声。それと共に、棺桶に火柱が立った。
いや、違う。火柱ではない。頭に両手両足がある。人形をした火柱。棺桶の中の怪物が、棺桶を突き破り、立ち上がったのだ。そいつは全身火だるまになり、激しくうめきながら、地面を転がり回る。
「……」
二人の男達も、この光景には呆気に取られてしまっている。ぽかんと口を開け、じっと見つめるだけ。
「何を!」
目を覚ましたエイカーが叫んだ。と同時に、彼は疾風のように男二人を突き飛ばし、転げ回る怪物へ手を差し伸べようとする。が、その火の勢いは相当なものだ。びくりと手を引っ込めてしまった。
「くそ、こ、こいつもやってしまえ」
したたか肘や背中を強打した男達は、体勢を立て直すと、エイカーに向かって行った。
「黙れ!」
エイカーの鋭い叫び。いつの間に拾ったのだろう、彼の手には、太い棍棒ようの物があった。それを激しく振り回す。迂闊に近付くと、頭を割られかねないほどの、猛烈な勢い。風を切る音が起こっている。
「だ、だめだ」
それだけ吐き捨てると、男達は一目散にかけ出した。
あとには、息を乱したエイカー。
棺桶の怪物を振り返ると、ぐったりとして、もはや動いていなかった。火がまだくすぶっており、煙が何本か立ち昇っている。
空を歩くような足どりのエイカーは、怪物の前にひざまずいた。そして、怪物の身体をかき抱く。そして。
「お、お、おおお……」
哭いていた。
やっとのことで、エイカーは落ち着ける場所を見つけた。人目を避け、傷ついた彼が怪物を収めた棺桶――本来の役目を果たしている――を引きずり、たどり着いたのは、あの廃坑跡の小屋であった。
小屋の扉を開けたエイカーは、びくりと身体を震わせた。
中では、男が一人、死んでいた。死んでからかなりの日にちが経っているらしい。その死因は……。
「この人もエイカ病の犠牲者……」
エイカーが、彼の国の言葉でつぶやいた。
エイカ病。それが、大陸を徐々に蝕んで行きつつある奇病に与えられた名前であった。エイカーは、そこここに残る乾いた吐血の跡から、男の死んだ原因をそう断定した。
エイカーは男の腕を取った。遺体の左手から手帳が落ち、ぱらぱらとめくれた。びっしりと文字が書き込まれていたが、エイカーにはほとんど読めない。ただ一つ、手帳の持ち主の名前らしき箇所だけ、判読できた。
「ひ、ゅ、ご……。ヒューゴさんか」
ぽつりとエイカー。
「こんなところで、一人で死んでいるなんて……。誰にも己の病を移させまいと、家族や友人から離れて、死を待ったのかい? 何てことだ……」
私が治したものを。エイカーは、ほぞを噛む思いであった。彼は、棺桶の方へ視線を落とした。その胸の内に、様々な思いが一度にわき起こる。
(私と彼……キャスケットの二人で、治せたものを……。
エイカ病は確かに、難病。だが、治療法はあるんだ。エイカ病患者は、ザッケン病患者――キャスケット――に触れることにより、ザッケン病にかかればいい。ザッケン病の力で、エイカ病の元は退治される。
健常者がザッケン病にかかると、命に別状はないものの、キャスケットのような姿になってしまう。全身がただれたように黒くなり、無数のいぼが浮き出てくる。化膿すると、ひどい痒みに襲われる。さらには、足腰が立たなくなってしまう。個人差はあるが、ある程度の日数が経過すれば、全ての症状はなくなり、健康に戻れるのだ。それに、一度かかれば、二度とザッケン病にかかることはない。エイカ病にもかからなくなる。
外見だけなのだ。この外見の異様ささえなければ……。そして、ザッケン病患者が自力で歩けたなら、こんな棺桶で運ぶなんて真似、しなくてよいものを。どうしても、怪しまれてしまう。それでも言葉が通じればいいのだが……とうとう、私は失態を……。すまない、キャスケット……)
エイカーは思考を中断し、棺桶の蓋を開けた。そして、キャスケットをそこから出すと、エイカ病で死んだヒューゴという男に並べて、横たわらせた。二人を葬ってあげたく思う。
エイカーはそれから、ゆっくりと時間をかけ、二人を土に埋めた。
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