コフィン・ウォーカー:疫病と棺桶

崎田毅駿

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 枯れ野に着いた火のごとく、噂は瞬く間に広がった。
 噂――デガード卿の酔狂な行いを笑うものではない。デガード卿の娘が完治したという噂であった。
 実際には、治りきったのではなかった。死の淵から生還し、快方に向かっている段階なのだが、奇病が猛威を奮う現状においては、それだけで充分。エイカーの名も市中に知れ渡り、身近に患者を持つ者達が診てもらいたいと、エイカーを頼るようになってきた。
 いち早く噂を察した市長ら役人は、曖昧にしておいた態度を、急に明確なものへと転じる。今になってエイカーの申し出を受け入れた形とし、診療の場を提供したのである。と言っても、もはや、多くの患者を寝かすためだけの場と化した公民館を、そのまま診療所としたに過ぎないのであるが。
 ただ、市側が申し出を受け入れたとき、エイカーは困惑したようだった。市側の態度の急変ぶりと、患者数のあまりの多さとに驚き、困っている。そんな様子が見受けられた。そこを説得し、エイカーが最初に提示していた額の三倍の金貨を払うとして、半ば強引に承諾させたのである。
「あんなのが『救い主』とはな」
 救い主という単語を強く言ったのは、市長だった。
「様子はどうかね?」
「相変わらずの混雑でしたね」
 公民館を見回ってきた使いの者は、市長に伝える。
「これまで自宅での治療に固執してきた者も、噂を聞きつけたのでしょう。結果、市中の奇病患者が集まることになり、いくらエイカーが治療を施しても、追い付かない模様です」
「そうか。治療したと言っても、すぐに全快、歩き回れるようになる訳じゃないからな」
「このままの勢いだと、公民館が満杯状態になって、患者らを寝かせる場所が足りなくなるかもしれません」
「そのときは、役立たずの医者共に言ってやれ。持っている病院を提供しろとな。これまで何もできなかった連中に、それぐらいの義務はあって当然だろう」
 市長の決めつけるような口調。いくら奇病騒動に困り果てていたにしても、配慮がなさ過ぎるのではないか。使いの者は思った。少なくとも、上に立つ者の言葉ではない……。
「さて、問題は褒美の件だが」
 市長は、いきなり切り出した。
「とりあえず、マイザーを呼んでくれ」
 すぐに、マイザーがやって来た。彼は市の財政を預かる、言わば、経理ないしは財務担当者である。
「マイザー、捻出できそうかね?」
 必要最小限の語句のみで、市長は質問を発した。
 マイザーは、念のために確認する。
「エイカーの治療行為に対する報奨金のことでしょうか?」
「そうだ。決まっとるだろう」
 こんなことも分からんのかとばかり、鼻息の荒い市長。
「あらゆる部門の予算を削ってみたところで、約束した額は払えないでしょう。エイカーが示した最初の額なら、何とかならなくもないのですが」
「やはりそうか。くそ、あいつめ、足下を見やがって。忌々しい」
 エイカーに治療を承知させたときのいきさつを思い出したか、市長は口汚く吐き捨てた。
「患者から金を取る訳にもいくまいしな」
 変な部分で道徳心があるのか、市長は、患者自身に金を払わせるつもりはないらしい。いや、道徳心と言うよりも、彼自身の保身のためと言った方が正解だろう。病気のせいで働き口を失っている患者に治療費を負担させては、支持を失いかねない。そんな計算があるに違いない。
「……確実に無理なんだな?」
 何事かを確かめるように、市長は低めた声で聞いてきた。マイザーは慎重な返答をする。
「いくつかの事業を取り止めるのであれば、絶対に無理とは申せませんが」
「それでは、公約違反になりかねない。何よりも、市民らの働き口を潰す結果になる」
「それはそうです」
「マイザー、君は秘密を守れるかね?」
 秘密めかした問いかけに、マイザーは心の内で、首を傾げた。そして当たり障りのない返事をしておく。
「……必要とあらば」
「その言葉、忘れないように。……エイカーには金を払わん。これで行くぞ」
「……と、言いますと?」
 内心、騒ぎ立て、市長を問い質したいマイザーであったが、彼は冷静を装って、そろそろと尋ね返した。
「あんながめつい奴に払う金はないということだ」
 自分の方から金額を示したことなど忘れたか、市長は言い切った。
「それでは、あの者も黙っていないでしょう」
「考えがある」
 腰の後ろで手を組む市長。彼はゆっくり、部屋の中を歩き出した。しばらく経って、その考えとやらを披露し始める。
「簡単に言えば、こうなる。エイカーに何かの罪を着せる。それを理由に金は払わず、奴を追い出す。もちろん、市全域の患者が治療を受けてからだ」
「……罪とは」
「考えるに……。そうだな、一番いいのは、最初の頃、まことしやかに流れた噂にあやかることだな。エイカーこそが奇病は流行らせた原因であり、病気を治してみせて金をせしめようとした悪者。誰もが納得する状況ではないかな」
 うなずく市長。自分の考えに満足したようだ。
「よし、決めたぞ。保安課の上層に手を回し、エイカーを捕まえる段取りをしてもらいたい。この件に関わるのは、私と君、それに保安課上層だけだ」
「は、はい」
 面倒に巻き込まれたと感じながらも、マイザーは現状を受け入れていた。そうせざるを得なかった。
「金の事務は、誰か他の者にやらせておけばいい」
 市長は快活に笑っていた。

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