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13.舞台裏

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「うーん、多分、気付かれたんじゃないかな。こちらが気配を消すと言っても限度があるよ、二人なんだし」
「――そうだ、ハンナには言ったのか。邸宅の中に霊がいるようだと」
「怖がらせちゃいけないと思って、言わなかった。彼女の用事もちょうど済んだようだったし、早く出ようとだけ」
 出てからすぐに別れ、急ぎ足でここに引き返して来たという次第である。
「小一時間は経っているな……。やはり心配だから、このあと見に行くとする。ディア、おまえはついてこなくていいからな」
「え、そう? 僕が行った方が分かり易いと思うけど」
「どこの窓から覗いたかぐらいなら、言葉で説明できるだろ? 絵で示してもいい。とにかく、おまえが日に何度もあそこの別邸に行って妙な噂が立つようなことがあったら、問題になる」
「それってどういう意味?」
 首を傾げるディア。本人は意識していないが、無邪気さが露わで、無防備である。
「たとえば、おまえが家族に内緒で女を囲って、別邸に住まわせている、とかだ」
「あ、そういう噂。なるほど」
「今日、私が見に行って、疑問点があったときは、おまえを連れて改めて行こうと思う。それでいいな、ディア」
「う、うん。キース兄さん従うよ」
 冷や汗をかく場面もあったものの、やっぱり兄さんに知らせて正解だったと安心するディア・ハムンゼンであった。

             *           *

 キース・ハムンゼンは一人で、あるところに向かうと決めた。ハムンゼン家所有の別邸ではなく、他の場所へ。
(時間帯がよくないな。留守の可能性もあるが、仕方がない。ああ、その前に軽く身なりを乱しておかねば。屋敷の中で変装すると、外出時に目撃されぬように注意を払う必要が生じるので、面倒なんだが、これもまた仕方がない)
 キースは脳裏でやるべきことを順序立ててると、素早く準備に取りかかり、終えた。普段なら、ちょっと出歩くだけでも身だしなみを整え、紳士らしく身なりを決めるのに対し、今は真逆と言ってよかった。肉体労働に日々を費やす汗と油で汚れた肌を、やはり薄汚れた服で覆う。浮浪者とまではいかずとも、かなり身分の低い冴えない男の格好になっている。
 そして恐らくキースを知る者は意外に思うに違いないが、キース自身はこの変装を結構気に入っていた。自分とは違う何者かに扮すること自体、面白がる気持ちがなくはないが、それ以上に秘密の謀を巡らせるのが楽しくてしょうがない。
(あいつがしくじるとは思えない。段取り通りに進めたはずだ。が、最後の一押しが足りなかったようだな。いや、現段階での想像はほどほどにしておこう。すべてはあいつに会ってから)
 キースが思い浮かべた“あいつ”とは、クローリー・カミュオンなる探偵。いや、探偵を称しているが、実態は何でも屋だ。名のある血筋ではないが、貧しくはないし、所作にも品がある。
 キースがそんな風情と知り合ったのは約三年前、とある酒場でのことだった。当時から変装して“下々の世界”を覗き歩くのを趣味にしていたキースには、お気に入りの店ができていた。そこでバーテンダーをしていたのがクローリー・カミュオンだった、一時的に雇われバーテンをしていたカミュオンに対し、キースは当初、無口な若い輩という印象を持ったのだが、あるときパーティの席で耳にしたジョークや引っ掛けクイズを、何の気なしにこいつにも試してやろうと思い付き、話し掛けた。すると第一印象はひっくり返り、バーテンはよく喋った。しかもなかなかに知的な喋りをする。キースが引っ掛かった問題にも、罠に掛からず正解に辿り着くほどだった。
 見直したキースは、表面上は気のないふりを保ちつつ、バーテンからあれこれ聞き出した。彼の言によれば、若い時分に公設市場で働いていたことがあり、その際に培った人間関係を駆使して、探偵を始めた。依頼解決を重ねることで評判を呼び、やがては上流階級の人々からの依頼にも応えるようになった。望外の成功を収め、それなりに大金を手にした頃、不安を覚えるようになった。
 そう、探偵なる職業は、捜査の過程で対象者や依頼人の持つ秘密を色々と知ることになるのだ。
 中には、絶対に公にできないようなネタもいくつかあった。そういうのを知ってしまった自分は、上流社会の面々からすれば厄介な存在なのではないか。
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