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4.呪文
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「鮮明に覚えていたと言ったけれども、まさか呪文の部分も覚えていた?」
「まさかとは何だよ。というか、二人とも呪文のとこ、忘れたのかい?」
口を尖らせ、岸本君と私を順番に指差してくる坂口君。私と岸本君からすれば、お互いに呪文を覚えていなかったので、忘れているのが当たり前だという感覚だったんだけど。
とにもかくにも、呪文を覚えているという坂口君の話に、私達は色めき立った。
「覚えてるっ? じゃ、じゃあ、願い事はどうしたんだ?」
さしもの岸本君も興奮している。坂口君との距離がもっと近ければ、詰め寄って両肩を掴み、前後に激しく揺さぶっていそうな勢いだ。
「僕の性格、知ってるだろ。すぐに試したさ」
「何を願ったの?」
私はすかさず聞いた。世界征服したいとか大金持ちになりたいとかだとしたら、叶ってないことになるわね、なんて思いつつ。
「少し恥ずかしいんだけど、他言無用を約束してくれるのなら話す」
「約束する。誰にも言わない。よね、岸本君?」
「うん、僕も約束する」
二人揃って返事し、答を待った。
「……中学一年になったら特定の子と同じクラスになれるようにしてくれって願った」
「何それ、もったいない」
ほぼ反射的に口走っていた。だって、何でも願い事が叶うなんてありそうにないけれども、もしもってことがあると思うもんじゃないの。現実的だと言われる私でさえ、そんな風に考えるのに。
「坂口君、その願いは叶った?」
岸本君の冷静な問いに、坂口君はこくりと頷いた。
「叶った」
「一学年で六クラス。クラスが同じになるって、確率的にはそんな低くはないと思うんだけどな」
「いや、凄いと思ったぜ。僕が願ったのは一人だけじゃない。十人だ。思い描いた十人全員が、同じクラスになった。反動なのか、二年に上がった今、その十人とは別々のクラスになっちまったけど」
「中学三年間、ずっと一緒のクラスになりたい、とでも願っていればよかったのに」
「あとになって気が付いたよ、惜しいことしたって」
疲れたような笑い声を立てる坂口君。
「とにもかくにも、願いは叶ったという実感はあるんだね。その後、他の願い事を試してはみた?」
「やってみた。だけどやっぱり一回きりのものらしい。何も起こらなかった。翌日のおやつに、季節外れの焼き芋を希望してみたんだが実現しなかったよ」
「坂口君の言うこと、信じたいけれども――」
岸本君は男友達には厳しいみたい。作文の内容が被ったのがもし私じゃなくて坂口君だったら、「どこかで盗み見たんじゃないか?」って考え始めるかもね。
「――ひょっとしたらの可能性が残ってる。僕や吾妻さんが夢について聞いて回っているのを知ってから、作り話を仕立てたって場合だ」
「疑り深いのな。まあ、しょうがない。僕も些細なこととは言え願いが叶ったけど、それでも信じがたかったからなあ。どうすれば信じてもらえる?」
「呪文を教えてくれないか? 僕か吾妻さんがその呪文で試して、願いが叶ったら信じる」
「おい、まじで言っているのか。それって僕に対する信用どうこうじゃなく、夢のお告げが本物か偽物かを判定するのに等しいんじゃねえの」
「当然だよ。君の主張を裏付けるには、呪文の正しさを証明するのが手っ取り早い」
「そりゃそうか。教えてもいいけど、いくつか気になることがあるんだ。三人とも同じ呪文とは限らないんじゃないのかな」
「分からない。だから試すんだ」
「なるほど……。じゃあ、教えたら二人は何を願うんだ? 場合によっちゃあ呪文を教えるの、やめる」
「あのね、坂口君。そういう前置きしたら、たとえば僕が世界征服を願うつもりでいても、君には嘘をつくと思わないのかよ」
呆れ気味に言った岸本君。だけどその顔は笑っている。
一方の坂口君、ちょっと虚を突かれたように目を泳がせたけれどもそれはほんの短い間だけで、
「――実は僕が本当に願ったのは、人の嘘を見破る能力なのだ。だから今嘘をついてもためにならないぞ。ふははは」
と芝居っ気たっぷりに言ってくれた。
「で、叶えて欲しい願いって何だ?」
「いや、実は決まっていない。いくつか候補はあるけれども、そもそも本気で考えていたわけじゃなかったし」
「私も」
「うーん。答えてくれないと、嘘かどうか判定できないじゃないか」
まだ言ってる。坂口君て思ってた以上に面白い人だったのねと感心した。
「ま、悪いことに使わないと約束してくれるのならいいや」
「するする」
最終的に坂口君が折れた。
「言っておくけど、かなり難しい発音なんだぜ。日本語らしさがないっていうか」
「字に書き起こせないってこと?」
「うーん、何とかやってみるよ。ノートとペン、貸して」
それから坂口君が思い出し、考えながら書いていった呪文は、確かに日本語っぽさのない文字の列だった。「る」に濁点を打ったり、「き」が小さくなったりしている。
「これ、読み方が分からない……」
「まさかとは何だよ。というか、二人とも呪文のとこ、忘れたのかい?」
口を尖らせ、岸本君と私を順番に指差してくる坂口君。私と岸本君からすれば、お互いに呪文を覚えていなかったので、忘れているのが当たり前だという感覚だったんだけど。
とにもかくにも、呪文を覚えているという坂口君の話に、私達は色めき立った。
「覚えてるっ? じゃ、じゃあ、願い事はどうしたんだ?」
さしもの岸本君も興奮している。坂口君との距離がもっと近ければ、詰め寄って両肩を掴み、前後に激しく揺さぶっていそうな勢いだ。
「僕の性格、知ってるだろ。すぐに試したさ」
「何を願ったの?」
私はすかさず聞いた。世界征服したいとか大金持ちになりたいとかだとしたら、叶ってないことになるわね、なんて思いつつ。
「少し恥ずかしいんだけど、他言無用を約束してくれるのなら話す」
「約束する。誰にも言わない。よね、岸本君?」
「うん、僕も約束する」
二人揃って返事し、答を待った。
「……中学一年になったら特定の子と同じクラスになれるようにしてくれって願った」
「何それ、もったいない」
ほぼ反射的に口走っていた。だって、何でも願い事が叶うなんてありそうにないけれども、もしもってことがあると思うもんじゃないの。現実的だと言われる私でさえ、そんな風に考えるのに。
「坂口君、その願いは叶った?」
岸本君の冷静な問いに、坂口君はこくりと頷いた。
「叶った」
「一学年で六クラス。クラスが同じになるって、確率的にはそんな低くはないと思うんだけどな」
「いや、凄いと思ったぜ。僕が願ったのは一人だけじゃない。十人だ。思い描いた十人全員が、同じクラスになった。反動なのか、二年に上がった今、その十人とは別々のクラスになっちまったけど」
「中学三年間、ずっと一緒のクラスになりたい、とでも願っていればよかったのに」
「あとになって気が付いたよ、惜しいことしたって」
疲れたような笑い声を立てる坂口君。
「とにもかくにも、願いは叶ったという実感はあるんだね。その後、他の願い事を試してはみた?」
「やってみた。だけどやっぱり一回きりのものらしい。何も起こらなかった。翌日のおやつに、季節外れの焼き芋を希望してみたんだが実現しなかったよ」
「坂口君の言うこと、信じたいけれども――」
岸本君は男友達には厳しいみたい。作文の内容が被ったのがもし私じゃなくて坂口君だったら、「どこかで盗み見たんじゃないか?」って考え始めるかもね。
「――ひょっとしたらの可能性が残ってる。僕や吾妻さんが夢について聞いて回っているのを知ってから、作り話を仕立てたって場合だ」
「疑り深いのな。まあ、しょうがない。僕も些細なこととは言え願いが叶ったけど、それでも信じがたかったからなあ。どうすれば信じてもらえる?」
「呪文を教えてくれないか? 僕か吾妻さんがその呪文で試して、願いが叶ったら信じる」
「おい、まじで言っているのか。それって僕に対する信用どうこうじゃなく、夢のお告げが本物か偽物かを判定するのに等しいんじゃねえの」
「当然だよ。君の主張を裏付けるには、呪文の正しさを証明するのが手っ取り早い」
「そりゃそうか。教えてもいいけど、いくつか気になることがあるんだ。三人とも同じ呪文とは限らないんじゃないのかな」
「分からない。だから試すんだ」
「なるほど……。じゃあ、教えたら二人は何を願うんだ? 場合によっちゃあ呪文を教えるの、やめる」
「あのね、坂口君。そういう前置きしたら、たとえば僕が世界征服を願うつもりでいても、君には嘘をつくと思わないのかよ」
呆れ気味に言った岸本君。だけどその顔は笑っている。
一方の坂口君、ちょっと虚を突かれたように目を泳がせたけれどもそれはほんの短い間だけで、
「――実は僕が本当に願ったのは、人の嘘を見破る能力なのだ。だから今嘘をついてもためにならないぞ。ふははは」
と芝居っ気たっぷりに言ってくれた。
「で、叶えて欲しい願いって何だ?」
「いや、実は決まっていない。いくつか候補はあるけれども、そもそも本気で考えていたわけじゃなかったし」
「私も」
「うーん。答えてくれないと、嘘かどうか判定できないじゃないか」
まだ言ってる。坂口君て思ってた以上に面白い人だったのねと感心した。
「ま、悪いことに使わないと約束してくれるのならいいや」
「するする」
最終的に坂口君が折れた。
「言っておくけど、かなり難しい発音なんだぜ。日本語らしさがないっていうか」
「字に書き起こせないってこと?」
「うーん、何とかやってみるよ。ノートとペン、貸して」
それから坂口君が思い出し、考えながら書いていった呪文は、確かに日本語っぽさのない文字の列だった。「る」に濁点を打ったり、「き」が小さくなったりしている。
「これ、読み方が分からない……」
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