こころのこり、ほぐすには?

崎田毅駿

文字の大きさ
4 / 18

4.呪文

しおりを挟む
「鮮明に覚えていたと言ったけれども、まさか呪文の部分も覚えていた?」
「まさかとは何だよ。というか、二人とも呪文のとこ、忘れたのかい?」
 口を尖らせ、岸本君と私を順番に指差してくる坂口君。私と岸本君からすれば、お互いに呪文を覚えていなかったので、忘れているのが当たり前だという感覚だったんだけど。
 とにもかくにも、呪文を覚えているという坂口君の話に、私達は色めき立った。
「覚えてるっ? じゃ、じゃあ、願い事はどうしたんだ?」
 さしもの岸本君も興奮している。坂口君との距離がもっと近ければ、詰め寄って両肩を掴み、前後に激しく揺さぶっていそうな勢いだ。
「僕の性格、知ってるだろ。すぐに試したさ」
「何を願ったの?」
 私はすかさず聞いた。世界征服したいとか大金持ちになりたいとかだとしたら、叶ってないことになるわね、なんて思いつつ。
「少し恥ずかしいんだけど、他言無用を約束してくれるのなら話す」
「約束する。誰にも言わない。よね、岸本君?」
「うん、僕も約束する」
 二人揃って返事し、答を待った。
「……中学一年になったら特定の子と同じクラスになれるようにしてくれって願った」
「何それ、もったいない」
 ほぼ反射的に口走っていた。だって、何でも願い事が叶うなんてありそうにないけれども、もしもってことがあると思うもんじゃないの。現実的だと言われる私でさえ、そんな風に考えるのに。
「坂口君、その願いは叶った?」
 岸本君の冷静な問いに、坂口君はこくりと頷いた。
「叶った」
「一学年で六クラス。クラスが同じになるって、確率的にはそんな低くはないと思うんだけどな」
「いや、凄いと思ったぜ。僕が願ったのは一人だけじゃない。十人だ。思い描いた十人全員が、同じクラスになった。反動なのか、二年に上がった今、その十人とは別々のクラスになっちまったけど」
「中学三年間、ずっと一緒のクラスになりたい、とでも願っていればよかったのに」
「あとになって気が付いたよ、惜しいことしたって」
 疲れたような笑い声を立てる坂口君。
「とにもかくにも、願いは叶ったという実感はあるんだね。その後、他の願い事を試してはみた?」
「やってみた。だけどやっぱり一回きりのものらしい。何も起こらなかった。翌日のおやつに、季節外れの焼き芋を希望してみたんだが実現しなかったよ」
「坂口君の言うこと、信じたいけれども――」
 岸本君は男友達には厳しいみたい。作文の内容が被ったのがもし私じゃなくて坂口君だったら、「どこかで盗み見たんじゃないか?」って考え始めるかもね。
「――ひょっとしたらの可能性が残ってる。僕や吾妻さんが夢について聞いて回っているのを知ってから、作り話を仕立てたって場合だ」
「疑り深いのな。まあ、しょうがない。僕も些細なこととは言え願いが叶ったけど、それでも信じがたかったからなあ。どうすれば信じてもらえる?」
「呪文を教えてくれないか? 僕か吾妻さんがその呪文で試して、願いが叶ったら信じる」
「おい、まじで言っているのか。それって僕に対する信用どうこうじゃなく、夢のお告げが本物か偽物かを判定するのに等しいんじゃねえの」
「当然だよ。君の主張を裏付けるには、呪文の正しさを証明するのが手っ取り早い」
「そりゃそうか。教えてもいいけど、いくつか気になることがあるんだ。三人とも同じ呪文とは限らないんじゃないのかな」
「分からない。だから試すんだ」
「なるほど……。じゃあ、教えたら二人は何を願うんだ? 場合によっちゃあ呪文を教えるの、やめる」
「あのね、坂口君。そういう前置きしたら、たとえば僕が世界征服を願うつもりでいても、君には嘘をつくと思わないのかよ」
 呆れ気味に言った岸本君。だけどその顔は笑っている。
 一方の坂口君、ちょっと虚を突かれたように目を泳がせたけれどもそれはほんの短い間だけで、
「――実は僕が本当に願ったのは、人の嘘を見破る能力なのだ。だから今嘘をついてもためにならないぞ。ふははは」
 と芝居っ気たっぷりに言ってくれた。
「で、叶えて欲しい願いって何だ?」
「いや、実は決まっていない。いくつか候補はあるけれども、そもそも本気で考えていたわけじゃなかったし」
「私も」
「うーん。答えてくれないと、嘘かどうか判定できないじゃないか」
 まだ言ってる。坂口君て思ってた以上に面白い人だったのねと感心した。
「ま、悪いことに使わないと約束してくれるのならいいや」
「するする」
 最終的に坂口君が折れた。
「言っておくけど、かなり難しい発音なんだぜ。日本語らしさがないっていうか」
「字に書き起こせないってこと?」
「うーん、何とかやってみるよ。ノートとペン、貸して」
 それから坂口君が思い出し、考えながら書いていった呪文は、確かに日本語っぽさのない文字の列だった。「る」に濁点を打ったり、「き」が小さくなったりしている。
「これ、読み方が分からない……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ゼロになるレイナ

崎田毅駿
児童書・童話
お向かいの空き家に母娘二人が越してきた。僕・ジョエルはその女の子に一目惚れした。彼女の名はレイナといって、同じ小学校に転校してきて、同じクラスになった。近所のよしみもあって男子と女子の割には親しい友達になれた。けれども約一年後、レイナは消えてしまう。僕はそのとき、彼女の家にいたというのに。

化石の鳴き声

崎田毅駿
児童書・童話
小学四年生の純子は、転校して来てまだ間がない。友達たくさんできる前に夏休みに突入し、少し退屈気味。登校日に久しぶりに会えた友達と遊んだあと、帰る途中、クラスの男子数人が何か夢中になっているのを見掛け、気になった。好奇心に負けて覗いてみると、彼らは化石を探しているという。前から化石に興味のあった純子は、男子達と一緒に探すようになる。長い夏休みの楽しみができた、と思ったら、いつの間にか事件に巻き込まれることに!?

笑いの授業

ひろみ透夏
児童書・童話
大好きだった先先が別人のように変わってしまった。 文化祭前夜に突如始まった『笑いの授業』――。 それは身の毛もよだつほどに怖ろしく凄惨な課外授業だった。 伏線となる【神楽坂の章】から急展開する【高城の章】。 追い詰められた《神楽坂先生》が起こした教師としてありえない行動と、その真意とは……。

「いっすん坊」てなんなんだ

こいちろう
児童書・童話
 ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。  自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・           

神ちゃま

吉高雅己
絵本
☆神ちゃま☆は どんな願いも 叶えることができる 神の力を失っていた

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

童話短編集

木野もくば
児童書・童話
一話完結の物語をまとめています。

クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました

藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。 相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。 さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!? 「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」 星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。 「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」 「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」 ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や 帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……? 「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」 「お前のこと、誰にも渡したくない」 クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。

処理中です...