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11.アクシデント
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判断を求められた私は戸惑った。
そもそも聞いていいの? 話して辛くなるようなことだったら、やめておくべきなんじゃあないの、おばあちゃん? 私はおばあちゃんに昔の後悔を今ここで吐き出してもらって、前みたいに元気はつらつ、明るくなってもらいたくて聞いているんだけど、逆効果になるんだったらやめるか、またの機会にする。
そういう意味のことをおばあちゃんに伝えると、意外なほど明るい笑みを返してくれた。
「優しいね。その気持ちをもらったから、少し強くなれたわ」
「ほんとに? 無理しないでよ」
「大丈夫。辛い気持ちになるというのは色んな事柄を含んでいるのだけれども、特に私が辛いのは、富岡さんへの悪口のようになってしまわないかということなのよ」
「悪口? どうして。まさか今聞いたハプニングがきっかけで、富岡さんと柏葉君がうまく行くようになって、それが悔しくて?」
そういう逆恨みというか、理不尽な恨み方はおばあちゃんはしない人だと分かってる。でも敢えて聞いた。
「そういうんじゃないわ。どちらかと言えば、富岡さんも被害者かな。このハプニングのせいで、実質的に柏葉君をあきらめた」
「え? 何で」
ますます分からない。意中の人に接近するまたとないチャンスに見えるんだけど。
「もう、おばあちゃん、もったいぶってないで、早く話して」
「もったいぶってはいないわ。簡略化した説明でいいのか、まだ返事を聞いてないからね」
「あ、そうか。いいよ。短くても分かればいい」
私は心の中で居住まいを正した。もしここが畳の間なら、正座をして背筋を伸ばしていたわ。
「富岡さんは助けてもらったと分かって、明らかに感激していた。柏葉君の方に振り返って、お礼を言うのが見て取れたわ。何て言ったのかまではよく聞こえなかったけれども、次の瞬間、柏葉君の右腕にしがみつくのが分かった」
「うん? しがみつく?」
「すがりつくと言った方が正しいかしらね。そのときの彼女からすれば、振り返った先に柏葉君の右手がある。ああ、これは立ち上がるのを手伝ってくれる腕だと思っても無理ないわ。一方の柏葉君にしてみれば、右手は富岡さんが頭をぶつけないようにするために出しただけで、まさか掴まれるとは思っていない。心の準備ができていなかったから、急に引っ張り込まれる格好になったの……簡単に話すつもりが詳しくしゃべってしまっているわね」
そう言って自嘲気味な笑みを見せたおばあちゃん。辛さが思ったほどきつくないのなら、詳しく聞きたい気がまた起きてくる。
「不意に引っ張られる形になった柏葉君だけど、そこはさすがに男の子で、そのまま引き込まれて倒れることはなく、踏ん張って富岡さんを立ち上がらせた。でも……私達はあとになって知ったのだけれども、ここのときの出来事で柏葉君は右手の甲や腱、肘を傷めたの。これが何を意味するか、分かる?」
「え? 手を傷めたことの意味……唐突に聞かれても……あっ」
おばあちゃんの話を思い返してみて、じきに分かった。私は乾いた唇をなめて、探るような調子で答えてみた。
「もしかして、柏葉君がピアノを習っていたことと関係している?」
おばあちゃんは黙ったまま、控えめにうなずく。
「このことが原因で、柏葉君はピアノの道を断念したの」
「そんなに……本気で取り組んでいたのね」
お稽古事レベルだろうなと受け取っていた私にとって、これはちょっと衝撃的。友達と遊んでいる最中に、些細なことから自分の夢や目標をあきらめざるを得なくなるなんて。どんなにか辛い体験だろう。本人はもちろん、原因を作った人、周りで見ていた友達。想像するだけで気分が重たくなってきた。無論、この程度の辛さでは収まらないんだろうけれども、何分の一、何十分の一かは理解できると思いたい。
「おばあちゃんが思い出すのをためらったの、ようく分かったわ。話してくれてありがとう。それにごめんなさい、無理をさせたみたいで……」
「いいのよ。時々こうして吐き出さないと、身体の中に澱みたいにたまっていく気がしているから」
おばあちゃんは小さく息を吐きだし、改めて気持ちを高めたように見えた。
「そういう重大な結果を引き起こしていたと分かったのは、少し経ってからなの。プールに行った当日は、柏葉君、右手がちょっと痛いなっていう程度でたいした問題じゃないようだった。だから私達もグループデートを続けた。富岡さんはその日、チャンスがあれば告白するつもりだったけど、転倒したハプニングがあったからあきらめた。それどころか、後日、柏葉君の右手の具合が思った以上に深刻だと明らかになってからは、告白そのものをあきらめた感じになってしまったのよ」
「かわいそうだけど、そうなるのもしょうがないよ」
申し訳なくてとても告白なんてできない。合わせる顔さえない、と私も考えるだろう。
そもそも聞いていいの? 話して辛くなるようなことだったら、やめておくべきなんじゃあないの、おばあちゃん? 私はおばあちゃんに昔の後悔を今ここで吐き出してもらって、前みたいに元気はつらつ、明るくなってもらいたくて聞いているんだけど、逆効果になるんだったらやめるか、またの機会にする。
そういう意味のことをおばあちゃんに伝えると、意外なほど明るい笑みを返してくれた。
「優しいね。その気持ちをもらったから、少し強くなれたわ」
「ほんとに? 無理しないでよ」
「大丈夫。辛い気持ちになるというのは色んな事柄を含んでいるのだけれども、特に私が辛いのは、富岡さんへの悪口のようになってしまわないかということなのよ」
「悪口? どうして。まさか今聞いたハプニングがきっかけで、富岡さんと柏葉君がうまく行くようになって、それが悔しくて?」
そういう逆恨みというか、理不尽な恨み方はおばあちゃんはしない人だと分かってる。でも敢えて聞いた。
「そういうんじゃないわ。どちらかと言えば、富岡さんも被害者かな。このハプニングのせいで、実質的に柏葉君をあきらめた」
「え? 何で」
ますます分からない。意中の人に接近するまたとないチャンスに見えるんだけど。
「もう、おばあちゃん、もったいぶってないで、早く話して」
「もったいぶってはいないわ。簡略化した説明でいいのか、まだ返事を聞いてないからね」
「あ、そうか。いいよ。短くても分かればいい」
私は心の中で居住まいを正した。もしここが畳の間なら、正座をして背筋を伸ばしていたわ。
「富岡さんは助けてもらったと分かって、明らかに感激していた。柏葉君の方に振り返って、お礼を言うのが見て取れたわ。何て言ったのかまではよく聞こえなかったけれども、次の瞬間、柏葉君の右腕にしがみつくのが分かった」
「うん? しがみつく?」
「すがりつくと言った方が正しいかしらね。そのときの彼女からすれば、振り返った先に柏葉君の右手がある。ああ、これは立ち上がるのを手伝ってくれる腕だと思っても無理ないわ。一方の柏葉君にしてみれば、右手は富岡さんが頭をぶつけないようにするために出しただけで、まさか掴まれるとは思っていない。心の準備ができていなかったから、急に引っ張り込まれる格好になったの……簡単に話すつもりが詳しくしゃべってしまっているわね」
そう言って自嘲気味な笑みを見せたおばあちゃん。辛さが思ったほどきつくないのなら、詳しく聞きたい気がまた起きてくる。
「不意に引っ張られる形になった柏葉君だけど、そこはさすがに男の子で、そのまま引き込まれて倒れることはなく、踏ん張って富岡さんを立ち上がらせた。でも……私達はあとになって知ったのだけれども、ここのときの出来事で柏葉君は右手の甲や腱、肘を傷めたの。これが何を意味するか、分かる?」
「え? 手を傷めたことの意味……唐突に聞かれても……あっ」
おばあちゃんの話を思い返してみて、じきに分かった。私は乾いた唇をなめて、探るような調子で答えてみた。
「もしかして、柏葉君がピアノを習っていたことと関係している?」
おばあちゃんは黙ったまま、控えめにうなずく。
「このことが原因で、柏葉君はピアノの道を断念したの」
「そんなに……本気で取り組んでいたのね」
お稽古事レベルだろうなと受け取っていた私にとって、これはちょっと衝撃的。友達と遊んでいる最中に、些細なことから自分の夢や目標をあきらめざるを得なくなるなんて。どんなにか辛い体験だろう。本人はもちろん、原因を作った人、周りで見ていた友達。想像するだけで気分が重たくなってきた。無論、この程度の辛さでは収まらないんだろうけれども、何分の一、何十分の一かは理解できると思いたい。
「おばあちゃんが思い出すのをためらったの、ようく分かったわ。話してくれてありがとう。それにごめんなさい、無理をさせたみたいで……」
「いいのよ。時々こうして吐き出さないと、身体の中に澱みたいにたまっていく気がしているから」
おばあちゃんは小さく息を吐きだし、改めて気持ちを高めたように見えた。
「そういう重大な結果を引き起こしていたと分かったのは、少し経ってからなの。プールに行った当日は、柏葉君、右手がちょっと痛いなっていう程度でたいした問題じゃないようだった。だから私達もグループデートを続けた。富岡さんはその日、チャンスがあれば告白するつもりだったけど、転倒したハプニングがあったからあきらめた。それどころか、後日、柏葉君の右手の具合が思った以上に深刻だと明らかになってからは、告白そのものをあきらめた感じになってしまったのよ」
「かわいそうだけど、そうなるのもしょうがないよ」
申し訳なくてとても告白なんてできない。合わせる顔さえない、と私も考えるだろう。
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