魔王様は切実に隠居したい

塩おむすび

文字の大きさ
24 / 65
第2章 隠居に成功(?)した魔王様

魔王様は再会する

しおりを挟む
 考え事をしていると目的の場所に辿り着くのは案外早い。
 ノアは勝手知ったる様子で扉をゆっくりと開けた。

 部屋の中はシンと静まり返っていた。

 外は太陽がほとんど暮れかけているが、部屋の中には明かりもない。
 家具の配置もノアが最後に見たものとほとんど変わっていない。

 そして窓際にあるベッドには、誰かが横たわっていた。

 にはツノらしきものは見当たらない。羽も尻尾もベッドから出てはいないが、もしかすると隠れているだけかもしれない。


(なんだルークじゃないのか。フェイロンのことだから変な嘘はつかないと思うけれど…。ルークは一体どこにいるんだ…?)


 近づいてみればどうやら眠っているらしい。規則正しい呼吸と共に布団が上下しているのがわかる。
 フェイロンがノアをここに導いたのは、事情を話してルークの居場所を聞けということかと解釈し、とりあえず起こしてみようと手を伸ばした時だった。


「うぉ…っ!?」


 突然掴まれる手首に驚く暇もなくベッドへと引き摺り込まれる。
 反転する視界、背中は思い切りベッドに押し付けられて両腕は抵抗する間もなくのしかかられて拘束された。


「い、たたた…っおい!急に何を…」


 顔の知らない不届き者にそう怒鳴った、はずだった。

 黒く短い髪、まるで光を通さず濁った深海のような青い瞳、その整った顔立ちは幼さを全て削ぎ落とし、怜悧さすら感じる。

 見た目は自分の記憶にあるものと全く違う。
 しかしその瞳の色に、ノアは見覚えがあった。自らの役割に絶望し、命すらも投げうった、その瞳。


「まさか…ルーク…なの、か…?」


 ノアがそう問うと、目の前の青年は昏い目を細めると、嬉しそうに笑った。


「ええ、お待ちしておりましたよ。ノア様」

「お、大きくなったなぁ…!前はあれだけ小さかったのにまさか背丈まで越えられるとは!髪はどうしたんだ?染めたのか?今はどうしている?新しい魔王に仕えているのか?不自由はないか?」

「嫌ですねノア様。あなたはもうご存知のはずでしょう?それとも、今日はそういった趣向がよろしいのですか?」

「え…って、えぇっ!?おい、ルーク!その手はなんだ!何してんだこら!待て!」

「何って、いつものことでしょう?それとも、本日はそういった気分なのでしょうか」

「気分って…」


 そこでノアは気づいた。ルークの目がということに。
 正確には『目は合っているが認識されていない』といった方が正しいのかもしれない。

 きっと今のルークの目の前には、ノアの姿は幻のように映っているのだろう。目の前で死んだ本人なのだ、そう思うのも無理はない。

 ルークにとってノアが目の前で死んだという事実は、己の半身を奪われるよりも辛いことだった。
最初こそ復讐という目的に突き動かされて身体を無理矢理にでも動かしていたが、時間が経つにつれ蓄積された疲労と襲い来る絶望は幻覚を生んだ。という幻覚を。
 そして今ノアが目の前に本当に現れてしまったことで、ついに現実と幻覚の区別がつかなくなってしまったのだ。


「お前が…そうなったのは…俺のせい、なのか…?」

「なぜそんな悲しい顔をなさるのですか?僕はノア様、あなたがいれば他に何もいりません。あなたは僕の全てなのですから。あなたしか見えない今が何よりも僕にとっては幸せなのです」

「そうか………。お前はともこうしていたんだな」

「…??変なことを言いますね。ノア様はこの世界に1人だけでしょう?」

「そうだよな…うん、そうだな…」


 ルークの心を壊してしまったのは自分なのだと、ノアは痛いほどに理解した。
 そしてその贖罪は自分が果たすべきだと、そう思った。


「…おいで、ルーク」

「はい、ノア様」


 ノアが手を広げれば、ルークは喜んでその中に飛び込んでくる。
 そのまま服の合わせ目からルークの手が入り込み不埒な意図を持ってノアの身体の上を滑るが、たとえ服を脱がされても今度は抵抗しなかった。

 まるでそこにあることを確かめるかのように、額から首筋を通り下へ下へとルークはノアの身体に口付けを落としていき、最後についばむように唇へと軽く口付けをする。


「お慕いしております、ノア様。僕は今日もあなたのために頑張りました。だから、褒めてください」

「あぁ…いい子だな、ルーク…」


そのまま唇が重なり、割り開かれ、舌が絡み合ったその瞬間、ノアは静かに目を閉じた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

氷の支配者と偽りのベータ。過労で倒れたら冷徹上司(銀狼)に拾われ、極上の溺愛生活が始まりました。

水凪しおん
BL
オメガであることを隠し、メガバンクで身を粉にして働く、水瀬湊。 ※この作品には、性的描写の表現が含まれています。18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。 過労と理不尽な扱いで、心身ともに限界を迎えた夜、彼を救ったのは、冷徹で知られる超エリートα、橘蓮だった。 「君はもう、頑張らなくていい」 ――それは、運命の番との出会い。 圧倒的な庇護と、独占欲に戸惑いながらも、湊の凍てついた心は、次第に溶かされていく。 理不尽な会社への華麗なる逆転劇と、極上に甘いオメガバース・オフィスラブ!

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。 自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。 ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。 外伝完結、続編連載中です。

【完結】初恋は檸檬の味 ―後輩と臆病な僕の、恋の記録―

夢鴉
BL
写真部の三年・春(はる)は、入学式の帰りに目を瞠るほどのイケメンに呼び止められた。 「好きです、先輩。俺と付き合ってください」 春の目の前に立ちはだかったのは、新入生――甘利檸檬。 一年生にして陸上部エースと騒がれている彼は、見た目良し、運動神経良し。誰もが降り向くモテ男。 「は? ……嫌だけど」 春の言葉に、甘利は茫然とする。 しかし、甘利は諦めた様子はなく、雨の日も、夏休みも、文化祭も、春を追いかけた。 「先輩、可愛いですね」 「俺を置いて修学旅行に行くんですか!?」 「俺、春先輩が好きです」 甘利の真っすぐな想いに、やがて春も惹かれて――。 ドタバタ×青春ラブコメ! 勉強以外はハイスペックな執着系後輩×ツンデレで恋に臆病な先輩の初恋記録。 ※ハートやお気に入り登録、ありがとうございます!本当に!すごく!励みになっています!! 感想等頂けましたら飛び上がって喜びます…!今後ともよろしくお願いいたします! ※すみません…!三十四話の順番がおかしくなっているのに今更気づきまして、9/30付けで修正を行いました…!読んでくださった方々、本当にすみません…!!  以前序話の下にいた三十四話と内容は同じですので、既に読んだよって方はそのままで大丈夫です! 飛んで読んでたよという方、本当に申し訳ございません…! ※お気に入り20超えありがとうございます……! ※お気に入り25超えありがとうございます!嬉しいです! ※完結まで応援、ありがとうございました!

年下幼馴染アルファの執着〜なかったことにはさせない〜

ひなた翠
BL
一年ぶりの再会。 成長した年下αは、もう"子ども"じゃなかった――。 「海ちゃんから距離を置きたかったのに――」 23歳のΩ・遥は、幼馴染のα・海斗への片思いを諦めるため、一人暮らしを始めた。 モテる海斗が自分なんかを選ぶはずがない。 そう思って逃げ出したのに、ある日突然、18歳になった海斗が「大学のオープンキャンパスに行くから泊めて」と転がり込んできて――。 「俺はずっと好きだったし、離れる気ないけど」 「十八歳になるまで我慢してた」 「なんのためにここから通える大学を探してると思ってるの?」 年下αの、計画的で一途な執着に、逃げ場をなくしていく遥。 夏休み限定の同居は、甘い溺愛の日々――。 年下αの執着は、想像以上に深くて、甘くて、重い。 これは、"なかったこと"にはできない恋だった――。

勇者様への片思いを拗らせていた僕は勇者様から溺愛される

八朔バニラ
BL
蓮とリアムは共に孤児院育ちの幼馴染。 蓮とリアムは切磋琢磨しながら成長し、リアムは村の勇者として祭り上げられた。 リアムは勇者として村に入ってくる魔物退治をしていたが、だんだんと疲れが見えてきた。 ある日、蓮は何者かに誘拐されてしまい…… スパダリ勇者×ツンデレ陰陽師(忘却の術熟練者)

【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。

きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。 自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。 食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。

処理中です...