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5話:こいつの本気度がヤバい
しおりを挟む朝から、なんとなく体が重かった。
ベッドから起き上がるときも、普段より時間がかかった。鏡に映る自分の顔は、いつもより青白く見える。熱っぽい気もするが、動けないほどではない。
(まあ、こんなのいつものことだろ)
寝不足と疲れが溜まった結果、ちょっとだるいだけ。洗面所で顔を洗いながら、自分にそう言い聞かせる。こういうときは、無理せずのんびり過ごせばそのうち回復する。
……はずだったのに。
「直哉、どうした? 具合が悪いのか?」
朝、通学路で合流したレオンは、俺の顔を見るなり眉をひそめた。いつもなら軽く挨拶を交わして歩き始めるのに、今日は立ち止まったまま、じっと俺を見つめている。
その目は、まるで俺のすべてを見透かすような鋭さと、どうしようもなく優しい色をしていた。
「……いや、別に。なんでもない」
いつものように軽く答えて歩き出そうとしたが、レオンは動かなかった。
「そうか?」
レオンは俺の前に回り込み、俺の額に触れそうなくらい近づいてくる。朝の清々しい空気の中で、彼の体温だけが異様に近く感じられた。
その距離の近さに思わず後ずさろうとしたが──
「……!?」
がっしりした手に肩を掴まれ、後ろへ逃げるのを阻止された。レオンの手は思った以上に大きく、俺の肩をすっぽりと包んでいる。
「お前、熱があるな」
「……ない!!」
「顔が赤い」
「それは距離が近いからだ!!」
そう言い返したものの、自覚はあった。制服の襟元が妙に重く感じられるし、鞄を持つ手にも力が入らない。
どうにも体が熱っぽい。
でも、だからといってこいつに世話を焼かれるのは絶対に嫌だ。
今の俺はすでに、レオンの「婚約者攻撃」によって隙を与えられない状態なのに、これ以上甘やかされたらどうなるか分かったもんじゃない。
(絶対に、気のせいで通す!!)
そう固く決意して、レオンの手を振り払い、足早に教室へ向かった。
しかし、俺の計画は、体育の授業であっさり崩れ去った。
◇◇◇
四限目の体育。夏の陽射しは容赦なく、コンクリートのグラウンドからは陽炎が立ち上っている。
眩しい太陽の下、ただ整列しているだけで、体力がどんどん奪われるのを感じる。汗が額に浮かび、制服が肌に張り付いて不快だった。頭もぼんやりしてきた。
(……ヤバい、かも)
そう思った瞬間、視界がふらついた。
「直哉!!」
強い腕が、倒れそうになった俺の体を支えた。
視界の端に映ったのは、焦ったようなレオンの顔。周囲の生徒たちがざわめく声が遠くに聞こえる。
そして、そのまま、俺はしっかりと抱きかかえられた。レオンの腕の中で、俺の足が宙に浮く。
「っ、降ろせ!!」
「無理するな。お前の体が最優先だ」
こいつ、また当然のように姫抱きしやがって……!! 周りの視線が痛い。
俺がジタバタともがいていると、レオンは俺を日陰のベンチまで運び、そこに座らせた。そして静かに俺の額に手を当て──
「これじゃ足りないな」
何かを考えるように呟いた。その表情は、まるで重要な判断を下そうとしている騎士のように真剣だった。
「……な、なにが?」
「いいから、大人しくしていろ」
そう言ったレオンは、俺の頭をそっと支え──
唇が、おでこに触れた。
「……っ!?」
思考が、一瞬で真っ白になる。レオンの唇は思った以上に柔らかく、ほんの一瞬の接触なのに、その温度が額に残っている。
いやいや、何を!? どこでそんな文化を学んだ!?
「魔法をかけるには、これが一番確実だからな」
レオンは何事もなかったかのように、俺から少し離れて腰を下ろした。
……魔法?
そう思った瞬間、不思議なことが起こった。体の中の熱がすっと引いていく。頭のぼんやりした感覚も晴れ、意識がはっきりし、さっきまでのだるさが嘘のように消えていく。
(……本当に魔法!?)
驚いてレオンを見上げると、彼は満足そうに頷いた。
「これで少しは楽になっただろう?」
「…………」
いやいやいや、何だこれ。
効果がどうとか以前に、俺の心臓が持たない。鼓動が異常に速い。
「無理はするなよ。お前の体は、俺が守る」
真剣な眼差し。どこまでも誠実な声。
レオンは俺の隣に座り、心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
こいつは、本気で俺のことを大事にしようとしている。
……俺なんかのことを。
(やばい、これ……)
レオンが離れても、さっきの感触が残っている気がする。おでこがほんのり温かい。
熱は引いたのに、心臓はひどく騒がしい。
◇◇◇
昼休み、俺は自分の席で弁当を開けながら、ずっと考え込んでいた。
教室には和やかな昼食の雰囲気が漂っているが、俺だけが別世界にいるような気分だった。
レオンの言動が、頭から離れない。
何をどう考えても、あいつは「本気」だ。
(どうすれば、この誤解を解けるんだ……?)
真剣に悩んでいると、机に肘をついて頭を抱える俺を見かねたのか、不意に桐谷が席を立ち上がって近づいてきた。
「なあ、そろそろ冗談って言わないとヤバいんじゃないか?」
桐谷は俺の机に手をつき、小声で話しかけてくる。
「……言えるなら、とっくに言ってる」
「いや、でもさ……」
桐谷はちらっとレオンのほうを見る。
その視線の先では、レオンが当たり前のように俺の隣の席に移動し、何やら真剣な表情で自分の弁当を開けていた。まるで俺の世話をするのが当然の権利であるかのような自然さだった。
「……お前、今日もあいつに世話されてんの?」
「もう……何も言えない」
倒れそうになった俺を支えて、魔法で熱を下げて、おでこにキスまでされて……
今さら「冗談でした」と言えるわけがない。
「おい、ほんとにヤバいってこれ……」
「分かってる!!」
俺は、両手で頭を抱えた。机に突っ伏して、桐谷の心配そうな声を聞きながら。
──本気度がヤバいのはレオンのほうなのに、最近、一番ヤバいのは俺のほうかもしれない。
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