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7話:もう少し、そばにいてくれないか?
しおりを挟む最近、レオンの様子が変わった。
……いや、「変わった」というより、「変えようとしている」のほうが正しい。
三限目の現代文。いつもなら教師の話なんて聞かずに、こちらに視線をよこしてくるレオンが、今日は教科書を開いて真面目に板書を写している。金色の髪が蛍光灯の光に照らされて、普段よりも大人しく見えた。俺はシャーペンを止めて、横目でその横顔を見つめる。
授業中も前より静かにしているし、言葉遣いも少しずつ現代的になっている。
昼休みの騒がしい教室。窓から差し込む陽光が机の上を明るく照らす中、友人たちがいつものように大声で笑い合っている。以前なら、レオンもその輪の中にいたはずなのに、今は一人だけ窓際で黙々と教科書を読んでいる。背筋を伸ばして座るその姿勢が、なんだか別人のように見えた。
前みたいに突然「ナオ、何か食うか?」と俺のために料理を作ることもなくなったし、妙に馴れ馴れしく肩を抱かれることもなくなった。
──まるで、「距離を取ろうとしている」みたいに。
最初は気のせいかと思った。
でも、一度気になると、どんな些細なことでも気になってしまう。
たとえば、帰り道。
夕日が校舎の影を長く伸ばしている。靴音が石畳に響く中、俺は無意識にレオンの姿を探していた。以前は「俺が送ろう」と勝手についてきたくせに、最近は昇降口で「気をつけて帰れ」と言うだけで、ついてこなくなった。振り返ると、レオンは校門のところで立ち止まったまま、俺の姿を見送っている。その表情は、遠くてよく見えない。
それから、体育の授業で少しよろめいたときも、前ならすぐに手を差し伸べてられていたはずなのに、今日は一瞬だけ迷ったように見えて、結局何もしなかった。グラウンドの砂埃が舞い上がる中、レオンは伸ばしかけた手をためらうように引っ込めて、そっと視線を逸らした。
その「躊躇い」が、なんだか引っかかった。
……なんで、そんな顔をするんだよ。
◇◇◇
昼休み。
チャイムの音が響いた瞬間、教室はざわめき始める。弁当箱を開ける音、机を寄せる音、友人同士の笑い声。そんな賑やかな空気の中で、レオンは、窓際でひとり本を読んでいた。陽光が彼の金髪を柔らかく照らし、ページをめくる音だけが静かに響いている。
前なら、俺が近くにいれば当然のように話しかけてきたのに、今は俺に気づいても軽く頷くだけで、また本に視線を落とす。
……なあ、本当に気のせいか?
俺は、なんとなく落ち着かなくなって、気づけばレオンの前に立っていた。机の上に置かれた本は、見慣れない現代小説だった。レオンがこういった本を読んでいるのを見るのは珍しくて、なんだか妙な気分になる。
「ナオ?」
レオンが顔を上げる。碧色の瞳が俺を見つめている。
「お前さ」
俺は、どう言葉を選べばいいかわからなくて、一度口をつぐんだ。教室の騒音が急に遠く聞こえる。
でも、胸の奥のモヤモヤが言葉を押し出させる。
「最近、なんか……変じゃね?」
レオンは、少し目を見開いた後、ゆっくりと苦笑した。本を閉じる音が小さく響く。
「変じゃない。俺は、ただ……馴染もうとしているだけだ」
馴染む。
この世界に。
……それが、どうしてこんなに寂しいんだろう。
◇◇◇
放課後。
夕日が校舎の窓を赤く染める中、俺は一人で帰り道を歩いていた。足音だけが静かなアスファルトに響いている。隣にいたはずの人影はない。
レオンと別れたあとも、どうにも落ち着かなかった。
なんだ、この感じ。胸の奥がざわつく。
家に着いて、玄関の鍵を開けながら、俺はぽつりと呟く。
「──俺、レオンに依存しすぎてた?」
自分の声が玄関に響いた。思わず息を呑む。
……そうなのか?
でも、俺は思い出す。
レオンが、当然のように隣にいたこと。教室で、廊下で、帰り道で。
俺が困っていたら、いつも手を伸ばしてくれたこと。その大きな手が、いつも温かかったこと。
最初はうっとうしいと思っていたのに、今はその手が差し伸べられなくなったことが寂しい。
──あれ?
俺、なんで「寂しい」って思ってるんだ?
ただのクラスメイトだったはずだ。
冗談から始まった関係で、巻き込まれて迷惑だったはずだ。
それなのに、今は。
「……あいつが離れるの、嫌だ」
口に出してみた瞬間、心臓が跳ねる。静まり返った家の中に、自分の声だけが響いている。
ああ、俺、もうわかってたんだ。
この気持ちの正体に。
◇◇◇
次の日。
朝のホームルームが終わって、教室がざわめき始める。俺は迷わずレオンの席に向かった。彼はいつものように窓際にいて、朝の光が横顔を照らしている。
でも、俺は迷わずその前に立つ。
「ナオ?」
レオンが不思議そうに眉を上げる。机の上に置かれた教科書から顔を上げた彼の表情は、少し困惑している。
俺は、深呼吸をしてから、言った。周りの騒音が急に遠くなる。
「……お前さ、俺のこと、もう放っておいてもいいと思ってる?」
レオンの碧色の瞳が揺れる。彼の手が、教科書の上で少し震えているのに気づく。
俺は、その表情を見て、なんだかムカついた。
「……俺、お前のこと、嫌じゃないから」
少し言葉が詰まった。教室の空気が重く感じられる。
それでも、なんとか続ける。
「だから……今みたいに距離取られるの、ちょっと困る」
レオンは、じっと俺を見つめたまま、何も言わなかった。
まるで、何かを確かめるように。その視線が、俺の心臓を早鐘のように打たせる。
俺は、それ以上うまく言葉にできなくて、ただ視線を逸らす。窓の外の青空が、妙に眩しく見えた。
──もう少し、そばにいてくれないか?
その言葉を、まだ口にする勇気はなかった。
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