(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g

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7話


 エリオットと共に街へ戻る道すがら、僕は異世界の景色に心を奪われっぱなしだった。異世界転生してからずっと森の中で過ごしていたけれど、ついに初めて「街」という場所に足を踏み入れる。
 人々が行き交う賑やかな広場、石畳の道、あちこちから聞こえてくる笑い声──すべてが新鮮で、胸が躍る。

「エリオット、あの建物、すごく立派だよね! 屋根の上に飾りがある!」

 思わず指差す僕に、エリオットは微笑みながら答えてくれる。

「(あれは教会だよ。この街の人たちが信仰を持っている場所だ)」

 教会という言葉にはピンとこないけれど、周囲の景色には興味が尽きない。高くそびえた塔や繊細な装飾が施された屋根を見ると、まるで物語の中にいるような気分になってくる。僕は一歩ずつ歩きながら、目に入るすべてのものに心を奪われていた。

「エリオット、あっちに屋台があるよ! 見たことのない果物がいっぱい!」

 目の前に並ぶ屋台には、見たことのない形や色の果物がずらりと並んでいる。大きくて深い紫の果物、キラキラと光を帯びたオレンジ色の果物……まるで宝石のようで、思わず手を伸ばしてしまいそうになる。

「(陽貴、あまり俺から離れすぎないように)」

 エリオットが心配そうに声をかけてくれるけれど、僕はその言葉もつい忘れて、あちこちに気を取られてしまう。
 果物や食べ物の屋台を眺めていると、屋台のおじさんが親しげに手を振ってくれる。
「こんにちは」と声をかけようとするけれど、異世界の言葉が通じないのが少しもどかしい。

「あの……こんにちは?」

 声を出してみても、やはり相手には通じていないみたいだ。困ってエリオットのほうを見ると、彼が僕の様子を見守りながら屋台のおじさんに何か言葉を返してくれていた。
 おじさんは笑顔を浮かべながら僕にまた手を振り、今度はエリオットが僕に向けて少しだけ顔を曇らせる。

「(君は少し目立つからな、気をつけて)」

 エリオットが僕を守るようにそばにぴったり寄り添ってくれる。彼は気配りも細かくて、僕があちこち見回すたびにさりげなくついてきてくれた。

「エリオット、あの花屋さん、すごく綺麗な花がたくさんあるよ!」

 街中にある小さな花屋を見つけると、鮮やかな花が並べられた店先が目に留まった。
 色とりどりの花びらが揺れる様子は、まるで光に包まれた幻想的な景色のようだ。僕が夢中で見とれていると、花屋のおばあさんが笑顔で小さな花束を手渡してくれる。

「これ、もらってもいいのかな?」

 僕がそう尋ねると、エリオットが花屋のおばあさんに話しかけ、頷いてから僕の方に向き直った。

「(いいそうだ。街の歓迎として渡してくれたらしい)」

「わぁ、おばあさんありがとう!」

 僕は花束を大事に胸に抱き、思わず笑顔になる。街の人たちが温かく迎えてくれるのがとても嬉しい。この花束も、きっと異世界ならではの贈り物なんだろうなと感じながら、胸がじんわりと温かくなった。

 そんな風に歩いていると、広場にたどり着いた。広場の真ん中には噴水があり、その周りには色とりどりの花が植えられている。風に乗って花びらがふわふわと舞い散り、光の中でキラキラと輝いている。

「……すごく綺麗だね」

 僕がつぶやくと、エリオットも頷きながら噴水を見つめている。

「(ここは街の人が集まる場所だ。祭りの日や特別な日にはさらに賑やかになる)」

 そんな特別な場所で、こうしてエリオットと一緒にいると、まるで冒険のパートナーになれたみたいで嬉しい。僕がそんなことを考えていると、ふとエリオットが僕を見つめ、優しく笑みを浮かべた。

「(君が楽しんでくれてよかった)」

 その言葉に、僕は自然と笑顔がこぼれる。エリオットが隣にいてくれるなら、きっとどんな風景でも素敵に見える気がした。

 街歩きを楽しんで家に戻ると、夕方の柔らかな光が家の中に差し込んでいて、エリオットの家がいつも以上にあたたかく感じられた。玄関を開けると、台所の方から良い香りが漂ってきて、エプロン姿のお母さんが微笑みながら迎えてくれた。

「! も、もう起きて大丈夫なのですか、母上?」

 エリオットが声をかけると、お母さんは彼に微笑みながら頷いた。軽快な足取りでエリオットと帰りの挨拶のように抱き合い、何か話している。

 ずっと寝たきりで体力も筋力も衰えていそうなのに、そんなことを感じさせない元気な姿のお母さん。
 昨日の、突然濃くなったもやを思い出し、心配で全身を観察してみる。
 特に濃いもやを出していた心臓のあたりを注視してみたが、どこを見ても全く見当たらなかった。きっと完治したんだ。嬉しくて思わず涙が出てくる。エリオットの腕がそっと僕の肩を抱き、優しく頭を撫でてくれた。

「治ってよかった……」

「(陽貴のおかげだ。ありがとう)」

 エリオットの肩に顔を寄せ、2人で喜びを噛み締める。念話の言葉がなくても互いの気持ちが手に取るようにわかった。
 視線を感じて顔を上げると、お母さんが不思議そうな顔で僕たちを見ている。
 自分の行動が恥ずかしくなって慌てて離れようとしたが、エリオットの腕が腰に回り動けない。
 様子を見ていたお母さんは、エリオットによく似た笑みを浮かべて笑った後、何か声をかけてくれた。多分名前を聞かれている気がする。

「えっと、名前ですよね? 僕は天川陽貴といいます」

 少し緊張しながら会釈すると、エリオットがすかさず通訳してくれた。
「彼は陽貴。母上の病気を治してくれた、俺の大切な人です」と伝えると、お母さんは一瞬驚き、目を見開いて僕の顔をまじまじと見つめた。

「まぁ……あなたが……あの時の!」

 お母さんは感激したように両手を胸に当て、僕をじっと見つめてくる。

「陽貴さん……助けていただいて感謝しています。こんなに元気になれたのも、あなたのおかげよ」

 エリオットが彼女の感謝の言葉を伝えてくれたので、僕も少し照れながら「僕も、お母さんが元気になられて本当に良かったです」と返事をした。
 エリオットがそれを伝えると、お母さんはうるんだ目で微笑み、温かい気持ちが胸に広がっていくのを感じた。

 2人に勧められて一緒のテーブルに腰掛け、ご飯を食べる。
 お母さんの料理は優しくて懐かしい素朴な味で、味わって食べていると、ふと自分の母のことを思い出した。みんな元気にしているだろうか。

 少しして、お母さんはふと僕の髪に目を留め、少し困ったように首をかしげた。

「陽貴さん……その髪、すごくキラキラしてきれいだけど、傷んでいて毛先も切りっぱなしみたいね」

 エリオットは伝えていいのか迷っているような表情で、お母さんの言葉を通訳してくれる。
 色々あってすっかり忘れていたが、そういえば髪を無理やり切られたんだった。
 2人とも心配そうに僕を見ている。もしかしてひどい髪型をしているのかもしれない。そんな姿で街を歩き回っていたなんてと思うと、急に恥ずかしくなってくる。
 僕は苦笑いをしながら「ええ、恥ずかしながらすっかり忘れていました」と答えると、お母さんが微笑んで「もしよければ、整えてあげましょうか?」と言ってくれた。

「ありがとうございます! ぜひお願いします!」

 僕が嬉しさをにじませて答えると、エリオットがそのまま伝えてくれた。
 お母さんは「じゃあ用意してくるから、そのまま椅子に座って待っていてね」と言って準備を始めてくれた。僕は異世界で初めての散髪に、ドキドキしながらお母さんが髪を整えてくれるのを待った。

 お母さんが髪にそっと手を通してくれると、その柔らかく温かな手の感触に心が落ち着いて、少しだけ目を閉じたくなる。
 僕のあやふやな要望を真剣に聞いてくれて、心配しないようにと、何をどうするかなど丁寧に説明してくれた。通訳を介してだが、エリオット以外の人と話せる嬉しさで、たくさんの話をした気がする。

「エリオット、陽貴さんって本当に素敵な方ね。様子を見ているだけでも、あなたのことを大切に思ってくれているのが伝わってくるわ」

 お母さんの言葉をエリオットが通訳してくれて、僕は少し顔が熱くなるのを感じた。
「いや、僕こそエリオットにずっと助けてもらっています」と返事をすると、エリオットがお母さんにそのまま伝えてくれる。

 お母さんは笑顔で頷きながら、「エリオットが誓いを交わした相手が陽貴さんだなんて、本当に嬉しいわ」と言い、ますます優しい目で僕を見つめてくれた。
「誓い」という言葉に少し緊張しつつも、彼女の言葉の温かさに心がほぐれていくのを感じた。

 しばらくして、髪を整え終わったお母さんが「さあ、これで素敵になったわよ」と満足げに微笑みながら、僕に手鏡を手渡してくれた。

 すっかり忘れていたが、自分の姿を眺めるのはこれが初めてだ。
 手鏡を受け取り、そっと自分の姿を見てみると、体の印象通りの華奢な金髪のお人形さんが映っていた。耳が尖っているような気がするんだが、これは一体?

 気になることはたくさんあるが、今は髪の感想だったことを思い出す。
 後ろの髪に触れると、ギザギザでバラバラだった毛先が綺麗に整えられているのがわかった。
 長かったはずの髪がこんなに切られていたんだと改めて認識すると、少し残念に思う。今の髪は耳下あたりのショートのようになっていた。

「ありがとうございます。とても気に入りました」

 僕が笑顔でお礼を言うと、エリオットがそれを通訳してお母さんに伝えてくれる。
 お母さんは優しい表情で僕を見つめ、「こちらこそ、素敵な出会いに感謝しているわ」と言ってくれた。

 その後も、エリオットのお母さんと他愛のない会話を交わしながら、エリオットの家での温かな時間がゆっくりと過ぎていった。お母さんは何かと僕とエリオットの様子を微笑ましく見守ってくれて、まるで僕のことも息子のように扱ってくれているようだった。

 夕方、お母さんがふとエリオットを横に呼び寄せ、少し声をひそめて何かを話し始める。残念ながらエリオットの通訳がないから、僕にはわからない。

「エリオット、ちょっと気になったのだけれど、陽貴さんにちゃんと気持ちを伝えているの?」

 エリオットは少し驚いたようにお母さんを見つめ、何やら恥ずかしそうに目をそらしている。

「……ずっと一緒にいてほしいと伝え、了承してもらえました……」

 お母さんは何かを確かめるようにエリオットの顔をじっと見つめている。

「そう、なのね。私の気のせいなのかしら? でも、何だかあなたたちお付き合いしているように見えないのよね………。あなた、昔から口下手でしょう? 伝わっていない気がするの。陽貴さんにもっと気持ちを伝えたほうがいいわ。これからずっと一緒にいるんですもの。大切な人には、思いをはっきり言葉にして伝えなさいね」

 エリオットはお母さんの言葉に衝撃を受けたように固まった後、真剣に何度も頷いた。必死で何か聞き返している。
 2人が話していることはさっぱりわからなかったが、その楽しそうな様子に、助けられて本当に良かったと改めて思った。

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