44 / 90
忍びよる不穏な気配_4
しおりを挟む
「こんなところで何を油売ってるんだ」
少し言いにくそうにしながら厳しい声で、橘先生は米川さんたち3人の生徒の名前を順番に咎めるように呼んだ。
「別に、片桐先生と話してただけです」
一瞬見せた険しい表情なんて私の目の錯覚だったみたいに、米川さんたちはうっすらと微笑んだ。
どこか相手を軽蔑したような冷えた目線だった。
でも橘先生もまたそれを平然と受け止めて、眼鏡の奥の目つきを鋭くしただけだった。
何かあったのか、米川さんたち3人と橘先生の間には、異様に張り詰めた緊張感が漂っていた。
まるでわかっていないのは着任したばかりの私だけのように取り残されている。
「さっさと教室戻れ。受験生だろう?」
わずかに吐き捨てるような物言いに、米川さんのきれいな眉がまたかすかに動いた。
でも特に口答えせずに、彼女たちは無言で歩き出した。
橘先生の言葉に答える必要などないかのようにむしろ胸を張って、決して弱い部分など見せまいと去っていく。
私も関わりあいになどなりたくない。
出遅れつつも、私も軽く会釈して脇を通り過ぎようとした。
「片桐先生」
無視して歩いた。
すぐに橘先生が後をついてくる。
「あれからスマホがなくて困ってるんです。成瀬先生に伝えてくれませんか? 返してくれと。あそこには仕事の大事な資料もありますし」
「ご自分で直接おっしゃってはどうですか?」
振り返りもせずに吐き捨てると、橘先生が小さく笑った。
「片桐先生って本当にかわいい人ですね。どんなに動画や写真を消したところで、ぼくの目ははっきりと先生の美しい姿を見てしまった。忘れられるものじゃない」
カッと顔から火が出そうになった。
あの姿をためらいもなく美しいと表現した男に、生理的な嫌悪感で吐きそうになった。
「仕事が残ってるので」
相手にすればするほど、自分が汚されていきそうで足を早めた。
その瞬間、橘先生がさっと私の腕を掴んだ。
反射的に振り払う。でも離してもらえない。
「何するんですか、離してください!」
強い口調にも動じず、むしろ私を廊下の壁の方へ押しつけるようにした。
なりふりを構っていられず、「離して!」と悲鳴をあげた口を塞がれた。
「叫べばいいですよ。そのかわり、どこまでも追いかけます」
恐怖がこみあげ、ぞわっと鳥肌が立った。
言葉を失った私に、橘先生がわずかに口を塞いでいた手を離した。
「ただ僕はお願いしてるだけです。一度、もう一度でいい、僕にも見せてください、淫らな片桐先生を。本当に忘れられない」
熱心に懇願する口調は、口説いているんじゃない。
むしろ自分の欲望にただ従っているだけだ。
でなければ、舐め回すようにメガネの奥で私を見る目がそんなにぎらついているわけがない。
「ご自分で何言ってるかわかってます……!? 冗談やめてください、これ、りっぱなセクハラですよね!?」
「心外ですね。ただ僕の想いをわかってほしいだけです」
さらに橘先生の体が近づいて、その体で壁に押しつけられる形になる。
全身が橘先生の体と重なってるような気持ち悪さに、何度も身をよじった。
「いい加減離れてください、人呼びますよ!」
そうは言っても、この先、何をどうされるのか怖くてうまく叫べそうにはなかった。
なにより恐怖のあまり、体はこわばって冷静な判断さえとれない。
「わかってほしいだけです。忘れられないんだ、本当に。寝ても覚めても、先生の喘いだ、あの、」
言いながら興奮してきたらしい橘先生のマスク越しの荒い息遣いが耳にかかった。
そのこもった熱から逃れるようにさらに顔をそむけた。
「あの男といいなら、僕もいいですよね? 先生、」
限界だ。
上擦った声に必死で恐怖を抑え込んで、「だれ――」と大きく口を開けた。
その瞬間、校内放送のチャイムがひときわ大きく響いた。
「橘先生、橘先生。至急職員室にお戻りください」
びくっとした橘先生が動きを止めた。
その一瞬を突いて、橘先生を思いきり突き飛ばした。
よろけて腕をつかむ力が緩んだ。
それを振り払って逃げ出した。
呼び出しの放送が橘先生を引き止めるうちに、一刻も早く立ち去りたかった。
少し言いにくそうにしながら厳しい声で、橘先生は米川さんたち3人の生徒の名前を順番に咎めるように呼んだ。
「別に、片桐先生と話してただけです」
一瞬見せた険しい表情なんて私の目の錯覚だったみたいに、米川さんたちはうっすらと微笑んだ。
どこか相手を軽蔑したような冷えた目線だった。
でも橘先生もまたそれを平然と受け止めて、眼鏡の奥の目つきを鋭くしただけだった。
何かあったのか、米川さんたち3人と橘先生の間には、異様に張り詰めた緊張感が漂っていた。
まるでわかっていないのは着任したばかりの私だけのように取り残されている。
「さっさと教室戻れ。受験生だろう?」
わずかに吐き捨てるような物言いに、米川さんのきれいな眉がまたかすかに動いた。
でも特に口答えせずに、彼女たちは無言で歩き出した。
橘先生の言葉に答える必要などないかのようにむしろ胸を張って、決して弱い部分など見せまいと去っていく。
私も関わりあいになどなりたくない。
出遅れつつも、私も軽く会釈して脇を通り過ぎようとした。
「片桐先生」
無視して歩いた。
すぐに橘先生が後をついてくる。
「あれからスマホがなくて困ってるんです。成瀬先生に伝えてくれませんか? 返してくれと。あそこには仕事の大事な資料もありますし」
「ご自分で直接おっしゃってはどうですか?」
振り返りもせずに吐き捨てると、橘先生が小さく笑った。
「片桐先生って本当にかわいい人ですね。どんなに動画や写真を消したところで、ぼくの目ははっきりと先生の美しい姿を見てしまった。忘れられるものじゃない」
カッと顔から火が出そうになった。
あの姿をためらいもなく美しいと表現した男に、生理的な嫌悪感で吐きそうになった。
「仕事が残ってるので」
相手にすればするほど、自分が汚されていきそうで足を早めた。
その瞬間、橘先生がさっと私の腕を掴んだ。
反射的に振り払う。でも離してもらえない。
「何するんですか、離してください!」
強い口調にも動じず、むしろ私を廊下の壁の方へ押しつけるようにした。
なりふりを構っていられず、「離して!」と悲鳴をあげた口を塞がれた。
「叫べばいいですよ。そのかわり、どこまでも追いかけます」
恐怖がこみあげ、ぞわっと鳥肌が立った。
言葉を失った私に、橘先生がわずかに口を塞いでいた手を離した。
「ただ僕はお願いしてるだけです。一度、もう一度でいい、僕にも見せてください、淫らな片桐先生を。本当に忘れられない」
熱心に懇願する口調は、口説いているんじゃない。
むしろ自分の欲望にただ従っているだけだ。
でなければ、舐め回すようにメガネの奥で私を見る目がそんなにぎらついているわけがない。
「ご自分で何言ってるかわかってます……!? 冗談やめてください、これ、りっぱなセクハラですよね!?」
「心外ですね。ただ僕の想いをわかってほしいだけです」
さらに橘先生の体が近づいて、その体で壁に押しつけられる形になる。
全身が橘先生の体と重なってるような気持ち悪さに、何度も身をよじった。
「いい加減離れてください、人呼びますよ!」
そうは言っても、この先、何をどうされるのか怖くてうまく叫べそうにはなかった。
なにより恐怖のあまり、体はこわばって冷静な判断さえとれない。
「わかってほしいだけです。忘れられないんだ、本当に。寝ても覚めても、先生の喘いだ、あの、」
言いながら興奮してきたらしい橘先生のマスク越しの荒い息遣いが耳にかかった。
そのこもった熱から逃れるようにさらに顔をそむけた。
「あの男といいなら、僕もいいですよね? 先生、」
限界だ。
上擦った声に必死で恐怖を抑え込んで、「だれ――」と大きく口を開けた。
その瞬間、校内放送のチャイムがひときわ大きく響いた。
「橘先生、橘先生。至急職員室にお戻りください」
びくっとした橘先生が動きを止めた。
その一瞬を突いて、橘先生を思いきり突き飛ばした。
よろけて腕をつかむ力が緩んだ。
それを振り払って逃げ出した。
呼び出しの放送が橘先生を引き止めるうちに、一刻も早く立ち去りたかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです
沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる