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第一部 再会
55、疑いたくない
しおりを挟む「香水」
イオンが何かに気づいたように呟いた。
「この、度々運ばれてくる香水というのは、宮殿に潜んでいるという造花のためのものなのではないですか? 人造の花の子であるのなら、自然に香りなどしないはずだ。自分が偽者だということが露見しないように……」
「そうと決まったわけではないでしょう」
否定するリーリヤの声は弱々しかった。
造花がいるという根拠は謎の紙片だけ。香水が関わっているというのはこじつけだ。リーリヤがそう言うが、イオンは頷かない。
「香水が必要な理由は、それくらいしか思いつきません。ここで香水を求める者は、花の子ではない者だ。しかし、だとすると、誰が造花なんだ?」
「貴人は違うのではないでしょうか。最初の頃から忍び込んでいるのは有り得ない。皆散って、咲き直しています。偽者ならば咲きません。途中で入れ替わるのも無理です。私以外の方は宮殿に縛られているので出入りはできないはずでしょう」
「しかし、侍従が造花である意味もないと思いませんか?」
「…………」
香りが弱くて怪しまれるのは、貴人である。それに、侍従であれば宮殿から出ることも可能なので、香水は外で調達すればいいはずだ。
貴人が何らかの理由で侍従の中に造花を混ぜたとしたら、そもそも関わるのは自分がほとんどなので香りについて神経質な対策はとらなくていいだろう。
貴人を欺いて外の者が造花の侍従を送り込んだ場合。気づかない貴人はいないはずだ。
香水は、貴人が輸入しているのだろうか。侍従にも気づかれないように、侍従達にひっそりと持ち込むよう命令もしていない。だから宛先不明で外から届けさせ、こっそりと受け取り、使用している。
――花の貴人の中に、造花がいる。
いいや、とリーリヤはかぶりを振った。憶測にすぎない。自分が今言ったように、すり替われる時などなかったはずだ。
イオンが紙片をリーリヤの指から抜き取って振った。
「誰かが、この事実を広めようとして、このような紙をばらまいているんですよ」
真実をつかんでいるが、大っぴらには口に出せない誰か。紙片を使った、密やかな暴露。
リーリヤは痛みをこらえるような目でその紙を見つめ、首を横に振った。
「やめましょう」
「何をやめるのです?」
「この件をこれ以上深く探ることです。造花なるものが存在する確かな証拠を得ていないのだし、いたずらに騒ぐと宮殿内が大変なことになります」
一度芽生えた不信感を消し去るのは、簡単ではない。ただでさえ混乱が起こっているのに、これ以上不和が生じる原因を作りたくなかった。
「この紙はどう説明します?」
「悪戯でしょう」
「リーリヤ」
嫌なものを見つけてしまったと思う。何も知らなければ、イオンのように捨てられたのだ。
人の国で「造花」という存在を知った時、不快感に眉を曇らせたのを覚えている。信憑性が高くとも、どうか噂であってほしいと願った。それをまた、今ここで、こんな時に聞いてしまうとは。
「私は……同胞の誰一人、疑いたくはないのです」
造花がいる理由はこの際、どうでもいい。仲間の中に偽者が潜んでいるかもしれないという猜疑心を抱くのがつらく、自分以外の誰かがそうやって怪しむのも嫌なのだ。
「わかりました。確かに、悪戯でないとも言い切れませんし、例の王の代理騒動に関する誰かの企みかもしれないですからね。ひとまず、様子を見ましょう」
「ありがとうございます……」
リーリヤは、無意識の内に自分を抱いていた腕の力をゆるめた。
今のところは造花に関する問題は何も起きていないのである。この件についてはまだ棚上げしていてもいいだろう。
しかし、イオンはやはり気になるとのことで、それとなく調べてはみると言っていた。誰が偽者かという点ではなく、紙をばらまいている者についてだ。
その者はどこかから造花の話を聞いて、ひと騒動起こすのに使おうと思ったのかもしれないし、実際重要な何かを知っているのかもしれない。まずはそちらからあたってみた方がよかろう。
もし造花がいるとしたら、何のためなのだろう。間諜か。しかし、どんな秘密を探ろうというのか。
リーリヤは想像する。
庭に咲き乱れる無数の、美しい花々。その中に、たった一本、花の形をした、花ではないものがある。
それは不気味な光景だった。偽物があると知ったらそれが気になって仕方なくなってしまうだろう。取り除くためにいちいち疑いながら花を触って歩くのは、庭師のリーリヤとしては気が進まないことだった。
だが、見過ごしてもいいものか。それは私の怠慢で、わがままではないだろうか。
(まだ決まったわけではない)
イオンから受け取った紙を見つめて、見覚えのある筆跡ではないか確認するが、巧妙に癖を隠してあるらしい。
リーリヤとイオンは、これについてお互い他言しないと決めた。
部屋を出ながら、リーリヤは「何かの間違いでありますように」と祈るしかなかった。
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