底辺令嬢と拗らせ王子~私死んでませんけど…まあいいか

羽兎里

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採用決定

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母様怖いです。
私、今とても怖い。
目の前にとても美しい蛇が、じっとこちらを見つめています。

「あの……」
「まあまあそう緊張しないで。お茶でも飲む?お腹は空いていないかしら?」

とても親切にしてくれているけれど、その後ろに禍々しいオーラが見えるのは、気のせいでしょうか。

やがてテーブルにはお茶が用意された。

「どうぞ召し上がれ?」
「はあ…」
「遠慮しなくてもいいのよ?」
「ありがとうございます、でも………」

香り立つお茶、飲みたいのだけど、これどうすれば良いの?

「あの…この手を……」

私の両手は、未だ彼女の手の中なのだ。

「手を放してもらえませんか?」
「あら、やだわ私ったら。これじゃぁお茶も飲めないわよね。つい癖で…」

彼女はキョロキョロとあたりを見渡し、ようやく私の手を放して席を立って行った。
私はその姿を見て、一息付くためにカップに手を伸ばす。

だがなぜ今、こんな事になっているの?
私の左手首はロープに縛られ、その片方を美人さんがしっかりと握っている。

「あの、何でこんな事を………」
「あらっ、深い意味は無いのよ。あなたは何も悪い事はしていないわ。けれど逃げてもらっちゃ困るのよ」

極上の笑顔でそう言える心裏は何ですか?

「さて、話を続けましょう?あなた料理が出来ると言っていたでしょう?どれくらいできるの?」
「あの…一般家庭で作れるものなら大体の物は…」
「家庭料理!いいわね!!どんなものがお得意?」
「ん~、得意と言うか、凝った物でなければ言われた料理はほとんど作れます。ウサギが取れれば、自分で捌いてシチューにしたり、残っていた野菜と串焼きにしたり…」
「ステキ!」
「あと山で採れた山菜を煮物にしたり、芋づるの根を油で焼いたり…」
「つまり現地調達もOKと。最高だわ。ほかに出来る事は?」
「洗濯や掃除、つくろい物とか、あと父様や母様に教わった事。例えば読み書きが出来ます。代筆はバイトでした事が有り、文字がきれいだと褒められました。刺繍はお金が貰える程度に出来ます、父様の仕事の関係上、書類を添削したり、計算も帳簿付けも出来ます。それからえ~とえ~と」
「いえ、それ以上聞かなくてもいいわ!早速あなたのご両親の所に伺がって、許可をもらわなくちゃ」
「両親は…(ここには)いません。遠い所にいます………」

ここからトルディアまでかなりあるので、そこまで行くのは大変です。

「………ごめんなさい、辛い事を思い出させたわね」
「いいえ…」

ここまで来るのに辛い事も有ったけれど、どちらかと言えば、けっこう楽しかったですよ。

「それならあなた、どこで暮らしているの?」
「いえ、人を頼ってこの町に来たんですけれど、その人がいなくて…仕方が無いので自分で就職口を探していたんです。でも…やっぱり難しいですね。話を聞いて下さってありがとうございました。私、今夜の宿(の場所)を探さなきゃならないから、もう行きますね」
「ちょっと待ったーー!!」

その声と共にいきなり手首のロープが引かれた。
何するんですか。

「逃がさないって言ったでしょう?」

そう言えばそんな事を聞いたような気がする。
冗談じゃ無かったんですね

「では最後に、あなた連絡しなきゃならない人はいるの?早急に」

早急ですか?ジョンさん達にはそのうち話さなければならないだろうけど、急がなくても大丈夫だし。

「いいえ、いません」
「ならば決まりね。付いてらっしゃい」

そう言われ、ロープはそのままで私は美女にドナドナされた。

着いた処は台所だった。

「さて、暫くはここがあなたの職場よ」
「職場って?雇ってもらえるんですか?でも募集しているのは兵だと…」
「いいの。こんなに貴重な人材、見過ごすのは頭の固い奴だけ。国を守る戦士には健康が大事。健康を守るのはキチンとした食生活。と言う訳で、これからは国を守るために頑張ってちょうだいね。それとこれから戦場に付いて来てもらう可能性も有るけれど、あなたを戦いで失ったらとんでもない損失よ。だからあなたは私が全力で守るから!」

再びデジャブが………。

「こんなに簡単に決めていいんですか?」
「いいのよ。いえ、あの愚かどもに反対されて雇えなくなると困るわね…」

そう言い悩む美女の姿は、何をしていても美しい。

「では、あなたは私個人で雇いましょう」
「ええーー!」
「うん、いいわね。それなら個人的なお願いも出来るし、あなたを自由に着飾れるわ。まず制服は執事風にして、ネクタイは蝶ネクタイの方が似合いそうね。色は黒…グレー…いえ、若草色、いっそピンクはどうかしら」

いえ、お願いします、隊の方で雇ってもらえるようお願いしてください!

それから取りあえず、お互い自己紹介をする。
私は、ただの16歳の誕生日を迎えたばかりの、エルだと言っただけ。
セカンドネームを告げると貴族だと分かってしまうから。
そしてゴージャスな美人さんの名はルドミラ・ククロヴァーナと仰るそうで、なんと新設する隊の隊長さんに任命されるらしいです。
ついでにお年は…教えていただけませんでした。

しかしその日から、すぐに仕事を頼まれるとは思わなかった。
頼まれると言うか命令ですね、あれは。

「エルちゃ~ん、さっきの話聞いたら、シチュー食べたくなっちゃった。子ウサギのやつ。お願い作って~。ここにある材料使ってもいいし、足りなければすぐ用意させるから~~」

えーー。
まあ、かまいませんけど、ちょっと待ってくださいね。
私は保存庫の扉を開けて備蓄を確認し、調味料を確かめる。

「あの~鶏肉じゃだめですか?」
「だめ、子ウサギじゃなきゃぜーたいダメ、子ウサギのシチューを作ってちょうだい」
「分かりました。それならばウサギのお肉を買いに行かなければなりません。あと節約すれば残っている野菜だけで間に合いますし、バターではなくマーガリンを代用すれば大丈夫だと思います」
「嫌よ、ダメ。どうせ作るなら最高の材料で美味しい物が食べたいわ。ね、エルちゃんお願い!ここにいる、むさい男供が作ったくそまずい料理なんて、もう二度と食べたくないの」

仕方ありません、ベシャメルソースはやはりバターの方がおいしいですからね。
でもそれほど言うなど、今までどんな味だったんでしょう?
で、全部で15人前なんですね………。


そんなこんなで、私は正式に隊に就職できる事になりました。
良かったー、仕事+玩具的存在は勘弁です。
どうやらルドミラさんが私の事を言ったとたん、職権乱用だとか、独り占め禁止など散々罵られて、暴動が起きそうだから仕方なく折れたと言っていました。

「ごめんなさいね、私専用になってもらえれば、もう少し待遇を良く出来たんだけど」
「いえいえこちらこそ。こんなに早く仕事が見つかるなんて、とても嬉しいです。ありがとうございます」
「長い付き合いになると思うけどよろしくね。そうそうお給料は日給制で1日8000ゼラしか出せないんだけれど…」
「8000ゼラ!?」

そんなにもらえるんですか!?

「でもそれは一カ間の試験採用の金額なの。だけどあなたは兵ではないし、何とかねじ込んで来週には本採用にさせるわ。そうすればもう少し出せるから」

これ以上貰えるんですか!?まるで夢のようなお話です。
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