底辺令嬢と拗らせ王子~私死んでませんけど…まあいいか

羽兎里

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眠り

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本日二度目の投稿です。(久しぶりだな)
エレオノーラ、いつの間に寝腐ってるの?と思った方。
前話よりお入りください。

========


「久しぶりだねエレオノーラ」

大きなドラゴンの懐で丸まるように眠る彼女にむかい、21回目となる挨拶をする。
彼女はまるでそのドラゴンに…いやリンデン殿に守られるように眠り続けている。
まるで昼寝をしているみたいに、気持ちよさそうに、この山の頂でずっと。


誰一人として眠る彼女達に触れる事は出来なかった。
それどころか彼女の近づく事すら叶わない。
彼女の周りには絶えず花が咲き乱れ、気持ちの良さそうな風が吹いている。
そこは美しい鳥も囀り、蝶や様々な虫まで存在し、何の変哲もない静かな午後の陽だまりの様に見える。
だが十数歩歩けば彼女に届くだろうこの場所は、雪が積もる極寒の地だ。

私は叶わないと分かっているが、手を伸ばし何とか彼女に近づこうと歩みを進める。
だがいつものように、近づく事すら出来なかった。

私は積もった雪の山にドサッと腰を下ろし、先月と何ら変わりのないエレオノーラを見つめ、そしていつものように一人話し始めた。

「やあエレオノーラ、私の来ない間変わりはなかったかい?君は今どんな夢を見ているんだろうね。そう言えば、先日イカルス殿にお会いしたよ。相変わらず忙しそうだったな。そろそろ私の下で働いてもらいたいのだけれど、未だに首を縦に振ってはもらえなかった……」

帰ってこない返事。
私のしている事は傍から見ればおかしく映るだろうが、こうしていないと私自身が壊れてしまいそうで怖い。
まあそれでもいいかと思う自分もいるのは確かだな。
このまま彼女の傍で凍ってしまってもいい。
自分の殻の中に閉じこもり、彼女と二人幸せに過ごしてもいい。
そんな考えに捕らわれる時も有るけれど、いつか彼女の目が覚めた時、そこに私がいない未来は考えたくはないのだ。

「殿下、お体に障ります。そろそろ下山いたしましょう」
「いや、もう少し……」
「アレクシス様、エレオノーラ様なら大丈夫です。麓には彼女の他の眷属も控えております。何かしら変化が有った場合、すぐ連絡が届くようにもなってもおります。もう少しすれば季節も変わり、ここに来やすくなりますから、その時は今日より長い時間留まる事も出来ましょう。ですから今回はどうか……」
「分かった……、いつも我儘ばかり言いすまないなグレック」
「………いえ」

彼はいつも私の傍にいて気遣ってくれる。
私の気持ちを一番分かってくれているのも、おそらく彼だろう。
それでもこうやって私の気持ちに反する事を言葉にしなくてはならない事は、彼にとっても辛い事だろう。



私の所にエレオノーラの一報が入ったのは、彼女が眠りに入った次の日だった。
私は 居ても立っても居られず、そのままこのオルガに向かった。

着いたその日、イカルス殿は私を気遣ってか、ただエレオノーラがまた魔力の使い過ぎで眠りに入ったと話してくれただけだった。
エレオノーラはとても高い山の山頂で、リンデン殿と共に眠っていると聞き、私はすぐに彼女のもとに向かった。
しかし私は眠っている彼女のすぐ傍に行く事は出来なかった。
いや、私だけではない。
誰一人として彼女に触れる事は叶わなかった。
彼女はまるで透明のガラスの城に守られているように、だれ一人彼女に近づく事は出来ない。
ただ上下する彼女の胸を見て、彼女が生きている事を確認するしかなかったのだ。

「エレオノーラは一体どうして……」
「……実は……」

イカルス殿はその時初めて、彼の知るオルガで起きた全ての事を話してくれた。
人間がオルガの地でした事により、この地を治めていた緑の精霊の長が死に掛けた事。
その長を愛していた地の神がその事を怒り、人間を罰するために天変地異を起こした事。
そのために此処に居る人々が命の危険にさらされた事。
エレオノーラはその人々を救うために神に会い、許しを請うためにめちゃくちゃになってしまったこの地を、自然を、取り戻そうと力の限り奔走した事を。


私達は、きっと彼女はまたしばらく眠るのだろう、浅はかにもそう思った。
そして彼女の傍に寄る事も許されないまま、ただ見守る事しか許されなかった。
だが一月経とうと、二月経とうと、彼女が目覚める事は無かった。
徐々に心配だけが募っていく。
私達は彼女のしてくれた事を軽く見過ぎたのだ。
どれほど彼女が尽力してくれたのか、どれほど彼女が身を削る思いをし、頑張ってくれたかを。
ただ今は彼女が息をし、朽ちる様子が無い事だけが彼女が生きていることを物語っていた。


オルガの開発。
それを提案したのはこの地方の有力者をはじめとした10人ほどのグループだった。
しかしそれを精査し許可を出したのは我が王家だ。
つまりエレオノーラは私達のしりぬぐいの為、また命を掛けたのだ。
私はエレオノーラにとって疫病神かもしれない。
彼女の幸せを願うなら、私はこれ以上彼女の傍に近づかない方が良いのかもしれない。
しかしいくらそう思っても、このばかで身勝手な男は、彼女から離れられないのだ。



「やあエレオノーラ、元気だったかい?」

今日で11回目の訪問となる。
私は公務が許す限り、だいたい一月に一度のペースでこの地を訪れていた。
いや、確か先月はこの山の麓まで来たが、あまりの吹雪の為に登山する事は出来ず、泣く泣く引き上げたのだった。
ただここの天気がいくら悪かろうと、エレオノーラの眠るあの場所だけは、いつも常春のように穏やかな様子が救いだ。

そして今日は先月とは打って変わり、こちら側も暖かい日差しに溢れていた。

彼女は相変わらずリンデン殿の下、子猫のように丸くなり眠っている。

「そう言えば近いうちに父上や母上がこちらに伺いたいと言っていたよ。あまり会いたくはないとは思うが、どうか付き合ってやってくれないか?そう言えば君の家族も来週あたり来るような事を言っていたな。確か4か月ぶりだろう?楽しみにしておいで?あ……」

エレオノーラの手にテントウムシが留まり、ちょこちょこと甲を歩いて行く。
それをはらはらしながら見つめ、何とか払ってあげたいと手を伸ばす。
叶わない事だと分かっているのだけれど。


「さてエレオノーラ、私はそろそろ帰るよ。また来月来るからね。その時こそ君が目覚めてくれることを祈っているよ」

これを言うのも、もう何回目だろう。
だが私は心の底から、毎回そう願うのだ。
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