102 / 109
眠り
しおりを挟む
本日二度目の投稿です。(久しぶりだな)
エレオノーラ、いつの間に寝腐ってるの?と思った方。
前話よりお入りください。
========
「久しぶりだねエレオノーラ」
大きなドラゴンの懐で丸まるように眠る彼女にむかい、21回目となる挨拶をする。
彼女はまるでそのドラゴンに…いやリンデン殿に守られるように眠り続けている。
まるで昼寝をしているみたいに、気持ちよさそうに、この山の頂でずっと。
誰一人として眠る彼女達に触れる事は出来なかった。
それどころか彼女の近づく事すら叶わない。
彼女の周りには絶えず花が咲き乱れ、気持ちの良さそうな風が吹いている。
そこは美しい鳥も囀り、蝶や様々な虫まで存在し、何の変哲もない静かな午後の陽だまりの様に見える。
だが十数歩歩けば彼女に届くだろうこの場所は、雪が積もる極寒の地だ。
私は叶わないと分かっているが、手を伸ばし何とか彼女に近づこうと歩みを進める。
だがいつものように、近づく事すら出来なかった。
私は積もった雪の山にドサッと腰を下ろし、先月と何ら変わりのないエレオノーラを見つめ、そしていつものように一人話し始めた。
「やあエレオノーラ、私の来ない間変わりはなかったかい?君は今どんな夢を見ているんだろうね。そう言えば、先日イカルス殿にお会いしたよ。相変わらず忙しそうだったな。そろそろ私の下で働いてもらいたいのだけれど、未だに首を縦に振ってはもらえなかった……」
帰ってこない返事。
私のしている事は傍から見ればおかしく映るだろうが、こうしていないと私自身が壊れてしまいそうで怖い。
まあそれでもいいかと思う自分もいるのは確かだな。
このまま彼女の傍で凍ってしまってもいい。
自分の殻の中に閉じこもり、彼女と二人幸せに過ごしてもいい。
そんな考えに捕らわれる時も有るけれど、いつか彼女の目が覚めた時、そこに私がいない未来は考えたくはないのだ。
「殿下、お体に障ります。そろそろ下山いたしましょう」
「いや、もう少し……」
「アレクシス様、エレオノーラ様なら大丈夫です。麓には彼女の他の眷属も控えております。何かしら変化が有った場合、すぐ連絡が届くようにもなってもおります。もう少しすれば季節も変わり、ここに来やすくなりますから、その時は今日より長い時間留まる事も出来ましょう。ですから今回はどうか……」
「分かった……、いつも我儘ばかり言いすまないなグレック」
「………いえ」
彼はいつも私の傍にいて気遣ってくれる。
私の気持ちを一番分かってくれているのも、おそらく彼だろう。
それでもこうやって私の気持ちに反する事を言葉にしなくてはならない事は、彼にとっても辛い事だろう。
私の所にエレオノーラの一報が入ったのは、彼女が眠りに入った次の日だった。
私は 居ても立っても居られず、そのままこのオルガに向かった。
着いたその日、イカルス殿は私を気遣ってか、ただエレオノーラがまた魔力の使い過ぎで眠りに入ったと話してくれただけだった。
エレオノーラはとても高い山の山頂で、リンデン殿と共に眠っていると聞き、私はすぐに彼女のもとに向かった。
しかし私は眠っている彼女のすぐ傍に行く事は出来なかった。
いや、私だけではない。
誰一人として彼女に触れる事は叶わなかった。
彼女はまるで透明のガラスの城に守られているように、だれ一人彼女に近づく事は出来ない。
ただ上下する彼女の胸を見て、彼女が生きている事を確認するしかなかったのだ。
「エレオノーラは一体どうして……」
「……実は……」
イカルス殿はその時初めて、彼の知るオルガで起きた全ての事を話してくれた。
人間がオルガの地でした事により、この地を治めていた緑の精霊の長が死に掛けた事。
その長を愛していた地の神がその事を怒り、人間を罰するために天変地異を起こした事。
そのために此処に居る人々が命の危険にさらされた事。
エレオノーラはその人々を救うために神に会い、許しを請うためにめちゃくちゃになってしまったこの地を、自然を、取り戻そうと力の限り奔走した事を。
私達は、きっと彼女はまたしばらく眠るのだろう、浅はかにもそう思った。
そして彼女の傍に寄る事も許されないまま、ただ見守る事しか許されなかった。
だが一月経とうと、二月経とうと、彼女が目覚める事は無かった。
徐々に心配だけが募っていく。
私達は彼女のしてくれた事を軽く見過ぎたのだ。
どれほど彼女が尽力してくれたのか、どれほど彼女が身を削る思いをし、頑張ってくれたかを。
ただ今は彼女が息をし、朽ちる様子が無い事だけが彼女が生きていることを物語っていた。
オルガの開発。
それを提案したのはこの地方の有力者をはじめとした10人ほどのグループだった。
しかしそれを精査し許可を出したのは我が王家だ。
つまりエレオノーラは私達のしりぬぐいの為、また命を掛けたのだ。
私はエレオノーラにとって疫病神かもしれない。
彼女の幸せを願うなら、私はこれ以上彼女の傍に近づかない方が良いのかもしれない。
しかしいくらそう思っても、このばかで身勝手な男は、彼女から離れられないのだ。
「やあエレオノーラ、元気だったかい?」
今日で11回目の訪問となる。
私は公務が許す限り、だいたい一月に一度のペースでこの地を訪れていた。
いや、確か先月はこの山の麓まで来たが、あまりの吹雪の為に登山する事は出来ず、泣く泣く引き上げたのだった。
ただここの天気がいくら悪かろうと、エレオノーラの眠るあの場所だけは、いつも常春のように穏やかな様子が救いだ。
そして今日は先月とは打って変わり、こちら側も暖かい日差しに溢れていた。
彼女は相変わらずリンデン殿の下、子猫のように丸くなり眠っている。
「そう言えば近いうちに父上や母上がこちらに伺いたいと言っていたよ。あまり会いたくはないとは思うが、どうか付き合ってやってくれないか?そう言えば君の家族も来週あたり来るような事を言っていたな。確か4か月ぶりだろう?楽しみにしておいで?あ……」
エレオノーラの手にテントウムシが留まり、ちょこちょこと甲を歩いて行く。
それをはらはらしながら見つめ、何とか払ってあげたいと手を伸ばす。
叶わない事だと分かっているのだけれど。
「さてエレオノーラ、私はそろそろ帰るよ。また来月来るからね。その時こそ君が目覚めてくれることを祈っているよ」
これを言うのも、もう何回目だろう。
だが私は心の底から、毎回そう願うのだ。
エレオノーラ、いつの間に寝腐ってるの?と思った方。
前話よりお入りください。
========
「久しぶりだねエレオノーラ」
大きなドラゴンの懐で丸まるように眠る彼女にむかい、21回目となる挨拶をする。
彼女はまるでそのドラゴンに…いやリンデン殿に守られるように眠り続けている。
まるで昼寝をしているみたいに、気持ちよさそうに、この山の頂でずっと。
誰一人として眠る彼女達に触れる事は出来なかった。
それどころか彼女の近づく事すら叶わない。
彼女の周りには絶えず花が咲き乱れ、気持ちの良さそうな風が吹いている。
そこは美しい鳥も囀り、蝶や様々な虫まで存在し、何の変哲もない静かな午後の陽だまりの様に見える。
だが十数歩歩けば彼女に届くだろうこの場所は、雪が積もる極寒の地だ。
私は叶わないと分かっているが、手を伸ばし何とか彼女に近づこうと歩みを進める。
だがいつものように、近づく事すら出来なかった。
私は積もった雪の山にドサッと腰を下ろし、先月と何ら変わりのないエレオノーラを見つめ、そしていつものように一人話し始めた。
「やあエレオノーラ、私の来ない間変わりはなかったかい?君は今どんな夢を見ているんだろうね。そう言えば、先日イカルス殿にお会いしたよ。相変わらず忙しそうだったな。そろそろ私の下で働いてもらいたいのだけれど、未だに首を縦に振ってはもらえなかった……」
帰ってこない返事。
私のしている事は傍から見ればおかしく映るだろうが、こうしていないと私自身が壊れてしまいそうで怖い。
まあそれでもいいかと思う自分もいるのは確かだな。
このまま彼女の傍で凍ってしまってもいい。
自分の殻の中に閉じこもり、彼女と二人幸せに過ごしてもいい。
そんな考えに捕らわれる時も有るけれど、いつか彼女の目が覚めた時、そこに私がいない未来は考えたくはないのだ。
「殿下、お体に障ります。そろそろ下山いたしましょう」
「いや、もう少し……」
「アレクシス様、エレオノーラ様なら大丈夫です。麓には彼女の他の眷属も控えております。何かしら変化が有った場合、すぐ連絡が届くようにもなってもおります。もう少しすれば季節も変わり、ここに来やすくなりますから、その時は今日より長い時間留まる事も出来ましょう。ですから今回はどうか……」
「分かった……、いつも我儘ばかり言いすまないなグレック」
「………いえ」
彼はいつも私の傍にいて気遣ってくれる。
私の気持ちを一番分かってくれているのも、おそらく彼だろう。
それでもこうやって私の気持ちに反する事を言葉にしなくてはならない事は、彼にとっても辛い事だろう。
私の所にエレオノーラの一報が入ったのは、彼女が眠りに入った次の日だった。
私は 居ても立っても居られず、そのままこのオルガに向かった。
着いたその日、イカルス殿は私を気遣ってか、ただエレオノーラがまた魔力の使い過ぎで眠りに入ったと話してくれただけだった。
エレオノーラはとても高い山の山頂で、リンデン殿と共に眠っていると聞き、私はすぐに彼女のもとに向かった。
しかし私は眠っている彼女のすぐ傍に行く事は出来なかった。
いや、私だけではない。
誰一人として彼女に触れる事は叶わなかった。
彼女はまるで透明のガラスの城に守られているように、だれ一人彼女に近づく事は出来ない。
ただ上下する彼女の胸を見て、彼女が生きている事を確認するしかなかったのだ。
「エレオノーラは一体どうして……」
「……実は……」
イカルス殿はその時初めて、彼の知るオルガで起きた全ての事を話してくれた。
人間がオルガの地でした事により、この地を治めていた緑の精霊の長が死に掛けた事。
その長を愛していた地の神がその事を怒り、人間を罰するために天変地異を起こした事。
そのために此処に居る人々が命の危険にさらされた事。
エレオノーラはその人々を救うために神に会い、許しを請うためにめちゃくちゃになってしまったこの地を、自然を、取り戻そうと力の限り奔走した事を。
私達は、きっと彼女はまたしばらく眠るのだろう、浅はかにもそう思った。
そして彼女の傍に寄る事も許されないまま、ただ見守る事しか許されなかった。
だが一月経とうと、二月経とうと、彼女が目覚める事は無かった。
徐々に心配だけが募っていく。
私達は彼女のしてくれた事を軽く見過ぎたのだ。
どれほど彼女が尽力してくれたのか、どれほど彼女が身を削る思いをし、頑張ってくれたかを。
ただ今は彼女が息をし、朽ちる様子が無い事だけが彼女が生きていることを物語っていた。
オルガの開発。
それを提案したのはこの地方の有力者をはじめとした10人ほどのグループだった。
しかしそれを精査し許可を出したのは我が王家だ。
つまりエレオノーラは私達のしりぬぐいの為、また命を掛けたのだ。
私はエレオノーラにとって疫病神かもしれない。
彼女の幸せを願うなら、私はこれ以上彼女の傍に近づかない方が良いのかもしれない。
しかしいくらそう思っても、このばかで身勝手な男は、彼女から離れられないのだ。
「やあエレオノーラ、元気だったかい?」
今日で11回目の訪問となる。
私は公務が許す限り、だいたい一月に一度のペースでこの地を訪れていた。
いや、確か先月はこの山の麓まで来たが、あまりの吹雪の為に登山する事は出来ず、泣く泣く引き上げたのだった。
ただここの天気がいくら悪かろうと、エレオノーラの眠るあの場所だけは、いつも常春のように穏やかな様子が救いだ。
そして今日は先月とは打って変わり、こちら側も暖かい日差しに溢れていた。
彼女は相変わらずリンデン殿の下、子猫のように丸くなり眠っている。
「そう言えば近いうちに父上や母上がこちらに伺いたいと言っていたよ。あまり会いたくはないとは思うが、どうか付き合ってやってくれないか?そう言えば君の家族も来週あたり来るような事を言っていたな。確か4か月ぶりだろう?楽しみにしておいで?あ……」
エレオノーラの手にテントウムシが留まり、ちょこちょこと甲を歩いて行く。
それをはらはらしながら見つめ、何とか払ってあげたいと手を伸ばす。
叶わない事だと分かっているのだけれど。
「さてエレオノーラ、私はそろそろ帰るよ。また来月来るからね。その時こそ君が目覚めてくれることを祈っているよ」
これを言うのも、もう何回目だろう。
だが私は心の底から、毎回そう願うのだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
婚約破棄された令嬢、気づけば王族総出で奪い合われています
ゆっこ
恋愛
「――よって、リリアーナ・セレスト嬢との婚約は破棄する!」
王城の大広間に王太子アレクシスの声が響いた瞬間、私は静かにスカートをつまみ上げて一礼した。
「かしこまりました、殿下。どうか末永くお幸せに」
本心ではない。けれど、こう言うしかなかった。
王太子は私を見下ろし、勝ち誇ったように笑った。
「お前のような地味で役に立たない女より、フローラの方が相応しい。彼女は聖女として覚醒したのだ!」
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる