あなたは僕の運命の番 出会えた奇跡に祝福を

羽兎里

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旅 3

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「マシュー!待ちなさいマシュー。」

追いかけてきたお父様が、僕を捕まえ、力強く抱き締めた。

「大丈夫だ、マシュー…。」

優しく語りかけながら僕が落ち着くのを待ってくれる。

「良くお聞きマシュー、焦ってはいけないけない。
すぐに何かが起きると言う訳では無いのだから。大丈夫、大丈夫だよ。」

それから僕の手を引き、もう一度部屋に戻る。
お父様自ら、お茶を入れ替えて、僕の前に置く。

「私の話し方が悪かったね。
いきなりの話で驚いただろう?
でもね、記憶が戻った時点で今の話自体を忘れてしまう可能性も有るから、
下手に話して、マシューを苦しめるよりは、黙っていた方が良かったのかも知れないとは思ったんだが……。」

そう言いながら、お父様はもう一度僕の前に座る。

僕は…、いきなり皆のことを忘れてしまったらどうなるのだろう。
以前の僕が分からないから、その時どうなるのか全然想像がつかない。
アダム様が言うように、過去に忘れたいような辛い事があって、いきなりその時の僕に戻ってしまったら…。
逆に、もし前の僕が幸せで、その時点に戻ったとしたら。
でも、そのどちらにもアダム様はいない。
以前の僕が、どういう状態であろうが、アダム様の隣に居れないのなら、僕はきっと不幸でしかない。

「順を追って説明しようね。記憶が戻った時、過去を全て忘れてしまうというケースがあるのは確かだ。
しかし、全ての人がそうなるわけではない。
記憶を失っていた時の事を覚えている人もいるし、断片的にその時の事を忘れてしまうケースもあるんだ。」

「断片的に?」

「そう、例えばアダム様と結婚した事は覚えているけれど、今日ここへ来た事は覚えていないとかね。」

やっぱりいやだ。今の僕には忘れていい物など一つもない。

「どういう状況で、記憶が戻るのかもはっきりしていない。外的ショックで戻ったという人もいるが、何かしらのキーワードで思い出したという人もいる。
もちろん思い出せないまま一生を過ごした人も多い。
それから、記憶を取り戻した後、その間を忘れてしまっていても、後々断片的に少しづつ思い出していった例もある。」

「それでも僕は…、今を忘れたくありません。」

「そう願っても、どうなるのか分からないのが現実だ。
ただねマシュー、もしそれが起こった場合、今日の事を君が覚えていてくれたのなら、
私は父親として、医師として少しでも力になれると思う。
その時はどうか遠慮せずに頼ってほしい。
だから、マシューには酷だと思ったが、あえて話したんだ。」

「お父様。」

僕は立ち上がり、お父様の胸に飛び込んだ。

「お父様、大好きです。」

僕はずいぶん泣き虫なんだな。泣いてばかりいる。
でも、泣かずにはいられないんだ。
皆が優しいから。

「尤も、マシューの記憶が戻って、今までの事を忘れてしまっても、君の傍にはいつもアダム様が居る。
そして、周りにはジークフリード君も、今まで知り合った全ての人が、もちろん私たちもいる。
そして私たちはマシューの事を知っている、忘れはしない。
それは保証する。
だから皆が君を放っておくはずがない。
もし君が全てを忘れてしまっても、
その時は、また一から皆と知り合い、思い出を作っていけばいい。」

そうか。僕が忘れてしまっても、きっと皆は僕を覚えていてくれる。

「僕は、あるがままを受け入れ、皆を信じていればいいのですね。」

「そうだよ。マシューは賢いね。
私は医師として、これから先の可能性を教えただけだ。
マシューは何も心配することはないんだよ。」

「ありがとうございます、お父様。」

「アダム様達には私から話しておく。
もし今の話をマシューが忘れても、すぐこちらに連絡するよう伝えておくから、心配せずとも大丈夫だ。
さ、アダム様がそろそろ心配する頃だろう。応接間に戻ろうか。」

「はい。」

そしてお父様と僕は、部屋を後にした。




「ギラン様、先ほどは大変失礼をいたしました。」

マシュー達が部屋を見に行った後、この家の執事となったモーガンがそう言いながら、深く頭を下げる。
この男に悪気が有って、エリックの好物をメニューに加えたのでは無いと分かっている。
しかし、この男が俺の知らないマシューを知っている事や、少しでもマシューの気持ちに波風を立てたことが、気に入らない。

「まぁ、あなたもマシュー君の事を思う一心でしたことでしょうし、少将殿もそんな事を根に持つ人では有りませんよ。」

「そう言っていただいて、安心しました。」

俺は承知したわけじゃないが……まあいい。

「少将殿、私はマシュー様に付いていなくてよろしいのでしょうか。」

「クロードさんが、少しプライベートな話をしたいと言っていたので、ハリー君は今は付いていなくても結構です。
さて、モーガンさん。今はお手すきでしょうか?」

「はい、大丈夫ですが。何か?」

「良い機会ですので、エリック君の一番身近にいたあなたに話を聞きたいですが、よろしいですか?」

「それは……。私としましては、とても複雑です。
ぜひ聞いてほしいことも有るのですが、お話しする事を躊躇するものも有ります。」

「その気持ちは分かるが、俺たちにしてみれば、出来れば全部話してほしい。」

「……分かりましたギラン様。あなたにはその権利が有ります。
どうぞ何なりと聞いて下さい。」

そう言うとモーガンは、お茶を入れ直し控える。

「どうぞ、そこに掛けてくれ。」

そういって正面の椅子を勧めた。

「さて、何からお話ししましょう。」

「そうだな、…あなたの覚えている最初から、あなたとマシューが出会った時から聞きたい。」

「わかりました。
私が最初にお会いしたのは、クロエ様のおなかに、エリック様、いえ、マシュー様が宿った時からです。」

「そうか。」

そんなに前から、この男はマシューを見守ってきていたのか。

「生まれた時は、みなさまもとても喜ばれましたし、とても可愛がっておいででした。
性格も外見もとてもかわいらしい方ですので無理もございません。
ご兄弟もすべてアルファと判明していたこともあって、当然マシュー様もαだと思われていたようです。」

「小さい頃は、判別を付けるのが難しいから無理もないか。」

「ご主人様も末っ子のマシュー様をいたく可愛がっておりましたし、ご兄弟仲もとてもよろしゅうございました。
お屋敷から少し離れたところに、小さな桟橋がございまして、よくお兄様たちと、小魚を釣りに行かれたりしておりました。」

「それがなぜ…。」

「そのままお育ちになれば、皆様平和に暮らせたのだと思います。
ただ、ご主人様やの周りのα達は、いささかプライドが高すぎる人が多かったのです。」

「ああ、自分はαだから偉いと、勘違いしのさばっている奴らだな。」

「マシュー様が、12歳の誕生日を迎えるころ、Ωであることが判明致しました。」

「それで手の平を返したように扱う様になったのか。」

「いえ、すぐにはそうはなりませんでした。クロエ様はマシュー様の行く末を大変心配しておられましたし、ご主人様は、今までαだと思い込み可愛がっていたマシュー様を、どう扱っていいのか困惑しているようでした。しかし、ご兄弟は大変仲が良かっただけに、そうすぐには変わらずにいらっしゃいました。」

「それなら何故。」

「周りの方たちです。周りのα達が、マシュー様がΩだったと知った途端、蔑みの目で見るようになり、ご兄弟にもよからぬことを吹き込み出したのです。」

「くそったれどもが。」

「ご主人様やクロエ様の事を、出来損ないの子供を持ったと裏で嘲る人も出てくるようになりました。」

「時代錯誤だな……。」

「最初はご兄弟も戸惑っておられましたが、しだいに感化され、
マシュー様を庇うと自分まで悪く言われる事を知り、
マシュー様を疎むようになりました。
そして、まあ、シルビア様はそんなご実家に嫌気がさしたのでしょう。
自立できる年齢になられると家を出られ、ご自分で事業を始められるようになりました。
ただ、ベネット様とロバート様は、年を重ねるごとに周りの方とそっくりになってしまわれました。
環境と言うものは恐ろしい物です。
マシュー様の周りのαの方々が、アダム様や、ジークフリード様、こちらのご家族の方のような方でしたら、
マシュー様が辛い思いをしたり、このような事が起こらなかったのではと悔やまれます。」

「いや、そうなると俺がマシューと会えなかったのかも知れないと思うと、複雑だが…。」

「まあ…、そうですね……。」

俺とジークは深くため息をついた。
まったくくだらないαが多すぎる。

「ほかに話はないか?できれば楽しい話を聞きたい。」

「はい、ございますとも。」

そう言ってモーガンは微笑みながら、マシューが7歳のクリスマスの話を始めた。
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