DD!~ドーテイ刑事(デカ)の事件簿~

藤崎岳

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第3章 憧れの人

1話①

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 翌日。 

 生活安全課保安係は、いつも通り始まった。荒間署管内で殺人事件が起きたが、殺人を捜査しない生安課が永田の事件に関わることはない。よって、保安係は昨日までとなんら変わらなかった。大輔の心境は、普段通りというわけにはいなかったが——。 

 昨日のショックもあり、仕事に集中できない。自席で書類仕事に追われているが、朝から些細なミスを何度も繰り返していた。

 あの永田が――殺された。 

 昨日見た光景を思い出し、大輔はブルッと震えた。恐怖と――強い不安がこみ上げ、落ち着かなくなる。 

 永田は誰に殺害されたのか。それを調べていけば、いずれ――。 

 チラリと前の空いた席を見る。桂奈は今、一太と第三会議室で違法DVDのチェック作業中だ。もうすぐ交代の時間になる。落ち着かない大輔は、今日に限っては早く桂奈たちと交代したかった。 

「……大輔」 

 はす向かいの席で内線電話を受けていた晃司が大輔を呼んだ。そして無言でクイッと顎を上げ、廊下に出ろと合図した。 

 大輔は首を傾げ、晃司に従う。立ち上がった時、原の席を見ると原はいなかった。 

 なにか怪しい空気を感じながら廊下に出る。 

「大輔、第三会議室に行くぞ」 

 大輔のすぐ後に、晃司も廊下に出てきた。 

「え? 桂奈さんたちと交代ってことですか?」 

「……そうだよ」 

 晃司が嘘を吐いているのは大輔にもわかった。だから黙って大人しくついていった。 

 第三会議室に向かう途中、階段を駆け足で下りてくる颯太郎に会った。晃司は颯太郎を見つけると嬉しそうにし、颯太郎は少し困った顔をした。 

 晃司がチョイチョイと手招きし、颯太郎が渋々晃司の元にやって来る。 

「桜井、いいとこで会えた」 

「小野寺さん、今朝捜査本部が立って忙しいんで、手短にお願いします」 

 颯太郎は困ってはいるが嫌そうではなかった。「なにが知りたいんです?」と、協力的なぐらいだった。颯太郎のはかなりのものだと、大輔は目を丸くする。 

「凶器は?」 

「お二人、第一発見者でしょ? 見たまま、道場にあった竹刀ですよ。あの竹刀で顔と頭部を滅多打ちにされて、その衝撃で折れた竹刀が左目に突き刺さったのが、致命傷らしいです」 

「凶器が道場にあった物ってことは……指紋は?」 

「複数出てるので、犯人の特定は無理ですね」 

「そっか……。動機は? あの殺され方だと、やっぱり怨恨の線で考えてるのか?」 

 そこで少し、颯太郎は迷った。 

「……まだ記者発表前の話ですから、絶対内緒ですよ」 

「わぁかってるよ」 

「道場の奥に事務所があるんですけど、そこが荒らされてたんです。今のところ盗られたものはないみたいですけど……」 

「強盗、もあり得るってことか?」 

「多少は」 

 晃司は何度か頷き、考え込んだ。 

「小野寺さん」 

 今度は颯太郎が晃司に訊ねる。階段から少し奥の方を顎で示して。 

「なんか、第三会議室に集まってますよね? 保安係」 

 ギクッと顔に出てしまったのは、大輔だ。晃司は顔色一つ変えず、大輔を肘で突いた。 

 颯太郎はさすが刑事課の刑事である。焦った大輔を見逃さなかった。 

「保安係、なにしてるんすか?」 

 晃司に訊きながら、鋭い視線は大輔を向いていた。大輔は目を合せないよう必死だ。すると晃司が一歩、颯太郎に近づいて声をひそめた。 

「なんも話せない。話したくてもな」 

 悪い。と晃司が素直に謝ると、颯太郎はなにか悟ったようにゆっくり頷いた。 

「……なら、いいです。じゃあ俺、刑事課に戻んなきゃいけないんで」 

 颯太郎はまた駆け足で階段を下りていった。 

 それを見送り、大輔は胸を撫で下ろした。あのまま颯太郎に睨まれていたら、先に口を割るのは確実に大輔だった。 

「アホ! あんなわかりやすく動揺してんじゃねぇよ!」 

 案の定、晃司に怒られた。罰だとばかりに尻を掴まれ、揉まれる。 

「やっ、やめてくださいぃ!」 

 大輔が変な声を上げると、晃司はすぐに機嫌を直し、笑いながら歩き出した。 

(クッソ~!) 

 大輔は、晃司の感触を打ち払うように己の尻を叩き、晃司を追った。 

 少し廊下を歩き第三会議室に着く。晃司がドアをノックし、返事を待たずに扉を開けた。 

「お疲れ、待たせたな。そこで桜井と会ったから、永田のこと聞いてた」 

 中には桂奈と一太がいた。二人はドア側を向いて、一太が座ってノートパソコンを操作し、その後ろに桂奈が腕組みして立っていた。 

「それは気になりますけど……先にこっちが報告します。一太くん、お手柄ですよ」 

 桂奈がノートパソコンから晃司に顔を向ける。お手柄、と言いながら表情は暗かった。 

 一太はパソコンを操作したまま、真剣な顔を上げない。大輔は、その一太のパソコンを凝視した。ここしばらく第三会議室で仕事していた大輔だが、一太が使用しているパソコンには、見覚えがなかった。 

「あの、お二人はなにしてるんですか?」 

 どうやら、桂奈と一太は違法DVDを調べているわけではないようだ。 

 大輔の視線に気づいた一太が、手元のノートパソコンを指差す。 

「あのビデオを調べてんの。署のノーパソじゃ色々性能が足りないから、これは寮から持ってきた俺のやつね」 

「え?! 個人のパソコン、署のネットワークに繋いでいいんですか?!」 

「大丈夫大丈夫。ネットには繋いでないから。あくまで、あのビデオを調べてるだけ」 

 一太はケロリとしたものだが、大輔は不安を拭いきれない。規則に縛られないのは、晃司だけでなく保安係全体の問題のようだ。 

「それで、やっぱりあの男は、永田だったのか?」 

 晃司が桂奈の隣に回り、後ろから一太のノートパソコンを覗く。 

「一太くんがあのビデオを詳しく調べてくれて、その中で男の右手に傷跡があるのを見つけたんです」 

 黙って聞いていた大輔は、ギクリとして固まった。 

「このビデオ、多分二人の背後の……上の方から撮ってるぽいじゃないですか? だから顔は上手く隠せたけど、手元までは隠しきれなかったんですね。……大輔くん?」 

 いつまでもドアのそばでボーッとしている大輔を、桂奈が不思議そうに見つめる。 

「あ、すいません」 

 大輔は呆けた頭を軽く振って、桂奈の晃司とは反対隣に並んだ。 

 本当は――パソコンを見るのが怖かった。 

「ほらここ、ハッキリと大きな傷跡があるでしょう?」 

 桂奈が指差したパソコンの画面には、少年の細腕を掴む、男の右手の拡大画像が映し出されている。 

 男の右手の甲には、大きな古傷が確かにあった。 

 間違いない。——大輔は、そっと目を閉じた。 落ち着け、と自分を言い聞かせ――。 

「それで永田の写真を探したら……さすが有名な剣士。ネットでたくさん画像が出てきました」 

 桂奈が、長机にあるもう一台のノートパソコンを開いた。こちらは署のもので、インターネットを利用できる。 

 桂奈が開いた画像は、少し昔のS県警の広報誌の写真だった。永田が制服の警察官と固く握手している。その記事は、永田が長年のS県警への貢献を認められ、表彰されたと伝えていた。 

「こいつが例の県警OBで、県議会議員て奴か」 

 晃司がパソコンの画面を指で弾く。弾いたのは制服の男ではなく、隣で堂々と微笑む永田の――右手だ。 

 握手する永田の右手に、ビデオの男とまったく同じ古傷があった。 

「……君たち……」 

 ギクッと、その場の全員が凍りついた。 パソコンの画面に夢中で、会議室の扉が静かに開けられたことに誰も気づいていなかった。

「やってくれたね」 

 大輔が恐る恐る顔を上げると――氷の無表情の穂積が、ドアの前に仁王立ちしていた。 

「お前ら~、俺の言うこと聞く気がないのかぁ?」 

 情けない声を出し、穂積の後ろにいた原が会議室の扉を静かに閉めた。そして、ご丁寧に鍵までかける。ここから先は、絶対に誰にも聞かれてはいけない、ということだろう。 

 穂積がツカツカと、大輔たちの前に歩いてくる。 

「このビデオについては調べるな、とハッキリ言いましたよね?」 

 バン! と、穂積が一太のパソコンを乱暴に閉じた。 

 シンと静まりかえる第三会議室――。 大輔は、捜査一課管理官を怒らせた懲罰について考え始めた。 

(俺、交番に戻るのかなぁ……) 

 おそらく、一太や桂奈も――そして原も、同じようなことを考えたのではないか。しかし事態は、大輔が思うよりずっと複雑に動き出す。 

「わかりました。そんなに調べたいなら、好きなだけ調べてください」 

 穂積がニコリと微笑む。だがその笑顔は氷の冷たさのままだった。背筋が――凍りつくほど。 

「徹底的に、このビデオと永田を調べてください」 

「なんで俺たちに言う?」 

 穂積は顔立ちが美しいせいで、怒ると異常に恐ろしい。大輔などすっかり怯えてしまったが、晃司だけは平気で穂積に訊き返した。 

「永田のことは、一課とうちの刑事課が調べてるんだろ? なんで、俺たちに言うんだ?」 

「もちろん、殺人事件……は捜査一課のヤマです」 

 チッと晃司が舌打ちする。 

「永田が子供にしたことは、うち以外知らない。殺人事件が起きたってのに……それでも、は絶対に外にバラすなってことか」 

 晃司が腹立たしげに、一太のノートパソコンを指差した。 

「そういうことです。永田がしたことは、永田が殺される動機に十分なりうる。もし永田の犯罪が、そのビデオの少年に継続的になされていた、もしくは複数の少年が被害に遭っていたとしたら……その少年たちの誰か、が容疑者かもしれない。だから君たちには、永田のわいせつ事件について、徹底的に調べてもらいたい。他に被害者がいなかったかも含めて」 

 大輔は、顔を強張らせた。恐れていた事態が現実になった。 

「調べるって……どうやれって言うんです? 道場の生徒や関係者に聞いて回ったら、結局秘密にはできないですよ?」 

 一課や刑事課にも。と、桂奈が訊いた。 

「ええ。ですからまずは、永田のパソコンを調べてもらいます。こんなビデオを撮ってるぐらいですから、パソコンにもなにか残ってるでしょう。科捜研に渡す前にこちらに持ってくるので……水口くん、君、パソコン詳しいんだって? 頼みますね」 

「科捜研に渡す前って……そんなことしていいんですか?」 

 驚いた大輔は、思わず口を挟んだ。永田のパソコンや携帯電話は当然、重要な捜査資料だ。 

「よくはないけど、一課や刑事課に気づかれず調べるには、それぐらいしか方法がないからね」 

「そこまでして、永田のわいせつ事件を隠さなきゃならないんですか?」 

 明るみになってほしいわけではない。しかし、隠されていいのかも、大輔にはわからない。 

「それに、俺たちが隠れて永田のこと調べてるってわかったら、管理官だって……」 

「上層部からの命令なんだよ。永田のわいせつ事件を極秘に調べて、それが永田の殺人事件に結びつかないようであれば、わいせつ事件については一切公表しない。万が一、殺人事件に繋がるようなことがあっても……それでも、わいせつ事件については極力隠せ、ていうね」 

「そんな……」 

 大輔は無表情を変えない穂積を見つめた。なぜ、穂積がそんな面倒な命令を下されたのか。 

「そういうわけで、原係長。保安係は、しばらく僕が使わせてもらいます」 

「穂積。お前、一課はどうするんだ?」 

「別の管理官がきます。元々僕は、隣の署の連続婦女暴行事件を担当してて、その関係でこちらに出入りしてるだけですから」 

「そりゃまた、随分都合がいいな。この先お前がうちでウロウロしてても、レイプ事件の捜査で来てるって言えるもんな」 

 晃司の嫌みを無視し、穂積が大輔に振り向く。 

「堂本巡査」 

「は、はい」 

 氷の微笑みが向けられ、一気に緊張する。 

「今夜、永田館長の通夜がある。一緒に来てもらうよ」 

「俺が、ですか?」 

「通夜には永田の関係者が大勢参列する。永田を調べるのにちょうどいいだろ? 堂本巡査は元教え子だ。通夜に参列したってなんの問題もない。僕も何度か稽古してもらってるから、僕も参列しても不自然じゃない。だから、二人で参列するよ」 

 いいね? と美しくも恐ろしい笑顔で迫られた大輔は、無言で頷くしかなかった。 

(管理官……コワイ……) 

 大輔はちょっと、泣き出しそうだった。 
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