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一刑
しおりを挟む「女である事を隠し、暫くは男として身を隠せ!」
私が公爵家に来てから2年が経ったある日の事。
朝食を終えた後、私は当主のグンター・アルノルト公爵の部屋に呼び出され、早々に男装をするように命じられた。しかもその理由が、貴女の愛娘の縁談話を円滑に進めるための芝居ですって?
***
仮想18世紀 マテーウス皇国
七つの大洋の一つ、グナード洋に浮かぶ島国であるマテーウス皇国は、通称『海の宝石箱』と呼ばれる程、海の幸に恵まれた国だ。
人と海の世界が共存する浜辺の街は、今や世界でも指折りの観光名所である。街並みはブルーオーシャンの美しさを引き立てる為に、民家は全て白い壁で統一されており、道路は全て石畳で作られている。
海の中では色鮮やかなサンゴ礁を、街の中では海の恵みを堪能できると、市街地でありながら他国の貴族に人気の旅行地である。
観光市街地を抜け皇国の中央に向かって進めば、そこにあるのは貴族の豪邸が建ち並ぶ高級住宅地 ベルガー。
私、ラウラ・アルノルトは、ベルガーの一等地に屋敷を構えるオスカー・アルノルト侯爵の一人娘だった。
仲睦まじく暮らしていた私達だったが、私が8歳の時、突如としてその幸せは幕を閉じた。
父と母が他界した。
死因は食中毒と聞かされた。
身寄りがなくなった私は、父の双子の弟 グンター・アルノルト公爵家に身を置くことになった。
父と何一つ違わない瓜二つな顔……葬儀の後に初めて公爵を見た時、私は思わず涙を流した。
でも、似ているのは顔だけだった。
双子でいつも兄の父と比べられ育ってきた公爵の人格は、父への憎悪で歪みに歪んでいた。彼には父のような優しさなど兼ね備えていない。父への復讐のつもりか、公爵は私を奴隷同然に扱った。
公爵家に来たその日から私は地下の物置部屋暮らし。侯爵家から持ってきた荷物の全ては公爵の一人娘 リアに奪られ、服は使用人からもらったお古のお仕着せ1枚で凌ぐ日々。働けど働けど賃金が貰えるわけもなく、食事は一日に一度与えられるだけ。
それでも私が2年間耐え続けてきたのは、これでも食わせてもらっている身だったから。どんなに理不尽な目に遭っても、どんなにお腹が空いて死にそうになっても、どんなに寂しくて悲しくても……生きているだけマシだと思ったから。
だから、二ヶ月前のあの日の朝に言われた公爵のバカみたいな命令だって私は受け入れた。
二ヶ月前、アルノルト公爵家にマテーウス皇国第二王子との縁談話が持ちかけられた。公爵にとって王族との繋がりは願っても無いこと。目から鱗とはまさにこの事だった。
しかし、ここで一つ問題が生じた。
私が公爵家の養女となった事で、公爵家は戸籍上、リアよりも誕生日が早い私が長子となったのである。
王族から申し込まれた縁談話に対し、長子を差し置いて二子が申し出るなんて、リアの世間体を悪くすることこの上ない。
リアの品位を疑われないよう、尚且つリアと皇子の婚約を成立させる為に、公爵が考え出した愚策が私の男装だったのである。
公爵に命令された夜、母様が好きだと言ってくれた髪を切った。まるで夜の星空を閉じ込めたような濃紺の髪と金の髪が織り混ざった長い髪を、私は生まれて初めて短髪にした。元々目が切れ長だった事も相まって、髪を切っただけで、男か女かの区別は簡単にはできなくなった。
服装もお仕着せから作業着に変え、さらには女と気付かれないよう屋敷内の男性の動きや仕草を見よう見まねで真似た。そのせいで作業着姿で働き始めたと同時期に、私は物置部屋から出てこなくなったと、使用人達の間で噂されるようになった。誰も、私が男装している事に気付かなかったのだ。
その甲斐あってなのか、二ヶ月後、正式にリアと第二皇子の婚約が決まった。そしてその祝いの宴が、今度皇城と公爵邸で開かれる事になったのである。
と、ここでふと私はあることに疑問を抱いた。
公爵邸でパーティー?
しかも王族を招いたセレブパーティー?
どこからそんなパーティーを開くお金があるのかしら。というのも、公爵家には多額の借金がある。それもその借金というのが、虚栄の為の散財。調度品など自分達の身分を飾る為のただの無駄遣いで出来たものだ。
公爵家の財布はすっからかん。
パーティーどころか、外食するお金すら無いというのに。
「どこにこれだけのお金があるんだろう」
パーティーで使用する宝石・装飾品の買出しの品目表をつけながら私は思わず口から零れた。それを隣で聞いていた、同じく食材の品目表を作成中の下男がすぐにこう答えてくれた。
「死んだ侯爵の遺産だろ?」
——……は?
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