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じりじりとじれじれ 【全四話】
一
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長い雨の季節が通り過ぎ、燦々と日が照る季節である。
しかし、実際の夏の暑さは夜の箱庭に縁遠いもの。夏の日差しも暑さも、夜ばかりの異界では無縁であるし、人の身で無いのであれば尚更。しかし、そんな人の思考から遠い身となった筈の朧が、ふつと言った。
「真桑瓜が喰いたいな」
真桑瓜。確かに季節は今かと椿は頷く。子供の頃に食べた味を思い出し、その甘さが口の中にも広がると、途端に食欲にも似た欲望が椿にも湧いた。
そうなると、行動は早い。あっさりと人里に降りて、二つ三つと買う。男の拳程度よりも一回りは大きさだろうか。思ったよりも小ぶりだと感じながらも、食べたくなったまた里に降りればいいからと、またあっさりと山へ戻る。けれども帰るのは家ではなく、箱庭には存在しない近くの小さな沢だった。
沢の水の冷たさと生い茂る木々の木漏れ日が、清涼な風を作り出して、夏の照つける日差しを忘れさせる。そんな、爽涼な心地の中。買ってきた真桑瓜はというと、表面は温い。山奥の沢まで歩いた影響もあるだろうか。恐らく、表面同様に中も温いはずである。だからこその沢だ。冷たい水に真桑瓜を浸して――もちろん、そのままでは流されてしまうかもしれないから、小さな堤を作って冷えるのを今か今かと待つことにした。
「どうする、一旦帰るか?」
真桑瓜は直ぐには冷えない。しばらく待たなければならないので、暇を持て余すと思ったのだろう。沢の淵に座って足を水に浸す椿を慮って言ったのだろうが、椿はこのまま待つと言った。
「水が冷たいし、此処でお昼寝でも良いかも」
椿は座りの良い岩を見つけて、他所の目がないのを良い事に、脹脛まで着物を捲っている。寝転がってはいないが、木漏れ日から降り注ぐ日差しを適度に浴びつつ、水の冷たさ堪能をしていた。普段は夜の異界にいる――普段は味わえない感覚から溢れる笑み。そんな妻の姿を目にしたからだろうか。朧も椿に倣って左隣へと腰を下ろした。しかし、椿のように一々着物の裾を気にする様子も無いまま、脹脛あたりまで着物はずぶ濡れである。
「もう、捲るだけなのに」
「良いだろ別に」
朧の無頓着な性格は今に始まった事ではない。兎に角、気に障らない事は気にしないのである。着物は濡れてもそのうち乾く。きっとそう思っているに違いない、と椿は少々呆れた目で朧を見やる。
そうやって見上げた朧の顔。反対に、朧はにんまりと頬を緩めて椿を見下ろす。こう言った時、朧は何かを企んでいる。
朧は忙しなく動く人物ではない。けれどものんびりゆったりするのが好きなわけではなく、単純に行動目的が無ければ動かないだけなのだ。そのだらりとした性格の目が、椿の顔をじっと見て――と思えば、椿の太ももに人肌が当たった。と言っても、まだ着物の上だが。
「……朧、ここは外よ」
「いつも外みたいなもんだろ」
椿に苦言を言われても、朧の右手が椿の太ももを着物の上から撫で回す。もう今にも着物隙間から手を差し込むのではないのかと思うほど際まで行ったり来たり。
こういう時、朧は一等楽そうにするものだから、椿はそれ以上何をいう事は無い。この美丈夫が他所の女に一切手を出さないと思うと、ほんの少しの優越感が椿を躊躇させてしまうのだ。
しかし、牽制をしておかないと行為が過激になっていく事は目に見えるわけで。朧の手が着物の隙間から滑り込もうとしたその時、椿は朧の手を呆気なく捕まえた。
「それ以上は駄目」
「どうして?」
「だから、ここは外よ」
朧の右手がするりと逃げ出すと、椿の背に手を回して腰を引き寄せる。ぐいと距離が縮まって、朧の熱が一気に近づく。吐息が耳にかかる距離にまで寄った朧の顔。椿は表情を確認してやろうと思っても、下手に顔を上げられなくなってしまった。それを良い事に、朧は更に耳へと唇を近づけ、耳元で甘く囁く。
「誰も見てねぇよ」
睦言を思わせる艶めかしい声に椿は思わず顔が熱くなった。耳から熱が全身に駆け巡ったような気がして、冷たいと感じていた沢の心地すら消えてしまう。椿は邪念を消す為に朧と距離を取ろうとするも、朧の右手がそれを許さない。それどころか、朧の頭が椿の首筋へと埋まって、覆い被さられてしまったのだ。
重くはない。けれども、頸へ意図しない感触がして椿は焦る。朧の唇が何度と頸を湿らせて――口吸いの一つ一つに愛情が籠っているように愛おしげに朧の唇が幾度も降り注いで、寄りかかる朧の体温まで伝わってくる。それだけでも、今にも熱情に浮かされ、涼やかな心地だった体温が段々と汗ばんだ気がした。
恐らく一度椿が牽制した手前、朧は強行はしない。けれども今にも事に及びそうな雰囲気だけを醸し出して、椿を誘惑し続けるだろう。その証拠に、余った朧の左手が椿の膝の上に置かれた手を弄り始め、指同士を絡ませて遊んでいる始末である。
ゴツゴツと骨ばった男の手である筈なのに、しっとりとした動き。椿の指を、甲を余す事なく撫でまわして――些細な行為一つ一つが、椿の奥底にある熱情を誘き出そうとしているような気がしてならなかった。
「朧、ここではダメってっ……」
「それって、ここじゃなければ何かを期待してるって事か?」
意に介していないとでも言いたげに朧は返して、椿の腰を強く掴んだ。またも身体を強引に引き寄せられる。しかし今度は一度ふわりと浮いて椿の身体が着地する。それが、朧の膝の間と理解するのにそう時間はかからなかった。
「何をして欲しい?」
艶めかしくも、愉悦混じりの朧の声。椿の顔が、一瞬で紅梅色に染まっていた。
しかし、実際の夏の暑さは夜の箱庭に縁遠いもの。夏の日差しも暑さも、夜ばかりの異界では無縁であるし、人の身で無いのであれば尚更。しかし、そんな人の思考から遠い身となった筈の朧が、ふつと言った。
「真桑瓜が喰いたいな」
真桑瓜。確かに季節は今かと椿は頷く。子供の頃に食べた味を思い出し、その甘さが口の中にも広がると、途端に食欲にも似た欲望が椿にも湧いた。
そうなると、行動は早い。あっさりと人里に降りて、二つ三つと買う。男の拳程度よりも一回りは大きさだろうか。思ったよりも小ぶりだと感じながらも、食べたくなったまた里に降りればいいからと、またあっさりと山へ戻る。けれども帰るのは家ではなく、箱庭には存在しない近くの小さな沢だった。
沢の水の冷たさと生い茂る木々の木漏れ日が、清涼な風を作り出して、夏の照つける日差しを忘れさせる。そんな、爽涼な心地の中。買ってきた真桑瓜はというと、表面は温い。山奥の沢まで歩いた影響もあるだろうか。恐らく、表面同様に中も温いはずである。だからこその沢だ。冷たい水に真桑瓜を浸して――もちろん、そのままでは流されてしまうかもしれないから、小さな堤を作って冷えるのを今か今かと待つことにした。
「どうする、一旦帰るか?」
真桑瓜は直ぐには冷えない。しばらく待たなければならないので、暇を持て余すと思ったのだろう。沢の淵に座って足を水に浸す椿を慮って言ったのだろうが、椿はこのまま待つと言った。
「水が冷たいし、此処でお昼寝でも良いかも」
椿は座りの良い岩を見つけて、他所の目がないのを良い事に、脹脛まで着物を捲っている。寝転がってはいないが、木漏れ日から降り注ぐ日差しを適度に浴びつつ、水の冷たさ堪能をしていた。普段は夜の異界にいる――普段は味わえない感覚から溢れる笑み。そんな妻の姿を目にしたからだろうか。朧も椿に倣って左隣へと腰を下ろした。しかし、椿のように一々着物の裾を気にする様子も無いまま、脹脛あたりまで着物はずぶ濡れである。
「もう、捲るだけなのに」
「良いだろ別に」
朧の無頓着な性格は今に始まった事ではない。兎に角、気に障らない事は気にしないのである。着物は濡れてもそのうち乾く。きっとそう思っているに違いない、と椿は少々呆れた目で朧を見やる。
そうやって見上げた朧の顔。反対に、朧はにんまりと頬を緩めて椿を見下ろす。こう言った時、朧は何かを企んでいる。
朧は忙しなく動く人物ではない。けれどものんびりゆったりするのが好きなわけではなく、単純に行動目的が無ければ動かないだけなのだ。そのだらりとした性格の目が、椿の顔をじっと見て――と思えば、椿の太ももに人肌が当たった。と言っても、まだ着物の上だが。
「……朧、ここは外よ」
「いつも外みたいなもんだろ」
椿に苦言を言われても、朧の右手が椿の太ももを着物の上から撫で回す。もう今にも着物隙間から手を差し込むのではないのかと思うほど際まで行ったり来たり。
こういう時、朧は一等楽そうにするものだから、椿はそれ以上何をいう事は無い。この美丈夫が他所の女に一切手を出さないと思うと、ほんの少しの優越感が椿を躊躇させてしまうのだ。
しかし、牽制をしておかないと行為が過激になっていく事は目に見えるわけで。朧の手が着物の隙間から滑り込もうとしたその時、椿は朧の手を呆気なく捕まえた。
「それ以上は駄目」
「どうして?」
「だから、ここは外よ」
朧の右手がするりと逃げ出すと、椿の背に手を回して腰を引き寄せる。ぐいと距離が縮まって、朧の熱が一気に近づく。吐息が耳にかかる距離にまで寄った朧の顔。椿は表情を確認してやろうと思っても、下手に顔を上げられなくなってしまった。それを良い事に、朧は更に耳へと唇を近づけ、耳元で甘く囁く。
「誰も見てねぇよ」
睦言を思わせる艶めかしい声に椿は思わず顔が熱くなった。耳から熱が全身に駆け巡ったような気がして、冷たいと感じていた沢の心地すら消えてしまう。椿は邪念を消す為に朧と距離を取ろうとするも、朧の右手がそれを許さない。それどころか、朧の頭が椿の首筋へと埋まって、覆い被さられてしまったのだ。
重くはない。けれども、頸へ意図しない感触がして椿は焦る。朧の唇が何度と頸を湿らせて――口吸いの一つ一つに愛情が籠っているように愛おしげに朧の唇が幾度も降り注いで、寄りかかる朧の体温まで伝わってくる。それだけでも、今にも熱情に浮かされ、涼やかな心地だった体温が段々と汗ばんだ気がした。
恐らく一度椿が牽制した手前、朧は強行はしない。けれども今にも事に及びそうな雰囲気だけを醸し出して、椿を誘惑し続けるだろう。その証拠に、余った朧の左手が椿の膝の上に置かれた手を弄り始め、指同士を絡ませて遊んでいる始末である。
ゴツゴツと骨ばった男の手である筈なのに、しっとりとした動き。椿の指を、甲を余す事なく撫でまわして――些細な行為一つ一つが、椿の奥底にある熱情を誘き出そうとしているような気がしてならなかった。
「朧、ここではダメってっ……」
「それって、ここじゃなければ何かを期待してるって事か?」
意に介していないとでも言いたげに朧は返して、椿の腰を強く掴んだ。またも身体を強引に引き寄せられる。しかし今度は一度ふわりと浮いて椿の身体が着地する。それが、朧の膝の間と理解するのにそう時間はかからなかった。
「何をして欲しい?」
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