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暴露しないで!
しおりを挟む「今日は大変お世話になりました」
「ええ、こちらこそ。有意義なお話ができてよかった」
「こちらで作る美味しい和菓子たちを、これから全国に届けていきましょうね! そうだ、パッケージのデザインですが、この工場の……」
「行くよ、佐倉さん」
「ああすみません、またおうち合わせでお話を……!」
あれこれ意気込んで広本と話し込む詩音を、じゃっかん引きはがすようにして蒼汰が車に乗せた。
「では、また!」
「お気をつけて~」
手をふる広本に車から手を振り返し、詩音は運転席の蒼汰を見た。
「すごい良い工場でしたね! 活気があって、皆さんもイキイキしていて、お菓子もおいしくて!」
「ふふ、しーちゃん、お仕事モードが解けてない」
指摘されて、詩音はあ、とつぶやいた。
「うーん、そうちゃんみたいに、自動で切り替えられないなぁ……はは」
「しーちゃん、本当に仕事の事となると熱心だね。工場の皆も、つられて熱くなってたとこ、あるよ。でもここからはオフでね。会社ならもう定時の時間だし」
たしかにもう、夕方であった。ちょっと恥ずかしく思いながらも、詩音ははっ、と隣に座る蒼汰を見た。
「そうちゃん、いつの間に運転までできるようになっちゃったの……?」
ハンドルを握りながら、あはは、と蒼汰は笑った。
「もうだいぶ前だよー! 最初は配達とか、自分でやってたんだよ。コスト削減のために」
「うわぁ、偉い……勤労学生だ……」
「そう。仕事にかまけすぎて、大学も単位ギリギリだった」
あえて詩音に言いはしないが、工場に、車に――彼のしてきた大変な努力の成果を垣間見て、詩音はなんだか厳かな気持ちになった。
「何度目って感じだけど……そうちゃん、本当に頑張ってきたんだね」
きっとおじいちゃんとおばあちゃんのためなんだろう。彼の気持ちを思うと、胸が切なくなると共に――できる限りの力を使って、彼の仕事を成功に導きたい、という強い気持ちが沸き上がる。
もちろん、仕事はいつも全力だ。けれどそこに、情が加わると、情熱はさらに強度を増す。
「そうちゃんのこの仕事を担当することになったのも、きっと神様がめぐり合わせてくれたんだ。シュガードロップのため、そうちゃんのためにも、私もデザイン頑張るからね」
やる気をみなぎらせる詩音を見て、蒼汰はあれ、と笑った。
「今日はもう、お仕事おしまいなのに……もしかして、しーちゃんのお仕事魂に火、つけちゃった?」
「うん! もう燃え盛ってます! 今すぐパソコン出して取り掛かりたいくらい……!」
蒼汰は苦笑した。
「頑張り屋さんだなぁ。でもまず、家に帰ろう。お父さんとお母さん、驚かせるんでしょ!」
詩音はいったん我に返って、苦笑した。
「そうだった。そうちゃんと帰るなんて言ってないから、きっと驚くよ~」
「よーし、言っちゃダメだよ、驚かせるんだから!」
二人の目論見どおり――玄関から出てきた詩音の母親は、目を丸くした。
「詩音と――あら、蒼汰くん? 一緒に来たの?」
蒼汰は愛想よく答えた。
「はい、東京から」
「ん⁉ どういうこと⁉」
わけがわからない、という顔をする母に、蒼汰と詩音は説明した。
「えーっ! 詩音の取引先の相手が、蒼汰くんのシュガードロップだった、ってこと?」
居間に招き入れられた詩音と蒼汰はうなずいた。
「そうなんです」
「たまたま、そうちゃんの会社だったんだ。ウチの会議室で再会して、そうちゃんだ! ってなってもうビックリ」
亮のこともあったしね……。と思いながらも、そこは伏せて詩音はつづけた。
「それで、今回一緒に仕事で戻ってきたんだ」
お茶を出しながら、母はうなずいた。
「はぁ……すごいわねぇ。東京で再会なんて、そんな偶然あるのねぇ」
蒼汰がちょっと口をはさむ。
「いえ、しーちゃんが就職した会社の事は聞いてはいたから、何も知らない会社より、ちょっとでも縁のある会社に頼んだほうが……っていうのはあったんだけど」
すると詩音の母はフフフ、と笑った。
「詩音ときたら、ウチにもめったに帰ってこないんだから、久々に蒼汰君を見て、驚いたんじゃない~?」
詩音は真顔でうなずいた。
「それはもう」
「本当にね、詩音が出て行ってから蒼汰君、どんどん身長が伸びてねぇ。あっという間におじいちゃんおばあちゃんも私たちも追い越して、スポーツ青年になっちゃったのよねぇ。サッカーで県大会優勝なんかしちゃって」
蒼汰があはは、とちょっと照れたように頭の後ろに手をやった。母はなぜか誇らしげに続ける。
「でもそのあとぱっとサッカーも辞めちゃって、気が付いたらしずく屋再建のために走り回って、あっという間に実業家になっちゃったのよねぇ」
蒼汰は真面目に頭を下げた。
「詩音のお母さんには、本当にお世話になりました。僕が忙しいとき、おばあちゃんを病院に送り迎えしてくれたりして」
「あらぁいいのよ。困ったときはお互い様だしね」
そうか、詩音がいなくなった後も、蒼汰は周りと協力して、しっかりと成長していったんだな――。
もしかしたら、泣いてすがってきた蒼汰をずっと心配していたのは、詩音の杞憂だったのかもしれない。
そんな事を思っていたら、蒼汰が詩音の顔を覗き込んだ。
「どうしたの? しーちゃん」
詩音は照れ笑いした。ここはもう、恥を笑いとばして昇華させたい。
「いやぁ……なんというか。私、そうちゃんがずっと私がいなくて寂しいんじゃないか、なんて心配してたんだけど、そうちゃんはぜんぜんしっかりやってたんだなあって思って、とんだ勘違いだったなって。あはは」
すると蒼汰と母はなぜかスンッと黙った。
「しーちゃん、それは……勘違いではないよ」
「そうなの?」
「僕は今でこそこうして暮らしてるけどね。しーちゃんが行ったあと数年間はもう……ね? お母さんにはご迷惑かけましたよ」
母もふうと懐かし気にため息をついた。
「毎日のようにウチに、しーちゃんかえってくるの? って聞きにきてたわねぇ……。でも、ある時ぱたっと詩音の事、聞かなくなって。僕の事も何も言わないでねって言い始めて。それから変わったわよね、蒼汰君は」
「はい。こんなんじゃダメだなって、我ながら思って。あとスマホを持たせてもらったのも大きかったかな」
「あら、そこからあんたたち、連絡取ってたの?」
すると蒼汰はふふふ、とちょっと怪しい笑いを浮かべたが、すぐに首を振った。
「いいえ、そういうわけじゃないんですが、世界が広がったなーって」
「そうよねぇ。ネット通販だなんて、最初は大丈夫なのかしらって思っていたけど……そこからしずく屋さんがこんな大きくなったんですものねぇ」
詩音はお茶をすすりながらうなずいた。
「ほんと、そうちゃんってすごい商才があるよ。今じゃ東京にも進出してるんだし」
「すごいわねぇ。で……詩音、あんたの方はどうなの? 最近」
ふいに自分の方に話の矛先が向いて、詩音はギクッとした。
「ええと、仕事は順調だよ。今まさに、そうちゃんのところの仕事を任せてもらっていい感じだし」
しかし母は、そんな事で納得をしてはくれなかった。
「仕事の事だけじゃなくて、一緒に住んでる笠原さんとはどうなの? 何か報告とか、ないの?」
うぅ……。
なんとか話を先延ばしにしたくて、詩音は苦し紛れに言い訳をした。
「そ、その話はまたあとで……そうちゃんもいるし」
しかし、そのくらいでひるむ母ではなく――なぜか蒼汰までが、空気を読まずに口をはさんだ。
「大丈夫だよしーちゃん。僕もかかわったことだしね」
くっ。詩音は唇を噛んだ。
そう。蒼汰の手前――なんて言っても、当の蒼汰がその件にがっつりかかわっているので、彼が話を合わせてくれず事実を言い出されてはもう、どうにもできない。
案の定、母は目を丸くして蒼汰に言った。
「あら、そうなの⁉ 一体東京で何が……?」
蒼汰がちら、と詩音を見る。僕が説明してもいいけど――? とその目は言っていた。が。あまりにそれは成人女性として情けないので、詩音は口を開いた。
「実はこの度……笠原さんとは別れて、同棲を解消しまして」
「えっ⁉ いつの間に……何があったのよ」
説明を求める母に、詩音はできるかぎり冷静に言葉を選んで伝えた。
もう30目前の娘が、真面目に付き合っていた彼氏に浮気された挙句別れたなんて――そんな無駄な心労をかけるようなことを、母には知ってほしくない。
「性格の不一致といいますか……お互い仕事が忙しくて、すれ違っていきまして」
すると母は腕を組んでため息をついた。
「まぁ……もういい年なのに、そんなふわふわした理由で。お互いもっと話し合わなかったの?」
案の定母のお説教が始まったが――。元カレがしょうもないクズだったなんて知られてショックを受けられるよりは、こちらの方がよほど良い。
「そうだよね……。もっとうまくできればよかったんだけど……」
詩音は神妙に母の小言を聞き入れていた。が……。
「ちがいますよお母さん。しーちゃんは何も悪くないんです。悪いのは、しーちゃんの部下と浮気した交際相手の男性の方で」
「!?」
いきなりとんでもない暴露を一息にしてくれた蒼汰に、詩音は目を剝いた。
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