ずっとずっと前から、僕が先に好きだった~元カレに浮気された私を拾ったのは、束縛ヤンデレ化した幼馴染社長でした~

小達出みかん

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お母さんごめん

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「ちょっ……そうちゃん⁉」

 すると蒼汰はちょっと咎めるように、軽く詩音をにらんだ。

「だって、そうでしょう。しーちゃんの悪いくせだ。心配をかけたくないからって、本当のこと隠すの。そっちの方が、お母さんだって心配だよ。ですよね?」

 すると母は力強くうなずいた。

「そうよ詩音。部下と浮気って……どういうことなの?」

 とほほ。
 結局逃げられず、詩音は本当の経緯を口にした。

「ぶ……部下の女の子が、いつの間にやら、笠原さんと良い仲になっていて……」

「それで嫉妬したのかなぁ? その女性が、しーちゃんのデザインをパクって、うちの社との仕事まで横取りしようとしたんです」

「まぁ、なんてこと……」

 気色ばんだ母に、詩音は慌てて説明をした。

「で、でもね、そうちゃんが助けてくれたんだ。これは私のデザインです、って証言してくれて。結果このプロジェクト全部私に任せてもらえて、結果万歳、っていうか……。彼氏は取られたけど」

 たはは、と笑って見せると、母も蒼汰もうん、とうなずいた。

「でもあんな人、言っちゃ悪いけど……あの女の人にあげちゃっていいんじゃないの」

「そうよ。そんな男、こっちから願い下げよ。あー、よかったわ。蒼汰君が詩音を守ってくれて」

 あれ……? お母さん、別にショックを受けてはいない……?
 逆に二人が同調し始めたので、なんだか詩音は肩透かしを食らってしまった。

「で、同棲解消なら、詩音は住む場所はどうしてるの? 今」

 母は真剣な表情で言った。

「仕事仕事もいいけれど――そんな目にもあって、そろそろ戻ってくることも考えていいんじゃないの。こっちにも仕事はあるでしょ」

 来た。両親はもともと、詩音が家を出ることには反対だった。
 詩音は苦笑しながら説明をした。

「住むところは大丈夫。ちゃんと給料もあるし、女一人で十分やっていけるから」

 蒼汰に世話になっていることは、あえて言う必要もないだろう。
 もし知ったら――きっと妙な勘違いをさせて、蒼汰に迷惑をかけるだろうから。

「でもあんた……もう30なんだよ? ずっとそれで通していくの? 女の人と男の人の人生は違うからね。こっちに戻ってきたって、恥ずかしいことじゃないよ」

「お母さん……あのね」

 詩音は口ごもった。
 娘を不幸にしたくない――という親心がわからない年ではない。が、やはり、ずっと地元で暮らし、若干古い考えを持つ両親を説得するのは骨が折れる。

「そろそろ戻ってきて、お見合いでもしたらどう? 話はいくつか来てるんだよ。詩音さえよければ……」

「そんな、お見合いなんて――」

 すると蒼汰が、ふいに二人の会話に割って入った。

「あの! 申し遅れましたが――実は僕としーちゃんは、今東京で一緒に暮らしているんです」

 すると、母は目を見開いて、手を口で覆った。

「まぁ!」

 ――今日いちばん、母のその目は輝いていた。
 詩音はずさーっとずっこけたくなった。
 ひ、人が良かれと思って隠したことを、何度も涼しい顔で……そうちゃん!

「でもただのルームシェアっていうか、住宅事情で……」

 この誤解を解くのは骨だぞ……と思いながら、詩音は蒼汰の大家さんの件を説明しにとりかかったが、蒼汰はさらにたまげるような事を口にした。

「僕たち、真剣交際しています。お母さん――改めまして、よろしくお願いいたします」

 そして、深々と頭を下げた。

(ち、違……! そうちゃんどうしちゃったの!?)

 詩音は慌てて事実を告げようとしたが――

「お、おかあさ」

「まぁまぁまぁ! 頭を上げてちょうだい、蒼汰君」

 彼と詩音を交互に見る母の目は、泣きそうに、若干潤んでいた。

「実はね、小さいときから仲の良かった蒼汰君が、詩音とそうなったらいいなってずっと思っていたのよ……まさか本当になるなんて……」

(お、お母さん……)

 ……それを見て、詩音はふいに言葉に詰まって、何も言えなくなってしまった。
 母は涙を隠すようにえへんと咳をして笑った。

「もう! びっくりしちゃった。お父さんがかえってきたら言わなきゃ。きっともっと喜ぶわよ!!」

「またお父さんにも、ご挨拶に伺いますね」

「あらあらそんな……」

 ウキウキと会話を続ける母と、微笑みを浮かべながら対応する蒼汰を見ながら、詩音はただ口をあんぐり開けていた――が、だんだんふつふつと、怒りがわいてきた。

(そうちゃん、なんでこんな嘘なんか……!)

 もしかして、詩音の母を喜ばせるつもりなのだろうか。だとしたらかえって残酷だ。だってそんなウソ、いつかバレるんだから。

 今よりさらに年を取った娘に、『そうちゃんとの交際は嘘でした』または『破局しました』なんて告げられたら、それこそ笠原なんかの件とはくらべものにならないほど、母はダメージを受けるだろう。

(そ、そうちゃんは、それがわからないような人じゃないでしょ……?)

 詩音は信じられない思いで蒼汰を見たが、彼は穏やかな微笑みを浮かべたままだった。





 お母さんごめん、それは嘘なの。そうちゃんがお母さんを悲しませないための――。
 と、結局言えず、蒼汰はそのまま自分の家に帰り、詩音は二階の自室へとこもった。
 父は今日残業で、遅くなるという。

(どうしよう――お父さんにまで、嘘を言いたくないよ)

 母に事実を告げるにしても、まず蒼汰にどういうつもりか聞いて、二人で意見をすり合わせてからでないと。

 詩音はもんもんとしながらスマホを開いた。蒼汰と早く話し合わなくてはいけないし、正直、怒っている。

 しかし、だからこそ――詩音は一呼吸置いた。

(ここでカッとなって彼をなじったりしたら、仕事に支障が出ちゃう)

 とりあえず、先ほど工場で打ち合わせをした際に浮かんだアイディアを軽くメモして残しておこう。詩音はパソコンを開き、仕事へと集中した。

『―――♪』

 バッグの中のスマホから、通知音が控えめに鳴った。おそらくそうちゃんだろう。
 が、詩音はあえて出なかった。

(今話したら感情的になる。とりあえず、ここだけまとめ終わったら確認しよう)

 仕事に夢中になっていると、やがてスマホの通知ですら、聞こえなくなる。すべての音がシャットアウトされるような、深い集中力に切り替わり――詩音ははっと顔を上げた。

「わ、もう12時」

 そろそろ仕事は切り上げよう。ちょうどいいところまで行ったし、別の事に集中したおかげで、ささくれだった気持ちもある程度収まった。

 今なら、冷静に蒼汰にも対応できそうだ。詩音はスマホに手を伸ばしたが――次の瞬間、窓がコンコンコン、とたたかれて詩音は飛び上がった。

「ひっ!?」

「しーちゃん、僕だよ」

 カーテンの向こうから、蒼汰の声がした。

 ――そうだった。詩音の家と蒼汰の家は、背中合わせに隣り合っているのである。ちょうど二階の詩音の部屋の真ん前に、蒼汰の部屋があるのだ。

 詩音はカーテンを開けずに、窓の前に立って言った。

「そうちゃん、さっきの事、どういうつもりなの?」

 できるだけ、責めないように、冷静に。

「しーちゃん、窓を開けてよ。出てきて話そう」

 なんだか、蒼汰が焦った声を出している。しかしだからと言って――彼の言う通りにする気にはなれなかった。

「その前に、どういうつもりか聞きたいの。あんな嘘を、うちのお母さんにつくなんて……」

「嘘じゃないよ! しーちゃんお願い、窓を開けて。ちゃんと顔を見て言いたいんだ」

 必死の声を出す彼に、しかし詩音はかえって疑問を感じた。
 どうしてそんなに、窓を開けさせようとするの……? もしかして、泣き落としでもするつもりだろうか。

 冗談じゃない。詩音は断固とした口調で言った。

「窓を開けても開けなくても、説明はできるでしょ。お願い教えて」

 すると、窓の向こうの蒼汰が沈黙した。

「……それは」

 詩音ははぁとため息をついた。

「あのね……そうちゃんが、私と、お母さんを気遣って言ってくれたのはわかるよ。その気持ちはありがたく思ってる」

 けれど、ここはきっぱり言わないと。詩音ははっきりと伝えた。

「けど、こんな嘘はダメだよ。私とそうちゃんが一緒に住んでるのはお互いの利害がたまたま一致したからだし、私たちは付き合ってなんかない。ただの幼馴染だよ」

「……っ」 

 蒼汰は答えない。詩音はつづけた。

「これが嘘って知ったらお母さんはもっとがっかりするし、それにそうちゃんのためにも良くないよ。私、明日ちゃんとお母さんに本当の事言うから、そうちゃんももう、変なウソはつなかないでね」

「……」

 依然として、蒼汰は黙ったままだった。
 ……気を悪くしただろうか。説教じみていただろうか。
 ちょっと後ろめたく思った詩音はフォローを入れた。

「あのでも、あくまで悪気はなくて、優しさから出た嘘だってことは、ちゃんと説明するから。お母さんそうちゃんの事好きだから、私には怒ってもそうちゃんにはきっと大丈夫だと思うから」

 すると、窓越しに、押し殺したような声がした。

「変なウソ……じゃないよ」

「え? ごめん、良く聞こえなかった」

「しーちゃんにとっては……僕と付き合ってるって……『変なウソ』? 僕はただの幼馴染……なの?」

 攻めるような声。
 彼が何にたいして怒っているのかわからなくて、詩音は困惑した。

「だって……それは嘘、でしょう? 私たち付き合ってないし、幼馴染なのは本当だし……」

 1拍の沈黙のあと、彼は窓を閉めた。

「……ごめん。僕が悪かった」

 あきらめたような、ひどく落ち込んだような声がして、詩音は間違ったことは言っていないはずなのに――なんだかひどく相手を傷つけてしまった気がして、罪悪感に襲われた。

(そうちゃん……なんでそんな、落ち込んでるの……?)

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