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第一部 馴れ初めから結婚まで
彼女はキラークイーン
しおりを挟む庭や廊下でリリーを見かけると、そこだけぱっと光っているように、目で追ってしまう。
(なぜだろう・・・特に美人というわけでもないのに)
ルセルはバルコニーからひとり、庭を見下ろしていた。
中秋の王子宮の庭は紅葉のさかりで、その下を姫たちが散策している姿は、なかなか見ごたえのある光景だった。
リリーとスノウは後ろのほうをつれだって、ゆっくり歩いている。
スノウは淡いサーモンピンクのドレスで、金糸のような髪が秋風になびいて波打っている。相変わらず目だつ娘だ。
対してリリーはくすんだ緑の、朽ち葉色のドレスに身をつつんでいる。手や足はそのドレスで厳重に覆われており、腰やわき腹に金色のリボンがあしらわれている。なんだか大人向けのプレゼントの包装紙のようだ、とルセルは思った。
しかし、そんな彼女から目が離せない。
(あ、今日、髪を結い上げているんだな・・・)
いつもは一部だけ結って、あとは垂らしているリリーの髪が、今日はすべて結い上げられ、髪飾りが光っていた。
真珠のように光沢のある、そのやわらかそうなうなじにルセルの目は吸い寄せられた。
いつのまにか、口の中にたまっていた唾をごくりとルセルは飲み下した。
(よ、よし・・・余も、庭へ出よう)
「あら、殿下もお散歩ですか?」
とつぜん目の前に現れたルセルに、スノウがにこやかに声をかけた。
すわ、またスノウを口説く気か?!とリリーは身構えたがルセルは以外にも仏頂面で言い放った。
「スノウ姫、すまないがリリーを貸してもらっていいかな」
スノウは少し驚いたようだったが、すぐに笑顔に戻った。
「ええ、ええ、もちろんですわ!」
去っていくその背は心なしかうきうきしているようだった。
(誤解をされている、気がする)
リリーはそう思ったが、とりあえずルセルに向き直った。
「どうしたんです?殿下」
そういわれてルセルは口ごもった。
まさかうなじに欲情して触りたくなったなどとは、言えない。
「い、いや、その・・・」
「あっ、そういう事は、まだ昼前なんで、ちょっと」
ルセルは赤くなった。
「ち、ちがうっ!そんなわけなかろうっ」
つい慌てて嘘をついてしまった。そんなルセルを見てリリーは笑った。
「変な殿下。じゃ、一緒に散歩しますか」
「え?・・・あ、ああ」
秋の日差しは柔らかく、金色にそまった梢の上にふり注いでいた。
その木々のつくるモザイク模様のような木陰の下を、二人はのんびり歩き出した。
「秋はいい季節ですね。殿下は、どの季節が一番すきですか?」
「季節?妙な事を聞くな。そうだな・・・」
ルセルは少し考えた。だが、今まで生きてきて、寒い、暑い、ということ意外で季節を感じたことはあまりなかった。
「うーん、よくわからないな・・・季節に好きも嫌いもあるものなのか?」
「それぞれいいところがありますよ。春は花が咲きますし、夏は空と海が綺麗です。秋は一番過ごしやすいですね。そして冬は雪景色が見れます」
「ふーん、そんなものなのか。リリーはどうなのだ?」
「そうですね・・・やっぱり、春かな。冬が終わって、暖かい風が吹き始める最初の一日が一番好きです」
春。それはリリーが初めてスノウと出会った季節だ。光と花の中の、美しい人。
「つまり、春のはじまりの日、か・・・」
ルセルがそういうと、リリーは喜んだ。
「そう、そうです。素敵な表現ですね、春のはじまりの日」
まぶしい木漏れ日の中、リリーはふっと笑った。その何気ない笑顔に、ルセルは心奪われた。
(こんな顔も、するのか)
「どうしたんです殿下、そんなに見て」
リリーは不思議そうに聞いた。
「いっ、いや、別に・・・!そう、その髪飾り、それが気になっただけだ」
リリーは耳の上に留められている真珠の髪飾りに手をやった。
「あ、これですか・・・?気に入りました?」
「え?ああ、まぁな・・・」
あせっていたルセルは上の空で返事をした。
「あら、じゃあ差し上げますよ」
リリーはその飾りを取ってルセルに差し出した。
「え・・・だが、それはお前の大事なものではないのか」
「それはたしかに、お気に入りですけど・・・でもニセモノですし、殿下が気に入ったのなら」
「にせもの?」
まじまじと真珠をながめるルセルを見て、リリーは笑いそうになった。
「そうです。下々のものは本物は買えませんから、こうしてうまく作られたにせものを買うんですよ」
「・・・お前は下々のものではなかろう」
「いえ、私は・・・・いや、この話はよしましょう。それより殿下のお話を聞かせてください」
その話を聞きたかったルセルはしぶしぶ言った。
「余に?何の話をしろというのだ」
「なんでも。殿下の事・・・そうだ、殿下の好きな食べ物とか」
ルセルはぱっと頭に浮かんだ食べ物を答えた。
「食べ物?そうだな・・・砂糖衣がかかったクッキー、かな」
「クッキー?まぁ、可愛らしい。王子様に出されるクッキーはさぞ美味しいんでしょうね」
「いや・・・何の変哲もない、普通のクッキーだったな」
小さいとき、よく乳母がそのクッキーを作ってくれた。
大したものではない。花の形や丸い形にくりぬかれた、よくあるクッキー。だがルセルが頼めば、彼女は「ルセルのためだけに」それを作ってくれた。まるで普通の母親が作るみたいに。そんなことがまだとても嬉しかったくらいの、昔のことだ。
王の落とし子として生まれたルセルは、ずっと父王と義理の母からはほうっておかれていた。
がらんとして淋しい地方の領地の城で、乳母の彼女だけがルセルに優しかった。
だがしかし、彼女もいつのまにか暇をもらってルセルの前から去った。あの乳母は、今、どうしているだろうか。
そう思うと胸の中に冷たい風が吹き抜けたように淋しくなった。
幼かった自分はずいぶん、彼女に手を焼かせた。だがもっと良い子にして、優しく接していれば、今でもそばに仕えていてくれていたのかもしれない。
「そうなんですね・・・。普通のクッキーなら、私もよく作っていましたよ」
ルセルの胸中を知らないリリーは、何気なくそんな事を言った。
(・・・それを食べたいな)
ルセルはふとそう思ったが、口には出せなかった。大人になってしまうと、小さいとき以上に自分の気持ちに素直に行動できない。
だけど王子だから、言えば欲しいものは手に入る。少し大きくなったルセルは、それに気が付いて様々な悪いことをしてきた。
だが、人のものを無理やり奪ってみても、心は満たされない。どんどん淋しくなるばかりだ。
しかし、本当に自分が求めているものは、なんなのだろう?あの、事後の後の抱擁だろうか。しかし、抱擁は永遠ではない。リリーが腕を解いて部屋に戻ったら、それでおしまいだ。
「そういえばこれも、大きさ的にクッキーみたいですね。だから殿下の気に入ったのかな」
そう言ってリリーは、その髪飾りをルセルの手に握らせた。
「あげます。実は殿下には感謝してるんです。あれからちゃんと約束、守ってくれましたから・・・大したものじゃないけど、私があげられるものはこれくらいしかないから・・・これは気持ち」
「え」
「じゃあ私、行きますね、また晩餐で会いましょう」
すっかり考え事に夢中になっていたルセルは、いつの間にか宮殿に到着していたことにいまさらながら気が付いた。
(あれが欲しいな、奪るんじゃなくて・・・・この、髪飾りみたいに、自分から)
去っていくリリーの背中を見て、唐突にルセルはそう思っている自分に気が付いた
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