王子様、あなたの妃にはなりません!

小達出みかん

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第二部 新婚生活の騒動

If they chould see me now

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キャンバスの中に、一人の少女が生まれたままの姿で深紅のベッドの上に横たわっている。


 その真珠色の体は、画家の手により余すところなく光があたり妖艶な肌をさらしている。まず目がいくのはその表情だ。彼女は目を閉じ、天を仰ぐように顔をやや天上に向けている。その目じりはぎゅっと下がり、彼女が何かに耐えていることがわかる。だがその紅い唇は無防備なOの形に開いており、そこから熱い息を感じそうなほど直情的だ。投げ出された細い手はだらりとベッドから垂れ下がっているのに対し、足には力が入り、その小さな桜貝のような爪のついたつま先はぎゅっと反り返り天上を向いている・・・


 芸術品のようなその身体を、激しい快感が貫いたその瞬間だ。この時の彼女は、あられもなく大きな悲鳴を上げていた。よろこびの悲鳴を。すべての理性をかなぐり捨てたその姿は画布に納めるにふさわしいほど、生命力が迸っていて美しかった。


この絵は自分の最高傑作といっていい。


だが絵を眺めながら、彼女は首を横にふった。


「まったく、これは物騒な絵になってしまった・・・どうしたものか」


 処分してしまうにはあまりに惜しい。かといって、このまま保存しているととんでもないスキャンダルに発展してしまう恐れがある。

 彼女はかねてから考えていたことを実行に移すことにした。


(よし、あの子に会いにいこう。久々に)




 リリーは時ならぬ寒さにぶるるっと肩を震わせた。夏の夜とはいえ、ずっと戸外に出ているからだろうか?リリーは薄絹のショールを胸の前でかき合わせた。


「あら、どうしたんですの、リリー。体調でも?」


 そばにいた義母がめざとくリリーを見てたずねた。


「いいえ。ただ少し、風を感じただけですわ」


 今夜は夏の祭りの最後の日で、城ではガーデンパーティーが開かれていた。国内の領地の貴族達を皆よびよせ、一晩飲み明かすのが慣例だ。もちろんホストである国王夫妻がまだこの場に居る限り、リリーも勝手に退出はできない。


(ああ、眠い。早く切り上げたいけど、無理そうだな・・・)


「あら、無理はよくありませんわ。あなたの体は、大事な体なのですから」


「お気遣い、ありがとうございます。でも、平気です。あ、新しいグラスを頼みましょう」


リリーは内心うんざりしながら笑顔で席を立った。顔を合わせるたびに義母はこうして、遠回りに探りを入れてくる。


(そんな早く、子どもなんてできないよっ!)


 リリーは忙しそうなチャールズに、義母の飲み物を頼んだ。




「まああ。なんて子でしょ。自分から給仕などに声をかけるなんて。育ちが知れるわ」


 彼女のとなりに控えていた腹心の「お友達」のジェローム夫人は扇の陰で眉をひそめた。


「そうね・・・もともとどこの馬の骨ともしれない出自の娘ですからね。無作法なのはいたし方ないでしょう」


夫人は次々と難癖をならべた。


「そのくせ、いつも済ましかえってて可愛げがないですわ。娘らしい初々しさがないわりに、妙に殿方受けが良くて!いかにも手を抜いているように見せかけたあの厚化粧の技術も、田舎娘のくせにこすっからいったら。あーあー、あんな仲良さげに使用人ごときと。ふしだらな娘ですわ」


リリーにとってもだが、ルセルにとっても義理の母・・・国王の第一夫人で后でもある彼女は薄ら笑いを浮かべた。


「ええ、そうねぇ。でも、いいんじゃなくて?悪いところがたくさんあるほうが、今後ご退場願うのに都合がいいわ」


「まぁ・・・だからあの娘に注意の一つもしないんですの・・・・?策士ですのね」


 后は薄笑いを浮かべたまま、じっとリリーとチャールズを見つめていた。




 芝生の上にはテーブルがセッティングされ、吊り下げられたいくつものランタンの下で、人々は淡い色のついたシャンパングラスを手にさざめいていた。

少し疲れたリリーは、人々の輪から少し離れて、湖のほとりに立ちその光景を眺めた。


(ルセル様は・・・ああ、大臣達につかまっているのね)


 ここのところ、ルセルは張り切っている。今まで王子としてちゃらんぽらんだったが、これからは真剣に次期の王を目指そうと、国際情勢や内政の勉強、人脈作りに力を入れているのだ。


(そんなにがんばらなくても、いいのに・・・)


彼が頑張っているのは、リリーのためでもある。とくに有力な後ろ盾もないリリーを妃に選んでしまったルセルは、后や家臣たちからだいぶ小言を食ったらしい。そこで自分の力で結婚に後ろ指をさされないようにと躍起になっているのだ。

今まで大して頑張ってこなかった彼は、今人生ではじめて頑張ることに目覚めたらしい。仕事に全力の彼は、たしかにかっこいいが・・・


(ほどほどで、いいのに。前のルセル様は、わがままでしょうもなくて可愛かったのに)


 リリーは内心、そう思っていた。彼が心配でもあった。


(頑張りすぎで、体壊したりしなきゃいいけど)


 オレンジの光の下のルセルは、酒も食事も口にせず、大臣となにやら真剣に話をしている。その横顔はりりしくて、以前のわがままな子どもっぽさは少しもない。

ほどほどでいいと思いつつも、リリーはその姿にしばし、見とれていた。

その時だった。


「リリー、お前か?お前がリリー?」


 突然背後から手をつかまれて、リリーはびくっと飛びさすった。


「ど、どなたですか、あなたは」


 手をつかんだのは中年の男だった。顔立ちも服装も整っているが、どこか身を持ちくずした、だらしがない印象を抱かせる男だった。

 リリーはピンときた。


「もしかして・・・ドーヴァー子爵・・・?」


 とたんに男は笑顔になって手を広げた。笑うと歯がかけているのが見えた。その様子は整った顔とはミスマッチで、不気味さを感じさせた。


「話が早いではないか。さすが、我が娘」


 リリーは眉をひそめて身を引いた。


「私はあなたの娘などではありませんわ」


 母とリリーを苦しめた、この男の相手をする義理などない。リリーはくるりと男に背を向けた。


「おっと、いいのかな?王太子妃殿下。貴女が尻軽女から生まれた私生児だと、皆に知れ渡っても」


 リリーは歩みをとめた。やはりこの男、リリーを脅すつもりできたのか。リリーは軽蔑しきった表情で振り向いた。


「金ですか?」


「おお、それ以外になにがある?借金があってな。急いで1000ミラほど都合をつけてほしい」


 1000ミラ。地方に別荘が一件買える値段だ。もとよりこの男に1ミラだってやるつもりはない。リリーは言い放った。


「そのつもりはありませんわ。私の父はモーゼット伯ですが、生まれの事実はルセル殿下をはじめとして、国王夫妻にも結婚前に告げてありますわ」


 おかげでリリーは肩身がせまいのだ。今更彼らにそれをばらされたところで痛くもかゆくもない。

ところが、ドーヴァー伯爵は唇をめくりにやりと笑った。


「そうだな。しかし一般の貴族や民草はお前の出自を知らない。さぞがっかりするだろうな?未来の后様が尻軽の娘だとしったら。王家の人気も威信も、まぁ下がることは間違いないなぁ」


 それを言われ、リリーはぐっと詰まった。たしかに、ことのことは公表はしていない。


「これっぽちの金額、痛くもかゆくもなかろう?貴女は今や王太子妃なんだから。それくらいいくらでも自由になるだろう?今だってずいぶんいいものを身に着けているじゃあないか」


 しかし、そこへリチャードと当のモーゼット伯がかけつけた。


「リリー様、いかがいたしましたか」


「むっ・・・お、お前は」


 男の姿を見て、モーゼット伯はかたまった。そして次の瞬間、張り手を飛ばした。


「この、卑怯者がーっ!今更おめおめと、よくも姿をさらしてくれたな!!」


 贅肉を巨体にたくわえた伯の一発は強烈で、ドーヴァー子爵は後ろにふっとび、湖へと落ちた。


「わっ、ちょ、ちょっと!」


 さすがにリリーはあわてた。幸いリチャードがすぐ引っ張りあげてくれたので大事にはいたらなかった。


が、派手な音のせいで、なんだなんだと人々が集まり始めていた。


「どうした?けんかか?」


「よくみろ、あの男・・・ドーヴァー子爵だ」


「ああ・・・放蕩者で有名な」


「酒でも飲みすぎたんだろう」


「妃が怯えているようだぞ、手を出そうとでもしたのか」


「ありえるな・・・あの男なら」


心配して見に来た貴族達も、落ちたのが彼だとわかって眉をひそめた。

恥をかいたドーヴァー伯爵は、わなわなと震えていた。リリーとモーゼット伯が彼に厳しい目を向けるなか、チャールズが間に入った。


「さあ、どうぞこちらへ。新しいお召し物を用意させますので、どうぞお帰りください」


恐ろしい顔でリリーをにらみつけたあと、彼は大人しくチャールズに従って城へと向かった。




「ねえ、見ました?あの男とリリーのやりとり」


 興奮気味のジェローム夫人に、悠然と后はこたえた。その目は獲物をみつけた猫のようにらんらんと光っている。


「ええ。見たし、聞いたわ。ジェローム夫人、彼にあいにいってちょうだい。帰る前につかまえるのよ。わかるわね?」


 ジェローム夫人はうなずいて、その場から消えた。




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