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第二部 新婚生活の騒動
If they chould see me now(2)
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いくら夜更かしをしようと、リリーの朝は早い。無邪気に眠りこむルセルをベッドに残して、リリーは化粧室へ向かった。
・・・実は、まだルセルにすっぴんを見せていない。いや、一生見せることはないだろう。
リリーは夏の朝のまだ冷たい水で顔を洗い、丁寧に化粧を落とした。朝、晩餐前、寝化粧とリリーは一日三回化粧をする。すっぴんでのびのびくつろげるのは、まだ誰も起きていない早朝のこの時間だけだった。
(ふぅ・・・すっきりした)
素肌にざくろ水を染み渡らせ、こうして深く息をつく瞬間がリリーはリラックスできて好きだった。が、それと同時に丸裸になったような落ち着かない気持ちもあった。
(ここは、私をよく思わない人ばかりだもの・・・欠点を隠すためにも、早く化粧しないと)
化粧水で肌を整えたあと、リリーは蜜蝋をほんの少し手のひらのとり、顔にうすくうすく伸ばした。その上に、パールパウダーをはたく。これは日中用の白粉で、うっすら輝く灰色がかった粉だ。この色は顔を抜けるように白く華奢に見せる。日中、太陽のしたでは透き通るような白さを、夕刻、蝋燭のもとでは紅く上気しているような肌を演出しなさいと教えてくれたのは、アンバーだった。
(彼女、結婚式にこなかったな・・・)
化粧の手を動かしながら、リリーは彼女のことを思い出した。
(もしかして・・・怒っているんだろうか・・・私が、結婚したことを)
ちらりとそう思ったが、彼女はたぶん、そんな事を気にする性格ではない。別の理由でこなかったのだろう。
(でも・・・これっきりは、淋しいな。私を一人前にしてくれたのは彼女だ・・・せめてお礼くらい、いいたい)
だが2人きりで会ってはお礼どころではすまないだろう。そう思って結婚式に呼んだのだ。
その時、ばたんとドアがあいてルセルが入ってきた。
「おはよう、リリー」
リリーは慌てて鏡で顔をチェックした。化粧は9割方すんでいたので、ふりかえった。
「もう、ルセル様。いきなり入ってくるのはおやめになってと言っているのに」
「なぁんだ、今日もまにあわなかったか」
ルセルはがっくり肩を落とした。ここのところ彼はリリーの化粧前をおさえようと躍起になっているのだ。
「まぁ、そんな意地悪、おやめになってください。私のすっぴんを見ても、何もおもしろくありませんよ」
ルセルはリリーのずいと顔を近づけた。
「そう隠すから、気になるのだ。それに・・・夫婦なのだぞ。なぜそんなに隠すのだ。そなたの裸だって見ているのに、すっぴんを恥ずかしがるなんて妙だ」
リリーは顔を赤らめた。たしかにあられもない姿をお互い知っているくせに、今更化粧前の顔を見られたくないなど矛盾している。だがこれはリリーにとっては譲れないことなのだ。
「お、女心というやつです。ルセル様にはおわかりになりませんのよ、もともと美しく生まれ付いている方には・・・」
ルセルは両手でリリーの頬をはさみ、軽くついばむようなキスをした。
「リリーも十分美しいではないか。たくさん女を見てきた余が言うのだから間違いないぞ」
(化粧をおとしたら、意見が変わるよ!)とリリーは心の中で思ったが、そういわれて嬉しくないわけはない。少し笑ってから鏡台へ向き直った。
「ありがとうございます。ルセル様。仕上げを済ませましたら一緒に朝食にしましょう?」
日中、ルセルはだいたい会議に出ているか、城下や領地へ視察へ行く。彼は今、様々なことを勉強中だ。リリーはその間自分に割り振られた仕事、賓客のもてなしや社交、書類仕事などをしている。その合間に、リチャードから声がかかった。
「リリー様。面会を希望する方がいらっしゃってます。フェルロイ公爵夫人と名乗る方です。お知り合いですか?」
セレンは一瞬動きが止まった。
(な、何のよう・・・?)
「彼女、今どこに?」
「リリー様のお部屋の控えの間にお通ししておりますが」
「わかった。行くわ」
彼女・・・アンバーは、何を言いにきたのだろう?
「いや・・・実に綺麗になったね、リリー。だけど疲れているね」
開口一番、アンバーはそう言った。銀色に近いシルバーブロンドを結い上げ、後れ毛の散る首元には紫色の宝石と真珠が輝いている。抑え目の灰色のドレスが、かえって彼女の色気を引き立てている。意思の強そうな切れ長の目の上には深い青色のアイシャドーが施され、唇は血のように赤い。
「そういう夫人は・・・ちっともお変わりありませんね」
「他人行儀だな、前のように名前で呼んでおくれ。まぁ君の不安もわかるけど」
アンバーは何気なく妖艶な流し目をリリーに投げた。相手に向かって投網を投げるようなまなざしだ。初心な娘ならこの一瞥でやられてしまうだろう。だが彼女の魅力的な表情は、すべて計算の上作り上げられたものだと今のリリーはよく知っていた。
「わかりました、アンバー。」
「どうだい、お妃生活は?城というのはなかなか気苦労の多い場所だろう。君のことだから上手くやっているとは思うけど」
アンバーは、その気になればいくらでも優しい声が出せる。リリーはつられてはあとため息をついた。
「そんなことありません。いつも失敗ばかりで落ち込んでいます」
「おやまあ。私のリリーが。あのおぼっちゃん王子では、たよりにならないかい?」
「知っているのですか?彼のこと」
「直接会ったことはないけれど、話はきいたことがある。うちの子たちからね」
アンバーに子どもはいない。彼女は様々な事業を持っているが、そのうちの一つが貴族相手に秘密裏に行う愛人の紹介だ。その他に新たな香料や染料への投資、香水の調合や絵画の売買などを「趣味の一環」として行っている。彼女の才能により、フェルロイ家はモーゼット家などよりはるかに裕福だ。
「ああ・・・そういう」
「おっと、君には面白くない話だったね」
リリーは肩をすくめた。
「本人の口から聞いているので、どうってことないです。それよりアンバー、何で結婚式にきてくれなかったんです?」
アンバーは胸を押さえた。
「何てこと聞くんだい。かわいい恋人をむざむざ男にとられて、私が平気な顔で式に出席できるとでも?」
その芝居がかった仕草に、リリーは眉をひそめた。
「冗談はやめてくださいよ。まったくもう」
「ふふ、それはそうとして、私と親しいとわかると君の評判にかかわると思ってね。だから今日もこっそりきたんだよ」
「まぁ、そんな事気にしなくていいのに。で、今日は・・・何か用があってきたのでしょう?」
「そうそう、私が君を描いた絵のことなんだけれどね」
それを聞いて、リリーはまたため息をつきたくなった。彼女の画才は、折り紙つきだ。だがリリーはその絵を二度と見たくはなかった。記憶から消し去りたい。
「ええ・・・それが、どうしました?」
「君が王太子妃になってしまったからね。私の屋敷に置いていいものかと悩んでね。もちろん隠してはある。だけれど思わぬスキャンダルにでもなったら、君がこまるだろう?」
ああ・・・たしかに大スキャンダルだ。リリーの生まれを暴露される以上にインパクトがあるし、もともとまずいリリーの評判は粉々に砕けるだろう。
「君が自分で持っていたほうが安心かと思ってね。持ってきたんだが」
アンバーは部屋の隅にたてかけてある布包みを指差した。
「えぇ!?あれを!!」
リリーは慌てた。あんなものが人の目に触れてしまっては、リリーの尊厳が死ぬ。
「何を慌てるの。今更君は・・・もうすべて私は見ているんだから、まったく」
今朝も似たようなことを言われたな、とリリーは憤然とおもった。
(私の恥部を暴こうとしてくる!!!誰もかれも!!!勘弁して・・・・・!!)
黙ったまま唇を噛むリリーを、アンバーはイスから立って抱き寄せた。
「ほらほら、そう、少し落ちついて・・・」
風のような、水のようなさらりとした心地よい匂いがほのかにする。彼女の胸はいつだって柔らかい。リリーは少しの間黙って目を閉じた。その唇に、アンバーの唇が近づいた。
と、その時。
「リリー!戻った・・・・んんん!?」
突然入ってきたルセルに、リリーは驚いて固まったが、アンバーはどこ吹く風でリリーから体をはなした。
「よし、とれたよ、睫毛のゴミ」
そのとっさの機転にリリーはのっかった。
「あ、ありがとうございます、ルセル様、こちらフェルロイ侯爵夫人の、アンバーですわ」
ところが、ルセルは身を翻して廊下を走り去ってしまった。
「おやおや、怒ってしまわれたかな?王太子殿下は」
アンバーは腕くみをして、実に楽しそうだった。ルセルなど、彼女にかかれば赤子の手をひねるようなものだろう。いろんな意味で。
(もう!だからいきなり入らないでって、言ってるのに!!)
リリーはアンバーを残してルセルの後を追った。
「ルセル様!どこです?」
リリーはルセルの自室へ向かったが、彼の姿はない。プライベートルームをすべて探し、最後は夫婦の寝室へ足をふみいれた。大きいベッドのカーテンが一部だけ引かれている。
(ははあ、あそこに隠れているつもりか)
「ルセル様、かくれんぼですか?」
リリーはカーテンの影に座るルセルを発見した。
「どうしたんです、そんなところで・・・」
肩にかけたリリーの手を、ルセルはぐいっとつかんでひっぱった。二人はベッドに倒れこんだ。
「あの女・・・誰だ」
横になったルセルはリリーの目を見た。怒っている。
「誰って・・・紹介したじゃありませんか。フェルロイ公爵夫人ですよ」
「そんなことは知ってる!あの女なのか?リリーが昔・・・」
ルセルは口を真一文字に結んだ。その唇に、リリーはそっと指で触れた。
「そんなの、どうでもいいじゃないですか。お互い過去のことはいいっこなしって、決めたでしょう」
「だけど・・・」
「彼女は今日、たまたま寄っただけですよ。何もやましいことはありません」
「たまたま?だけど・・・」
ルセルは食い下がった。
「あれはただ、睫毛のごみをとって頂いていただけです。彼女は世話好きな女性なので」
リリーは涼しい顔で言いきったので、ルセルもしぶしぶうなずいた。
「・・・わかった。だけどリリーはどうなんだ」
「どう・・・って?」
「あの・・・ご夫人のことを、どう思っているんだ。まだ、好きなのか?」
リリーは首をふった。
「まさか。違いますよ。今の私たちは友人・・・というより、先生と生徒のようなものです。そういった感情はありません。」
だがルセルはまだ不服そうだった。リリーは彼の頬を撫でて、微笑んだ。
「それに、今私が好きなのは、ルセル殿下だけですわ」
ルセルは小声で返した。
「それは・・・スノウよりも?」
唇をとがらせ上目遣いのルセルに、リリーはそっとキスをした。
「スノウよりも・・・好きです」
彼女への気持ちは、一生消えることはない。だけれどそれは、変化した。激しい恋慕から、穏かな愛情に。
(そう思えるようになったのは・・・あなたのおかげだから)
二人は見詰め合った。初めてその言葉をリリーから引き出したルセルは、いつになく嬉しそうだった。二人は横になったままお互いを抱きしめあった。が・・・
「・・・いや、今はだめだ」
ルセルは自分にいいきかせるようにいってリリーを離した。リリーはちょっと残念に思った。ので、少し反抗した。
「まぁ・・・なんで?」
ルセルは再び唇をとがらせた。
「午後はまた城を出なければいけないんだ」
「まぁ、お仕事熱心ですのね」
リリーがつんとそっぽを向いて怒ったフリをすると、ルセルは慌てた。が、口元がゆるんでいる。
「す、すまないリリー。余だってしたいぞ。だけど・・・」
その表情は昔のように「しょうがない殿下」だったので、リリーは思わず笑ってしまった。
「いいんですよ。怒ってなんかいません。ルセル様は、頑張ってらっしゃるのですから」
ルセルはがばっとリリーを抱きしめた。ここの所、なにかと忙しくてできていない。本当にしたいのは、ルセルの方なのだ。
「今夜!今夜は!必ずしたいっ!だから余を待っていろっ」
「うふふ、わかりました。では寝ないで待っていますからね」
リリーはそういって起き上がり、部屋から出て行こうとした。
「ちょ、ちょっと待て、リリー」
リリーは振り返った。ルセルは疑うように聞いた。
「またあのご夫人と、話の続きを?」
アンバーを放って置いていることを、リリーは思い出した。
「そうだわ。彼女と話をつけないと」
「話?なんの」
しまったとリリーは思ったが、もう遅かった。
「いえ、大した事ではないのですが・・・」
はっきりしないリリーに対し、ルセルもベッドから起き上がった。
「なら余も同席させてもらうぞ」
「えっ、ご予定は」
ずんずん歩き出すルセルに、リリーはあせってきいた。
「時間はない。だから手短にフェルロイ夫人との話を済ませるぞ」
(まずい、まずいことになった・・・・)
リリーは顔をひきつらせながら続いた。
・・・実は、まだルセルにすっぴんを見せていない。いや、一生見せることはないだろう。
リリーは夏の朝のまだ冷たい水で顔を洗い、丁寧に化粧を落とした。朝、晩餐前、寝化粧とリリーは一日三回化粧をする。すっぴんでのびのびくつろげるのは、まだ誰も起きていない早朝のこの時間だけだった。
(ふぅ・・・すっきりした)
素肌にざくろ水を染み渡らせ、こうして深く息をつく瞬間がリリーはリラックスできて好きだった。が、それと同時に丸裸になったような落ち着かない気持ちもあった。
(ここは、私をよく思わない人ばかりだもの・・・欠点を隠すためにも、早く化粧しないと)
化粧水で肌を整えたあと、リリーは蜜蝋をほんの少し手のひらのとり、顔にうすくうすく伸ばした。その上に、パールパウダーをはたく。これは日中用の白粉で、うっすら輝く灰色がかった粉だ。この色は顔を抜けるように白く華奢に見せる。日中、太陽のしたでは透き通るような白さを、夕刻、蝋燭のもとでは紅く上気しているような肌を演出しなさいと教えてくれたのは、アンバーだった。
(彼女、結婚式にこなかったな・・・)
化粧の手を動かしながら、リリーは彼女のことを思い出した。
(もしかして・・・怒っているんだろうか・・・私が、結婚したことを)
ちらりとそう思ったが、彼女はたぶん、そんな事を気にする性格ではない。別の理由でこなかったのだろう。
(でも・・・これっきりは、淋しいな。私を一人前にしてくれたのは彼女だ・・・せめてお礼くらい、いいたい)
だが2人きりで会ってはお礼どころではすまないだろう。そう思って結婚式に呼んだのだ。
その時、ばたんとドアがあいてルセルが入ってきた。
「おはよう、リリー」
リリーは慌てて鏡で顔をチェックした。化粧は9割方すんでいたので、ふりかえった。
「もう、ルセル様。いきなり入ってくるのはおやめになってと言っているのに」
「なぁんだ、今日もまにあわなかったか」
ルセルはがっくり肩を落とした。ここのところ彼はリリーの化粧前をおさえようと躍起になっているのだ。
「まぁ、そんな意地悪、おやめになってください。私のすっぴんを見ても、何もおもしろくありませんよ」
ルセルはリリーのずいと顔を近づけた。
「そう隠すから、気になるのだ。それに・・・夫婦なのだぞ。なぜそんなに隠すのだ。そなたの裸だって見ているのに、すっぴんを恥ずかしがるなんて妙だ」
リリーは顔を赤らめた。たしかにあられもない姿をお互い知っているくせに、今更化粧前の顔を見られたくないなど矛盾している。だがこれはリリーにとっては譲れないことなのだ。
「お、女心というやつです。ルセル様にはおわかりになりませんのよ、もともと美しく生まれ付いている方には・・・」
ルセルは両手でリリーの頬をはさみ、軽くついばむようなキスをした。
「リリーも十分美しいではないか。たくさん女を見てきた余が言うのだから間違いないぞ」
(化粧をおとしたら、意見が変わるよ!)とリリーは心の中で思ったが、そういわれて嬉しくないわけはない。少し笑ってから鏡台へ向き直った。
「ありがとうございます。ルセル様。仕上げを済ませましたら一緒に朝食にしましょう?」
日中、ルセルはだいたい会議に出ているか、城下や領地へ視察へ行く。彼は今、様々なことを勉強中だ。リリーはその間自分に割り振られた仕事、賓客のもてなしや社交、書類仕事などをしている。その合間に、リチャードから声がかかった。
「リリー様。面会を希望する方がいらっしゃってます。フェルロイ公爵夫人と名乗る方です。お知り合いですか?」
セレンは一瞬動きが止まった。
(な、何のよう・・・?)
「彼女、今どこに?」
「リリー様のお部屋の控えの間にお通ししておりますが」
「わかった。行くわ」
彼女・・・アンバーは、何を言いにきたのだろう?
「いや・・・実に綺麗になったね、リリー。だけど疲れているね」
開口一番、アンバーはそう言った。銀色に近いシルバーブロンドを結い上げ、後れ毛の散る首元には紫色の宝石と真珠が輝いている。抑え目の灰色のドレスが、かえって彼女の色気を引き立てている。意思の強そうな切れ長の目の上には深い青色のアイシャドーが施され、唇は血のように赤い。
「そういう夫人は・・・ちっともお変わりありませんね」
「他人行儀だな、前のように名前で呼んでおくれ。まぁ君の不安もわかるけど」
アンバーは何気なく妖艶な流し目をリリーに投げた。相手に向かって投網を投げるようなまなざしだ。初心な娘ならこの一瞥でやられてしまうだろう。だが彼女の魅力的な表情は、すべて計算の上作り上げられたものだと今のリリーはよく知っていた。
「わかりました、アンバー。」
「どうだい、お妃生活は?城というのはなかなか気苦労の多い場所だろう。君のことだから上手くやっているとは思うけど」
アンバーは、その気になればいくらでも優しい声が出せる。リリーはつられてはあとため息をついた。
「そんなことありません。いつも失敗ばかりで落ち込んでいます」
「おやまあ。私のリリーが。あのおぼっちゃん王子では、たよりにならないかい?」
「知っているのですか?彼のこと」
「直接会ったことはないけれど、話はきいたことがある。うちの子たちからね」
アンバーに子どもはいない。彼女は様々な事業を持っているが、そのうちの一つが貴族相手に秘密裏に行う愛人の紹介だ。その他に新たな香料や染料への投資、香水の調合や絵画の売買などを「趣味の一環」として行っている。彼女の才能により、フェルロイ家はモーゼット家などよりはるかに裕福だ。
「ああ・・・そういう」
「おっと、君には面白くない話だったね」
リリーは肩をすくめた。
「本人の口から聞いているので、どうってことないです。それよりアンバー、何で結婚式にきてくれなかったんです?」
アンバーは胸を押さえた。
「何てこと聞くんだい。かわいい恋人をむざむざ男にとられて、私が平気な顔で式に出席できるとでも?」
その芝居がかった仕草に、リリーは眉をひそめた。
「冗談はやめてくださいよ。まったくもう」
「ふふ、それはそうとして、私と親しいとわかると君の評判にかかわると思ってね。だから今日もこっそりきたんだよ」
「まぁ、そんな事気にしなくていいのに。で、今日は・・・何か用があってきたのでしょう?」
「そうそう、私が君を描いた絵のことなんだけれどね」
それを聞いて、リリーはまたため息をつきたくなった。彼女の画才は、折り紙つきだ。だがリリーはその絵を二度と見たくはなかった。記憶から消し去りたい。
「ええ・・・それが、どうしました?」
「君が王太子妃になってしまったからね。私の屋敷に置いていいものかと悩んでね。もちろん隠してはある。だけれど思わぬスキャンダルにでもなったら、君がこまるだろう?」
ああ・・・たしかに大スキャンダルだ。リリーの生まれを暴露される以上にインパクトがあるし、もともとまずいリリーの評判は粉々に砕けるだろう。
「君が自分で持っていたほうが安心かと思ってね。持ってきたんだが」
アンバーは部屋の隅にたてかけてある布包みを指差した。
「えぇ!?あれを!!」
リリーは慌てた。あんなものが人の目に触れてしまっては、リリーの尊厳が死ぬ。
「何を慌てるの。今更君は・・・もうすべて私は見ているんだから、まったく」
今朝も似たようなことを言われたな、とリリーは憤然とおもった。
(私の恥部を暴こうとしてくる!!!誰もかれも!!!勘弁して・・・・・!!)
黙ったまま唇を噛むリリーを、アンバーはイスから立って抱き寄せた。
「ほらほら、そう、少し落ちついて・・・」
風のような、水のようなさらりとした心地よい匂いがほのかにする。彼女の胸はいつだって柔らかい。リリーは少しの間黙って目を閉じた。その唇に、アンバーの唇が近づいた。
と、その時。
「リリー!戻った・・・・んんん!?」
突然入ってきたルセルに、リリーは驚いて固まったが、アンバーはどこ吹く風でリリーから体をはなした。
「よし、とれたよ、睫毛のゴミ」
そのとっさの機転にリリーはのっかった。
「あ、ありがとうございます、ルセル様、こちらフェルロイ侯爵夫人の、アンバーですわ」
ところが、ルセルは身を翻して廊下を走り去ってしまった。
「おやおや、怒ってしまわれたかな?王太子殿下は」
アンバーは腕くみをして、実に楽しそうだった。ルセルなど、彼女にかかれば赤子の手をひねるようなものだろう。いろんな意味で。
(もう!だからいきなり入らないでって、言ってるのに!!)
リリーはアンバーを残してルセルの後を追った。
「ルセル様!どこです?」
リリーはルセルの自室へ向かったが、彼の姿はない。プライベートルームをすべて探し、最後は夫婦の寝室へ足をふみいれた。大きいベッドのカーテンが一部だけ引かれている。
(ははあ、あそこに隠れているつもりか)
「ルセル様、かくれんぼですか?」
リリーはカーテンの影に座るルセルを発見した。
「どうしたんです、そんなところで・・・」
肩にかけたリリーの手を、ルセルはぐいっとつかんでひっぱった。二人はベッドに倒れこんだ。
「あの女・・・誰だ」
横になったルセルはリリーの目を見た。怒っている。
「誰って・・・紹介したじゃありませんか。フェルロイ公爵夫人ですよ」
「そんなことは知ってる!あの女なのか?リリーが昔・・・」
ルセルは口を真一文字に結んだ。その唇に、リリーはそっと指で触れた。
「そんなの、どうでもいいじゃないですか。お互い過去のことはいいっこなしって、決めたでしょう」
「だけど・・・」
「彼女は今日、たまたま寄っただけですよ。何もやましいことはありません」
「たまたま?だけど・・・」
ルセルは食い下がった。
「あれはただ、睫毛のごみをとって頂いていただけです。彼女は世話好きな女性なので」
リリーは涼しい顔で言いきったので、ルセルもしぶしぶうなずいた。
「・・・わかった。だけどリリーはどうなんだ」
「どう・・・って?」
「あの・・・ご夫人のことを、どう思っているんだ。まだ、好きなのか?」
リリーは首をふった。
「まさか。違いますよ。今の私たちは友人・・・というより、先生と生徒のようなものです。そういった感情はありません。」
だがルセルはまだ不服そうだった。リリーは彼の頬を撫でて、微笑んだ。
「それに、今私が好きなのは、ルセル殿下だけですわ」
ルセルは小声で返した。
「それは・・・スノウよりも?」
唇をとがらせ上目遣いのルセルに、リリーはそっとキスをした。
「スノウよりも・・・好きです」
彼女への気持ちは、一生消えることはない。だけれどそれは、変化した。激しい恋慕から、穏かな愛情に。
(そう思えるようになったのは・・・あなたのおかげだから)
二人は見詰め合った。初めてその言葉をリリーから引き出したルセルは、いつになく嬉しそうだった。二人は横になったままお互いを抱きしめあった。が・・・
「・・・いや、今はだめだ」
ルセルは自分にいいきかせるようにいってリリーを離した。リリーはちょっと残念に思った。ので、少し反抗した。
「まぁ・・・なんで?」
ルセルは再び唇をとがらせた。
「午後はまた城を出なければいけないんだ」
「まぁ、お仕事熱心ですのね」
リリーがつんとそっぽを向いて怒ったフリをすると、ルセルは慌てた。が、口元がゆるんでいる。
「す、すまないリリー。余だってしたいぞ。だけど・・・」
その表情は昔のように「しょうがない殿下」だったので、リリーは思わず笑ってしまった。
「いいんですよ。怒ってなんかいません。ルセル様は、頑張ってらっしゃるのですから」
ルセルはがばっとリリーを抱きしめた。ここの所、なにかと忙しくてできていない。本当にしたいのは、ルセルの方なのだ。
「今夜!今夜は!必ずしたいっ!だから余を待っていろっ」
「うふふ、わかりました。では寝ないで待っていますからね」
リリーはそういって起き上がり、部屋から出て行こうとした。
「ちょ、ちょっと待て、リリー」
リリーは振り返った。ルセルは疑うように聞いた。
「またあのご夫人と、話の続きを?」
アンバーを放って置いていることを、リリーは思い出した。
「そうだわ。彼女と話をつけないと」
「話?なんの」
しまったとリリーは思ったが、もう遅かった。
「いえ、大した事ではないのですが・・・」
はっきりしないリリーに対し、ルセルもベッドから起き上がった。
「なら余も同席させてもらうぞ」
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ずんずん歩き出すルセルに、リリーはあせってきいた。
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