王子様、あなたの妃にはなりません!

小達出みかん

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第二部 新婚生活の騒動

その淑女ふしだらにつき

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「久しぶりね、カリーナ。ちょっと見ない間に、また綺麗になったわね」

 姪娘を前にして、后は微笑んだ。

「お久しぶりでございます、后様。お手紙を、ありがとうございます。父もとても喜んでおりますわ」

 この娘、妃候補には入ってはいなかった。なぜなら彼女はその見た目の通り恋多き女で、王太子妃候補にはふさわしいと言えなかったからだ。
 だが、側室としてなら。

「ええ、ご存じの通り新しいお妃を迎えて何かと忙しくなったのでね。わたくしのそばで力になってくれるかしら?」

「もちろんですわ。宮中に上がるのが昔からの夢でしたの」

「ありがたいわ。きっとあなたは、わたくしのサロンの華になりましてよ」

 抜け目のない彼女は、もちろん后の思惑を察している。カリーナの魅力的な体を前に落ちない男はいないだろう。ましてあのぼんくら王子だ。彼女がルセルの男児を産んでくれれば、自分の地位は安泰だ。 
 
「…きっと、后様のご期待に沿えるようにしてみせますわ」
 
 その赤い唇に、カリーナは余裕の笑みを浮かべていた。



「殿下、殿下。わたくし殿下のこと、ルセル様っておよびしても良いですか?」

 后の計らいで、晩餐の席ではルセルの横にカリーナが座っていた。それをはさんで、リリーという形だ。

「…かまわないが」

(私の手前、しかめっつらしくしてるけど…鼻の下のびてる)

 美女が好意ありげにしなだれかかってきたら、そりゃあうれしいだろう。たぶん自分だって悪い気はしない。
リリーは他人事のように冷静に観察していた。が、ふと思った。

(もし、もしも…ルセル様が本当に、彼女と関係を持ったら、私はどう思うんだろう)

 のんきにもこのことを考えていなかったが、彼女は無論、そのつもりで来ているのだろうから…ありえないことではない。リリーは苦い塊を飲み込んだような気持ちになった。

(ああ、また心配事が増えた…それも大きな)

 一気に憔悴したリリーはそうそうに退出した。それをカリーナと后は横目で見送った。

(あら、そんなあっさり引き下がっちゃって…いいのかしら?もらっちゃうわよ)

 カリーナはますます饒舌になり、ルセルにしなだれかかった。一方ルセルはリリーの様子が気になっていた。

「すまないカリーナ、先に失礼させてもらうよ」

「まぁどうなさったんですルセル様。お口に合いませんでしたか?」

 複雑な駆け引きなどできないルセルはそのままを口にした。

「いや、妃が心配なのでな。御免」

 いうが早いがルセルは席を立った。カリーナはあえて追わず見送った。

(まっ、お熱いこと。…でもまだ新婚だものね。当たり前だわ。体のいい当て馬にされちゃたまらない。私も少し、出方を変えようかしら)


「リリー!どうしたんだ、いきなり席を立って」

 自室にぽつねんと座っているリリーに、ルセルは声をかけた。

「あら…ごめんなさい。今日はデザートをいただく気がしなくて」

「ふぅん…まぁいいが。余もいらないしな」

「まぁもったいないですよ。ルセル様は甘いものお好きでしょう?どうぞ食べていらして」

 リリーはつい強がりを口に出してそういった。ルセルはリリーの隣に腰かけた。
「先に言っておくが…あの女は好かん」

「まぁ、誰のことです」

 リリーはとぼけた。彼とちがって、自分はどこまでも素直になれなくて、醜いなと内心思いながら。

「わかっているだろう、カリーナ嬢のことだ。彼女はお后の差し金だ」

「あら…そんな率直な。私もそうは思っていましたが」

「だろう?自分の力を保つための一手に、わざわざ余が乗ってやろうとは思わん。それに…リリー以外の女に興味はない」

 うれしく思いつつも、そのせりふにリリーはふきだしてしまった。

「ふふ、ルセル様らしくないお言葉」
 
 ルセルはぷうとむくれた。

「なんだ、バカにして」

「バカにしてなんか。…ありがとうございます」

 最近はルセルのこの素直さに救われてばかりだ。だから、頑張ることができる。リリーは心から礼を言った。

「それよりも…」

 ルセルはちらとリリーを見た。

「リリーは余がカリーナと一緒にいるのを見て、なんとも思わなかったのか?ん?」

「…いやだ、そんなこと言わせないでくださいよ」

 リリーは首を振った。ルセルはリリーに迫った。

「言わせたいのだ」

「そりゃあ…」

 リリーは恥ずかしくて目をそらしながら言った。

「そりゃあ、いい気持ちはしませんよ。もし、お2人が…と考えると」

「考えたのか?」

「…少しは」

 ルセルは腕の中にリリーを閉じ込めてははと笑った。

「やったぞ!初めてリリーが、やきもちを焼いた!」

「まぁ、バカにして」

 今度はリリーがむくれた。

「そう怒るな。リリーも案外、余のことをわかっておらぬな。さんざん地位目当ての女たちと付き合ってきた余が、お前を得た今わざわざその手の女になびくと思うか?」

「…そうはおっしゃいましても。殿方は美人に良くされると断れない生き物でしょう」

「疑い深いな」

「ごめんなさい。こういう性格なんです」

 ルセルはうつむくリリーについばむようなキスをした。

「そなたは実は、意地っ張りだからな。だけどそなたがそう意地を張るのは、余のことくらいであろう?」

 その自信満々だがまっすぐな言葉に、ついリリーも微笑んだ。

「ええ…その通りです。私が意地になってしまうほど心にかけるのは、ルセル様だけです」

 ルセルはリリーにもう一度唇を重ねた。今度は深く甘い口づけだった。

「リリー…もう我慢できない、今するぞ」

「えっ、ここでですか?ベッドに…」

「前はよくソファでしたじゃないか」

 それもそうだと思いなおして、リリーは彼の腕に身を任せた…が。

「すみません、殿下はこちらですか」

 ドアの向こうからチャールズの声がした。

「なんだ、チャールズ。今取り込み中だ」

「…申し訳ございません。陛下がおよびです」

 チャールズの申し訳なさそうな声に、ルセルは深いため息をついた

「はぁー…。」

「…仕方ありませんわ。大事な御用かもしれませんし。どうぞ行ってらして」

「どうせ今日招いた客たちとの与太話だ…」

 そうは言いつつも、ルセルは立ち上がって扉へ向かった。

「すぐ戻る!待っててくれ」

「はい、ルセル様」

リリーは微笑んで彼を見送った。が、おそらく今夜はもう、二人の時間はないだろう。
賓客のもてなしも、彼の大事な仕事だ。というか本来リリーもその場にいなければならない類のものだ。

(だけど…今日はもう、いいか…いいよね)
 今日は事件が起こりすぎて、もうくたくただった。いつしかリリーは眠りについていた。
翌日早朝、いつも通りリリーは目を覚ました。ベッドは一人で、ルセルが戻ってきた形跡はない。わかっていたことだが、少し胸がざわざわした。
(昨日はさぼってしまったから、今日はしっかりしないと)
 リリーは気合を入れるべく化粧室に移動した。するとトントンとノックの音がした。

「チャールズ?どうかしたの」

 が、扉から入ってきたのは思いもかけない人物だった。

「おはようございます、リリー様」
 リリーはめんくらった。そこには完ぺきに身支度を整えたカリーナが立っていた。

「あら、カリーナさん?困りますわ、こんな狭いお部屋にいきなりいらっしゃるなんて」

 カリーナは赤い唇をゆがめて嗤った。

「申し訳ありません、リリー様は今お起きになったのかしら?そんなお顔をしてらっしゃるわ」

 くすくすと彼女はなおも笑っている。すっぴんを彼女に見られるのはかなり不愉快だ。だが令嬢相手に怒鳴って追い出すわけにもいかない。

「ええ、むさくるしい顔でごめんなさいね。カリーナ様はずいぶん早起きでいらっしゃいますのね」

 彼女は優雅に小首をかしげた。

「実は昨日寝ておりませんの。ずっと皆様をお話ししていましたもので。ルセル様はお酒が弱くていらっしゃるのね」

 つまり一晩中一緒にいたということか。だが動揺を顔に出すわけにはいかない。

「あら、それはお疲れでしょう。朝ですが、少しお休みになってはいかがですか?」

「いえ、わたくしたちいったんお暇しますの。だからリリー様にご挨拶をと思って」

 何もこんな朝早くに。と思ったが彼女がいなくなるのはありがたい。

「もうお帰りになるんですか?少し寂しいですわ」

「いえ、いったん私の父の領地を、ルセル様にも見学していただこうと、ご一緒することになったのです」

 彼女の勝ち誇った様子はそういうことか。

「あら…そうなんですの」

「ええ。リリー様には申し訳ありませんが、しばらくルセル様をお借りしますね。ところで…リリー様はお后さまのサロンはご存じで?」

 突然話題が変わったのでリリーはうろたえた。

「ええ、もちろん知っておりますが…なにか」

「わたくし昨日、とっても面白いお話聞きましたの。サロンに『素敵な』おじさまがいらしていてね…お名前は秘密なのだって。リリー様なら何かご存じかと思って」

 あいつ、クソ父だ。リリーは必死に何気ない顔を作って返した。

「あら、そうなんですの?あいにくわたくし、あまりサロンには顔を出さないもので」

「もったいないですわ。ぜひリリー様も彼と会うことをおすすめしますわぁ」

「そうですね。ご忠告、ありがとう」

 リリーはにっこり笑って返した。

「また戻った際には、ご挨拶にうかがいますわ」

 そして彼女も、笑顔を見せて去った。

(ああ、朝から全く…)

 リリーは崩れ落ちるように椅子に座った。
 じわじわと外堀を埋めるように、真綿で首を絞めるように、后はあらゆる手を使ってリリーを追い詰めようとしている。

 領地の視察ももちろん大事な王太子の仕事だ。だが今回の突然の出発は后が仕組んだものであるに違いない。彼女も、カリーナも、その父も、ルセルがカリーナの色香にグラついて「お手」を付けることを望んでいるはずだ。だから完璧にそのお膳立てがされたいわゆる…

(据え膳不倫出張…)

 いくらルセルを信頼しているとはいえ、こんなあからさまに自分を無視した策謀は腹が立つ。加えて「あの父」のこともちらつかせて、リリーを間接的に脅しているのだ。

(視察だと。体のいい不倫旅行じゃないか。無理やりついていってやろうか…)

 が、リリーが邪魔しようものなら即座にあの父の軽い口が開くのだろう。

(くっっそ…)

 リリーはドンとこぶしをテーブルにたたきつけた。が、手が痛くなっただけだった。ものにあたってもしょうがない。リリーはいら立ちを紛らわすかのようにもくもくと化粧をした。
 その時、ルセルがバタバタと部屋へ駈け込んできた。
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