エリート魔術師様に嫌われてると思ったら、好き避けされてるだけでした!

小達出みかん

文字の大きさ
34 / 43

少しの希望

しおりを挟む
女の子の母親が驚いて聞いた。

「川のところにいたの。迷子だと思う」

「そりゃ大変だ。保安官に届け出ないと」

「お父さん、そんな暇は今ないよ、刈り入れ時なんだから」

 時は秋。女の子の家は、ちょうど麦の刈り入れで忙しい時期だった。
 そこで、サイラスは当面の間、その家で面倒を見てもらうこととなった。サイラスは女の子によって風呂に入れられ土を落とされ、服を着せられ、食事を食べさせられた。

「まぁ驚いた。あなたって、女の子みたいな顔をしてるのね」

 そう言いながら、女の子は木の椀を差し出した。

「ほら、一緒に食べましょう」

 そして、サイラスがスプーンや椀を使えるようになるまで、一緒に食事をしてくれた。

「こうやってやるのよ。見て」

 スプーンの使い方を教えながら、女の子は嬉しそうに笑った。
 彼女は、優しい女の子だった。森から出てきた不気味な子供を、怖がりもせず、親切心で手を差し伸べてくれたのだ。

「そうそう、上手上手。素直でいい子ね」

 まぶしい笑みに、サイラスの胸の中が、きゅんと痛んだ。
 その痛みが何か、子供のサイラスにはわからなかった。
 けれど強く思ったのは確かだった。「ずっとこの子のそばにいたい」と。

 サイラスは女の子の後をついて、生活を共にし、畑仕事も教えてもらい、だんだんと人間の生活に慣れていった。

「麦の脱穀、おわった」

 サイラスが報告すると、女の子は目を丸くして喜んだ。

「まぁ! すごく早い。あなたって器用なのね」

「……ひきうす、僕がやるよ」

「えっ、それは無理よ、あたしたちの力じゃ……」

「……ほんとうだ、重い」

 たしかに、臼は重かった。けれどサイラスは、自身の魔力を使ってそれを動かすことができた。

「えっ、どうやってやっているの⁉」

「普通に……回してる、だけ」

 女の子は驚いて聞いたが、サイラスにとっては日常的に使ってきた力で、説明を求められても、うまく伝えることができなかった。
 が、女の子はおおらかに納得した。

「あなた、見かけによらず力もちなのね」

 ちょっと感心したような響きに、サイラスの自尊心はくすぐられた。
 頬を赤くして、うなずく。

「……うん」

 女の子はサイラスを見て言った。

「あなたって不思議。森から出てきたときは、可哀そうな子に見えたのに――実は何でもできるのね」

 女の子はぽつりと言った。

「あなたがずっといて、こうして一緒に仕事を手伝ってくれればいいのに。兄さん姉さんたちは皆、ここを出て都会にいっちゃって……私ひとりで寂しかったの」

 するとサイラスははじかれたような顔を上げた。女の子は照れかくしに首をふった。

「なんて、いけないわね。あなたは元の場所に戻らないといけないのに」

 サイラスは目を丸くした。そして、胸がいっぱいになって、必死で言った。

「ううん……ううん、僕そうしたい。ここにいたい」

 だって僕もひとりぼっちだもの。
 しかしその時だった。がやがやと足音がして、女の子の父親がかえってきた。
 女の子はぱっとそちらへ駆け出した。

「おかえりなさい、お父さんお母さん!……その人は?」

 両親の後ろには、立派な体躯をした男性が立っていた。

「ただいま、ミリー。商店へ作物を卸しにいったら、ちょうど保安官さんがいてね。迷子の坊主のことを頼もうと思ってな」

 出てきた母親は笑顔で彼を出迎えた。

「まぁ、そうだったの。わざわざ遠いところまでありがとうございます。どうぞ食事でも」

「ああ、そりゃあありがたいね、奥さん」

 母親は保安官を家へと招き入れた。庭に残された子供たちは、顔を見合わせた。

「僕……つれていかれちゃうの?」

「そうね。保安官さんがきっと、あなたのお父さんお母さんを探してくれるわ」

 サイラスは首を振った。お母さんはもういない。自分に他に家族がいるとも思えない。

「やだ……いきたくない」

 低い声でつぶやいたサイラスに、女の子は言った。

「私も寂しいわ。でも……そのほうがあなたのためよ」

 やさしさゆえに、彼女はサイラスを行かせようとしていた。

 (そんなこと、いやだ!)

 ――サイラスの内に、驚くほどの感情が沸き起こった。

 なんとしても彼女と一緒にいたいという、狂気的なまでの執着心。

(嫌だ……絶対に、絶対に、離れない!)

 サイラスは必死に彼女を見上げた。

「僕もっとお仕事がんばるよ。もっと役に立つよう働くから、だから、だから――」

 なだめようとする彼女の目を、じっと見つめる。彼女にうんとうなずいてほしい。この先も一緒にいることを許してほしい。
 その気持ちから――サイラスは無意識に自身の魔力を使っていた。
 その目から――最大出量の魔眼の魅了を。

「あ……な、に、これ……」

 魔術の心得もない、子供の彼女は、すぐさまその魅力にとらわれて、無我の状態となった。

「お願い、僕をよそにやらないで。僕と一緒にいるって言って」

「あ……あ……い、いしょ……」

 彼女はかくんと膝をついて、そのままぱたんと倒れた。それでもサイラスは、魔眼で彼女を射抜き続けた。

「うんって言って、一緒にいるって――」

 がくがく震える彼女に覆いかぶさり、サイラスは必死に乞うた。
 しかし、その時――

「ミリー⁉ どうしたの!!」

「何があった!」

 窓から二人の様子に気が付いた大人たちが駆け付けた。
 女の子の父親は、激高してサイラスを女の子から引きはがした。

「お前! 娘に何をした!」

 しかしサイラスは、まだ魔眼の魅了を解かないまま、必死に彼女に手を伸ばした。

「いやだ! 一緒にいるんだ! はなさない、はなさない……ッ」

「なんだお前、目が光って……!」

 その異様な様子を見て、さすがの父親もぎょっとした。

「ミリー、ミリー! どうしちゃったんだい! あんたぁ、この子眼を覚まさないよ!」

 母親は半狂乱で娘を抱き起していた。
 それを見ていた保安官は、父親の手からサイラスを奪い取り、びりっと自身の服をさいてサイラスの目を隠すように巻いて縛った。

「なんてこった……こいつぁ、人間じゃねぇ、魔物だ……」




 
 その後、保安官によってがんじがらめに縛られ、牢屋に何日も入れられ、飲まず食わずのひどい扱いの日々を過ごしたあと――サイラスの身柄は、魔術師たちに引き取られた。

「おお、おお、可哀そうに。こんなに痩せて、傷だらけで」

 そのあと、サザフィールドに引き取られ、森の塔でしばらく一緒に過ごしたのち――サイラスは初めて、自分の正体と、置かれている状況を知ったのだった。

「よいかな。君は確かに人間ではない。人間なら、何日間も飲まず食わずではまず死ぬ。けれど君は生きていた」

 サザフィールドは、サイラスをじっと見た。

「その容貌に、女の子に対して使った魔眼……君はおそらく、数百年以上前に滅びたとされる、淫魔とよばれる種族だろう」

「いん、ま?」

「そうだ。人間の性的エネルギーを糧とする種族だ。君の母君も、そして他の家族たちもおそらく、短命――つまり若くして死んだのではないかね?」

 サイラスは少し考えたあと、うなずいた。

「はい。母は子供の僕をのこして、死にました。他に家族はいませんでした」

「そうだろう。ずうっと昔、淫魔は人間に交じって暮らし、そうしてエネルギーを得て種を存続させていた。けれど淫魔は人間によって迫害され――森へと逃げ込んだ。そうすれば、人間に迫害されることはないが、人間のエネルギーも吸えなくなる。ゆえに、繁殖はできても、皆長生きはできなかったのだろう。君の母君が若くして亡くなった理由も、きっとそういうことだ」

「あの子に……僕は、そのエネルギーを、求めてしまったのですか?」

 古びた本をめくりながら、サザフィールドはつぶやいた。

「魔眼の発動年齢には個人差がある……とある。おそらく別れたくなくて、とっさにひきとめるため、君は魔眼を発動させてしまったのだろう。そしてその魔力は、子供には強すぎて、女の子は倒れてしまった……」

「あの子はあのあとどうなったか知っていますか。僕のせいで……」

 すると安心させるようにサザフィールドはうなずいた。

「それは大丈夫だ。農家の娘はあのあとの数日後に目覚めて、命に別条はなかったそうだ」

「よかった……」

 サイラスは両肩を抱いてつぶやいた。彼女と離れたくないばかりに、見境なく彼女を傷つけてしまった自分の力がおぞましかった。

「僕はもう二度と……この力を使わないようにしたいです。いっそ、いっそ……森に戻ったほうが」

 しかしサザフィールドは首を振った。

「そう早まるな。君も第二次性徴を迎えれば、性エネルギーを身体が求めるようになるのだろう。森に戻れば、それを得ることがかなわず、母君のように亡くなることになるだろう」

「……いいです、そうなっても。だって淫魔は……人間に害をなすんだから」

 彼女を傷つけた上に、失った。そして、害獣だと酷い扱いを受けた。

 ――またあんな目にあうくらいなら。

「まてまて。かつては吸血鬼も獣人も、人間に害をなすと言われておった。けれど今は、平気で一緒に暮らしておる」

「……どうして、そんなことが?」

 サザフィールドはウインクした。

「魔術の力を借りてな。衝動は抑え込めるし、血も肉も、魔術によって代替品が作られている。だから君も――そう悲観することはない。私と一緒に、人と共に生きる道を探していこう」

 ――そう言われて、サイラスはサザフィールドの手ほどきのもと、魔術を習い始めたのだった。サザフィールドの教えに従って、サイラスは砂が水を吸うように魔術を覚えて行った。

 第二次性徴を迎えるころには、もう今の薬の原型を作り、衝動を抑えていた。
 サザフィールドの立場が重くなって、彼が気楽な放浪の魔術師でなくなり、森の塔を出ていってからも、サイラスはひとりで様々な薬を研究、開発していった。その成果とサザフィールドの口利きから、魔術師の免状を得た。

 そしてサザフィールドに強く乞われ、彼が院長を務める国立治療院までやってきたのだった。
 本当は嫌だった。サザフィールド以外の人間とかかわるのはごめんだった。

 けど、心のどこかで、ほんの少しだけ、期待をしてもいた。
 ――自分の孤独な人生を変えてくれる誰かに、出会えるのではないかと。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。

石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。 ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。 そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。 真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

処理中です...