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少しの希望
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女の子の母親が驚いて聞いた。
「川のところにいたの。迷子だと思う」
「そりゃ大変だ。保安官に届け出ないと」
「お父さん、そんな暇は今ないよ、刈り入れ時なんだから」
時は秋。女の子の家は、ちょうど麦の刈り入れで忙しい時期だった。
そこで、サイラスは当面の間、その家で面倒を見てもらうこととなった。サイラスは女の子によって風呂に入れられ土を落とされ、服を着せられ、食事を食べさせられた。
「まぁ驚いた。あなたって、女の子みたいな顔をしてるのね」
そう言いながら、女の子は木の椀を差し出した。
「ほら、一緒に食べましょう」
そして、サイラスがスプーンや椀を使えるようになるまで、一緒に食事をしてくれた。
「こうやってやるのよ。見て」
スプーンの使い方を教えながら、女の子は嬉しそうに笑った。
彼女は、優しい女の子だった。森から出てきた不気味な子供を、怖がりもせず、親切心で手を差し伸べてくれたのだ。
「そうそう、上手上手。素直でいい子ね」
まぶしい笑みに、サイラスの胸の中が、きゅんと痛んだ。
その痛みが何か、子供のサイラスにはわからなかった。
けれど強く思ったのは確かだった。「ずっとこの子のそばにいたい」と。
サイラスは女の子の後をついて、生活を共にし、畑仕事も教えてもらい、だんだんと人間の生活に慣れていった。
「麦の脱穀、おわった」
サイラスが報告すると、女の子は目を丸くして喜んだ。
「まぁ! すごく早い。あなたって器用なのね」
「……ひきうす、僕がやるよ」
「えっ、それは無理よ、あたしたちの力じゃ……」
「……ほんとうだ、重い」
たしかに、臼は重かった。けれどサイラスは、自身の魔力を使ってそれを動かすことができた。
「えっ、どうやってやっているの⁉」
「普通に……回してる、だけ」
女の子は驚いて聞いたが、サイラスにとっては日常的に使ってきた力で、説明を求められても、うまく伝えることができなかった。
が、女の子はおおらかに納得した。
「あなた、見かけによらず力もちなのね」
ちょっと感心したような響きに、サイラスの自尊心はくすぐられた。
頬を赤くして、うなずく。
「……うん」
女の子はサイラスを見て言った。
「あなたって不思議。森から出てきたときは、可哀そうな子に見えたのに――実は何でもできるのね」
女の子はぽつりと言った。
「あなたがずっといて、こうして一緒に仕事を手伝ってくれればいいのに。兄さん姉さんたちは皆、ここを出て都会にいっちゃって……私ひとりで寂しかったの」
するとサイラスははじかれたような顔を上げた。女の子は照れかくしに首をふった。
「なんて、いけないわね。あなたは元の場所に戻らないといけないのに」
サイラスは目を丸くした。そして、胸がいっぱいになって、必死で言った。
「ううん……ううん、僕そうしたい。ここにいたい」
だって僕もひとりぼっちだもの。
しかしその時だった。がやがやと足音がして、女の子の父親がかえってきた。
女の子はぱっとそちらへ駆け出した。
「おかえりなさい、お父さんお母さん!……その人は?」
両親の後ろには、立派な体躯をした男性が立っていた。
「ただいま、ミリー。商店へ作物を卸しにいったら、ちょうど保安官さんがいてね。迷子の坊主のことを頼もうと思ってな」
出てきた母親は笑顔で彼を出迎えた。
「まぁ、そうだったの。わざわざ遠いところまでありがとうございます。どうぞ食事でも」
「ああ、そりゃあありがたいね、奥さん」
母親は保安官を家へと招き入れた。庭に残された子供たちは、顔を見合わせた。
「僕……つれていかれちゃうの?」
「そうね。保安官さんがきっと、あなたのお父さんお母さんを探してくれるわ」
サイラスは首を振った。お母さんはもういない。自分に他に家族がいるとも思えない。
「やだ……いきたくない」
低い声でつぶやいたサイラスに、女の子は言った。
「私も寂しいわ。でも……そのほうがあなたのためよ」
やさしさゆえに、彼女はサイラスを行かせようとしていた。
(そんなこと、いやだ!)
――サイラスの内に、驚くほどの感情が沸き起こった。
なんとしても彼女と一緒にいたいという、狂気的なまでの執着心。
(嫌だ……絶対に、絶対に、離れない!)
サイラスは必死に彼女を見上げた。
「僕もっとお仕事がんばるよ。もっと役に立つよう働くから、だから、だから――」
なだめようとする彼女の目を、じっと見つめる。彼女にうんとうなずいてほしい。この先も一緒にいることを許してほしい。
その気持ちから――サイラスは無意識に自身の魔力を使っていた。
その目から――最大出量の魔眼の魅了を。
「あ……な、に、これ……」
魔術の心得もない、子供の彼女は、すぐさまその魅力にとらわれて、無我の状態となった。
「お願い、僕をよそにやらないで。僕と一緒にいるって言って」
「あ……あ……い、いしょ……」
彼女はかくんと膝をついて、そのままぱたんと倒れた。それでもサイラスは、魔眼で彼女を射抜き続けた。
「うんって言って、一緒にいるって――」
がくがく震える彼女に覆いかぶさり、サイラスは必死に乞うた。
しかし、その時――
「ミリー⁉ どうしたの!!」
「何があった!」
窓から二人の様子に気が付いた大人たちが駆け付けた。
女の子の父親は、激高してサイラスを女の子から引きはがした。
「お前! 娘に何をした!」
しかしサイラスは、まだ魔眼の魅了を解かないまま、必死に彼女に手を伸ばした。
「いやだ! 一緒にいるんだ! はなさない、はなさない……ッ」
「なんだお前、目が光って……!」
その異様な様子を見て、さすがの父親もぎょっとした。
「ミリー、ミリー! どうしちゃったんだい! あんたぁ、この子眼を覚まさないよ!」
母親は半狂乱で娘を抱き起していた。
それを見ていた保安官は、父親の手からサイラスを奪い取り、びりっと自身の服をさいてサイラスの目を隠すように巻いて縛った。
「なんてこった……こいつぁ、人間じゃねぇ、魔物だ……」
◆
その後、保安官によってがんじがらめに縛られ、牢屋に何日も入れられ、飲まず食わずのひどい扱いの日々を過ごしたあと――サイラスの身柄は、魔術師たちに引き取られた。
「おお、おお、可哀そうに。こんなに痩せて、傷だらけで」
そのあと、サザフィールドに引き取られ、森の塔でしばらく一緒に過ごしたのち――サイラスは初めて、自分の正体と、置かれている状況を知ったのだった。
「よいかな。君は確かに人間ではない。人間なら、何日間も飲まず食わずではまず死ぬ。けれど君は生きていた」
サザフィールドは、サイラスをじっと見た。
「その容貌に、女の子に対して使った魔眼……君はおそらく、数百年以上前に滅びたとされる、淫魔とよばれる種族だろう」
「いん、ま?」
「そうだ。人間の性的エネルギーを糧とする種族だ。君の母君も、そして他の家族たちもおそらく、短命――つまり若くして死んだのではないかね?」
サイラスは少し考えたあと、うなずいた。
「はい。母は子供の僕をのこして、死にました。他に家族はいませんでした」
「そうだろう。ずうっと昔、淫魔は人間に交じって暮らし、そうしてエネルギーを得て種を存続させていた。けれど淫魔は人間によって迫害され――森へと逃げ込んだ。そうすれば、人間に迫害されることはないが、人間のエネルギーも吸えなくなる。ゆえに、繁殖はできても、皆長生きはできなかったのだろう。君の母君が若くして亡くなった理由も、きっとそういうことだ」
「あの子に……僕は、そのエネルギーを、求めてしまったのですか?」
古びた本をめくりながら、サザフィールドはつぶやいた。
「魔眼の発動年齢には個人差がある……とある。おそらく別れたくなくて、とっさにひきとめるため、君は魔眼を発動させてしまったのだろう。そしてその魔力は、子供には強すぎて、女の子は倒れてしまった……」
「あの子はあのあとどうなったか知っていますか。僕のせいで……」
すると安心させるようにサザフィールドはうなずいた。
「それは大丈夫だ。農家の娘はあのあとの数日後に目覚めて、命に別条はなかったそうだ」
「よかった……」
サイラスは両肩を抱いてつぶやいた。彼女と離れたくないばかりに、見境なく彼女を傷つけてしまった自分の力がおぞましかった。
「僕はもう二度と……この力を使わないようにしたいです。いっそ、いっそ……森に戻ったほうが」
しかしサザフィールドは首を振った。
「そう早まるな。君も第二次性徴を迎えれば、性エネルギーを身体が求めるようになるのだろう。森に戻れば、それを得ることがかなわず、母君のように亡くなることになるだろう」
「……いいです、そうなっても。だって淫魔は……人間に害をなすんだから」
彼女を傷つけた上に、失った。そして、害獣だと酷い扱いを受けた。
――またあんな目にあうくらいなら。
「まてまて。かつては吸血鬼も獣人も、人間に害をなすと言われておった。けれど今は、平気で一緒に暮らしておる」
「……どうして、そんなことが?」
サザフィールドはウインクした。
「魔術の力を借りてな。衝動は抑え込めるし、血も肉も、魔術によって代替品が作られている。だから君も――そう悲観することはない。私と一緒に、人と共に生きる道を探していこう」
――そう言われて、サイラスはサザフィールドの手ほどきのもと、魔術を習い始めたのだった。サザフィールドの教えに従って、サイラスは砂が水を吸うように魔術を覚えて行った。
第二次性徴を迎えるころには、もう今の薬の原型を作り、衝動を抑えていた。
サザフィールドの立場が重くなって、彼が気楽な放浪の魔術師でなくなり、森の塔を出ていってからも、サイラスはひとりで様々な薬を研究、開発していった。その成果とサザフィールドの口利きから、魔術師の免状を得た。
そしてサザフィールドに強く乞われ、彼が院長を務める国立治療院までやってきたのだった。
本当は嫌だった。サザフィールド以外の人間とかかわるのはごめんだった。
けど、心のどこかで、ほんの少しだけ、期待をしてもいた。
――自分の孤独な人生を変えてくれる誰かに、出会えるのではないかと。
「川のところにいたの。迷子だと思う」
「そりゃ大変だ。保安官に届け出ないと」
「お父さん、そんな暇は今ないよ、刈り入れ時なんだから」
時は秋。女の子の家は、ちょうど麦の刈り入れで忙しい時期だった。
そこで、サイラスは当面の間、その家で面倒を見てもらうこととなった。サイラスは女の子によって風呂に入れられ土を落とされ、服を着せられ、食事を食べさせられた。
「まぁ驚いた。あなたって、女の子みたいな顔をしてるのね」
そう言いながら、女の子は木の椀を差し出した。
「ほら、一緒に食べましょう」
そして、サイラスがスプーンや椀を使えるようになるまで、一緒に食事をしてくれた。
「こうやってやるのよ。見て」
スプーンの使い方を教えながら、女の子は嬉しそうに笑った。
彼女は、優しい女の子だった。森から出てきた不気味な子供を、怖がりもせず、親切心で手を差し伸べてくれたのだ。
「そうそう、上手上手。素直でいい子ね」
まぶしい笑みに、サイラスの胸の中が、きゅんと痛んだ。
その痛みが何か、子供のサイラスにはわからなかった。
けれど強く思ったのは確かだった。「ずっとこの子のそばにいたい」と。
サイラスは女の子の後をついて、生活を共にし、畑仕事も教えてもらい、だんだんと人間の生活に慣れていった。
「麦の脱穀、おわった」
サイラスが報告すると、女の子は目を丸くして喜んだ。
「まぁ! すごく早い。あなたって器用なのね」
「……ひきうす、僕がやるよ」
「えっ、それは無理よ、あたしたちの力じゃ……」
「……ほんとうだ、重い」
たしかに、臼は重かった。けれどサイラスは、自身の魔力を使ってそれを動かすことができた。
「えっ、どうやってやっているの⁉」
「普通に……回してる、だけ」
女の子は驚いて聞いたが、サイラスにとっては日常的に使ってきた力で、説明を求められても、うまく伝えることができなかった。
が、女の子はおおらかに納得した。
「あなた、見かけによらず力もちなのね」
ちょっと感心したような響きに、サイラスの自尊心はくすぐられた。
頬を赤くして、うなずく。
「……うん」
女の子はサイラスを見て言った。
「あなたって不思議。森から出てきたときは、可哀そうな子に見えたのに――実は何でもできるのね」
女の子はぽつりと言った。
「あなたがずっといて、こうして一緒に仕事を手伝ってくれればいいのに。兄さん姉さんたちは皆、ここを出て都会にいっちゃって……私ひとりで寂しかったの」
するとサイラスははじかれたような顔を上げた。女の子は照れかくしに首をふった。
「なんて、いけないわね。あなたは元の場所に戻らないといけないのに」
サイラスは目を丸くした。そして、胸がいっぱいになって、必死で言った。
「ううん……ううん、僕そうしたい。ここにいたい」
だって僕もひとりぼっちだもの。
しかしその時だった。がやがやと足音がして、女の子の父親がかえってきた。
女の子はぱっとそちらへ駆け出した。
「おかえりなさい、お父さんお母さん!……その人は?」
両親の後ろには、立派な体躯をした男性が立っていた。
「ただいま、ミリー。商店へ作物を卸しにいったら、ちょうど保安官さんがいてね。迷子の坊主のことを頼もうと思ってな」
出てきた母親は笑顔で彼を出迎えた。
「まぁ、そうだったの。わざわざ遠いところまでありがとうございます。どうぞ食事でも」
「ああ、そりゃあありがたいね、奥さん」
母親は保安官を家へと招き入れた。庭に残された子供たちは、顔を見合わせた。
「僕……つれていかれちゃうの?」
「そうね。保安官さんがきっと、あなたのお父さんお母さんを探してくれるわ」
サイラスは首を振った。お母さんはもういない。自分に他に家族がいるとも思えない。
「やだ……いきたくない」
低い声でつぶやいたサイラスに、女の子は言った。
「私も寂しいわ。でも……そのほうがあなたのためよ」
やさしさゆえに、彼女はサイラスを行かせようとしていた。
(そんなこと、いやだ!)
――サイラスの内に、驚くほどの感情が沸き起こった。
なんとしても彼女と一緒にいたいという、狂気的なまでの執着心。
(嫌だ……絶対に、絶対に、離れない!)
サイラスは必死に彼女を見上げた。
「僕もっとお仕事がんばるよ。もっと役に立つよう働くから、だから、だから――」
なだめようとする彼女の目を、じっと見つめる。彼女にうんとうなずいてほしい。この先も一緒にいることを許してほしい。
その気持ちから――サイラスは無意識に自身の魔力を使っていた。
その目から――最大出量の魔眼の魅了を。
「あ……な、に、これ……」
魔術の心得もない、子供の彼女は、すぐさまその魅力にとらわれて、無我の状態となった。
「お願い、僕をよそにやらないで。僕と一緒にいるって言って」
「あ……あ……い、いしょ……」
彼女はかくんと膝をついて、そのままぱたんと倒れた。それでもサイラスは、魔眼で彼女を射抜き続けた。
「うんって言って、一緒にいるって――」
がくがく震える彼女に覆いかぶさり、サイラスは必死に乞うた。
しかし、その時――
「ミリー⁉ どうしたの!!」
「何があった!」
窓から二人の様子に気が付いた大人たちが駆け付けた。
女の子の父親は、激高してサイラスを女の子から引きはがした。
「お前! 娘に何をした!」
しかしサイラスは、まだ魔眼の魅了を解かないまま、必死に彼女に手を伸ばした。
「いやだ! 一緒にいるんだ! はなさない、はなさない……ッ」
「なんだお前、目が光って……!」
その異様な様子を見て、さすがの父親もぎょっとした。
「ミリー、ミリー! どうしちゃったんだい! あんたぁ、この子眼を覚まさないよ!」
母親は半狂乱で娘を抱き起していた。
それを見ていた保安官は、父親の手からサイラスを奪い取り、びりっと自身の服をさいてサイラスの目を隠すように巻いて縛った。
「なんてこった……こいつぁ、人間じゃねぇ、魔物だ……」
◆
その後、保安官によってがんじがらめに縛られ、牢屋に何日も入れられ、飲まず食わずのひどい扱いの日々を過ごしたあと――サイラスの身柄は、魔術師たちに引き取られた。
「おお、おお、可哀そうに。こんなに痩せて、傷だらけで」
そのあと、サザフィールドに引き取られ、森の塔でしばらく一緒に過ごしたのち――サイラスは初めて、自分の正体と、置かれている状況を知ったのだった。
「よいかな。君は確かに人間ではない。人間なら、何日間も飲まず食わずではまず死ぬ。けれど君は生きていた」
サザフィールドは、サイラスをじっと見た。
「その容貌に、女の子に対して使った魔眼……君はおそらく、数百年以上前に滅びたとされる、淫魔とよばれる種族だろう」
「いん、ま?」
「そうだ。人間の性的エネルギーを糧とする種族だ。君の母君も、そして他の家族たちもおそらく、短命――つまり若くして死んだのではないかね?」
サイラスは少し考えたあと、うなずいた。
「はい。母は子供の僕をのこして、死にました。他に家族はいませんでした」
「そうだろう。ずうっと昔、淫魔は人間に交じって暮らし、そうしてエネルギーを得て種を存続させていた。けれど淫魔は人間によって迫害され――森へと逃げ込んだ。そうすれば、人間に迫害されることはないが、人間のエネルギーも吸えなくなる。ゆえに、繁殖はできても、皆長生きはできなかったのだろう。君の母君が若くして亡くなった理由も、きっとそういうことだ」
「あの子に……僕は、そのエネルギーを、求めてしまったのですか?」
古びた本をめくりながら、サザフィールドはつぶやいた。
「魔眼の発動年齢には個人差がある……とある。おそらく別れたくなくて、とっさにひきとめるため、君は魔眼を発動させてしまったのだろう。そしてその魔力は、子供には強すぎて、女の子は倒れてしまった……」
「あの子はあのあとどうなったか知っていますか。僕のせいで……」
すると安心させるようにサザフィールドはうなずいた。
「それは大丈夫だ。農家の娘はあのあとの数日後に目覚めて、命に別条はなかったそうだ」
「よかった……」
サイラスは両肩を抱いてつぶやいた。彼女と離れたくないばかりに、見境なく彼女を傷つけてしまった自分の力がおぞましかった。
「僕はもう二度と……この力を使わないようにしたいです。いっそ、いっそ……森に戻ったほうが」
しかしサザフィールドは首を振った。
「そう早まるな。君も第二次性徴を迎えれば、性エネルギーを身体が求めるようになるのだろう。森に戻れば、それを得ることがかなわず、母君のように亡くなることになるだろう」
「……いいです、そうなっても。だって淫魔は……人間に害をなすんだから」
彼女を傷つけた上に、失った。そして、害獣だと酷い扱いを受けた。
――またあんな目にあうくらいなら。
「まてまて。かつては吸血鬼も獣人も、人間に害をなすと言われておった。けれど今は、平気で一緒に暮らしておる」
「……どうして、そんなことが?」
サザフィールドはウインクした。
「魔術の力を借りてな。衝動は抑え込めるし、血も肉も、魔術によって代替品が作られている。だから君も――そう悲観することはない。私と一緒に、人と共に生きる道を探していこう」
――そう言われて、サイラスはサザフィールドの手ほどきのもと、魔術を習い始めたのだった。サザフィールドの教えに従って、サイラスは砂が水を吸うように魔術を覚えて行った。
第二次性徴を迎えるころには、もう今の薬の原型を作り、衝動を抑えていた。
サザフィールドの立場が重くなって、彼が気楽な放浪の魔術師でなくなり、森の塔を出ていってからも、サイラスはひとりで様々な薬を研究、開発していった。その成果とサザフィールドの口利きから、魔術師の免状を得た。
そしてサザフィールドに強く乞われ、彼が院長を務める国立治療院までやってきたのだった。
本当は嫌だった。サザフィールド以外の人間とかかわるのはごめんだった。
けど、心のどこかで、ほんの少しだけ、期待をしてもいた。
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