エリート魔術師様に嫌われてると思ったら、好き避けされてるだけでした!

小達出みかん

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わるい魔物なんかじゃありません

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イリスとサザフィールドは、学会発表の行われる壇上のはるか上、スポットライトに囲まれた天井部分の非常階段に隠れ、最終チェックを行っていた。
 ここからは、会場の一部始終が見渡せた。

「私が呼んだ報道陣は――位置についているかな?」

 イリスはちらりと会場後方の報道陣たちを確認した。彼らには目印に、緑の腕章を渡していた。

「はい、緑の腕章が、1,2……8つもある! 院長、だいぶ呼んでくれたんですね」

 サザフィールドはやや含みのある笑いを浮かべた。

「ま、長年いろんな場所を渡り歩いたからね。横のつながりだけはあるのさ」

 来ている新聞記者やカメラマンのほとんどに、院長の息がかかっているといってよかった。

「心強いです。それから、カレンデュラさんがやとってくれたボディガードも……」

「皆来てくれているようだな。会場のスタッフや研修魔術師に変装して、さりげなく……この舞台袖にも、会場にも――うん、大丈夫だ、皆位置についてくれてる」

「で、ロディやカレンデュラさん本人は、会場の外の車で待機。ミリアムの合図で壇上へ――ですね」

 そこまで確認して、ふぅ、とイリスは気合を入れた。

「よし、ここからですね。スノウ先生のために、がんばらないと」

 その時、学会が始まった。スポットライトが絞られて、論文の発表者が次々と登壇する。
 2人は息をつめて、その発表を見守ったが――トリとなったレミングスがしたり顔で、聞いたことのある研究をわが物顔で発表しているのを目の当たりにし、さすがに顔を見合わせて言葉を交わした。

「院長、あれって……」

「ああ。名前は変えているが、サイラスの『ユーフォリア』と『シールドハーツ』だ……」

 イリスはぎりっと唇をかんだ。

「許せない……院長や私がいない間に、スノウ先生の研究まで横取って……!」

 レミングスが得意げに発表をしめくくり、パラパラと拍手がおこった。

「よし、私の出番がきたようだ。それではラシエル君、あとは打合せどおりに」

「はい、院長」

 サザフィールドはあらかじめ用意しておいた拡声器を手に、壇上へと堂々と降り立った。

「実に素晴らしい発表だったよ、レミングス君」

 するとレミングスは一歩下がった。

「なっ……サザフィールド……! なぜここに」

「学会のやり直しを行うのなら、我々の会見をするのにも、ちょうどいいかと思ってね。さ、壇上を開けてくれたまえ」

 まるでもとからの進行にあったかのようににこやかに、サザフィールドはレミングスに声をかけた。
 しかしレミングスは一瞬慌てた顔をしたものの、すぐに胸を張って立ちはだかった。

「いいえ。あなたはすでに更迭され、魔術師資格も一時取り上げとされた身。この壇上に上がる資格はありませんよ」

「そうかな? 資格がなければ発表してはいけないという決まりはないし、第一私は、自分の研究を発表しにきたわけではなく、説明しにきたのだ」

 サザフィールドは前を向き、皆に向かって言った。

「私の弟子、サイラス・スノウの出自と、私がそれを公表しなかったわけについて。そして、彼が拘束された事件の真相について」

 会場がざわっとうるさくなり、シャッターの切られる音がした。レミングスは慌てたのか、聴衆に向かって怒鳴った。

「おい、勝手に写真を撮るな! それに、あなたも今すぐお引き取りいただこう!」

 レミングスが目くばせすると、屈強な男たちが袖から出てきた。スーツに身を包み、ゼス家の紋章を身に着けている。レミングス直属の警備のようだった。

「さあ、サザフィールド氏を丁重に、元居た場所へ」

 しかし、警備がサザフィールドに触れようとしたその瞬間、屈強な犬獣人がレミングスの前に立ちはだかった。

「なっ……!」 

 レミングスは色を失った。が、警備とボディガードはそれぞれ引いた。

「お、おい、こら、何をしている! 連れていけ!」

 レミングスは焦って命令するが、逆にサザフィールドは、落ち着き払ってレミングスをなだめた。

「おやおや、そんな警戒せずとも。我々は誰も傷つけるつもりなどない。ただ話をしにきただけだ」

 レミングスはぐっと詰まったが、さらに警備をせっついた。

「かまうな! 早くこいつらを摘まみだせ!」

「……しかし坊ちゃま、犬獣人は厄介です。それに、あちらは攻撃の意図がありません。なのに攻撃してしまっては、こちらが非があることになってしまいます」

 押し問答している彼らを無視し、サザフィールドは壇上に上がって説明を始めた。

「まず――この間の騒ぎで、学会を台無しにしてしまったことを、申し訳なく思っているので謝罪したい。そのうえで、サイラス・スノウについてだが――」

 聴衆も、報道陣も、そしてレミングスすら、その言葉の続きを待つのに黙った。

「彼は確かに、『淫魔』であると推定される。しかし断言しよう。彼が人を襲ったことは、ない。獣人たちと同じように、人間とは違う肉体のリズムを持ってはいるが、それだけのこと。彼はそのリズムすら、薬で管理しているので、人の害になりようがない。ゆえに、わざわざ言って回らなかっただけの話だ」

 学会は一瞬静まり返ったが――次の瞬間、再びざわざわとし始めた。
 一番にくってかかってきたのは、レミングスだった。

「何を根拠に! それなら、16年前の事件はどう説明するんだ! 少女は襲われて倒れたんだぞ!」

 サザフィールドは首を振った。

「あれは、襲おうとしたわけではなく、スノウが意図せず魔力を使ってしまっただけのこと。子供でしかも魔力に免疫のなかった相手は一時的に意識を失ったが、無事に目覚め、何の影響もなくその後も暮らしている。たった一度の子供の事故に目くじらを立て、その後一生の罪のように言い立てるのは、どう考えても理不尽だと思うが」

「だ、だが……っ、だからといって、あなたが魔物をかくまっていたことに代わりはない! そのことについては、どう申し開きするんですか!」

 しかしサザフィールドは落ち着き払っていた。

「ああ、そうだ。私は彼を自分の弟子にした。彼には魔術の才があったことと――私の目には、彼はただ、親もなく、頼るべき存在もない孤児にしか見えなかったからだ。種族は違えど、同じ魂があると感じたから、保護をした。そこに一切の後悔はないし、責められるいわれはない」

サザフィールドは演説を始めた。

「いわゆる『淫魔』は過去に人間の迫害を受けて滅んだとされており、信頼のおける資料もほとんど残ってはいない。人を襲うとされているが、サイラスは今まで見境なく人を襲ったことなどないし、治療院に勤めてからは目覚ましい研究成果を出している。どうか大昔の頼りない伝承などではなく、目の前の事実を見て判断していただきたい」

 そこで、サザフィールドは舞台袖に合図を送った。

 するとミリアムと共に、カレンデュラをはじめとする患者たちが列をなして壇上に上がった。

「なっ……この場に患者を連れてくるなんて……ッ!」

 レミングスは焦って後ずさったが、カレンデュラは意に介さずサザフィールドから拡声器を受け取り、それを欲しがるロディへと渡した。

「ま、待てッ……」

 レミングスは拡声器を奪おうとしたが、犬獣人のボディガードに阻止された。

「みなさん、こんにちは! 僕はロディと言います。スノウ先生の『ばいおぷろてくたー』の薬を飲んで治った、患者だいいちごうです」

 子供らしい、ものおじしない声で、ロディは続けた。

「先生の薬のおかげで、僕の病気は治って、またお父さんとお母さんのもとに戻ることができました。先生はあまりしゃべらないから、最初はおっかない人かと思いました。でも最後に退院するとき『きみじしんが頑張ったから病気が治ったんだ』と言ってくれました。先生はとてもいい人です。わるい魔物なんかじゃありません」

 次々と患者たちは、自分の薬のこと、そしてサイラスとの入院生活について話した。
 そして最後に拡声器は、カレンデュラへと戻った。

「最後に。私の心臓病は、獣人特有のもので、長らく治療困難とされてきた難病でした。私はもう治らないものと思って、病室が終の棲家になるのだろうと覚悟を決めていました。ですがスノウ先生には、どの魔術師も匙を投げた私の病気に根気よく付き合っていただき――今、私の病状は、信じられないことに快方に向かっています。すべて先生のおかげです」

 カレンデュラは、はっきりと意思のこもった声で一声一声を発した。

「私たち患者は、スノウ先生の一日も早い復帰を願っています。なぜならそれが私たちが生きながらえることに直結するからです。もしこの願いが聞き入れられない場合は、弁護士を立て、徹底的に先生復職に向けて戦う所存です」

 おだやかな普段からは想像もつかないその姿は――カレンデュラの往時の姿を彷彿とさせた。
 その姿に、色を失ったレミングスは、たじたじとなりながらも、院長に抗弁を試みた。

「だ、だが、サイラス・スノウは、部下の女性職員と不適切な関係に……ッ!」
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