エリート魔術師様に嫌われてると思ったら、好き避けされてるだけでした!

小達出みかん

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来ないでください

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 その時、サザフィールドはふっと上を見た。

(あっ、私の出番だ!)

「目があったイリスは、天井すれすれから、壇上へと駆け下りた。

「……!!」

 イリスの姿を目にしたレミングスは、今度こそ後ずさった。
 イリスは堂々としたしぐさで、カレンデュラから拡声器を受け取った。

「ご紹介にあずかりました、私がその部下の『女性職員』イリス・ラシエルです。一職員のプライベートを公式の場で発表するのは気が進みませんが、誤解を解くために、言わせていただきます」

 すーっ、とイリスは息を吸い込んだ。
 これからかなりの嘘をつくことになるが、これはサイラスを救うためである。いたしかたない。

「私と『サイラス』は、お互い独身で、真剣に交際しております。決して、不適切な関係の類ではございません! このたび、勝手な憶測で私たちの関係を貶められた上に、仕事も脅されるような形で休職扱いにされ、非常に迷惑をこうむりました!」

 壇上で言い放つと、さすがのレミングスも脅しつけることもできず、ヤニ下がった声で言った。

「そ、それは誤解だ、ラシエル君。ぼ、僕は君の事を心配して……」
「これでもですか」

 ラシエルはポケットからくしゃくしゃの伝言メモを取り出して、拡声器にかざした。

『――私はたしかに、真実を誇張して話した。けれどね、サイラスを目障りに思っていた者からしたら、そんなこと、誰が気にする? たとえ嘘がまざっていても、彼を陥れる情報に嬉々として飛びつくだろうさ』

『院長を除く、治療院の男はほとんどね、あのスノウを忌々しく思っていたよ。僕も正直――あのスカした顔を、メスで切り裂いて、二目と見れない顔にしてやりたいと常々思っていたよ』

『もし君が――僕に泣きついてくるのなら、休職中の生活の面倒は見てあげるし、ゼス財団の力で、スノウへの――処分の軽減を願ってあげてもいいよ?』

『さぁどうする? スノウを助けたければ……わかるね?』

 レミングスの脅し文句の数々が、会場へと大音響で流れた。

「あ……ち、ちが、違う! それは僕じゃない! 捏造だっ……!」

 イリスは冷徹に言った。

「これは高性能の伝言メモです。録音した日付、時間、すべて記録されていますし、手を加えていればそれも記録に残ります。疑うのならどうぞ調べてください」

 そこへ院長がずいと踏み込んだ。

「それに、レミングス君――君が先ほど発表した論文についてだが」
 壇上に置きっぱなしになっているレポートを、サザフィールドはばさっと取り上げて掲げた。

「このどちらの薬も、スノウが研究・開発を行っていたものだ。君はこの研究をどこで手に入れたんだね?」

「ち、ちがいます!……自分で考えたものです……!」

 及び腰で逃げようとするレミングスの腕を、サザフィールドはがっちり掴んだ。

「ほう、そうか。それならなぜ、そのレポートの内容と寸分たがわないサイラスの研究論文が、私の自宅に預けられているのだろう? さらに研究所のラボには、サイラス・スノウの名札で、すでに試作された薬まであるのだろうな?」

「そ、それは……!」

 サザフィールドは、じっとレミングスの目をのぞき込んで言った。

「君が、私がサイラスをかくまっていた責任を取れというから、私はこうして理由を公表した。だから君にも、これから君のしたことの責任をきっちり取ってもらうぞ。覚悟したまえ」

 ひええ、とかうわぁ、とかよくわからない声を上げて、レミングスはへたり込んだ。
 パシャッパシャッと、その情けない姿に、カメラのフラッシュが浴びせられていた。





 その次の日。ゼス財団の息子の不祥事は新聞に載り、全国に知れ渡った。
 それを見計らって、イリスとサザフィールドは、魔術師協会の本部へとカチコミ――もとい、サイラスを取り返しに赴いた。

 協会幹部たちにサイラスの解放をかけあうと、あれこれ話すまでもなく、彼らはイリスたちにサイラスの閉じ込められている部屋番号と、鍵を渡した。

 ――いやにあっさりして、イリスは拍子抜けした。
 しかも幹部たちは皆和やかな笑顔で、サザフィールドを労いさえしていた。

「今回のことは災難だったな、サザフィールド」

 サザフィールドは苦笑した。

「いえ。これでゼス副会長も墓穴を掘りましたな。今日はいらっしゃらないようですが」

 今頃息子の不始末の火消しに奔走しているんでしょうね――というサザフィールドの肩を、老魔術師がたたいた。

「いやはや……最近彼は、金にあかせて自分本位なことをしすぎた。自分の息子を無理矢理院長の座に挿げ替えるとは。けれどゼス財団の力も大きくて、我々もおいそれと動けなくてね」

 サザフィールドはうなずいた。

「そうでしょうとも。幹部の皆様が動けば、大きな争いに発展しますからね」

「そうなのじゃよ。そこで我々一同、君の働きに期待を寄せていたというわけだ。悪かったのう」

 サザフィールドは肩をすくめた。

「いえ、承知の上でした。私が本部から解放された情報が、レミングス側にはいっていなかったようだったので、皆さまが手をまわしてくれたのだとわかっていましたよ」

「その通り。情報制限くらいなら、朝飯前だからのう」

「よくやったぞサザフィールド」

 老人たちの言葉に、サザフィールドは慇懃に頭を下げた。

「もったいないお言葉で」

「そなたの更迭は取り消しじゃ」

 ほめられまでして、院長へと帰り咲いたサザフィールドとイリスは幹部室を後にした。

「皆なんか、嬉しそうでしたね」

 サザフィールドは肩をすくめた。

「レミングスのおやじさんも、彼にそっくりのぞくぶ――いや、権力志向の男でね。息子よりは賢いが、それゆえにかえって敵が多かったのだよ。私もサイラスもていよく、幹部の皆さんに、彼をつぶすのに使われたわけだ」

「はぁ……院長も大変ですねぇ」 

 いろいろと、本部内でも政治があるのだ。

「そうなんだよねぇ。できれば一生、みんなのいる現場にいたいものだよ」

 首を振りながら、二人はサイラスの元へと向かった。






 ――もう何日閉じ込められているのか。数えるのもやめたので、わからない。

(……いつになったら、私は解剖されるんだろうか)

 できれば、次の発情期が来て見苦しい姿をさらす前に、研究に使ってほしいのだが。
 そんなことを思いながら、サイラスの頭に浮かぶのは、いつもイリスのことだった。

(……私にかかわったせいで、彼女をひどい目に合わせた)

 その後悔は、消えることはなかった。

(かかわるべきじゃなかった。自制すべき、だったんだ……)

 自分が実験でミンチにされると思っても不思議と冷静でいられたが、彼女のことを思うと、感情は乱れた。

(レミングスの言う通りだった)

 彼女は、自分には分不相応な相手だった。
 高嶺の花――わかっていたのだ。そう、十分にわかっていた。だが。

(それでも……手をのばしてしまった。だって……)

 最初は夢かと思ったのだ。発情期の自分の目の前に、彼女が現れるなんて。そんな都合がいいことがあるわけがない。
 だから、夢だと思って、彼女に手を伸ばした。

(それが、間違いだった……)

 自分があそこで彼女に触れてしまったせいで。因果が積もって、こんな事になってしまった。

(森から出るべきではなかった。私は一生、誰もとも触れ合ってはいけなかったんだ……)

 あの女の子に、してしまったように。自分の執着のせいで、イリスは被害を被った。

(レミングスは、たしかに私を嵌めた。けれど私もまた――無実ではない)

 イリスを襲い、半ば脅すような形で、その体を提供させたのだから。
 忌々しく、サイラスは自分の自由にならない両手を見た。

(イリスは優しいから、表面上は嫌がるそぶりもみせずに受け入れてくれた。私はそれにつけいって、何度も。何度も――)

 会えば会うほど、イリスに対する気持ちは募っていった。最初から好きだったが、自分でも歯止めがきかないほどに、どんどん執着していくようになった。

(私の――淫魔のこの執着。どうしようもなく、相手を求める気持ち。なんておぞましいんだろう)

 イリスにとっては、きっとサイラスの執着は迷惑でしかないのに。
 それがわかっていて――こんなことになってなお、サイラスの心は、まだイリスを求めていた。

(やっぱり私は――人の社会で生きていていい存在ではないんだ)

 サイラスはつくづくそう思った。

(これ以上、イリスや院長に迷惑をかける前にも――)

 解剖でもなんでもされて、社会貢献したい。
 心からそう思った。
 そう思いきると――胸の中には、楽しかった思い出だけが去来した。

(ああ……あの時は、なんて幸せな時間だったんだろう)
 イリスと一緒に過ごした時は短かったが、その夜はすべて、サイラスの身体だけではなく、心も満たしてくれた。
 自分はこのために生まれてきたのだ、と胸の奥底から感じられた。

(そうだ――私はたしかに、満たされていた)

 間違ったことだったが、たしかにあの時間、サイラスは幸福だったのだ。

(だからもう、思い残すことはない)

「すみません、院長」

 サイラスがひとり、そうつぶやいた時だった。

「スノウ先生!!!」

 ギィバタン、と騒々しくドアが開いて、イリスが飛び込んできた。

「………は……え?」

 はいつくばったまま、サイラスはその姿を見て、目を疑った。

「な……んで」

「先生、時間がかかってごめんなさい、迎えにきました!」

 ありえない、こんなところにイリスが来るなんて。
 そう思ったサイラスは、じりじりと彼女から後ずさろうとした。

(そうだ、きっと夢だ。また夢を見てるんだ……)

 前、夢だと思って手をのばして、大変な目にあったじゃないか。 
 そう思ったサイラスはとっさに叫んだ。

「来ないで……来ないでください!」
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