エリート魔術師様に嫌われてると思ったら、好き避けされてるだけでした!

小達出みかん

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そんなことを思っていたなんて

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 夢なら、たのむから消えてくれ。その一心で、サイラスは目の前の幻から身を守るように、顔を床に伏せた。

「スノウ先生――」

 彼女の手が、そっと肩に触れるのを感じた。

「ひどい……こんなところにずっと閉じ込められてたなんて。早く出ましょう」

 夢だ。そんな都合のいい事が起こるはずがない。サイラスはかたくなに拒んだ。

「いいえ、出ません。お願いです、消えてください」

「せ、先生……」

 彼女の声が若干揺れる。傷ついたような声にサイラスの心も揺れたが、だからと言って譲れない。

「……これは夢、夢なんだ……」

 自分自身に必死に言い聞かせていたその時、ふいにぎゅっと上から抱きつかれる感触を感じた。
 ぐっ、と上から体重をかけられる感覚に、サイラスははっとした。
 まぎれもなく、それは現実的な重みだった。

「先生、夢じゃないですよ。だって重たいでしょう、私」

 彼女がすっと上からどいたので、やっとサイラスは床から顔を上げた。

「あ……うご、ける」

 身体中を戒めていた魔術符の効果が、溶けていた。

「はい。スノウ先生はもうここから出れます。院長と私、それに治療院のメンバーや患者さんたちで、先生を解放して復職させるように、活動したんです」

「か、活動……?」

 サイラスが呆然と聞き返すと、外で様子を見守っていたサザフィールドが入ってきた。

「そう。レジスタンス活動だ。久々に切った張ったをやって、ちょっと楽しかったぞ」

 するとサイラスは必死でイリスを見上げた。

「一体何を……き、危険はなかったですか、無事ですか」

 するとイリスはにっこり微笑んだ。

「はい! レミングス先生――というかゼス財団会長をやっつけて、私たちの関係の誤解も解けましたし、あのセクハラパワハラ野郎も職を追われましたし、いいことだらけでしたよ!」

 院長とイリスは、行ったことをかいつまんで説明した。
 カレンデュラの助けで、ひとまず院長は早々に解放されたこと。それから皆で協力して、学会で会見を開き、すべての説明を行ったこと。

「悪意ある嘘を拡散し、お前の論文を盗んだレミングスは、今は雲隠れした。魔術師免許はく奪あたりが妥当だろうが、もう恥ずかしくてどの施設にも顔を出せないだろうよ。ただ――」

 サザフィールドは少し顔を曇らせた。

「お前に一切の危険がないことは説明したが、それでも出自を公表させてもらった。今までと同じようにはいかないだろうが……」

 サイラスはそれを遮った。

「私に一切の危険がないというのは、さすがに誇張です。現に私はラシエルさんを――」

 しかしイリスは、さらにそれを遮った。

「その、先生……さすがに私たちの関係を赤裸々に説明することはためらわれたので」

 えへん、とイリスは咳払いし、若干気まずい気持ちでカミングアウトした。

「すみません、私と先生は最初から真剣に交際していた、と皆には説明させてもらいました」

 サイラスはひゅっと息をのんだ――そして、首を垂れた。

「……すみません。また貴女に……そんな負担を強いて、嘘を、つかせて……」

 彼は消え入りそうな声で言った。

「どう……申し開きをすれば……」

 するとイリスは、ふぅぅ、と息をついたあと、少し力の入った目で言った。

「あの……先生。聞きたいのですが……先生はもしかして、私が今までずーっと、いやいや先生に付き合っていた……と、思っていますか」

「え……それは……いやいや、というか……あなたの優しさに付け込んでいると……そう思っていますが」

 再びうつむくと、イリスはじっとサイラスをのぞき込んだ。

「あの! それは、ちがいます!」

 どう違うんだろう。本当は反吐を吐くほど嫌だった、とかだろうか――。
 そう思っていると、イリスは若干顔を赤くしながら言い切った。

「本当に嫌な相手なら――月いちでそんなことするなんて、いくら患者さんのためでも、自分から提案しません!! 他の方法で引き止めることを考えますよ!」

「え……?」

 訳が分からないサイラスは、半信半疑で問うた。

「ではあなたは――最初どんな気持ちで、私を受け入れてくれたのですか? 教えてください。魔眼で無理矢理抵抗を奪われて私に襲われて、嫌ではなかったのですか」

 するとイリスは、つっかえながらも答えた。

「び……びっくりはしましたけど、私は魅了にかかっただけじゃなくて、自分の意思で……ちゃんと決めて、ああなったんです。だって、先生はすごい人で、尊敬、してましたから……役に立てれば、と」

 そしてさらに、イリスはひねり出すように、そしてサイラスを若干にらむようにして言った。

「それに……あ、あんなこと、言われて、されたら……どんな女子でも、先生のこと、好きになっちゃう、と、思います……」

 サイラスは信じられない想いでイリスに聞き返した。

「は? す、すき……? あんなこと…とは……?」

 イリスは目をぎゅっとつぶってまくしたてるように言った。

「わ……私の好きなものとか、知っててくれたり。すごく、身体を気遣ってくれたりっ……それに、それに……ッ」

 なぜか悔しそうに彼女は言った。

「普段は冷たくて事務的なのに、二人の時だけあんな……あんな甘い言葉を……かけてくるなんて……。それで翻弄されちゃって、いろいろ考え込みました。先生は仕方なくそうしてくれてるんだ、本気にしちゃダメだって。でもそう思っている時点でもう……」

 ふーっ、と彼女は息をついた。

「つまりその、私が言いたいのは、先生は無理矢理私を襲ったわけじゃないってことです。私も……先生が好きで、一緒に、いたんです。だから」

 イリスはサイラスの手をおもむろに握った。

「自分のこと、自制心がないとか危険な生き物だとか、思わないでください。先生は普通です。なんならレミングスみたいな人間より、よっぽど紳士的で誠実です」

 そして、申し訳なさそうに言った。

「ごめんなさい。私がこのこと、もっと早く言っていればよかった。そしたらこんなにこじれなかったのに……」

 イリスがふと、まなざしを上げた。二人の視線がぶつかる。

「付き合ってる、って勝手に公表してしまったのですが……先生は、実際のところ、私をどう思っていますか」

 鮮やかな緑の目に、自分の戸惑う顔が映っているのが見えて、サイラスはとまどった。

「わ、私が? あなたを……?」

「はい。先生こそ、たまたまあの時現れた私を、発情期だから仕方なく抱いたんじゃないかって――私はそう思っていたんですが、」

 カレンデュラさんが……と言いかけるイリスの言葉を、サイラスはさえぎっていた。

「何を言うんですか――そんなわけ、ないじゃないですか」

「そうなんですか?」

 見上げてくるイリスの目が、すがるように必死で――
 サイラスは初めて思い当たった。
 もしかしてイリスも、自分と同じように不安な気持ちでいたのではないかと。

「そんなわけないです――私はずっと、最初に駅であなたにあった時から、あなたが好きでした」

「えっ⁉ ど、どうして」

「あなたが……あの時私に『ついてきて』と言ってくれたからです」

 すると今度はイリスが戸惑う顔になった。

「それは……たまたまあの時私が道案内したからって、そういうことですか?」

「そうです」

「お、怒ってたんじゃないんですか? 私に患者さんと間違われて……それならなんで、最初……あんなに冷たかったんですか……?」

 サイラスは唇をかんだ。

「私にとって、あの時助けてもらったことは、特別な意味を持っていたんです。でも、だからこそ、私は、私は……」

 堰を切ったように、サイラスから言葉があふれだした。

「あなたが私の棟にくるたび、本当はどんなに……嬉しかったか。でも、私があなたを好きになるなんて、許されないことです。また、誰かを傷つけてしまったらと思うと……」

 サイラスはいったん言葉につまったが、無理矢理言葉を絞り出した。
 どんなに情けなくとも、もはや、隠していた気持ちすべてを彼女の前にさらすべきなのだ。いや――さらしてしまいたい。

「だから、あなたを嫌いになれるように、無駄な努力をしました。あなたが優しくなんてない、本当は冷たい嫌な人間だったらいいのにとあらさがしをしながら……でも」

 サイラスは苦笑してイリスを見た。

「見ればみるほど、一緒にいればいるほど、あなたは誰にでも優しくて、いつも笑顔で……たまらないほど可愛らしくて。
 あなたを見ていると、どんどん苦しくなりました。だって皆に平等なあなたですから。私に対する態度だって、その他大勢の一人でしかないのだと、いつも思い知らされました」

 サイラスはうつむいて、感情を吐露した。

「――嫌いになりたかった。あなたのことなんて好きじゃないと、毎日思い込もうとしていました。でもそんなことを思っているときに限って、あなたは私の前でちょっとした失敗をして、胸の奥がぎゅっと痛くなるような隙を見せてくるんです。それで……」

 はぁ、とサイラスは熱くて重たい溜め息をついた。

「やっぱりあなたが好きなのを、やめられなくて」

 そして、じっと上目遣いでイリスを見た。

「そんな男が発情しているときに、あなたが目の前に現れた――。都合の良い夢を見ていると思うほうが、普通だと思いませんか」

 するとイリスは、困ったような泣きそうなような――でもかろうじて笑っているような、そんな表情を浮かべていた。

「うそ……先生がそんなこと、思ってたなんて……ずっと、嫌われてたんだと思ってた……」

 へはは、とイリスがへにゃけた笑いを浮かべた。

「わ、私たちずっと、お互いそんなこと思いながら、月一で会い続けてたなんて……あは」

 その笑いは、サイラスの肩の力がすべて抜けるほど、可愛らしくて。
 ――今まであったことも忘れて、サイラスもなんだか笑ってしまった。
 あははは……と笑っていると、ふとドアからサザフィールドが顔をのぞかせた。

「おーい、もう終わった? さっさと出ようよこんなとこ」

 それもそうだ。はっと我に返った二人は、手をつないでぱたぱたとドアまで走っていった。
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