エリート魔術師様に嫌われてると思ったら、好き避けされてるだけでした!

小達出みかん

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冷たくて甘い時間

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国立治療院に、日常が戻ってきた。
 サザフィールドは院長として再就任し、サイラスは西棟で業務を行う。

 二人がかえってきて、患者たちをはじめ、助手や主任もほっと胸をなでおろした感じがあった。
 サイラスの本性は公になってしまったが、皆普段のサイラスを知っているので、皆とくに批判することもなく、受け入れていた。

 そんな中、一つだけ、変わった事と言えば――

「あらためて、よかったねイリス。ちゃんと誤解が解けて、正式なお付き合いも始まって」

 金曜日の帰り道、イリスとミリアムは久々にカフェミニュイでディナーメニューを平らげながらおしゃべりに興じた。

「うん……なんか、皆に大々的に公表した感じになっちゃって、ちょっと恥ずかしいけれど」

 イリスが苦笑しながら言うと、ミリアムは気楽に励ました。

「職場恋愛なんて、ばれればそんなもんでしょう。まぁ、イリスの場合は壇上で発表したわけだから、それより規模は大きいけど……」

 それから、ふと思い出したようにミリアムは言った。

「新聞にまでのっちゃったものね。なぜかフィズが、私のほうに連絡よこしてきたわよ。治療院やイリスは平気かって」

「え、そうなの? ごめんね」

「ううん、イリスは無事だし、治療院も元に戻ったって報告しといたよ」  

 なぜミリアムにわざわざ聞いたのだろうか――。イリスは疑問に思ったが、彼なりの気遣いかもしれない、と思い直した。

「ありがとうね」

 あの後、サザフィールドが言っていた通り、レミングスは魔術師免許をはく奪され、父親は魔術師協会の副会長の座を自ら降りた。

「でも、学会でちゃんとレミングスをやっつけてよかったよ。おかげで治療院が平和になったし」

 処分を受けても、ゼス財団の巨大な富による力がなくなるわけではないが、とりあえず、治療院から追い出すことはできたのだ。

「そうだね。あの人がいなくなったおかげで、患者さんの感じるストレスは減るだろうし」

 イリスがうなずくと、ミリアムはうんうん、とうなずいた。

「ほんと、うちら頑張ったよ。特別手当もらっていいくらいよね!」

 その要求っぷりに、イリスはくすりと笑いながら言った。

「代わりに、明日から特別休暇、もらったじゃない」

 イリスもミリアムも、使う暇がなかった有休がたくさんあったのだが――このたびサザフィールドから、夏中にある程度消化しなさい、との命が下った。

「いろいろあったから、夏休みに羽を伸ばしなさい――ってことよね。あーあ、明日からどうしようかな。イリスは?」

 イリスはちょっとはにかみながら答えた。

「ちょっと海に行ってみようかなーって」

 その答えに、ははーんとミリアムは笑った。

「デートね! いいじゃないのー。このこの」

 からかいを受けながらも、イリスはちょっと真剣な面持ちで言った。

「うん、そう。初めてのデートなんだよね……」

 恋人になってから、初めての。イリスは緊張しつつも、楽しみさが抑えきれなくて、ミリアムに笑われてしまった。

「楽しんできなさいよ!」




 ――土曜日の午前10時ぴったりに、イリスの部屋のベルが鳴った。

(先生だ!)

 朝早く起きて、メイクだの服装だの準備しきっていたイリスは、ぱっと立ち上がってトランクを手にドアから出た。

「おはようございます、イリス」

 ドアの前には、夏っぽい服装をしたサイラスが立っていた。いつものように白衣にネクタイではなく、ざっくりしたの白シャツに、淡い色のパンツを身に着けていた。

(わ……)

 イリスはその姿に、ちょっと目を奪われた。
 目の前のサイラスは、国立治療院のすごい魔術師、『スノウ先生』ではなく、若々しい一人の青年、という感じがした。

(そういえば、先生って――私とそう、年が変わらなかったんだっけ)

 同じ20代同士なのだ。数少ない二人の共通点を見つけた気がして、なんだかイリスは嬉しくなった。

「おはようございます、先生。車、ありがとうございます」

「いいえ。準備はいいですか?」

 イリスがうなずくと、サイラスはイリスのカバンをもって車へ向かった。

「行きましょうか」

「はい!」

 車が走り出してしばらくして――サイラスは、ファイルをイリスに差し出した。

「あなたが好きそうな場所をピックアップしてみましたが――行きたいところはありますか」

 そのファイルの分厚さにびっくりしながらも、イリスは中を確認した。
 マップやガイドブックが複数冊入っており、どれもたくさん付箋がしてあった。

「わぁ、すごい。これ全部、調べてくれたんですか」

 イリスが純粋に驚いていると、サイラスは少し唇をかんで言った。

「……すみません。私は……その、こういったことは初めてで」

 イリスは微笑んだ。

「そうですよね。私たち、デートするの初めてですもん」

 するとサイラスはうなずいた。

「そうです。私は……こ、恋人と、こんな機会を持つのは、初めてで」

 ハンドルを握りながら、彼は一言一言、かみしめるように言った。

「だから、あなたに楽しんでほしくて……少しでも、良い時間にしたくて、その……いろいろ計画を立てたのですが、あなたの意見も聞かないといけないと思って。資料に目を通してもらえませんか」

 ――かなり、力んでるな。そう思ったイリスは、とりあえずファイルの中のガイドブックを一冊手に取った。

「いっぱい調べてもらって、ありがとうございます」

 ぱらぱらめくると、巨大なかき氷や新鮮なフルーツ、カラフルなアイスクリームなどのスイーツが目に入った。

「あ、このアイス美味しそうです」

「では、そのお店に行ってみますか」

「はい、食べてみたいです!」

 イリスが要望を言うと、サイラスは目に見えてほっとした顔をした。
 なので、イリスは正直に言った。

「でも、どうしてもそのアイスがいいってわけじゃありません」

「そ……うなのですか」

「こっちのかき氷でもいいし、フルーツだっていいし、別に……その辺のお店のアイスだっていいんです。だって、この旅行の一番の目的は……」

 イリスはサイラスを見上げた。ちょうど信号待ちで、サイラスは動揺した顔でイリスを見つめた。
 ――なんでも言葉通りに受け取る人だから。
 イリスは恥ずかしがるのもためらうのもやめて、はっきりと伝えた。

「先生と何か食べて、先生とずっと一緒に過ごすこと、なんですから。先生さえいれば、別にどこへ行ったって、何をしたって楽しいから、いいんです」

 するとサイラスは驚いたように目を見開いたあとーー信号を確認して、走り出した。
 無言であった。

「あ、あれ、大丈夫ですか?」

 サイラスはふぅと息をついた。その白い頬が、赤くなっていた。

「あ……あまり、そういうことは……運転中には言わないでください、事故ります」
 




 海辺のアイスクリーム屋さんのショーケースの中には、色とりどりのアイスが並んでいた。チョコレート、ラズベリー、ピスタチオ、ミルクにブルーベリー。

「わぁ、どれもおいしそうです」

 目移りしながら感動するイリスに、サイラスは微笑んだ。

「好きなだけ頼んでください」

 イリスは笑って首を振った。

「好きなだけだと、食べきる前に溶けちゃいますから……ここはダブルにしますっ」

 数分本気で悩んで、イリスは意を決して言った。

「よし、ストロベリーとミルクチョコレートにします。先生は?」

「え? 私ですか……」

 サイラスは少し戸惑った声を出した。

「そうか、甘いもの苦手でしたっけ」

「実は、苦手というほどでもないのですが」

 イリスのアドバイスで、サイラスは甘さの少なそうな、ピスタチオとレモンシャーベットを選んだ。
 パラソルの下で、冷たいアイスクリームを味わいながら、イリスはふと言った。

「先生、先生の好きな食べ物ってなんですか」

「なんですか、突然」

「私、先生の好きな味とか全然知らないなって思って。先生は知ってくれてるのに――。あっ、でも、よくお茶を飲んでいますね?」

 そう聞くと、少し迷いながらサイラスは言った。

「そうですね。お茶と水……をよく飲みます。食べ物の好みは正直、よくわからないです。極端に甘いとか苦いとかでなければ、なんでも」

「な、なるほど……」

 つまり食べ物に執着がないんだな、とちょっとうらやましく思っていると、彼は思い出したように微笑んだ。

「でも、あなたと食べた、レモンの味のドーナツは美味しかったです」

 そう言って、サイラスはスプーンでアイスをすくって口に運んだ。

「これは……ピスタチオ、ですか」

 その目がちょっと、見開かれている。

「そうですよ! ピスタチオアイス、美味しいですよね」

「……美味しいです。初めて食べましたが」

「本当ですか! 一つ、先生の好きな味がわかりましたねぇ」

 嬉し気に言うイリスを、サイラスはじっと見た。

「多分、あなたと一緒でなければ食べることはなかったでしょう。だから……ありがとうございます」

「それなら、これから一緒に、いろんなもの食べて……先生の好きな味、たくさん見つけていきましょう!」

 はにかむように、けれど嬉しそうに、サイラスは言った。 

「……きっとあなたと食べるなら、どんなものでも美味しいのでしょうね」

 柔らかな微笑みを含んだ、まっすぐな視線に、イリスの胸に、きゅんと甘いような痛いような感覚が走る。

「えへ……それなら、私のチョコとストロベリーも食べてみてください!」

 イリスとサイラスは、お互いのアイスをそれぞれ味見して――冷たくて甘いひと時を過ごした。
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