エリート魔術師様に嫌われてると思ったら、好き避けされてるだけでした!

小達出みかん

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あなたを好きでしょうがない、ただの男です

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果物園やレストラン、土産物屋などをのんびり回って日が暮れたあと、サイラスは海辺に車を停めた。
 海の上の橋をわたるサイラスについていくと、その先に小さなヴィラがあった。

「海の上に建ってるお家みたい……綺麗」

 イリスが思わずつぶやくと、サイラスは安心したように微笑んだ。

「よかったです。海が好きと言っていたから、海に一番近そうなところを選んだんです」

 中に足を踏み入れると、板張りの広々とした部屋の向こうから、海風が吹き込んできた。

「わぁ、すっごい!」

 イリスは思わず部屋の窓に駆け寄った。海に向かって大きな窓が開いており、まるで海に浮いているような景色が広がっていたのだ。

「夜の海だ。星がきれい!」

 サイラスはイリスの横に並んで説明した。

「お風呂も景色がよさそうですよ。先に入ってはどうですか」

「えっ、そうなんですかー!?」

 イリスはわくわくと露天のバスルームに向かい、その景色を堪能しながら最高のお風呂につかった。

(今まででいちばん、いいお湯だな~♪)

 湯舟に浸かって見上げると、満点の星空が広がっているのだから。
 サイラスとこの景色を見たい気もするが……

(さすがにまだ、お風呂に呼ぶような仲でもないな……!)

 以前洗ってもらいはしたが。
 そうこう思いながら、イリスは早々に済ませて、サイラスに譲った。

「先生もどうぞ! すっごく綺麗でしたよ!」

「そうですか。では」

 サイラスの背を見送って、イリスはとりあえず、ベッドに座った。

(おお、ふかふかだ……)

 おいでおいで~、とそのふかふかに誘われた気がして、イリスは横になってみた。
 すると案の定、あくびが出た。

(今日けっこう歩きまわったもんね……もう寝ちゃいそう)

 目を閉じて、うとうとしかけたイリスだったが――はたと気が付く。

(待って、今日は恋人になってから初のお泊りデート)

 ――このまますやすや二人で寝ましょう、となるだろうか。

 イリスは眠気も吹き飛んで、ぎゅっと眉根を寄せて考えた。

(いやでも……先生、今日は発情期じゃないよね)

 『そうじゃないとき』は、先生はどうしたいんだろうか。

(もしかして――なし、かな)

 そう思うと、なんだか寂しい気がしてきて、イリスは両肩を抱きしめて彼を待った。

(恋人になって初めて、の一緒にすごす夜だけど……そっかぁ……その可能性もあるなぁ……)

 イリスが考え込んでいると、キュッとシャワーの栓をしめる音がして、サイラスが出てきた。
 サイラスは、横になっているイリスの隣にそっと腰かけた。

「………(ぐぬぬ)」 

 イリスは起き上がる機会をいつしてしまって、謎に狸寝入りをしていた。
 すると、ふと、頬にかかった髪を、優しく梳く指の感触がした。

「……イリス」

 とてもやさしい声で名前を呼ばれて、イリスは思わず目をあけた。

「あっ……起こしてしまいましたか、すみません」

 彼がやけどしたように手をひっこめたので、イリスは起き上がった。

「いいえ、起きていました。えへ」

 夜だし、灯りも少ないしで――イリスは恥ずかしいさをいったん捨てて、素直になってみた。

「先生に撫でられるの――優しいから、好きです」

 するとサイラスはちょっと動きを止めたあと、今度はかけ布をまくってイリスの膝にかけた。

「疲れたでしょう。今日は寝ましょう」

 そう言われて、イリスはちょっと言葉に詰まった。

「あ……えっと、あの、先生も、疲れましたか」

「いえ、楽しかったですよ」

「わ、私も楽しかったです。とっても……先生と付き合って、初めてのデート……」

 ふいに、さきほどの頬へのふれあいが恋しくなって、イリスはサイラスに向かって手を伸ばした。

「その、あの……」

 ここでも、恋人らしいことをしたい、と思っているのはさすがに言えなかったので、イリスは言葉を変えた。

「先生、抱きしめてもいいですか」

 サイラスは少し驚いた顔をしたが、すぐに両手を開いてイリスを抱きしめてくれた。

 ――石鹸のにおい。けれどそれだけじゃない、ホワイトムスクみたいな、深くて甘い、香り。

(色っぽい匂いだな……なんか、酔いそうになっちゃう)

 彼の肩口に顔をうずめながら、イリスはつぶやいた。

「先生、いい匂いがします」

 するとサイラスはあくまで優しくイリスを抱きながら言った。

「あなたも。石鹸の香りと、果物みたいな、花みたいな――甘い香りです」

 イリスはちょっと照れながら笑った。

「へへ……面白いですね。同じ石鹸をつかっても、ちょっと違う匂いになるの」

 するとサイラスは、確かめるようにもういちど、イリスのうなじのあたりに顔をうずめた。

「ええ――違う匂いです。あなたの肌の香りだから」

 耳のすぐそばでそんなことを言われて、イリスはちょっとぞくっとした。

「んっ……」

 しかし、鼻にかかった吐息を聞いて、サイラスはすぐにイリスを離した。

「すみません。つかれているのに」

 けれどイリスは、離そうとするその手をつかんだ。

「そ……そんなにつかれていません。先生は……その」

 ――彼はなんでも、言葉通りに受け取る人。
 だから、遠まわしでなくちゃんと聞かなきゃ、答えはわからない。
 さんざん身に染みた事だ。
 だからイリスは勇気を出して言葉を絞り出した。

「発情期以外は、あまり……私に興味がわかない、ですか?」

「えっ……」

 サイラスは固まったあと、困ったようにうつむいた。

「そんな……そんなことは。で、ですが」

 そしてイリスの肩をつかんだ。

「今回の旅行は、純粋にあなたに楽しんで欲しいと思って……。あなたには今まで無理を強いてしまったので――そんなことは考えずに、ただ、景色や食べ物を楽しんでくれれば、と」

 その言葉に、イリスは思わずふふっと笑った。

 ――私も好きだって知ってるくせに、こんなところは本当に、乙女泣かせだ。

「私を気遣ってくれるのは、嬉しいです。でも……その。私は先生のことが好きで……」

 その言葉に、サイラスがびくんと反応する。

「なので、その、もし、発情期じゃなくても、先生が私としたいって思ってくれてたら……嬉しいな、って、思っているんですが」

 そこまで言って、イリスは恥ずかしくなってしまった。

「ご、ごめんなさいっ、なんでもないです。忘れてください……」

 するとサイラスは、すっ、とイリスの手に手を重ねた。

「……いいんですか」

 ただ手に触れられただけなのに、その優しい感触に、どくんと胸が高鳴る。

「はい」

 イリスはその感覚にちょっと恍惚としながら――はっきりうなずいた。





 そっと、触れるようにキスされる。
 そのまま、じれったいほどゆっくり、ためらうように、唇が食まれる。

「んっ……」

 前はすぐに舌をねじ込んできたのに、今日はずいぶんと控え目だし、あの絶え間ない睦言もささやかない。静かだ。

「先生……いつもと、ちがいますね」

 するとサイラスは恥じらうように目をそらした。

「――すみません、素面の状態でこうしたことをするのは、なれなくて」

 サイラスは、服をはだけているイリスをちら、と見て言った。

「その……まるで初めての時みたいな感覚で、」

 そうか、とイリスは腑に落ちた。

(今まで発情にひっぱられて行為をしていたから――先生が素のまま事に及ぶのは、これが初めてなんだ)

 そう思うと、なんだか貴重な時間だという気がしてきて、イリスはサイラスの頬に手を添えて言い渡した。

「それなら、今日は『初めて』をやりなおしましょう? 先生」

 ゆっくり、自分たちのペースで――相手に触れていけばいい。
 イリスがそう伝えると、サイラスはすこしめらったあと、イリスに願った。

「それなら――一つだけ、あなたにお願いしてもいいですか」

「なんですか?」

「今だけでいいので……名前で、呼んでもらえませんか」

 そう言われて、イリスははっとした。

「そ、そうですよね。すみません、ずっと『先生』で。最初に言われていたのに」

「いえ、最初にそう言ったときはその、夢の中だと思っていたわけで。無遠慮な頼みだとわかっていたので。でも、恋人なら――」

 名前でよんでもらっても、いいですよね……?
 紫の目に切ない光を宿して、サイラスに見つめられて、イリスはちょっと慣れないながらも、彼の名前を呼んだ。

「わかりました。サイラス……えへへ、ちょっとまだ慣れないですけど。先生は、私にとってすごい魔術師で、高みにいる人で――」

 言いながら、サイラスの頬を撫でる。

「でも、あなただって、本当はただの、20代の男の子、なんですよね。私と同じように」

 するとサイラスは、頬のイリスの手をきゅっと掴んでいった。

「そうです。あなたを好きでしょうがない――ただの男です」

 彼の顔が近づく。だからイリスも、その頬に手をかけたまま――彼と唇を重ねた。
 今度はさっきより、深く。
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