冷酷宰相様のわかりにくい溺愛~役立たずと虐められ、権力者へのハニトラ要員にされましたが、すっかり気に入られてしまったようです~

小達出みかん

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隙とドレス

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 ヘイデン氏のおいて行ったドレスは、いつの間にか忽然と消えていた。それから数日して、レイズを通して山ほどの箱が白樺の家に届いた。
 ヘンリエッタは困惑した。
「レイズさん……これは一体?」
 レイズはいつも通りさばさばと答えた。
「衣類だそうです。バーンズ様からのご伝言で、家ではこれを着て過ごすようにと」
 居間に運びこまれた箱の一つを、そうっとのぞくようにヘンリエッタはあけてみた。
「わ」
 目にも綺《あや》な、銀糸を編み込んだチュールレースがふわりと飛び出す。白のレースと水色の絹を基調にしたドレスだった。ヘンリエッタは慌てて箱を閉めた。
「何かのまちがいじゃ……私はこれがありますし」
 そう言って、シンプルな深緑のワンピースにエプロンをつけた己の胸を指さす。しかしレイズの答えは変わらなかった。
「いいえ。またヘイデン様に押しかけられてきては困るから、その口実を与えないでほしいとのことでした」
「え……ええと?」
「つまり、地味な恰好をしていたら、またなにかれと持ってきて接触してくるだろうと」
「えぇ……」
 ヘンリエッタは困惑の声を出した。一介の使用人のために、なぜそんな事まで。
 まごついているヘンリエッタに、レイズはこそりと耳打ちするように言った。
「つまり、外の者に対して隙を見せないでほしい、ということらしいです」
「はぁ……」
 使用人に隙もなにも……。と思いつつ、ヘンリエッタは普段着のまま大量の箱をとりあえず書斎へと片付けた。もの言いたげなレイズに、ヘンリエッタは言い訳をするように言った。
「とりあえず、今日はこれから食事の準備をしますから」
 また来る、といいつつ、数日イライアスは姿を見せていない。作り上げたキドニー・パイを夜一人でつついていたら、レイズがノックで知らせた。
「ヘンリエッタさん、バーンズ様がお帰りです」
「あら」
 ヘンリエッタは慌ててパイを取り分けた。
「こっちはバーンズ様の分、こっちはレイズの分よ。時間のある時に食べてね」
 そう伝え、出迎えに行くと、果たしていつも通り、今のソファに彼は座っていた。
「おかえりなさいませ、イライアス様。今日は遅かったですね。食事になさいますか?」
 しかしイライアスはヘンリエッタをしげしげ見上げて、ぼそりと呟いた。
「その服装はなんだ」
「え? いつもの服ですが……」
「新しいものが、届いたはずだろう」
 憮然とそう言われて、ヘンリエッタは思い出した。あの大量の箱の存在を。
「あ……あれは、しまってありますが」
「なぜ着ない」
「私が着たら、汚れてしまいますし……それに、あの、なんで私なんかに、あんなものを」
「レイズが説明しただろう。お前の隙は私の隙になるんだ。早く着替えてこい」
 責めるようにそういわれて、ヘンリエッタは仕方なく書斎へと向かった。
(着替えるっていっても……もう夜なのに)
 ランプの明かりを頼りに、一番手前の箱を開ける。この間の水色のドレスが、その箱には収まっていた。ヘンリエッタはこわごわ、ドレスを箱から出した。
(こ……こんなの、どうやって着るのかしら……)
 おっかなびっくり、たっぷりと布が波打つドレスに袖を通してみる。胸元は繊細なチュールドットのレースで覆われており、袖にもふんだんに同じレースがあしらわれている。胸の下の方で水色のリボンで、レースのふくらみを調整するようになっている。ヘンリエッタはドキドキしながら、リボンを結んだ。下を見下ろすと、水色の裾がわだかまっていて足が見えない。
「戻らなきゃ……」
 着替え終えたヘンリエッタは、書斎を出た。一歩歩くごとに、裾が床を引きずり、さらさら衣擦れの音がする。
(素敵なドレスだけど……これじゃ、なんにもできない)
 おそるおそる、イライアスのいる部屋に戻る。
「あの……」
 ドアからそっと姿を現すと、イライアスは相変わらずの無表情でうなずいた。
「悪くない」
 もしかしたら、誉めてくれたのかもしれない……。そう思ったヘンリエッタは頭を下げた。
「ありがとうございます、イライアス様……ですが、なんで私に、これを」
 すると彼ははぁとため息をついた。
「少し面倒ごとがあってな。お前にサインしてほしい書類がある」
 そう言って、イライアスはものものしく丸められた紙を差し出した。開いてみると、そこには人の名前のようなものがずらりとならんでいた。
「え、っと……? これは」
「署名だ。お前にもここに、サインしてもらいたい」
 ペンを差し出されたので、ヘンリエッタは深く考えずに指さされた箇所に自分の名前を書いた。あまり読み書きの練習をする時間がなかったので、ヘンリエッタの字は汚い。恥ずかしく思っていると、バーンズはそれを元通り丸めてしまった。
「すみません、字……汚くて」
「そんな事はどうでもいい。それより」
 イライアスが、上からじっとヘンリエッタを見下ろす。慣れない豪奢なドレスに恥ずかしくなって、ヘンリエッタは思わずうつむいた。
(きっと似合ってないわ……)
 しかしイライアスは、かすかに微笑んだ。
「良い。これならどう見ても、貴族の令嬢に見える」
 一体どういう意味だろう。ヘンリエッタが疑問に思いながら顔を上げると、イライアスは聞いた。
「どうした。嬉しくないのか――こういったドレスは」
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