冷酷宰相様のわかりにくい溺愛~役立たずと虐められ、権力者へのハニトラ要員にされましたが、すっかり気に入られてしまったようです~

小達出みかん

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招かれざる客

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 その響きが、思ったよりも純粋な声で――
 ヘンリエッタは思わず首を振った。
「そ、そんなことはありません。ありがたいです、その、こんな豪華なもの」
 お礼を遮って、イライアスは言う。
「これからは、ちゃんとした服を着て過ごすように」
「え……ですが、これだと家の事が」
「しなくていい。使用人をよこそう」
 自分が使用人なのに……ヘンリエッタはそう思って辞退した。
「そんな。とんでもないです。人件費がもったいないです。私だけで、どうにもできますから」
 するとイライアスはヘンリエッタの目を覗いて、圧するように言った。
「とにかく、極力おとなしく過ごすことだ」
 その威力に、ヘンリエッタは簡単に屈した。従わないわけにはいかない。
「はい……わ、わかりました」

 それ以来、ヘンリエッタは家事作業の時以外は、ドレスを身にまとうようになった。 
 本当は気がすすまなかったが、主の命令とあれば仕方がない。
(でも……不釣り合いだわ、こんなドレス)
 今日は大きく袖が膨らんだ、薄桃色のオーガンジィのドレスだった。胸元や裾にはごく小さな真珠が縫い込んであり、身じろぐたびに艶めいた輝きを放つ。裾は若干ドレーンを引きずるように、幾重もかけて桃色から白色の層になっている。とてもエレガントかつ可愛らしいドレスだった。
 しかし、とても動きづらくもあった。歩くだけで一苦労だし、座るのにも気を遣う。何より汚したり壊したりしないか気が気でなくなる。
(うう……早く、脱いじゃいたいな)
 最近イライアスは、頻繁に夜顔を見せる。いつも通りなら、今日もそろそろ帰ってくるころだ――。
 その時、玄関の扉の開く音がした。
(あれ……?)
 しかしヘンリエッタは身体をこわばらせた。この大きな足音は、いつものイライアスの足音ではない。そしてもちろん、レイズのものでもない。
「誰……?」
 なんだか嫌な予感がして、ヘンリエッタは書斎のカーテンの影にしゃがんで隠れた。外から、何か言い争うような声が響いてくる。それを聞いて、ヘンリエッタの血の気が引いた。
(あの声……まさか、お兄様……!?)
 すっかり忘れていた肉親たちの事を思い出して、ヘンリエッタの肩が小刻みに震える。
(私を……探しに来たんだ!)
 もともと彼らは、ヘンリエッタをスパイとして使うために、宰相のもとに送り込んだのだ。あの夜を境にヘンリエッタが消えて、きっと探しているはずだった。
(ああ、やっぱり、さっさとこの都を出ていくべきだったんだわ……)
 イライアスの言葉に甘えて、ぐずぐずとこの場所にとどまるべきでなかった。もしここで、バートたちに見つかってしまえば……。
(連れ戻されて、ひどい目にあわされる……それに、イライアス様にも迷惑をかける)
 ただ道端で出会っただけの自分を、彼は助けてくれた。いつも忙しく疲れているイライアスを、自分などの事でこれ以上煩わせる事はしたくない。そう思ったヘンリエッタは決心した。
(あの人たちに見つかる前に……なんとかこの場所から出て行こう)
 そう思ったとき。書斎のドアがバタンとあいて、大声がした。
「おおい、ヘンリエッタ! ここにいるのはわかっているぞ。出てこい」
 背中が恐怖とおぞましさに粟立つ。もう二度と、聞くことのないと思っていた声だったのに……。
「今素直に出てくれば、許してやるぞ。ほら、出てこい。どうせすぐ見つかるんだから……」
 身体の震えを押さえながらも、ヘンリエッタは気が気ではなかった。
(レイズは……レイズは大丈夫かしら?)
 バートの足音が、カーテンの前で止まる。どうか通り過ぎて――。そう願うヘンリエッタをあざ笑うように、シャッと乱暴にカーテンが引かれた。
「ひっ……」
 獲物を見つけた獣そのものの笑みを浮かべて、バートがヘンリエッタの手をつかんだ。
「みつけたぞ、ヘンリエッタ。つれないじゃないかぁ。久々に会うのに、こんなところに隠れて」
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