【マフィア×元軍人】 狂犬を躾けたら、ピカピカの可愛い「愛犬」になったでしょ?

あすぱら

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フェブとノマの出会い(過去話)

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 冷たい雨が、アスファルトの匂いを街に立ち上らせていた。
 路地裏の暗がりで、ノマは壁に背を預け、浅く、速い呼吸を繰り返す。脇腹に走る灼けるような痛みが、思考を鈍らせていた。
 しくじった。完全に、しくじったのだ。
 ​「遊び」で始めた、裏社会の大物の「狩り」。いつもなら完璧に痕跡を消し、闇の中へと消えるはずだった。だが、今夜の獲物は、彼が想像する以上に巨大な組織の庇護下にあった。
 罠だったのだ。
 気づいた時には、完全に包囲されていた。
 数人を返り討ちにはしたが、多勢に無勢。なんとか包囲を突破したものの、傷は深く、追手の数は減っていない。
 雨が、流れ出る血の匂いをわずかに紛らわしてくれるのが、唯一の救いだった。
 ​ポケットの中で、スマートフォンが震えた。非通知の番号。
 追手の揺さぶりか。
 無視して電源を切ろうとした、その時。再び、執拗に震える。
(……クソが)
 どうせ死ぬなら、最後に一本くらい、脅迫電話に付き合ってやる。自嘲しながら、彼は通話ボタンを押した。
『もしもし! 聞こえますか?』
 耳に飛び込んできたのは、場違いなほどに明るく、快活な男の声だった。
「……もしもし」
 面食らったノマは、無意識にそう返していた。
『わぁー! 聞こえた! はじめましてこんにちは! じゃなかった! 大変だよ。今ねぇ、あなたがいる路地の出口、左右両方から挟まれてるよ! えーとね、6人くらいかな、両方! あと屋上にも2人! はやく動かなきゃ! 動ける?』
「……ああ」
『戦えそう?』
「……いや」
『じゃあ逃げなきゃね! 右からくる人たちのが速いかな? 背中にある外階段上がって。錆びてるやつ! 崩れなきゃいいけど。突き当たりの部屋の鍵は開いてるから』
 ​矢継ぎ早に繰り出される情報を、ノマは負傷した頭で必死に処理する。
 もはや選択肢はなかった。この得体のしれない声を、信じるしか。
 彼は、痛む脇腹を押さえ、声が指示する通りに、闇の中を駆け出した。
 追手の怒号が背後で響く。銃声が数発、空気を切り裂いた。
 だが、声の指示は完璧だった。曲がるべき角、身を隠すべき遮蔽物。まるで、神の視点から街を眺めているかのように、彼の逃走ルートは正確に導かれていく。
 ​そして、彼は古びたアパートの一室に転がり込んだ。
 ドアが背後で独りでに施錠される。
 部屋の中は、無数のモニターが放つ青白い光と、サーバーの低いハミング音に満たされていた。そして、その光の中心に、巨大なゲーミングチェアに沈み込んだ、パジャマ姿の男がいた。
 男は、椅子を勢いよく回転させると、目を輝かせて叫んだ。
「わあ! ほんとに来た! すごい!」
 男は、満面の笑みでノマに駆け寄る。
「待ってました。はじめましてこんにちは! ファンです!」
「……はあ?」
 傷の痛みと疲労で朦朧とするノマは、目の前の状況が理解できない。
「あなたのこと、知ってるよ。大活躍ですね! でも今日はさすがに相手が悪かったよ!」
「……俺を知ってんのか?」
「知ってるよ!」
「なんで?」
「ファンだからね!」
「……はあ?」
 ちぐはぐな会話が、異様な空間に響いた。



 ​応急処置を終え、マグカップに入れられたインスタントのスープでわずかに落ち着きを取り戻したノマは、改めて目の前の男に尋ねた。
「……あんた、誰だ?」
 男は、彼の隣に座ると、あっけらかんと言った。
「名前? フェブといいます! さっきも言ったけど、あなたのファンです! 君がやってる『狩り』、面白いからさ、ずっと見てました! 応援してます! これからも頑張ってね!」
 フェブは興奮冷めやらぬ様子で言った。だが、ノマの顔は浮かないままだった。
「……今日は助かった。だが、いつか近い内に、俺は死ぬ」
 フェブがきょとんと彼を見つめる。
「どうして?」
「この衝動が、抑えられないからだ」
 彼は、ぽつりと呟いた。
「意味がない。どうせいつか、今日と同じことになる。そして、次はない」
 ​その絶望の告白に、フェブは、少しだけ考える素振りを見せた。そして最高のアイデアを思いついたとでも言うように、ぱっと笑った。
「それなら俺が、殺しても後腐れのない、安全な相手を教えてあげる?」
「……!」
「そうすれば、君は破滅しないで済むし、俺は君のクールな『狩り』を、これからもずっと見てられる。ウィンウィンじゃない?」
 彼は、さらに言葉を続けた。
「それにさ、俺、情報屋やっててさ。俺もいろんな奴に狙われてるの。だからボディガードが居てくれると、助かるんだけど」
 ​その提案は、悪魔の囁きそのものだった。
 だがそれは、ノマが生き延び、そして己の衝動と共にあり続けるための、唯一の道でもあった。
 ノマは、マグカップを置くと、初めて目の前の男――フェブの顔をまっすぐに見た。
「……分かった。世話になる」

 ​それは、歪な共生関係が結ばれた、雨の夜の出来事だった。



■あとがき■
フェブがいったいいつから自分の「ファン」だったのか、ノマは深く考えないことにした。


読んでいただきありがとうございました!

過去と今現在の話が入れ替わり出てきて時系列が複雑かと思いますが、なるべく分かりやすく表記していきます。よろしくお願いします。

※次回更新予定は11/26(水) 20:00 です。
わが町も飛来した白鳥ですっかり賑わってきました。声が大きいんですよね、白鳥。



―――――次回予告―――――

ボスとして部下の相談を聞くルシアン…?

第14話 『プリンの味』
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