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プリンの味
しおりを挟む俺は主人の書斎で、壁際の定位置に石像のように佇んでいた。
ルシアンは重厚なデスクの上で、何やら熱心にパソコンに向かっている。
だが彼が見ていたのは財務報告書などではない。新作の音楽ソフトのチュートリアル動画だった。時折「へぇー、このプラグインすごいじゃん!」などと、子供のような声を上げている。
これから、組織の傘下団体の、羽振りのいい組長が「相談」に訪れることになっているというのに。
この男に緊張感というものはまるでない。
やがて、ノックと共に、その組長が部屋に通されてきた。
恰幅のいい、いかにも歴戦の猛者といった風情の男だ。
男は、デスクで鼻歌まじりにシンセサイザーをいじっているルシアンの姿を見て、その目に確かに、侮りの色を浮かべた。
「……ボス。本日はお時間をいただき、感謝します」
「んー? ああ、いいよいいよ。で、なんだっけ? 最近、下の若い衆が、隣のシマと揉めてるんだっけ?」
ルシアンは、椅子を回転させ、男の方に向き直る。その口調は、どこまでも軽やかだった。
男は、そのルシアンの態度に苛立ったのか、わずかに高圧的な口調で話し始めた。自分たちの正当性と、相手側の非道。そして、組織として、いかに強硬な態度で臨むべきか。
ルシアンは、その話を、どこか面白そうに「ふんふん」と聞いていた。そして、男の話が一段落した瞬間、それまでの空気を、完全に無視した質問を投げかけた。
「ねぇ、お前。プリン好き?」
「……は?」
男の顔が、完全に固まった。
ルシアンは、そんな彼の反応を気にも留めず、にこやかに続ける。
「俺、昨日、すっごい美味しいカスタードプリン食べたんだよ。リオン」
不意に名前を呼ばれ、俺は微かに肩を揺らした。
「あの冷蔵庫に入ってるやつ、持ってきてあげて」
俺は、黙って頷くと、部屋を出て、言われた通りプリンとスプーンを盆に乗せて戻ってきた。
その間も、ルシアンは一人で喋り続けている。
「それでさぁ、お気に入りなんだよね。カボチャも美味しいんだ。特にあれは期間限定でね!」
男はもはや完全にペースを乱されていた。苛立ちと、目の前の若きボスへの不信感が、その顔にありありと浮かんでいる。
俺がプリンをテーブルに置いた、その時だった。
ルシアンは、そのプリンを組長の方へ押しやりながら、にこりと、いつもの無邪気な笑顔で言った。
「ところで。ねぇ、俺を裏切る日取りは、もう決まった?」
「……は?」
組長の顔が、完全に固まった。
ルシアンは、そんな彼の反応を気にも留めず、楽しそうに続ける。
「先週飲んでたじゃん? その、今お前が揉めてる組の、幹部の人と。火曜日。その時、話まとまんなかったの?」
その声は、どこまでも無邪気だ。だが、その言葉の内容は、男の顔から血の気を奪うには十分すぎた。
「な……ッ! そ、それは、その……」
「ハイボールって、お前」
ルシアンは、心から悲しそうな顔で、小さなため息をついた。
「俺を裏切る大事な話し合いが、そんな安酒で、ねぇ。俺、悲しくなっちゃう。もっと良い酒飲みな? いくら借金があるからってさ。言ってくれれば、お酒くらい分けたげるよ? 俺」
彼の言葉の一つ一つが、見えない刃となって、男の心臓を的確に抉っていく。
男の額からは、滝のような汗が流れていた。
「なんの、ことか……」
「分からない? 鈍いんだなぁ! お前の可愛い女が誰と繋がってるのかも、ついでに教えてあげようか?」
その一言がとどめだった。
男は椅子から崩れ落ちるようにして、床に土下座をした。
「も、申し訳…ございません…! 」
ルシアンはその哀れな姿を楽しげに見下ろす。
「ええ? いいよいいよ、今さら謝んなくったって」
彼は、天使のように優しく微笑んで、言った。
「どうせ、許さないしね」
そして、子供が遊びの終わりを告げるように、ぽん、と手を叩いた。
「さて、お話おわりおわり!」
男が、絶望の表情のまま部下に引きずられていくと、書斎にはまた静寂が戻った。
ルシアンは、テーブルの上に置かれたままのプリンに視線を落とす。
「あ。プリン、食べなかったな、あいつ。せっかく出してあげたのに。失礼しちゃう」
そして、俺の方を振り返ると、何事もなかったかのように、にっこりと笑った。
「リオン! 一緒に食べよ! 昨日も食べたけど、これ、美味しかったよなあ」
そのあまりの切り替えの速さ。いや、切り替えても、いないのか。
無邪気なまま、残酷。残酷なまま、無邪気。
そのどちらもが、この男の本質なのだ。
俺は、差し出されたスプーンを、ただ黙って、受け入れた。
プリンは、昨日と同じ、甘ったるい味がした。
■あとがき■
ルシアンは美味しい食べ物を見つけるのが好き。ヒマができるとリオンを連れてぶらぶらと街を歩き、美味しいお店を探している。知らない店から試しでお取り寄せするのも好き。
読んでいただきありがとうございました!
※次回更新予定は11/28(金) 20:00 です。
第13回BL大賞の投票締め切りが近いですね。何位になれるのか楽しみです。
―――――次回予告―――――
彼が、クローゼットから取り出してきたのは、白いフリルがたくさんついた、可愛らしいエプロンだった。
俺はこめかみが引きつるのを感じた。
第15話 『新婚さん』
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