世界で一番やさしいリッキー

ぞぞ

文字の大きさ
7 / 38

いこいの時間

しおりを挟む
「ほんっとに、すごかったよな!」
 まだ興奮が冷め切っていないらしく、宮崎くんの口調には熱がこもっていた。
 つい十分ほど前、中学生三人をコテンパンに叩きのめした私たちは、みんなでリッキーの家にやって来ていた。縁側に五人並んで腰かけて、綺麗に手入れされた芝生の庭を眺めるかっこうで足をブラブラさせている。
「ゴリラ、やっぱりめっちゃ強いな! 殴られた奴、一発でヘロヘロになってた。メスゴリラも石のコントロール抜群! ほんと、一緒に来てもらって良かった! かみっちょの石も結構当たってたじゃん! ちゃんと動画も撮ったしな」
 宮崎くんの言う通りだ。勝てたのは、想像を上回る勢いで強かったゴリラと石作戦のおかげだった。三人は、普通にやり合ってもゴリラには敵わないと瞬時に悟ったらしく、さらに石がドンドン飛んでくる状況に明らかに慌て、一目散に逃げ帰っていった。お前らぶっ殺してやる! とピアスがひっくり返った声で叫ぶと、ゴリラは、動画撮ってっからな! 拡散されたくなきゃ、もうオレらの仲間に手ぇ出すなよ! と張りのある声で返した。
「逃げてく時のあいつらの顔、見た? 最高だよ!」
「力也は見れなかったけどな」
 ゴリラがニヤニヤしながらリッキーへ視線を向けた。彼はあの一発で完全にダウンしてしまったので、三人があっという間に逃げ帰っていく様を見逃していた。
「うるせえな」
 リッキーは眉間を歪め、ブンブン飛び回るハエをピシャンと払うように言った。でも、すぐ表情を解く。
「これであいつらも変にかみっちょに絡んでこなくなるぞ」
「先生に言われたりしたら、どうする?」
 私が気になっていたことを口にしても、リッキーは自信たっぷりに返してきた。
「小学生相手に負けたなんて、恥ずかしくて言えないだろ。だから動画撮ったんだし」
「じゃあ、ゴリラは?」
 私の言葉に、今度はゴリラ本人が応じる。
「平気平気。オレの名前出したら、小学生相手に喧嘩しようとしてたって言ってやるから。嘘じゃないだろ。あいつら三人だし、中学生だし、いくらオレがいたって小学生と喧嘩したってバレたら、まずいじゃん」
 言われてみればそうに違いないのだけど、胸の中で何かがわだかまって、落ち着かない。
「みんなで楽しそうに、何の話?」
 話すことに夢中になっていた私たちへ、背後から声がかかった。一斉に振り返る。そこには、ジュースを載せたお盆を手に、女の人がいた。
「ばあちゃん、いいよ別に」
 リッキーは苦いものを噛んだみたいな顔をした。
 リッキーのおばあさんは、「おばあさん」と言うのは申し訳ないくらい若い。柔らかな笑顔が目じりにたくさんのシワを作ってはいるけれど、肌にはまだまだ張りがあって、リッキーのお母さんと言っても、十分通用しそうだ。
「寒いから、あったかいものでも良かったんだけど、みんなポカポカしてそうだから」
 おばあさんは穏やかな表情のまま、ごゆっくり、と言って障子の向こうの部屋へ入っていった。
 あんな綺麗なおばあちゃん、なかなかいないよ。私は頭の中でそんなことを言葉にし、ジュースを手に取った。グラスを傾け、ごくごく飲む。気持ちのいい冷たさがのどを伝わって、胸へ、お腹へと落ちていく。全身が爽やかになって、頭も冴えた。
 すると、ふと、脳裏をよぎる。
 ここ一週間、毎日ここへ来ているのに、リッキーのお母さんを見かけない。
 転校前はいつもリッキーの手を引いて歩いていた、お母さん。毎回違った形に編み上げられた髪は黒くて、肌の白さが余計分かった。笑うとふっくら両ほほにえくぼができて、笑顔一つで周囲をほっと安心させてしまうような人だった。おばあさんと同じで、仕草も話し方もとても品があって、当時の私にはお姫様みたいに見えていた。それで、会う度に胸がぎゅっとした。こんな風になれたらな、と思いながら、自分の短い髪や日焼けした顔、運動ばかりで女の子らしくないところを恥ずかしく思った。でも、そう思えば思うほど、なぜか男勝りな雰囲気を演じずにはいられなくなってしまい、そのまま成長して気がつけば「メスゴリラ」だ。
 つい掘り起こした昔の感情が、お腹の底ですごく大きくなった。それがそのまま突き上げてきそうで、私はぐっと息を飲みこんだ。だめだ。みんなのいる前でこんなことを考えちゃ。でも……。
 リッキーへ視線を向ける。ジュースを一気に空にした彼の横顔はほころんで、くっきりとえくぼができている。その表情がお母さんの柔らかなほほと重なった。すると、手を繋いでニコニコ歩いていたあの頃の二人がまぶたに浮かんで、なんだか不思議な気持ちになってくる。それで、私は今度、ぐっとジュースを飲み干した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【完結】僕は君を思い出すことができない

朱村びすりん
青春
「久しぶり!」  高校の入学式当日。隣の席に座る見知らぬ女子に、突然声をかけられた。  どうして君は、僕のことを覚えているの……?  心の中で、たしかに残り続ける幼い頃の思い出。君たちと交わした、大切な約束。海のような、美しいメロディ。  思い出を取り戻すのか。生きることを選ぶのか。迷う必要なんてないはずなのに。  僕はその答えに、悩んでしまっていた── 「いま」を懸命に生きる、少年少女の青春ストーリー。 ■素敵なイラストはみつ葉さまにかいていただきました! ありがとうございます!

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...