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新しい仲間
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中学生をやっつけた決闘は、私たちの中で、ものすごい武勇伝となった。と言っても、他人にペラペラ喋れる内容じゃない。だから、休み時間の度に、私とリッキーと宮崎くんと上島くんは教室の隅に集まって、声を潜めてあの一件について話した。
あいつらの顔、本当にビビってた。
最初はあんだけなめてかかってきてたのにな、ザマミロ。
石投げた時、思いっきり当たって気持ち良かった。
出てくる内容は、いつも似たりよったり。でも、なんだか四人で集まってあの時のことを語り合う雰囲気自体が楽しかった。心が胸で躍動する感じがした。
キーンコーン、とチャイムが鳴る。教室がいっぺんに騒がしくなった。私もチャイムが終わるより早く、リッキーたちのところへ向かおうと椅子を引いたところだった。
「山崎さん」
急に呼ばれ慣れない自分の苗字が降ってきた。びっくりして振り向くと、すぐそこに清水さんがいる。授業中の発言を除けばほとんど口を開かない彼女の高い声を聞いて、この子、こんな声だっけ? と思う。声も覚えてないような子が何の用? とも思う。頭の中で色んなクエスチョンマークがぴょこぴょこ踊った。
「あの……ちょっと、相談があって」
クエスチョンマークがさらに増えた。相談? この子が? 私に? 今まで全く接点なかったのに?
疑問が顔に出ていたのか、清水さんは怯んだように眉をぐっと下げ、ちょっと来て、と教室の隅の方へ私を連れていった。
「力也くん、私のせいで周りの男子にいろいろ言われるようになっちゃって、大丈夫かなって、気になって」
何の想像もしていなかったけれど、本当に、思いもよらないあさっての方向から言葉が飛んできた。リッキー? なんでリッキー? 言われてみれば、リッキーと一部の男子たちとの険悪さは相変わらずだけど、リッキーが他人とトラブルを起こすのはもはや通常運転だし、彼にはそれを気にした素振りは一切ない。思い返してみると、最近では「犯罪者」とかどこから引っ張り出したか分からない言葉も投げつけられていたけれど、それにだってリッキーは「じゃあ、オレ今から犯罪おかしまーす」とか言ってふざけ回っているから、たぶんノーダメージだ。リッキーは喧嘩はめちゃくちゃ弱いけど、メンタルはめちゃくちゃ強いのだ。
「別に平気じゃない? 本人いっつもあの調子だし。それより、清水さんの方がきついでしょ?」
そう、いつからかはっきり分からないけれど、清水さんは男子たちのからかいに言い返すようになっていた。一旦は攻撃の切っ先をリッキーへ完全に移した男子たちだけど、清水さんの反応が面白かったらしく、今では以前よりひどく清水さんに絡むようになった。
「あんまり言い返したりさ、しない方がいいんじゃない? 清水さんがリッキーみたいにできるんならいいけど、無理でしょ」
清水さんは少し視線を下げて首を振った。
「ううん。私、頑張ろうって決めたんだ。前にね、力也くんにちょっと怒られたの。一方的にやられすぎだって。少しは言い返せって」
また斜めの方向から言葉が来た。リッキーがそんなことを言うなんて。手がほんの少し熱くなる。
「それまで私、ずっとずっと我慢してるだけだったんだけど、力也くんに言われて、嫌なことを嫌って言っていいんだって、言えるんだって、当たり前のことなんだけど、やっと気づいて、すごく気持ちが楽になったんだ。なんて言うか、私がそういうことをするのはアリなんだって思えたの」
清水さんは言葉を切ると、今までより深く顔をうつむけ、囁くような小さな声で言った。
「私、力也くんが好き」
聞こえた単語の一つ一つが、一音一音が、耳の底に貼り付いた。わたし、りきやくんが、すき。
胸が急にドキドキし始めた。顔に熱が上ってきて、手には汗がにじんでくる。
清水さんの顔を、改めてじっと見た。髪は目に見えてゴワゴワしているし、その上極端な猫背。彼女が挙動不審に見えるのはこの猫背が原因の一つだ。でも、うつむけた顔をよく見れば、間隔の広い垂れ目が、案外、かわいらしい。そう思うとさらに鼓動は速まって、太鼓みたいに胸を内側から叩いてくる。苦しくなって、話し出した。
「リッキーが好きって、趣味悪くない?」
カラッと笑い飛ばしたかったのに、出た声は喉でひっくり返っていた。しまった、と思ったけど、一度、悪ノリっぽい返事をしたら、それを引っ込めるわけにはいかない。私はちょっと息を整えて、続けた。
「リッキーなんて、意地悪なだけじゃん。そりゃ、根っからの悪い奴ではないけどさ、好きになる相手ではないよー」
自分の言葉が変に心をチクチク刺して、でも口は勝手にリッキーのことを悪く言う。意地悪で、バカで、ガキで、ムカつくじゃん。リッキーが好きなんて、信じらんない。
その日、私はやけに清水さんとリッキーのことが気になって、学校にいる間中、落ち着かなかった。放課後には走って家へ帰ったけれど、自分の部屋にいても、結局胸のドキドキも手や顔の熱っぽさもおさまらなかった。体の中を何かがほとばしっている感じがして、その他のこと――踏みしめる床の硬さや、触った椅子の感触や、窓の外から聞こえる車の音なんかが、みんないつもよりずっと遠くへ行ってしまった。
チャイムが鳴り始めると、いつも通り、クラスメイトたちは自分の席へ戻っていく。間延びした音が響いている内に、と慌てている子もいれば、のんびり歩くふてぶてしい奴もいる。もちろん、ふてぶてしい奴の一人であるリッキーの姿を、私は目で追った。
休み時間、私はずっと自分の席で頬杖をつき、リッキーのことを考えていた。昔、「あそぼう」と言って差し出してくれた小さな手のひらと、この間の喧嘩の時、私を落ち着かせてくれた手のひら。幼い頃より広い彼の手は、肉が薄く、骨ばってきていて、だけど、長いこと私の中にある熱くて湿ったあの感触を、そっくり残してもいた。あの感触のおかげで、中学生たちを目の前にして怯えた私の心へ、毛布で包まれたような安心感が戻ってきた。
私、力也くんが好き。
清水さんの言葉は、私の心をくるむその毛布を、ひっぺがしてしまった。
私は私の気持ちの正体を、たぶん、分かっている。でも、それを考えると、違う違うと心臓が暴れてどうにもならない。息が苦しいくらいドキドキして、血が変に流れだしたみたいに顔面が熱くなった。それで、私はある決意をした。
「リッキー」
次の休み時間、私は宮崎くん、上島くんと教室の隅で話し込んでいたリッキーに声をかけた。三人は、私があの武勇伝のことを語りに来たのだと思ったらしく、笑顔で、遅せぇよ、なんて言ってくる。
「清水さんのことなんだけどさ」
切り出した瞬間、三人の笑顔がそれぞれに歪んだ。上島くんは困ったという風に眉を八の字にし、宮崎くんは目を丸くして、そしてリッキーは明らかに不審なものを見るように眉間を寄せていた。
「リッキー、清水さんに余計なこと言ったでしょ? 『ちょっとはやり返せ』なんて。それ真に受けたせいで、清水さん、あいつらに余計にいじめられてんじゃん。責任取んなよ」
「あ?」
リッキーはちょっと凄味をきかせた態度で返してきた。いや、でもあんた声そんなに低くないし、全然怖くないよ。
「オレのせいみたいな言い方すんなよ。オレはただ――」
リッキーはわたしへ向けていた視線を少し下げて、何もない空間をウロウロさせた。それから、目を泳がせたまま話し始めた彼の声には、もう威圧的な雰囲気は感じられなかった。
「ただ、やられっぱなしじゃ、そういうのがずっと続くんじゃ、後でもっとたいへんになんじゃないかなって、何つーか、そう思っただけで……」
まるで言葉を選んでいるみたいな、リッキーらしくない歯切れの悪さに、どうしてか私は苛立った。それで、今度はこっちが不機嫌さをギュッと凝縮したトゲのある声で返した。
「それって、リッキーだって清水さんがいじめられてるの、気に入ってないってことでしょ? それならちゃんと助けてあげなよ」
リッキーは嫌なものを噛んだみたいに苦い顔をした。
「どうすんだよ? またオレが出てったらエスカレートすんだろ」
「そんなん決まってんじゃん」
私はちょっともったいつけて、間を置いた。それから、精一杯声に力を込めて、
「私たちの仲間に、清水さんも入れてあげんの」
なんでこんなことを思いついたのか、自分でもよく分からない。でも、リッキーのことを考えると胸が圧迫されて苦しくなる、なんてことが、私にはとにかく癪だった。だからあえて、リッキーが清水さんと仲良くなるように仕向けたかったんだろう。清水さんのため、というのも、ほんのちょっとは、あったかもしれない。
あいつらの顔、本当にビビってた。
最初はあんだけなめてかかってきてたのにな、ザマミロ。
石投げた時、思いっきり当たって気持ち良かった。
出てくる内容は、いつも似たりよったり。でも、なんだか四人で集まってあの時のことを語り合う雰囲気自体が楽しかった。心が胸で躍動する感じがした。
キーンコーン、とチャイムが鳴る。教室がいっぺんに騒がしくなった。私もチャイムが終わるより早く、リッキーたちのところへ向かおうと椅子を引いたところだった。
「山崎さん」
急に呼ばれ慣れない自分の苗字が降ってきた。びっくりして振り向くと、すぐそこに清水さんがいる。授業中の発言を除けばほとんど口を開かない彼女の高い声を聞いて、この子、こんな声だっけ? と思う。声も覚えてないような子が何の用? とも思う。頭の中で色んなクエスチョンマークがぴょこぴょこ踊った。
「あの……ちょっと、相談があって」
クエスチョンマークがさらに増えた。相談? この子が? 私に? 今まで全く接点なかったのに?
疑問が顔に出ていたのか、清水さんは怯んだように眉をぐっと下げ、ちょっと来て、と教室の隅の方へ私を連れていった。
「力也くん、私のせいで周りの男子にいろいろ言われるようになっちゃって、大丈夫かなって、気になって」
何の想像もしていなかったけれど、本当に、思いもよらないあさっての方向から言葉が飛んできた。リッキー? なんでリッキー? 言われてみれば、リッキーと一部の男子たちとの険悪さは相変わらずだけど、リッキーが他人とトラブルを起こすのはもはや通常運転だし、彼にはそれを気にした素振りは一切ない。思い返してみると、最近では「犯罪者」とかどこから引っ張り出したか分からない言葉も投げつけられていたけれど、それにだってリッキーは「じゃあ、オレ今から犯罪おかしまーす」とか言ってふざけ回っているから、たぶんノーダメージだ。リッキーは喧嘩はめちゃくちゃ弱いけど、メンタルはめちゃくちゃ強いのだ。
「別に平気じゃない? 本人いっつもあの調子だし。それより、清水さんの方がきついでしょ?」
そう、いつからかはっきり分からないけれど、清水さんは男子たちのからかいに言い返すようになっていた。一旦は攻撃の切っ先をリッキーへ完全に移した男子たちだけど、清水さんの反応が面白かったらしく、今では以前よりひどく清水さんに絡むようになった。
「あんまり言い返したりさ、しない方がいいんじゃない? 清水さんがリッキーみたいにできるんならいいけど、無理でしょ」
清水さんは少し視線を下げて首を振った。
「ううん。私、頑張ろうって決めたんだ。前にね、力也くんにちょっと怒られたの。一方的にやられすぎだって。少しは言い返せって」
また斜めの方向から言葉が来た。リッキーがそんなことを言うなんて。手がほんの少し熱くなる。
「それまで私、ずっとずっと我慢してるだけだったんだけど、力也くんに言われて、嫌なことを嫌って言っていいんだって、言えるんだって、当たり前のことなんだけど、やっと気づいて、すごく気持ちが楽になったんだ。なんて言うか、私がそういうことをするのはアリなんだって思えたの」
清水さんは言葉を切ると、今までより深く顔をうつむけ、囁くような小さな声で言った。
「私、力也くんが好き」
聞こえた単語の一つ一つが、一音一音が、耳の底に貼り付いた。わたし、りきやくんが、すき。
胸が急にドキドキし始めた。顔に熱が上ってきて、手には汗がにじんでくる。
清水さんの顔を、改めてじっと見た。髪は目に見えてゴワゴワしているし、その上極端な猫背。彼女が挙動不審に見えるのはこの猫背が原因の一つだ。でも、うつむけた顔をよく見れば、間隔の広い垂れ目が、案外、かわいらしい。そう思うとさらに鼓動は速まって、太鼓みたいに胸を内側から叩いてくる。苦しくなって、話し出した。
「リッキーが好きって、趣味悪くない?」
カラッと笑い飛ばしたかったのに、出た声は喉でひっくり返っていた。しまった、と思ったけど、一度、悪ノリっぽい返事をしたら、それを引っ込めるわけにはいかない。私はちょっと息を整えて、続けた。
「リッキーなんて、意地悪なだけじゃん。そりゃ、根っからの悪い奴ではないけどさ、好きになる相手ではないよー」
自分の言葉が変に心をチクチク刺して、でも口は勝手にリッキーのことを悪く言う。意地悪で、バカで、ガキで、ムカつくじゃん。リッキーが好きなんて、信じらんない。
その日、私はやけに清水さんとリッキーのことが気になって、学校にいる間中、落ち着かなかった。放課後には走って家へ帰ったけれど、自分の部屋にいても、結局胸のドキドキも手や顔の熱っぽさもおさまらなかった。体の中を何かがほとばしっている感じがして、その他のこと――踏みしめる床の硬さや、触った椅子の感触や、窓の外から聞こえる車の音なんかが、みんないつもよりずっと遠くへ行ってしまった。
チャイムが鳴り始めると、いつも通り、クラスメイトたちは自分の席へ戻っていく。間延びした音が響いている内に、と慌てている子もいれば、のんびり歩くふてぶてしい奴もいる。もちろん、ふてぶてしい奴の一人であるリッキーの姿を、私は目で追った。
休み時間、私はずっと自分の席で頬杖をつき、リッキーのことを考えていた。昔、「あそぼう」と言って差し出してくれた小さな手のひらと、この間の喧嘩の時、私を落ち着かせてくれた手のひら。幼い頃より広い彼の手は、肉が薄く、骨ばってきていて、だけど、長いこと私の中にある熱くて湿ったあの感触を、そっくり残してもいた。あの感触のおかげで、中学生たちを目の前にして怯えた私の心へ、毛布で包まれたような安心感が戻ってきた。
私、力也くんが好き。
清水さんの言葉は、私の心をくるむその毛布を、ひっぺがしてしまった。
私は私の気持ちの正体を、たぶん、分かっている。でも、それを考えると、違う違うと心臓が暴れてどうにもならない。息が苦しいくらいドキドキして、血が変に流れだしたみたいに顔面が熱くなった。それで、私はある決意をした。
「リッキー」
次の休み時間、私は宮崎くん、上島くんと教室の隅で話し込んでいたリッキーに声をかけた。三人は、私があの武勇伝のことを語りに来たのだと思ったらしく、笑顔で、遅せぇよ、なんて言ってくる。
「清水さんのことなんだけどさ」
切り出した瞬間、三人の笑顔がそれぞれに歪んだ。上島くんは困ったという風に眉を八の字にし、宮崎くんは目を丸くして、そしてリッキーは明らかに不審なものを見るように眉間を寄せていた。
「リッキー、清水さんに余計なこと言ったでしょ? 『ちょっとはやり返せ』なんて。それ真に受けたせいで、清水さん、あいつらに余計にいじめられてんじゃん。責任取んなよ」
「あ?」
リッキーはちょっと凄味をきかせた態度で返してきた。いや、でもあんた声そんなに低くないし、全然怖くないよ。
「オレのせいみたいな言い方すんなよ。オレはただ――」
リッキーはわたしへ向けていた視線を少し下げて、何もない空間をウロウロさせた。それから、目を泳がせたまま話し始めた彼の声には、もう威圧的な雰囲気は感じられなかった。
「ただ、やられっぱなしじゃ、そういうのがずっと続くんじゃ、後でもっとたいへんになんじゃないかなって、何つーか、そう思っただけで……」
まるで言葉を選んでいるみたいな、リッキーらしくない歯切れの悪さに、どうしてか私は苛立った。それで、今度はこっちが不機嫌さをギュッと凝縮したトゲのある声で返した。
「それって、リッキーだって清水さんがいじめられてるの、気に入ってないってことでしょ? それならちゃんと助けてあげなよ」
リッキーは嫌なものを噛んだみたいに苦い顔をした。
「どうすんだよ? またオレが出てったらエスカレートすんだろ」
「そんなん決まってんじゃん」
私はちょっともったいつけて、間を置いた。それから、精一杯声に力を込めて、
「私たちの仲間に、清水さんも入れてあげんの」
なんでこんなことを思いついたのか、自分でもよく分からない。でも、リッキーのことを考えると胸が圧迫されて苦しくなる、なんてことが、私にはとにかく癪だった。だからあえて、リッキーが清水さんと仲良くなるように仕向けたかったんだろう。清水さんのため、というのも、ほんのちょっとは、あったかもしれない。
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