世界で一番やさしいリッキー

ぞぞ

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帰り道

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 翌日は、黒雲が空をおおっていた。空気が頬を冷たく湿らせて、気分が悪い。どこか不吉な感じを胸に抱きながら、私は学校まで走った。
 でも着いてみれば、教室の雰囲気は明るくて、宮崎くんもリッキーも、それに真美ちゃんも晴れ晴れした顔をしていた。不安がパッと消えたのと同時に気が抜けて、私も笑顔になっていた。ランドセルを机へ置き、真美ちゃんの元へ小走りに行く。
「昨日、宮崎くんと、どうだった?」
 真美ちゃんは恥ずかしそうに口をすぼめたけど、赤くなった頬がちょっと上がった。
「いろいろ話したよ。好きな音楽とか、漫画とか、リッキーと映画に行った話とか。すごい楽しかった」
 今度は唇も弓なりに上がっていた。目も嬉しそうに細まっている。私はホッとして、良かったね、と言った。
 なんとも中途半端な二人の関係は、意外なほど上手くいっているようだった。学校では、二人ともそれぞれ別の友人たちと過ごし、放課後も宮崎くんはリッキーの家でダラダラしていたので、一緒の時間は下校時だけ。でも、別れ道まで並んで歩けて、真美ちゃんは幸せそうだった。前に「頬に幸せが浮かんでいる」という表現が国語の授業で出てきたけど、まさにそれだ。まるい頬がちょっと赤く染まって、やわらかく緩んで。二人の帰り際に真美ちゃんの表情を見ると、私はぐっと胸に重い痛みを感じた。いいな、と思ったのだ。真美ちゃんは好きな人と二人だけでいられる。どんなに短い間でも、その時間、宮崎くんは真美ちゃんだけ見ている。真美ちゃんだけに話している。宮崎くんの日常の中に、真美ちゃんのためだけの時間が存在するのだ。私には、そんなもの、ない。
 
「メスゴリラ!」
 私は真美ちゃんと宮崎くんが教室を出ていくのを眺めていた。いいな、という小さな嫉妬で心をヒリヒリさせながら。そこへ、急に鋭い声が切り込んできた。リッキーだ。
「今日、オレ、用事あるんだ。だから家に来ても、初めはいないからさ。ばあちゃんがいるから、テキトーになんか食って待ってて」
 じゃあ、オレ行くわ、と言い、リッキーは走っていってしまった。
 
 朝と同じ、黒い雲が頭上に広がる帰り道を、私は清水さんと一緒に歩いていた。帰るタイミングがかぶり、なんとなく一緒に出てきてしまったのだ。会話は弾まない。お互いにお互いの距離を測りながら、ポツポツ言葉を落としている感じ。早く別れ道まで着かないかなぁと思っていると、清水さんが数十秒の沈黙を破った。
「山崎さん、力也くんが好きなんでしょ?」
 胸に冷水をぶちまけられたように、ヒヤッとした。あんまり不意のことだったから。前へ向けていた視線を清水さんの方へやると、黒い瞳が真っ直ぐにこっちを見ていて、つい、目をそらした。
「優しいもんね。力也くん」
「どこが?」
 追い討ちをかけられて、とっさに声を上げていた。
「だって、上島くんのこと『顔面障害者』なんて呼ぶ奴だよ。全然優しくないじゃん」
「優しいよ。だって、私に、男子たちのいじめに嫌だって言っていいんだって気づかせてくれたのは、力也くんだけだもん。それに、あの『友情の儀式』も。あれがなかったら、私、なんとなくお客さんみたいな感じで一緒にいさせてもらってるだけって感じてたと思う。ああいう風にしてくれたから、私はみんなの仲間にちゃんと入れたって思えてる。力也くんは、きっとそういうの分かってやってくれたんだよ。だから、上島くんの呼び方の件も、なんか理由があるんじゃないかな……」
「理由……」
 私もつぶやきながら、リッキーたち三人が仲良くなったきっかけという、あの話を思い返していた。宮崎くんが、上島くんのことを「顔面障害者」と呼ぶのをリッキーにやめさせようとした件について話しかけた時、リッキーはひどく怒った。確かに、何かありそうな怒り方だった。その何かが清水さんの言う「理由」なのだろうか。
「山崎さんは、力也くんと一緒に帰りたいと思う?」
 また思いがけない言葉が飛んできた。しかもこの子、私がリッキーのこと好きだって勝手に決めつけてないか?
「別に」
 慌てて返したら、かなり強い口調になってしまった。そっか、と囁くように言ってすぐ、清水さんは少しうつむいた。
「私は、帰りたいな」
 だってね、と清水さんは続ける。力也くんと二人で話とか、したいもん。もっといろいろ力也くんのこと、聞きたいもん。力也くんと、もっとちゃんと仲良くなりたいもん。
 清水さんの口にする単語のひとつひとつが、心へ直に届いてきた。ずっとしまっていた想いと重なって、気持ちが鮮やかに色づいていく。それで、私は尋ねてみた。
「真美ちゃんのこと、羨ましいって、思う?」
 清水さんはこくんと頷いた。
 そっか。さっきの清水さんと同じように答え、私はしっかり前を向いた。なんだか少し、嬉しかった。真美ちゃんのことを一人で羨ましがっていたわけじゃないと、分かったから。
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