竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ

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第十話

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 採取してきた『焔溶岩の雫』は、月明かりの下でルビーのような輝きを放っていた。
 エリアンはマリスから借りた清潔な白の作業着に着替え、手際よくハーブを調合していく。乳鉢の中で花弁をすり潰すと、甘酸っぱくもスパイシーな、シナモンに似た芳香が部屋いっぱいに広がった。

「よし。これに、昨日乾燥させておいた『雪結晶草』の根を混ぜて……」

 トパトパと煮立った湯に注ぐと、透明な水が鮮やかな琥珀色へと染まっていく。
 この薬茶は、ただ熱を下げるだけではない。体内の魔力循環を円滑にし、溜まった精神的な疲れを解きほぐす「心の特効薬」でもあるのだ。

「いい香り。これなら陛下も、逃げ出さずに飲んでくれそうです」

 エリアンは鼻歌を歌いながら、用意された四つのティーカップに注ぎ分けた。

---

「……なんだ、この集まりは」

 大食堂に現れたヴァレリウスが、あからさまに眉を寄せた。
 円卓を囲んでいるのは、すでに茶を啜って寛いでいるゼフィールと、背筋を伸ばして控えているマリス。そして、中央でニコニコとティーポットを抱えるエリアンだ。

「陛下、お疲れ様です! 今日は皆でお茶会をしようと思いまして」
「茶会だと? 余は忙しいと言ったはずだ」
「でも、体温は昨日より安定していますよ。お仕事の効率を上げるためにも、十分間の休憩は必須です」

 エリアンは強引にヴァレリウスを空いた席へと促した。
 ヴァレリウスは不服そうに唇を尖らせたが、エリアンの手に引かれるまま、大人しく椅子に腰を下ろす。

「さあ、どうぞ。今日の薬茶は自信作です」

 差し出された琥珀色の液体を、ヴァレリウスは疑り深い目で見つめる。
 かつての苦い記憶が、彼の本能に警告を発しているようだった。

「……毒味は」
「もう僕とマリスさんが済ませてますよ、陛下。ほら、すごく美味しい」

 ゼフィールが楽しげにカップを掲げて見せる。
 ヴァレリウスは覚悟を決めたように、一口だけ、喉を鳴らして茶を流し込んだ。

「…………っ」

 ヴァレリウスの瞳が大きく見開かれる。
 舌の上に広がるのは、南国の果実を煮詰めたような濃厚な甘みと、鼻に抜ける爽やかな清涼感。そして、喉を通り過ぎた瞬間に、全身の強張りが雪解けのように消え去っていく。

「……苦くない。どころか、これは……」
「美味しいですよね? 『焔溶岩の雫』の蜜には、神経を落ち着かせる成分がたっぷり入っているんです。陛下、肩の力が抜けていますよ」

 エリアンは満足げにヴァレリウスの横顔を覗き込んだ。
 いつも岩のように固く結ばれていた皇帝の口元が、わずかに緩んでいる。
 黄金の瞳に宿っていた鋭い光も、今は暖炉の残り火のように穏やかだ。

「陛下、少し頬が赤くなっておられますわ。……ふふ、ようやく人間らしいお顔になられましたね」

 マリスがそっとハンカチを差し出した。
 ヴァレリウスは決まり悪そうに顔を背けたが、カップを離そうとはしなかった。

「……騒がしい連中だ」
「ははっ。でも、この城がこんなに温かい空気になったのは、エリアン君が来てからですよね」

 ゼフィールがクッキーを口に放り込みながら、エリアンの銀髪をくしゃりと撫でた。
 その瞬間、ヴァレリウスから「じりっ」と焦げるような熱気が放たれる。

「……ゼフィール。許可なく伴侶に触れるな。その手を焼き切りたいのか」
「おっと。怖い怖い。……独占欲まで人間らしくなっちゃって」

 茶化すゼフィールをヴァレリウスが睨みつけるが、そこにかつてのような殺意はない。
 エリアンはそんなやり取りを眺めながら、自分の分の茶を一口飲んだ。

(ああ、温かい……。実家の屋根裏で、一人で冷たい水を飲んでいたのが嘘みたいだ)

 ふと、隣に座るヴァレリウスと視線がぶつかった。
 ヴァレリウスは、まだ少し残っている茶を飲み干すと、小さな声で、エリアンだけに聞こえるように呟いた。

「……悪くない。……明日の朝も、これを運べ」
「はい! もちろんですよ、陛下」

 エリアンが花が咲くような笑顔を返すと、ヴァレリウスはバツが悪そうに咳払いをし、慌てて立ち上がった。

「休憩は終わりだ。……仕事に戻る」

 足早に去っていく皇帝の背中。
 けれど、彼が歩いた後の空気には、いつもの焦げ付くような匂いではなく、甘いハーブの香りが微かに残っていた。

「エリアン様。陛下のあのようなお顔を引き出せるのは、貴方だけかもしれませんわね」

 マリスの言葉に、エリアンは首を傾げた。
 恋心、という言葉を知るには、彼はまだあまりにも薬草のことしか頭になかった。
 けれど、あの不器用な男の心が少しだけ軽くなったことが、何よりも嬉しかった。

 城の窓から見える火山は、今日も静かに煙を上げている。
 その厳格な風景の中で、小さな薬草園と、そこに集う人々の心は、確実に芽吹き始めていた。
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