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15・違う意味で魅力的

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「丁重にお断りします。」
「それを、お断りします。」
まただよ、また断られたよ。私が断りたいんだっつうの。
「嫌そうな顔をしてますね。」
「ええ、嫌ですから。」
「少し傷つきます。」
不服そうに言うけれど、こっちは致命傷を負わせたい。
美味しいデザートをふた皿食べ終わると、専務が給仕スタッフさんを呼んでお片づけをしてもらった。
テーブルの上には、私の紅茶と、専務のお酒が置いてある。
「僕が初めて渡辺さんを見たのは、2年前くらいでしょうか。」
結構前だな。
紅茶を飲みながら話を聞く。
一応、ディナーに付き合ったら話をするっていう約束だったから。
私としては、目的が逆だけれど。
「会社に、渡辺さんの苦手な女性がいるでしょう。その方と少しトラブルがあったようで、僕がたまたま離れたところで見てたんです。」
あー、私の嫌いな女ね。すぐ感情的になって話にならないし、仕事を感情でするし、人に当たるし、嫌なところを挙げたらキリが無いからやめる。
「渡辺さんはずっと困った顔をしていたんですけど、その女性が立ち去ったら首を振って表情を切り替えたんです。しゃんとした佇まいになって、フロアに戻って行きました。それが、好ましくて。」
そんなところを見られていたのか。
「はあ、そうですか。」
「はい。僕は渡辺さんのことをたまに見かけると、観察してました。」
「暇なんですか。」
「忙しいですよ。」
やっぱりこいつは変だ。でも、自分がいつも心がけていたことを褒められるのは、悪い気がしない。
専務は丸い氷の入った飴色のお酒を、うまく傾けて嘴の中へ垂らす。器用だ。
「そうやって、長いことのんびりあなたを見ていました。そばにいたら、きっと面白いだろうなって思っていたんです。」
「正直、怖いです。ストーカー?」
「ストーキングはしてないですよ、社内で見かけた時だけです。あとは、噂は聞こうとすれば耳に入るし、僕は経営陣なので履歴書だって見られますよ。違法なことはしてません。」
ひえー!怖い!ばっちり調べてるじゃん。
「半年前、社長から秘書をつけろと言われまして。僕はそんな必要ないと思っていたんですが、虎松さんとお会いしたのがきっかけですね。絶対に渡辺さんを秘書にしようと決めました。そういう訳で、あなたは僕の秘書になってます。」
専務は満足そうに頷いている。
「聞くのが怖いんですけど、波琉は専務に何を行ったんですか。」
私を見つめる目が細まる。
「どれだけ渡辺さんが可愛くて素敵な子なのか、っていう自慢をされました。」
何だそれは。
「完全に身内の欲目でしょうね。」
「そんなことなかったですよ。1ヶ月ほど一緒にいたから分かります。なかなか良いです。」
聞き覚えのある言葉。
なんだっけ。
「ありがとうございます。」
「いいえ、今後もよろしくお願いします。」
「え、あ、はい。よろしくお願いします。」
「お、これは結婚を承諾していただいたということで宜しいですね。」
「違います。」
なんだか、甘ったるい。空気がふわふわして、吸い込む度に酔いそうだ。困る。
「私と結婚して、どうするんですか。正直、専務にはメリットがないですよ。私は仕事が特段できるわけでもないし、弟はまだ学生で学費もかかるし、迷惑がかかるだけだと思います。」
「win-winですよ。僕は会社もプライベートも渡辺さんといられる、渡辺さんはお金に困らない。」
専務は自信満々である。それのどこがwin-winなのだ、どうかしている。
「お金と私じゃ比べ物になりませんよ。」
学費、生活費、その他費用、すごくかかる。私にそんな値打ちはない。
「確かにその通りですね。」
専務の言葉に、ズキっと胸が痛くなる。何を期待しているんだ。
「そうですよ、比較になりません。」
「はい。一生かけても採算が取れませんね。」
一生かけても…か。
思ったより傷ついてる自分がおかしい。何を思い上がっていたんだろう。
「僕の一生かけても、渡辺さんに見合うかどうか。僕ばっかり幸せになってしまいますしねえ。お金だけで渡辺さんを手に入れようなんて、おこがましかったですね。どうしたらwin-winになるだろう。」
「へ?」
耳を疑った。
私と真逆の会話をしている。全く噛み合ってない。
「そうだ、僕と何が幸せか探していくのはどうでしょう。色んなことをして、渡辺さんの幸せを見つけて、積み重ねていくんですよ!うん、きっと楽しいです。」
とてつもなくポジティブ。
仕事中は嫌味ったらしくて意味わかんないこと言うしムカつくけど、割と素直で純粋で情熱とバイタリティがあるのは、ここ1ヶ月で分かってきていた。
「専務って、面白いですね。」
「そうですか、ありがとうございます。そんな風に評価されたのは始めてなので、嬉しいです。結婚しましょう。」
首元の羽毛がふるりと揺れた。
「えー…」
会社にいた時よりは、何ミリか心が揺れた気はする。
でもやっぱり。
「今は考えられないので、お断りします。」
「お、やりました。さっきより響いてますね。」
ふわふわの手のひらが頬を撫でる。柔らかくて気持ちいい。
「僕と結婚したら、いつでもどこでもモフモフし放題ですよ。」
「うっ…」
それは大変魅力的だ。
「首も後頭部もふかふかですし、この服の下はもっとふわふわで、渡辺さん好みのモフモフですよ。」
「モフモフ…!」
思わず心の声が出てしまった。
「モフモフ、見たくないですか?」
「うっ…!」
「モフモフを思う存分触りたくないですか?」
触りたい…!好きなだけ抱きついてスリスリして、羽毛に指を突っ込んで可愛がりたい!
想像したら最高で、顔を手で覆ってしまった。たまらん。
「今、触ってもいいって言ったらどうします?」
「えっ!?」
触りたい。撫でくりまわしたい。
「僕ね、首よりも下の胸の方がボリュームあって柔らかいんですよ。鳥なので。」
「ふわふわ…」
「そうです、ふわふわです。毎日お手入れもしてますし、綺麗で気持ちいいと思いますよ。」
波琉とどっちが綺麗かな。気になる。
「あと、家族以外には見せたことのない、特別なふわふわもお見せできますよ。」
「特別なふわふわ!?」
「そうです。渡辺さんになら、見せても良いです。どうですか?」
ゴクリと喉が鳴る。
「見たい…!もふもふしたい!」
「いいですよ。こちらへどうぞ。」
モフモフへの期待が高まって興奮している私を、立ち上がった専務が手を引いて隣の部屋へ連れて行く。
ある意味、一番魅力的なものは専務のモフモフなのだ。


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